#22│桃太郎「鬼が自分の9倍強いうえに9999匹いるんですが」
「お前は・・・・・オジイサン・・・・・!?」
「よぉ、猿飛。元気にしてたか?」
にらみつける猿飛とは反対に、オジイサンとやらは、にやにやしている。
「ちょっと待ってや。猿飛はん、わかるように説明してや」
猿飛は、当惑と悲しみが混ざった表情で言った。
「こやつの名前は、干将。オバアサンの夫であり、かつて最高の刀鍛冶と呼ばれた男だ」
ちょっと待て。オバアサンの夫ということは・・・・・・
「桃太郎さんにとっての、オジイサン――ということですか?」
そういうことになる。しかし、“オジイサン”というには若すぎる。
「干将、朱天童子に捕らわれていたのか?」
そうだ、オバアサンによると、オジイサンは朱天童子討伐に出かけ、帰って来なかったという話だ。
猿飛の問われると、干将は歯を見せて笑う。
「冗談はよせ。誰が朱天童子ごときに」
干将は、笑いを止め、鋭い目つきで続けた。
「ワシは、殿様から派遣された百人の侍どもと一緒に朱天童子を倒しに来た。そこで、見つけたんだよ」
「まさか、若返る秘薬、光る紅千鳥か!?」
楽丸が身を乗り出して聞く。
「そうだ。どんなに探しても見つからなかった、あの薬草が、鬼ヶ島にありやがったのさ」
干将は力を誇示するように両手を広げた。楽丸は、それを聞くと、黙り込んでしまった。
「若返ったワシは、自分の強さを試すため、一緒に鬼ヶ島に上陸した人間百人を斬った」
「なっ!?」
「朱天童子も倒した。若い身体と、これさえあれば、当然の結果だ」
干将は鞘から刀を抜き、上に掲げた。
中国刀だった。刀身は先端に向かって幅広になっている。
柄が短く、干将は片手で扱った。
「だが、ワシは朱天童子を斬り伏せて思った。『もっと強い奴と戦いたい』と。だから奴を生かしたままにしておいた。利用できると思ったからだ」
なんという男だ。考え方が狂っていやがる・・・・・・。
「お前、朱天童子に何か指示したな?」
干将は、ふたたび笑った。
「さすがだなぁ。猿飛。お前は聡い。そう、朱天童子に命じた。『桃太郎がお前を倒しに来るよう仕向けろ』とな。そうすれば、桃太郎は朱天童子を倒すために強くなる」
なんなんだよ、この男は・・・・・・。
「おいおい、そんな顔するなよ桃太郎。ワシは、幼いころのお前を育ててやったんだぜ?」
「そうだ、だから干将は桃太郎の運動神経を知っているんだ。そして、運動神経抜群の桃太郎を間接的に鍛えた。自分の好敵手にするために・・・・・・」
猿飛の推理に納得してしまう。そんな状況が悲しかった。
「ちなみに、女のお前を桃太郎と名付けたのはワシだ。牛頭たちは若い娘が大好きだからな。戦士として未熟なうちにお前を食べちまうかもしれねぇ。それを避けるためだ」
衝撃の事実が次々に明かされていく。
思考は追いつかず、怒ることすらできなかった。
「お主は私に米作りを教えた。『人間と動物の共存を目指す』という理想はどうした!!」
猿飛が目を吊り上げてどなった。
「『理想はどうした』、か・・・・・・。その問いに答えるなら――」
干将が、刀の切っ先をこちらに向けた。
「どうでもよくなった。ワシは、強いやつと戦いたい。それだけだ」
この言葉で覚悟が決まった。
こんな危険な思想の持ち主は、斬るべきだ。
育ての親らしいが、記憶はない。。
干将は右足を前に出して半身になっている。
右手に持った中国刀の切っ先は、さきほどから変わらず顔面に向けられている。
刀の先がぎりぎり交差する間合いだ。
相手は人間。脛を斬れば、勝負はつく。
しかし、脛斬りは仕掛けたあとの体勢が悪い。
「そうだよなァ、簡単には跳びこめんよなァ」
大振りの牛頭と違い、奴は素早い攻撃を仕掛けてくるだろう。足を上げてかわされ、手首や頸動脈を少しでも斬られれば、致命傷になる。
剣道の試合のように、剣先で牽制する状況が続く。
「てめぇこそ動けてねーぞ」
挑発を試みるが、眉ひとつ動かない。
「おい猿飛、邪魔すんな」
干将が目だけ右に動かし、言う。
(猿飛!?あぶねーぞ、近づくな!)
反射的に干将が見た方向に視線を動かす。
が、そこに猿飛の姿はない。
瞬間、干将が突風になる。
「――ッ!?」
本能的に刀を掲げ、相手の刃を受ける。受けに回った両手を強烈な衝撃が襲い、手首が折れたかのように感じる。
(だましたなッ)
懐に入られた。二撃、三撃、と受けるたびに、両手首が折れたかのような激痛が走る。
あの中国刀だ。“重み”が違う。切れ味なら一期一腰も負けないだろうが、重さをいかした打ち付けの威力が段違いだ。
「なかなかやるじゃねーか!」
その中国刀を振り回す干将の腕力、そして一瞬で間合いを詰めた瞬発力・・・・・・。
なるほど、こいつは強ぇ。
だが、今まで一度も致命傷は受けていない。
“剣は手の延長線上にある”
師範の言葉だ。
手の動きを見ていれば、武道の素人である干将の攻撃を見切るのは難しいことではない。
(隙をついて、手首を斬る)
そう考えた瞬間、干将の唐竹割を受け止めた一期一腰が、眼前で粉々に砕け散った。
「刀の差が出たな」
干将が冷徹に言い放つ。
「年老いたババァが作った刀なら、こんなもんだろ。莫邪の宝刀《ほうとう》は、完成しなかったか」
それが、最後に聞いた言葉だった。
(つづく)

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