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大犬空港物語(9)「奈落の底で、光が見えた」

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冬が来た。
その朝、アパートのドアを一歩出ると、街の景色が一変していた。
 
葉を落とした木々の枝1本1本に、白い霜がついて輝いている。枯草も、小石も、アスファルトも、建物も、目に入るすべてのものがキラキラ光っている。小さな氷の粒が、ダイヤモンドを散りばめたように光を放ち、その光がはるかかなたの嶺までずっと続いているのだった。
 
空はどこまでも青い。地上はどこまでも白い。
かぐや姫がほしがっていた「蓬莱の玉の枝」って、きっとこれだ。
 
肺に入る空気が、痛いほどに冷たい。
 
「今朝の景色、すごかった。俺、感動しちゃったんだけど。
 こっちの人は、ああいうの慣れてるの?」
 
出勤して、聞いてみた。
 
「きれいでしたよね。ほんとに。毎年見ていても、感動しますよ、私も」
 
それから数日後、雪が降り始めた。
空港の駐車場にそびえる、UFOのような照明塔が、おちてくる雪を照らす。
音もなく、風もなく、光の輪の中で、チラチラと踊るように。
 
ここに来る前、俺の会社は、コロナで折れかけた翼を必死にはばたかせようと、もがいていた。俺は本社部門にいて、重い職責を少人数で任され、上司の顔色を伺いながら、なすすべもなく途方に暮れていた。日比谷公園のベンチに座り、噴水で水を飲むハトを、ただ見ていることもあった。日が暮れると、光に浮かぶ国会議事堂を、暗い気持ちで見上げる日々だった。
 
それでも、会社の中枢にいるという自負で、プライドで、思い込みで、1日、1日、自分を奮い立たせていた。そんなとき突然命じられた出向だった。

「出向って、おれ、なにをしたらいいんだろう……」

スマホを取り出し、「出向者」と打ち込んだ。

画面には「左遷」「うざい」「使えない」そんな言葉ばかりが並んでいた。

「ああ、俺のことか」と、胸の奥が冷たくなる。

「もう動くなってことなんだな、わかったよ……」

会社から出るんだ。もう会社名を名乗ることも許されない。

心が折れ大きなショックを抱えて、ここにやってきた。
この場所は俺にとって、奈落の底の、さらに底だったんだ。
 
車に積もった雪を軽く払い、エンジンをかける。
 
「いや、ここは、奈落の底なんかじゃない。」

思いだせ。ここに来てからのこと。
俺に少し慣れて、しっぽを振ってくれる秋田犬たちのこと。
ここで出会った人たちがくれた、あたたかい言葉。
この年になって初めて勉強した新しい知識——。
俺、がんばってるって言っていいよな。
 
「大谷取締役のこと、嫌いな人なんかいるんですか?
 ちょっと信じられないな」
そう言ってくれた社員がいた。なにげなく言ったのかもしれない一言が、俺のすべてを肯定してくれるように感じた。
 
俺は、ここで救われたのかな。
どん底からの成り上がり伝説を創れるのかな。
 
翌朝

雪はそうとう降り積もっていた。俺は会社のみんなに宣言した。
「雪かきは、俺にまかせろ!心配するな!元高校球児だからな!」
 
……あれ? 腰、腰が痛い。 

作者のひとりごと
第9話を読んでくださって、ありがとうございます。
今回のタイトルになっている「奈落」というのは、お芝居の舞台の地下のことだそうです。秋田県小坂町にある「康楽館」で実際に「奈落」を見ることができます。

大犬(おおいぬ)空港は架空の空港ですが、東北の小さな空港をヒントにしています。そして私の“本業”は、そのモデルとなっている空港のファンクラブ会員を増やすことです。

次回、いよいよシーズン1 最終回。舞台は、再び東京です。

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