大犬空港物語(16)「単身赴任の台所は危険がいっぱい」
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俺の名前は、大谷浩平。
朝が来た。
この地で迎える朝も、もうすっかり日常になった。
アパートの窓を開けると、ほぼ目の前に電線が走っている。
そこには、いつも鳥がいる。
今朝は二羽のスズメが並んでいた。つがいかな。
じっと俺を見ながら、なにか話しているように見える。
――鳥の言葉がわかればいいのにな。
「たまごを産むのは、スズメでもいい、だったっけ。」
竹野内さんの言葉を思い出す。
俺が産んでもいいわけだ。
そのとき、スマホが鳴った。
娘からのメッセージがポップアップする。
「パパのnoteはいつ始まるの?w」
皇居を散歩しながら娘と話した、あの冬の朝からもう半年が過ぎようとしていた。あのとき俺は言った。
「noteに書くよ。俺の仕事が、どんなに楽しいか、どれだけワクワクしてるか。言葉じゃ全部は伝えきれないけど。たまにでいいから、読んでくれるかな」
――書けない……。
いや、正確には書いた。けど、面白くなかったんだよな。
まさか、待っていてくれたとは。
うわぁ、どうすっかなー。
……ま、まず会社に行かねば。
今日は早番で、7時30分出社だ。
空港の裏口に配達された新聞受けから新聞を取る。直営カフェで販売する分はカフェへ、会社で購読している分は事務所へ持っていく。
電照広告のスイッチを入れ、エスカレーターを動かし、ロビーのテレビをつける。消えている明かりをひとつずつ点灯していくたびに、空港が呼吸し始め、眠りから覚めていく。
早番の仕事。
ロビー1階に、警備員の松平さんが立っている。がっしりとした高身長を警備服で包み、齢六十を超えても精悍なたたずまい。空港の夜と朝を守る番人だ。
「おおだにさん、おはようございます。休みだったスカ?なにしてだスカ?山菜どが取りに行ったりしたスカ?」
赴任したばかりの頃は、この方の言葉がほとんどわからなかったけれど、
いまはだいぶ聞き取れるようになった。
「山菜の季節なんですか。私はあまり詳しくなくて。おすすめの山菜はありますか?」
「いやぁ、もう山菜だば季節でねぇ。あれは春先だがら」
(……いや、あなたが“山菜取り行ったか”って聞くから、
“山菜の季節なんですか”って聞いただけなんです……)
俺はあいまいにうなずく。
「おすすめだば、コシアブラだすな。まあ今年はもう終わりだすばって。来年の春だばまぁ」
うん、来年か。俺、ここにいるか、わからないけど。
「だばって、自分で取りに行ぐのだばすすめねっすよ。ほら、まぢがってウルシだのなんだの天ぷらにして食ったりすれば死ぬ目するすね」
「はい、気をつけます」
世間話と引き換えに点検シートを受け取った。
ウルシを天ぷらにして食べちゃった人がいるって?冗談だろ。
まあ、俺はそもそも天ぷらを食べないんだ。筋肉と体形を維持するために、油と砂糖と添加物と塩分は極力避けているから。
だからたぶん、そんな目にあうことはないだろう──。
仕事帰り、道の駅に立ち寄る。
夕方の産直コーナーには、山菜どころか野菜もほとんど残っていない。
あっちにひとつ、こっちにふたつ、ぽつりぽつりと残る小さな袋入りの緑は、どれも青唐辛子だった。
「へぇ、青唐辛子。これでペペロンチーノも悪くないな。」
フライパンにオリーブオイルを熱し、刻んだ青唐辛子を炒めていく。
すごくいい匂いがする――最高じゃないか。俺、料理のセンスあるかも。
……と思ったのも束の間。
んっ?鼻が痛い?
思わず鼻に手をやると、指先でふれた部分に痛みが走った。
あ、素手で青唐辛子を刻んだから、手に成分が付着して―—
次の瞬間、胸がズキンと痛んだ。
んんっ?なにこれ。
は、肺が、肺が痛い?
待って、目も痛い。
いや、顔が痛い。全部痛い。
やばい。これは……
青唐辛子の成分が、微粒子となって台所に満ちているんだ。
リアルに毒ガスだこれは。死んじゃうやつだこれ。
吸い込んでしまった。呼吸をするたびに胸が痛い。
換気扇を「最強」にする。
窓を開け、夜風を吸い込む。
は、は、は、と浅く短い呼吸を繰り返す。
その夜、俺は肺に入ってしまった青唐辛子が抜けないまま眠りについた。
――痛い。明日は俺、この世にいないかも……。
作者のひとりごと
この物語はフィクションですが、大谷さんの料理の腕前については、作者にもまだわかりません。なんとなく「苦手なのでは?」と思っています。
大犬空港は架空の空港ですが、東北の小さな空港をヒントにしています。
そして実は、私の“本業”は、そのモデルとなっている空港のファンクラブ会員を増やすこと。この小説をきっかけに、空港や地域のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。
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