空に解き放った心 - 第二話 過去との決別
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過去との決別
健二からの誘いが出てきたことに里香は待ってましたとばかりに差し出した。健二はすでに心地いい時間から離れ難くなっていたので、里香は今がチャンスだと判断したようだった。もちろん、健二はそんなことを期待していたわけではないが、これをきっかけに急速に二人の距離は近づこうとしていた。
「嬉しい、じゃあ、ここで続きをしませんか」
里香は、京王プラザホテルのルームキーを健二に差し出した。部屋番号は、二〇二一号室、健二は何気なくルームキーを見て、これで過去を忘れられるならいいかなと思ってしまった。すかさず、里香が見透かしたように言った。
「今、変なこと考えませんでしたか。私は、今日飲んで帰るのは危ないから、もともとこのホテルに泊まろうと思ってお店の予約とともに部屋も予約してたんですよ」
「あぁ、そうなんだね。いや、別に変なことは考えてないよ、本当に」
「本当ですかー、怪しいなぁ。でも健二さんだったらいいけど」
「えっ、今なんて言った、よく聞こえなかったけど」
「何も言ってませーん。じゃあ、ルームサービスを頼んで飲みましょう。行きますよ」
「よーし、今日はだいぶ気分も良くなった、もう少し飲もう」
「良かった、今日誘った時はすごく沈んでいたから心配だったんですよ」
「あぁ、そうか、ごめんね。でももう吹っ切れたよ」
実にデータアナリストとは思えないリーダーシップだ。健二は自分よりPMに適任なんじゃないかと思うほどだった。しかし、自分はあんなに素早く分析はできないから、やっぱり今の仕事を継続してもらう方がいいと考え直した。バーを出て、里香が予約した部屋に二人で入った。部屋は、なぜかダブルベットの部屋で広かった。部屋に着くと、里香がルームサービスを注文した。チーズの盛り合わせと白ワインだった。里香は健二が白ワインの方が好きだということを知っていた。それもイタリアのワインが好みだということも。しばらくすると、ルームサービスがやってきた。里香は、ワインクーラーに入っているワインのコルクを器用に抜いて、二つのグラスに注ぎ分けた。そして一つを健二に差し出した。
「どうぞ。イタリアの白ワインよ。私は白の方が好きなの」
「へぇ、奇遇だね。僕もワインは白の方が好きなんだ。チーズも好きだよ」
「わぁ、良かった。私と好みが同じですね。カンパーイ」
食事の時からすれば、かなりの量のアルコールを飲んでいるはずである。健二もしっかり意識しないとアルコールに負けてしまいそうな感じである。一方、里香はまだまだしっかりしている。ひとしきり飲みながら話をして、ワインのボトルも半分程度になった時、里香が切り出した。
「健二さん、このまま、一緒に朝を迎えてもらえませんか。私、一人だと寂しいし。もう強がるの疲れちゃったし」
「えっ、本当に。僕は里香さんとなら嬉しいけど。というより、僕も今日は一人で過ごしたくない気分だし」
「良かった。じゃあ、シャワーを浴びて残りのワインを飲みましょう。先に浴びてきていいですか」
「あぁ、いいよ。僕はその後でシャワー浴びるよ」
里香はそう言ってバスルームに行った。しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。健二は全く後悔する気持ちを感じることなく、これから始まる新しい時間に期待していた。しかし、しおりから別れのラインが来た途端、こんな展開になるとは予想もしていなかったが、これが健二にとっての運命なのかと感じて自分を納得させ始めていた。しかも、相手は、自分の会社の部下で頭の切れるデータアナリストである。これまで一緒に仕事をしてきたが、今日という日を予測することは全くなかった。人生とは全く不思議だなぁと一人で考えているとシャワーを浴び終わった里香がバスタオルをまいただけの姿で戻ってきた。
「健二さん、今日起こった嫌なことを全て洗い流して来て。待ってるから」
「ありがとう。シャワーとともに洗い流してくるよ。過去を」
そう言って、健二はシャワーを浴びに行った。健二は無心になり、シャワーを浴びながらボディソープで汗を流した。同時に思いっきりシャワーを浴びで少しでも酔いを覚まそうと試みた。しかし、短時間で蓄積されたアルコールはその酔うスピードを加速することすらあれど冷めることはなかった。多少スッキリとなった健二もバスタオルを腰に巻いて里香のところに戻っていった。
「はい、ワインをどうぞ」
「ありがとう」
「ねぇ、健二はどうして白ワインが好きなの」
「あぁ、特に深い意味はないんだけど、赤ワインの取ってつけたような渋みが得意じゃないんだ。白ワインは見た目通りの透き通った味わいが感じられるから好きなんだ。だから肉料理でもさっぱり感じられる白ワインを注文しちゃうんだよね。変かな」
「全然変じゃないよ。すごいと思った。ちゃんと自分を持っているってことに」
熱いシャワーで熱った体を覚ますには足りないワインの量だったが、喉を通過する爽快さは何とも言えないものだった。そして、二人は何も話すことなく、部屋の明かりを消して、ベッドインした。全ては里香の計算したシナリオ道理に進んだ結果だった。健二は心地よく失恋から新しい恋へのトランジションができたことに満足して気持ちのいい土曜日の朝をホテルのベッドで里香とともに迎えたのであった。
「里香、おはよう。君のおかげで新しい人生を歩めそうだよ」
「健二、私も同じ。今はとても幸せ。もう、私から離れないで」
「僕も幸せだ。昨日の夕方は地獄だったけど今は天国にいる気分だ。もう絶対離さないよ」
一夜明けて、お互いは名前を呼び捨てで呼び合うようになっていた。しおりの別れのラインに打ちひしがれていた健二はもうどこにもいなかった。そして、健二のことを前から好きでたまらなかった里香は健二を手に入れた喜びで幸せいっぱいになっていた。一夜明けて、二人の幸せはピークに達していたのだった。
健二にしてみれば、打ちひしがれている時に声をかけられ話を聞いてもらい、新しい恋の相手になってくれた里香に感謝していた。一連の出来すぎているシナリオを1ミリたりとも疑ってはいなかった。それが健二のいいところでもあり、里香が好きになった理由の一つでもあった。それに健二は、一夜にしてどん底の状態から光ある未来が見えるようになるとは夢にも思っていなかった。本来、予約したレストランも当日の予約は厳しいはずだし、急遽部屋も予約できていたということも本来なら疑うべき内容であったが、健二にとっては、全ては自分のために里香が頑張って手配しくれたものだという感謝でいっぱいだったのだ。とても、お人好しな性格で、真面目な性格である。最も、そんなところに里香は最初から惹かれていたのだ。だから、絶対に健二を自分のものにする方法を考え抜いていたのである。そのために随分前から計画していたことを健二は知る由もなかった。幸せに満たされた心に満足し、隣に里香がいるという現実が嬉しくて仕方なかったのだ。なぜか、しおりの時と違って、ホッとしている自分がいるということを健二は無意識の内に感じていた。
健二は、しおりを好きになった心の全てを空に解き放ってさよならした。しおりを好きだった心を全て忘れ去ることにしたのだ。そして、里香を強く思う気持ちに切り替えて今後の人生歩んでいく決心をしたのである。
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【小説】空に解き放った心
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