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【短編】心残り人の街 -3

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奈落の底

 ケンは、前日聞いた「祖先の呪い」というのが気になっていた。明るいうちなら特に問題はないだろうと思い、山を越えて行ってみることにした。何しろ徒歩なので時間がかかる。明るいうちに行けるかと思ったら、とんでもなく遠かった。しかも民家はどこにも見当たらない。仕方ないと思い、一人用のテントを広げてシュラフにくるまって寝ることにした。幸い雨も降ることなく星空が綺麗に見えていた。ランタンを消して寝ようかと思っていたら、昨日聞いていたほんのり明るい光が見えている。気にはなったが、そのままテントに入り込んで眠った。

 翌日は早く起きた。今日は太陽の光があるうちになんとか辿り着きたいと思っていた。荷造りを終え、早速歩き出した。ケンはだいぶ近づいたと思っていたが、残念ながらこの日もそばまで行くことはできなかった。仕方がないと思い、またしてもテントを張って寝ることにした。持っていた食料もだいぶ少なくなり、明日はなんとかしなければと思いながら、眠りについた。しかし、深夜0時を回った頃、なんと無く胸騒ぎがして目が覚めた。テントの外に出て綺麗な星空を見ながら伸びをしていると、ほんのり明るい光が確実に昨日より近くに感じた。ケンは流行る心を落ち着かせながら、ほんのり明るい光に向かって歩き出していた。ほとんど無意識だった。まるで引き寄せられるかのように、じーっと灯りだけを見ながらしばらく歩いていた。

 「うわっ、ま、まずい。落ちる。わーっ」

 いきなり、足元にあったはずの地面がなくなっていた。暗くて全く気づかなかったが、谷底につながる亀裂があったのだ。深さは五十メートルはありそうな感じだった。谷底には小さな川が流れていた。左足は亀裂のヘリを捕らえていたので気づかず、右足を一歩前に出したとき、当然あると思った地面がなかったのだ。地面がないと認識した時は遅かった。全体重は右足にかかっていたのだ。重力は容赦無く襲いかかって来た。飛び降り自殺をするかのように真っ暗な亀裂の中にケンは落ちていった。落ちていく途中で、「ここで死ぬのか」とケンは覚悟した。そして、亀裂の底を流れている小さな川底に叩きつけられた。ドン、バシャーンという大きな音も亀裂の中ではかき消されてしまった。

 どのくらい時間がたったのだろうか。ケンもわからない。上の方をみると高いところにうっすらと空のような空間が少しだけ見える。しかし、あんなに高いところから落ちたはずなのに痛みがどこにもない。一体どうなっているのだろうと思っているところに、黒いスーツを着た男がどこからともなく現れて話しかけてきた。

「私は案内役です。あなたと同じような境遇になった人たちがたくさんいる街にお連れします。さぁ、私の手をとってください」男は右手を差し出して来た。
「ちょ、ちょっと待って。同じような境遇ってどういうこと」
「生前は良いことをしたのに予期せぬ事故で命を失ったという境遇です」
「うわっ、混乱するなぁ。ということは僕は死んだっていうことなのかな」
「はい、人間としては死んでしまわれました。本来はもっと長生きするはずでしたが、あなたがワイン工場に立ち寄ったところで、時間の歪みが発生し、結果としてあなたは死んでしまいました」
「そんな。こんな遠いところで死んでしまったのか」
「さぁ、行きましょう。あまり時間がありません」ケンは男の手を取った。

 案内役の手を取った瞬間、二人は空高く舞い上がり、落ちた場所を越えはるかに高いところまで昇っていった。上を見上げて微かに見えていた空まで舞い上がり、自分が落ちた亀裂も確認できたし、遠くにはメリーのワイン工場も見えた。何が起こっているのか理解できないまま、二人は空間を縫うように移動した後、静かに地面に降り立った。そこは、静かな街だった。そう、ほんのりと見えていた灯りはこの街のものだったのだ。案内役はケンに一言だけ告げて、静かに消えていった。

「ここが、今日からのあなたの家です。自由にお使いください。ただし、生きている人間と出会っても決して話をしてはいけません」

 ケンは不思議な感覚のまま、その家に入りしばらく休憩していた。なんとなく薄暗い感じはあるが、とても清潔に保たれている家だった。どことなく懐かしさを感じるような家だった。ケンは「そうか、おじいちゃんの家に似ているんだ」と思い余計に親しみを覚えた。部屋の中で一人くつろいでいると、隣人のおばさんが挨拶にやって来た。

「おや、いつの間にか隣に家ができたようね。お兄さんはどこから来たの」
「初めまして、ケンといいます。僕は日本からきました」
「ニホン、えっとアジアのほうの国だったかしら」
「ええ、そうです。失礼ですけどどなたさまでしょうか」
「私はフランス出身でワイン作りをしていたのよ。ここに来てもう三年目よ」
「そうなんですね。そういえば、ここにくる前にメリーさんという女性が一人でワイン工場をしていましたがご存じですか」
「えっ、メリーに会ったの。元気だった。何か困っていなかった」
「あっはい。お元気でした。ただ、ワインが売れないらしくて。日本の友達を紹介してあげました。うまくいけばワインも売れると思います」
「あっ、元気なのね。よかった。私の娘なのよ。メリーは」
「えっ、じゃあ、メリーさんのお母さんですか。メリーさんからは事故で亡くなられた、と、聞きましたが」
「そんな話もしたのね。そうなの、でも夫は間に合わずにそのまま天国に行ったわ。多分それが運命だったらしいわ。私は一緒にいる予定じゃなかったんだけど、なぜか夫と一緒にいたかったからついていって交通事故に巻き込まれたのよ。それで私だけここに連れて来られたのよ」
「そうだったんですね。まさか思いもよらない場所で会えるなんてびっくりです」
「メリーのことが聞けてよかったわ。これで安心してあの人の元に行けるわ。私の寿命はあと何年かわからないけど、こうしてメリーにあったひとと話ができてしかもお隣さんなんて、あの案内役も粋なことをするのね。ところで、あなたはなぜフランスに来ていたの」
「僕は、旅行が好きで世界中を回っていたんですよ。それで、今回はフランスに来て歩いていたらバッタリとメリーさんとお会いして、話をして一晩泊めていただきました。その時にご両親が健在の時のようにワインが出来なくて売れなくなっていると聞いて、日本の友達がワインを扱っているので連絡をしてなんとか日本で販売できるようになると思いますよ」
「まぁ、そんなことまでしてくれたのね。ありがとう、ありがとう。そうなのね。よかったわ、メリーがあなたに巡り合えて。そうそう、あなたは世界を回っていたのなら、ここの街の中を歩くことで世界旅行ができるわよ、それでここの住人といろんなお話をすればいいわ。きっとあなたがやりかたったことができると思うわ」
「そうなんですね。僕もここに来たからには有意義な時間を過ごしたいと思います。お隣さんにもなったことなので、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」

 ケンは、案内役に言われるがまま連れてこられたこの場所が、そんなに悪くないなと感じ始めていた。自分の死を自覚することはなかなか出来ないけど、これまで同様に話もできるし楽しめそうだなと感じた。自分が住んでいる場所で世界の人たちと話ができるなんてことは、生きていたらできないことだなと前向きに考えることにした。

つづく

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