【SS】 本当は好きだった人 (2883字) #シロクマ文芸部
鍋の具は様々なものが入り乱れ、お互いが牽制し合うようにグツグツと音を立てている。美味しそうな香りは漂ってはいるが、鍋の中に何が入っているのか誰も知らない。真剣な顔の二組のカップルが部屋の明かりを消し、四本のロウソクの明かりだけでお互いの顔を確認している。男女が交互に座っているが、当然、鍋の中身はうっすらとしか見えない。
「ねぇ、ちゃんと食べられるものだけを入れたよね。私、いやだからね。歯が欠けたりするの」
「大丈夫だよ。みんな、ちゃんとしたものを買ってきているさ。多分ね」
「えー、多分って何よ。一樹はそうやっていつも人を揶揄うんだから、そんなところ大嫌い」
「千佳、そんなに気にしなくてもいいわよ。少なくともあなたと私と一樹はちゃんとしたものを買ってきて入れたはずだから」
「おいおい、俺は信用されてないのか。ひどいなぁ。千佳、お前だけは俺を信用してるだろ」
「えー、直也と付き合ってる由麻が信用していないんじゃ、私も信用できないかなぁ。でもこの中だとやっぱり信用しちゃうかなぁ、ふふ」
「ヤッタァ、やっぱり千佳は俺の味方だな。今日はみんなで楽しく鍋パーティしようって言ったの俺だぜ。なぁ、一樹」
「えっ、ああ、そうだったっけ。あっそうかも。まぁ、どうでもいいじゃん。それにそろそろ食べごろになったんじゃないの、このヤミ鍋」
できれば食べたくないと思っている女子二名にとっては聞きたくない言葉だった。一樹は常にマイペースで進んでいく性格なので付き合っている千佳も時々ついていけなくなるほどだった。仄暗い部屋の雰囲気といざ食べるのかということを嫌ってか由麻が話しかけた。
「そういえば千佳ってさぁ、本当は一樹より直也の方が好きじゃなかったんだっけ」
「な、何よ、いきなり」
「あれー、だってさぁ。私が直也と付き合ってもいいって聞いた時さ。焦ってたよ、千佳」
「おいおい、由麻、この雰囲気でそれいうか、普通」
「何よ、一樹も気にしてたんじゃないの、本当は。だからさ、まだキスもできてないんじゃないのかなぁ」
由麻の人を馬鹿にしたような言い方に一樹はカチンときていた。確かに手をつなぐ以上の関係になっていないことも一樹にとっては見透かされているようでムカついていた。
「なんだよ、その言い方。それでよく直也と付き合ってるよなぁ。直也はそんなことを言うような女子は好きじゃないはずなのに」
「な、何よ。私と直也は愛し合ってるのよ。一樹がなんと言おうともね。ふん」
「あぁ、この部屋で喧嘩してどうすんだよ。これから訳のわからない鍋をみんなで食べようって瞬間だぞ。気持ちを鍋に集中しろよ」
その時、テーブルの下で直也が千佳にそっと何かを渡していた。千佳はちょっと焦ってはいたが、一樹と由麻に悟られないように貰ったものをそっとポケットにしまった。
その後、千佳がヤミ鍋にお玉を入れて四人分それぞれのとん水に取り分けてやった。運命はこの時に決まったのかもしれない。一樹と由麻がロウソクの明かりを頼りに口に運んだ後。
「うわっ、これ何だよ。誰だこんなもの入れたの、まずっ」
「いやー、何これ、気持ち悪ーい」
一樹と由麻がほぼ同時に叫んだ。直也と千佳が何食わぬ顔をしながら口に運んでいた。
「えっ、そうか。普通にうまいぞ、この鍋。これはタラだな、うん」
「私も普通だよ。白菜と豚バラとタラかなぁ」
「えー、ずるーい。めっちゃ普通じゃん。私のは、、、これ、おはぎだよ」
「ウェッ、俺のはさ、、、なんだこれ、あっ、いちごのショートケーキだよ」
直也が立ち上がり、笑いながら部屋の明かりを付けた。みんなの視線は今まで見えなかった鍋の方に注がれた。
「えっ、マジ。変な食材っておはぎとショートケーキだけじゃん。おい、千佳、お前知ってたんじゃないか。みんなの分をついでくれたの、お前じゃん」
