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空に解き放った心 - 第一話 極秘プロジェクト

極秘プロジェクト

 しおりと健二が出会う前、コンサルタントの翔は社長室にいた。翔がいなくなる直前のことである。

「翔、突然なんだが、すぐに渡米してほしい。今後の我が社の成長を考えるとデータセンターとしてクラウドセンターを運営している会社との提携が必須だということは感じているだろう」
「ええ、いつも話をしていることだから。コンサルティングの幅を広げて最終的にはシステム開発部門を僕は作りたいという話を社長にもしてたし。そのためには、クラウドセンターを利用できるようにすることが最初のステップで、その後、世界中のエンジニアを募集して体制を構築する。リモート開発の環境を確立して大規模でありながら安価なサービスを提供できる会社へと転換し、得られた利益は投資に回して資金を増やし、社員の給与に充てていきたいと考えていましたよね。最初はかなりの大規模投資になるけどきっとリターンを作れると思ってますよ」
「ああ、その通りだ。それを発案者のお前に託したい。クラウドセンターの契約という重要課題の部分を。ただし、他社に知られるとかなりまずい状況を作り出してしまう。特に今提携や連携しているシステム開発会社に情報が漏れると実施しているコンサルティングの分野にまで影響してしまう可能性が高い。クラウドセンターのことが確定した後、各開発会社との交渉を実施し、新しいシステム開発部門の発注先になってもらいたいからな。先に情報が漏れると離れられてしまう可能性が高くなるので何しろ極秘で進めたい。そうすることで、やっと交渉して連携できるようになった開発会社とのパイプを継続利用できるはずだ。結果的にはそれぞれの会社にとってもメリットがある話だが、事前にリークしてしまうと情報は正しく伝わらない可能性が高い。なので、我々二人の極秘事項として行動してくれるか。この部屋を出た瞬間から。そして、今から渡米してくれ」
「えっ、今から」
「そうだ。時間を空けると情報が漏れる可能性は高くなる。エア・チケットは手配してある。この後成田に行き、ニューヨークに飛んでくれ。交渉相手は、世界を代表するコンピューターメーカーであるICM(International Computer Machines)だ。私が考える条件は、ここに書いてあるが、この金額の二倍までならなんとかなる。全てはお前の判断に委ねる」
「相変わらずですね。その血を僕も弾いているのかな。嫌な気がしない」
「お前を信じてはいるが、どこか抜けてるところがあるのも事実だ。スマホとパソコンは新しいものを準備した。今使っているものは帰ってきたら返してやる。いろんな連絡先やパスワードが入っているんだろう。一年間は忘れて仕事をして来い」
「うわー、そこまでするか。と言っても、その方が確かに集中せざるを得ないな。わかったよ。父さん」

 こうして、父親と会話した後、その足でニューヨークに飛んでしまったのだ。しおりに連絡することもなく。いや、あえて連絡を絶ったのだった。これが失踪と噂された真相であった。成田について搭乗手続きを済ませ、ニューヨーク行きのファーストクラスに乗った。ニューヨークに着くまでにパソコンの設定確認と資料の読み込みをしなければならない。次の日の時差は気力で乗り切るしかないなと思いながら、ワインの力を借りて作業をした。無事にニューヨークに着く前にセットアップは終了した。飛行機の中でWiFiが使えるのはありがたいと改めて感じていた。

 アメリカに着いた翔は、ICM本社を訪問し、基本計画を説明した。向こう五年間で五千サーバー相当の契約にしていくことを約束し、見直し条件としては、日本のGDPの数値を設定した。つまり、日本国内のGDPが小さくなり、ビジネス規模が縮小したと判断できるときはサーバー数の見直しを行うというものだった。もちろん、その逆も取り込んである。必要なデータ量に応じて必要なストレージも変化する。その辺りの細かい見積もりについては、ICMのクラウド保守リーダーと毎日のように議論し、数値を決定していった。元々考えていたクラウドの利用方法は、今後プロジェクト開発まで契約範囲を広げた際のプロジェクト管理用の環境、および開発用の環境、テスト用の環境、研修用の環境である。また、プロジェクト終了後の保守のための作業域という位置づけでもあった。

クラウド環境なので適宜伸縮はできるものの、ある程度の見通しをつけ、ICM側で準備する必要のある資源量を見積もることも重要であった。よって、担当者との連日の会議が実施されていたのである。そしてこの後、全世界にあるクラウドセンターへの視察旅行が始まった。アメリカ国内でも何カ所もセンターが開設されている。その場所は原則として公開されてはいない。ICMの社員と共に、行動を共にし、それぞれのセンターの物理的なセキュリティ、論理的なセキュリティを確認して回った。一カ所に付きほぼ三日間を使い視察し、週末はその内容を社長に報告するための資料にするために時間を使った。こうして、アメリカから始まった視察は、イングランドをはじめとするヨーロッパの主要国を巡り、アフリカ、インド、シンガポール、中国などを巡ったのである。途中でクラウドセンターへのアクセスポイントの位置なども確認し、どこに開発会社の拠点を置いた方がいいのかまで視察した。ものすごい労力と時間を費やすことになったのだ。

 気がつけばあっという間に一年が経過していた。もちろん、しおりのことは気にかかっていたが、この仕事をなんとか形にしないと会社の未来が小さくなると考えると我慢して仕事に没頭していたのだった。そして、やっと、目処が立ち、日本に戻るチケットを手配した。最初に父親である社長に帰国することでコンタクトしたら、「しおりさんには、新しく付き合っている男がいるみたいだ」と告げられていた。一刻の猶予もないと感じていた。本社に戻って父親である社長からスマホを返してもらったら一番にしおりに電話しなくてはならないと思っていた。

 視察した内容とデータセンターの有用性などを整理し、次なるステップに踏み出すための計画としてまとめ、東京に戻った。もちろん、真っ先に父親である社長に報告をし、今後の投資計画の話をしたのだ。向こう五年間で五十億程度の投資が必要であるという報告に対し、社長はその程度の投資で進められるのなら、五年を三年に縮めることに挑戦しようと翔に言った。どこまでチャレンジャーなんだと翔は思ったが、挑戦する甲斐があると感じたし、しおりが仕切ってくれれば、もっと立ち上がりが早くなるかもしれないなと感じていた。もちろん、社長には、まだしおりのことを正式には紹介していないが、反対するような人ではないと信じているため内心では安心していた。もちろん、しおりがもう一度振り向いてくれるという前提ではあるが。

何はともあれ、とりあえず極秘のプロジェクトは成功裡に終了した。やっと、スマホとPCを社長から返却してもらい、まずはOSの最新化を社長室で実施した。一年間未更新なのでさすがに時間がかかったが、最新状態にしないと安心はできない。スマホホもPCも新しい機種が出ているので買い換えたいが、まずは最新化してしおりに連絡できるようにすることが最優先だった。しかし、翔の心は穏やかではなかった。帰国する前に、しおりには、「好きな男ができている」と聞かされていたからだ。しおりの性格からすれば、「捨てられた」と思っているのだろうということは察しがついた。なので、余計なことは言わずに、ストレートに伝えたほうがいいと確信していた。


つづく

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