大犬空港物語(21)「秋田弁の向こう側」
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俺の名前は、大谷浩平。
事務所で電話が鳴った。
「はい、大犬空港ビルです」
竹野内さんが応対している。
どうやらアポイントの確認らしい。
「はい」「はい」と穏やかに続いていたが、
ふと、テンポがゆっくりになった。
「その件は、江藤さんに伝えていましたけれど」
電話を切ったあと、
「忘れたな、あのわらし(笑)」
と独り言が聞こえた。
――あのわらし?
あれっ? いまの、秋田弁?
ちょっとびっくりして、
それから、なんとも言えない気持ちになった。
俺は方言を話す人(正直に言うと女性)が好きだ。
仙台にいた頃も、大阪にいた頃も、福岡にいた頃も、
その土地の言葉を話す人(正直に言うと女性)が好きだった。
秋田弁をもっと聞きたいのにな。
高齢の方は秋田弁で話してくれる。
でも職場の人は、標準語だ。
みんな、俺と話すときは方言を隠してるの?
意識して聞いていると、スタッフ同士で話すとき、
地元のお客さんと話すとき、
多かれ少なかれ、俺と話すときとは微妙にニュアンスが違うのだった。
俺だけ特別扱いってこと?
みんな素を隠してるってこと?
そう思い始めたら、なんだか、とても寂しい気持ちになった。
ある日、電話を切ったタイミングで話しかけてみた。
「竹野内さんも、地元の人と話すとき秋田弁なんだね。
俺とも秋田弁で話してみてよ」
笑ってほしかった。
笑って秋田弁を聞かせてほしかった。
秋田弁の良さを、俺、わかりたかったんだ。
なのに――
竹野内さんは「えっ」と一瞬驚いて、
むしろ笑みを消した。
言葉を選んだようだった。
少し間を置いて、真剣な顔で言った。
「……それ、けっこうむずかしいリクエストなんですよね。
私はなまりを隠そうとか、かっこつけようとか思ってるわけではないんですよ。
ただ、相手がわかる言葉で話そうとしているだけです。
相手が英語しか話せない人なら、私も英語で話すように努めます」
「じゃあ、相手が関西弁だったら?」
「標準語で話すと思います。相手がわかると思うことがポイントです」
「じゃあ、相手が宇宙人だったら?」
「それなら秋田弁か、津軽弁かな。
あれっ、もしかして、仲間外れって思ってます?」
「隠してほしくないんだよね。俺のために無理してほしくない」
竹野内さんは、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「……いままでも同じでしたよ。
大谷取締役が、聞き取れるようになったんだと思います」
作者のひとりごと
遠方から来た方に、「秋田弁で話してみて」って言われることがあります。秋田弁といっても地域によって微妙にちがうし、どうやら敬語もあるらしく。「正しい秋田弁で話さなくては」と思うと、やけに緊張してしまいます。独り言は、たぶん秋田弁なんですけれど。
大犬(おおいぬ)空港は架空の空港ですが、東北の小さな空港をヒントにしています。そして私の“本業”は、そのモデルとなった空港のファンクラブ会員を増やすこと。この小説を通して、少しでもこの地域や空港に親しみを感じていただけたら、うれしいです。
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