千佳は下を向いてしまい、黙り込んでしまった。すかさず直也がフォローに回った。
「おいおい、千佳も見えない中で取り分けてくれたんだから、そんな言い方はないだろう」
「はぁ、何だよ、直也。やけに千佳の肩を保つじゃないか。千佳は俺の彼女だぞ」
「そうよ、そうよ。直也は私の彼氏なんだから、もっと私を心配してよ」
直也の顔が一瞬歪んだ。グイグイと迫ってくる由麻にうんざりし始めていたのだ。元々、直也は千佳に興味を持っていたが、由麻の押しの強さとスタイルの良さに押し切られてしまったのだが、最近気持ちに揺らぎが生じ始めていた。内心では心の綺麗な女性の方がいいなと常に思っていたので元々気になっていた千佳を呼べる鍋パーティを半ば強引に企画したのだった。
ひとしきり文句だったり冗談だったりが飛び交った後、無事にパーティは終了した。みんなで後片付けをした時には、すでに終電近くの時間になっていた。すかさず由麻が直也に甘えたような声ですりよっていった。
「ねぇ、もうすぐ、終電だから、今日はここに止まっていいよねぇ」
「いや、今日はダメだ。みんなと一緒に帰った方がいい。この後、確認しなきゃならない書類があるんだよ」
「そんなの確認が終わるまで待ってるからさぁ。ねぇ、いいでしょ」
「だめ。明日の朝も早いし、今日は大人しく帰ってくれ」
「えーーー、つまんなーい」
「おいおい、由麻、今日は帰ろうぜ。早く出ないと終電に間に合わないぞ」
「だってさ、千佳は歩いて帰れるんでしょ。ここから近いし。なんかやだなぁ」
「えー、何それ、由麻は私にやきもち妬いてんの、もしかして」
「そんな訳ないじゃん。直也は私だけのものなんだから」
由麻は何となく後ろ髪を引かれながらも終電を気にする一樹に引っ張られて直也の部屋からそれぞれの家へと渋々ながら帰って行った。二人がいなくなった後、直也は千佳を見つめて言った。
「千佳、ごめん。俺、間違ってたよ。由麻と付き合ってしまってさ」
「うーん。直也ってそういうとこ、あるんだよね。だから私も踏み出せなかったんだ。でもね、反省したの。もっと強く捕まえていてたら、直也も由麻には行かなかったかもしれないって」
「えっ、じゃあ、俺と正式に。。。」
「それとこれとは別よ。はい、これ、返しておくね、さっき貰った合鍵」
「えっ」
千佳は直也がそっと渡した合鍵を返した。元々は大好きだった直也だったが、そんなことをする直也は嫌いだった。
「私ね。直也のことが大好きだったんだ。でも、直也が由麻と付き合うことにしたって聞いて、自分で納得してたんだよ。あぁ、そんな男だったんだって。だから、ちょっと意地悪して一樹と付き合うフリをしたの。そしたら、案の定、パーティを企画して合鍵を渡してきたよね。そんなこと私、嫌いなんだよね。だから、直也とは友達ではいてもそれ以上になることはないなって今日確信した。直也はちょっと期待したでしょ、この後のことを。でも何にもないよ。私たちの関係もこれでおしまいだよ」
「そ、そんな・・・」
次の日、千佳は一樹にもさよならを告げた。自分を誤魔化して付き合っていたということが許せなくなったのだ。そして自分も許せなくなった千佳は三人の前から姿を消してしまった。
了
あとがき
そろそろ鍋の季節ですね。
流石にヤミ鍋はしませんが、熱燗を片手に鍋をするのは好きです。
白菜と豚バラを交互にミルフィーユのように挟みこみ、日本酒をたっぷり注ぎ入れる美酒鍋は大好きです。
表紙の画像はCHATGPTに依頼したのですが、男女の入れ替えがうまくいきませんでした。
下記企画への応募作品です。
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