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【SS】 蔵書のない図書館 (2392字)  #シロクマ文芸部

 本を読むために生まれてきたような正一という中学生がいた。しかし、生まれた家は貧乏で本を買うこともままならない。正一はそんな環境に文句も言わず、毎週図書館に通って一週間分の本を借りて読み漁っていた。最寄りの図書館の本はほとんど読んでしまったが、同じ本を何度も読み返し、その度に新しい発見と出会える楽しみを味わっていた。

 だが、そんな読書生活がある日突然できなくなってしまった。それは本が大好きな正一に突然訪れた不幸な出来事となった。正一は毎週図書館に通うことを習慣にしていたのに、図書館の入り口に貼られた貼り紙を見て肩を落としたのだ。

「えっ、今日から三ヶ月間、図書館の利用は返却以外禁止だって。そんな…先週来たときには貼ってなかったのに」

 図書館の入り口で呆然と立ち尽くしていると、警備員が声をかけてきた。

「やぁ、正一くんじゃないか」
「あ、警備のおじさん。こんにちは」
「あーそうか、今日から休館日だったのを知らなかったんだね」
「ええ、先週来たときには何も貼ってなかったんですけど」
「そうだよね。これ、貼ったの二日前だから…。最近はめっきり利用者が減ってしまったから、告知も遅くなったんだろうね。ごめんねぇ」
「えっ、そうなんですか。でも、警備のおじさんのせいじゃないですよ。それにしても、なんでこんな急に…」

 正一は自分が見過ごしていたわけではないとわかり、もう少し早く掲示してくれればいいのにとちょっと腹立たしくなった。

「だよね。我々も全く知らなくて、この貼り紙が貼られる二日前に聞いたんだよ。正一くんのような図書館ファンには本当に申し訳ないよね。なんだか、デジタル庁からのお達しで、蔵書を百倍に増やすらしいんだよ。そのための工事なんだそうだ」
「えっ、蔵書を百倍…それはすごい」
「でもね、図書館のスペースはこれまでの半分になるそうだよ」
「どういうことですか。だって、蔵書が百倍なら敷地が増えないとダメですよね。あっ、もしかしてタワー図書館になるとか」

 一瞬興奮しかけた正一だったが、警備員は涼しい顔で言い放った。

「それが、そうじゃないみたいなんだよ。紙の本を全て無くすらしいんだ」
「えーーー、紙の本を無くすんですか」
「あぁ、デジタル庁のお達しらしいよ。タブレットを持参して読んでもらう形式に変更になるらしいよ」
「そんな、紙の本はページをめくる楽しみがあったのに…それにタブレットだなんて」

 正一は、呆然としてしまった。唯一の楽しみを奪われてしまうということに心がついていかなかった。

「まぁ、私は本を読まないからどっちでもいいんだが、正一くんにとっては大問題なのだろうね」
「そうですよ。大問題ですよ…」

 警備員との会話の後、なす術もない正一は図書館を諦めて家路を急いだ。だが、心穏やかではなかった。正一の家はかなり生活が厳しく、図書館から本を借りて読むことだけが日々の楽しみだったのである。まだ、中学生だった正一にとっては人生の楽しみを全て奪われたようなショックに襲われていた。

「ただいまー」
「あら、正一、早かったのね。図書館はどうしたの。元気ないみたいだけど」
「うん。図書館、工事するらしくて入れなかった」
「あら、そうなの。でもそれだったら新しい図書館になるのね。それまで我慢すればいいじゃない」
「でも、紙の本は全部無くなっちゃうらしいんだよ。デジタル庁とかの命令なんだって。それにタブレットを持参して行かないと読めないらしいんだ」
「えっ、そうなの。ごめんね。うちで本を買ってあげられないからいけないのよね」
「え、違うよ。そんなことはないよ。お母さん、一生懸命働いてるんだから」
「でも、本が大好きな正一なのに…」

 あまり沈んでいる様子を見せると申し訳ないと思った正一は、元気なふりをして自分の部屋へと入った。

「あーあ、楽しみがなくなったなぁ。タブレットでも買えれば変わるのかもしれないけど、貯金もそんなにないしなぁ」

 扉越しに正一の愚痴を聞いてしまった母親は、その足で図書館に向かった。

「すみません。責任者の方いらっしゃいますか」
「奥さん、どうされました。今は工事中なので図書館の関係者は市役所に出勤してますよ。ここには誰もいません。あれ、もしかして正一くんのお母さんですか」
「ええ、そうです。この図書館がすっかり変わってしまうということで心配になりまして。あの子は本を読むことが大好きなんです。でも、デジタルになったら借りて帰ることができなくなりますよね」
「いや、お宅でパソコンとかタブレットがあれば読めるようになるらしいですよ」
「ええ、でも我が家にはそんなものを買う余裕がないんです…」
「ああ、そうでしたか。わかりました。私がなんとかするように言っておきます」
「えっ、でも…」

 そんなことがあってから数日後、正一宛に「精密機器」というラベルが貼られた宅配便が届いた。正一には心当たりがなかったが、開けてみた。

『いつも図書館を利用していただいている特別な市民の方へ 
 今後はデジタル図書館に生まれ変わることを機にタブレットを送付させていただきます。このタブレットは図書館を日頃よく利用していただいている市民の方へのプレゼントです。今後は貸し出し中になることのない電子書籍を借りていただき、心ゆくまで読書にふけってください』

 そんな手紙と共に、タブレット端末が同梱されていた。正一は、手放しで喜んだ。これでデジタルになっても本を借りられると飛び上がりながら母親に自慢した。

「お母さん、ほらタブレットだよ。タブレットが届いた。プレゼントしてくれるんだって。やったー。これで図書館へ行けるぞー」
「よかったわね、正一。これでまた本を読めるわね」
「うん」

 この日から、母親のパートが一つ増え、今まで以上に帰りが遅くなってしまった。三ヶ月間だけ、図書館の蔵書搬出の手伝いをすることになったのだ。


あとがき

 中学生の頃、図書部長を担当していました。そのせいか、図書室に入り浸っていることも多くありました。本を手に取りページをめくりワクワクしながら読んでいたものです。今では私自身も本屋に行くこともなくなり、タブレットで無機質なページをめくって読んでいます。もしかしたら図書館もそうなってしまうのかもと思い、創作してみました。

 表紙の画像はCHATGPTに作ってもらいました(便利になりましたよね)


下記企画への応募作品です。

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