【SS】 銀世界 #シロクマ文芸部(冬の色)
冬の色を求めて何かに導かれるようにここにやってきた。
全てのことを忘れたい、できれば逃げ出したいという思いでやってきた。目の前は一面の銀世界。私の心の中もどこまでも続く白一色の世界。
歩き続け、寒さのせいで全身の感覚はなくなり、何も考えられない。私はどうしてこんなところにいるのだろう。遠くなっていく意識の中で、銀世界の向こうから近づいてくるあなたを感じている。
眠い。ものすごい眠気が私に襲いかかっている。朦朧としていく意識の中で確かにあなたの存在を近くに感じている。せっかくあなたが来てくれたのに、私の瞼は重すぎて開けることもできない。手足の感覚はなくなり声も出せない。そういえば、あなたを助けるために冬の色を求めてここにやって来たのだということを微かに思い出した。なのになぜ、あなたがここにいるの?
私の意識は心の中に閉じ込められてしまった。もう、体は動かない。でも、あなただけは見えている。私に差し伸べる優しい手は温度を感じない。確かにそこにいるのに。
突然、体が無重力状態の中にいるような感覚に包まれた。重さも寒さも感じない。目の前にはあなたしかいない。さっきまで歩いていたはずの銀世界の景色もない。というより、景色がない。一体どうなってしまったのだろう。でも目の前には優しく微笑んでいるあなたがいるから、それでいい。永遠にこのままでいい。私の心の炎はそこでフッと消えた。さようなら。
ここは、山形県と宮城県の県境、船形山の山中。大勢の人の声とヘリコプターの音が響き渡っている。どうやら、捜索隊が組まれ、雪の山の中に入って来ているようだ。今日は、晴天で風もないが、一面雪に覆われているため、目の保護のためサングラスだけは外せない。全員が慎重にスティックで雪の深さを確かめながら進んでいた。しばらくして、捜索隊の一人が半分雪の中に埋まっている二人を発見した。
「おーい。いたぞー、こっちだ、こっちだ」
そこにはしっかりと手を取り合った男女が、ほぼ雪の中に埋もれた状態で、亡くなっていた。男性の胸には刺された痕がある。どうやら女性は男性を刺したあと十メートルほど雪の上を引きずって寒さの中で凍死したようだった。
「あ〜、全く何てこった。こんなに若いカップルがこんな死に方をしなくてもいいのになぁ。南無阿弥陀仏」
捜索隊は全員が一度手を合わせ、二人の遺体を山の麓まで運んで行った。まだ、身元の確認はできていなかったが、麓の温泉町に来たところで、すぐに判明した。男の方は、殺人で指名手配されていた「北森誠」女性の方は資産家の娘で「白雪愛」だった。北森は、白雪の父親を刃物で殺害して逃亡していた。誠と愛はお互いに愛し合っていたのだが、愛の父親に猛烈に反対され、父親は誠を呼び出して激しく罵ったのだそうだ。そこに愛が父親を止めようと割って入ったのだが、誠は思わずそばにあった果物ナイフを手に取り、愛の父親を刺してしまったということだった。そして、二人は手に手を取って愛の家を飛び出し、船形山に入って行ったようだった。当日はひどい吹雪で山への捜索にはいけず、二日経過してから捜索隊が入山し二人を発見したということだった。
愛が誠を刺してなぜ引きずっていったのか、なぜ死を選んだのかは闇の中のままだ。ただ、この山には伝説があった。承久の乱に敗れた順徳上皇が隠れてお住まいになった場所があり、そこに近づいてはならないという決まりがあり、禁を破ったものは命が亡くなるという伝説だった。巷では、禁を破ってしまったため、冬の雪の精に形を変えた順徳上皇が行き場所を失った二人を召されたのだと噂されている。
了
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