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大犬空港物語(11)「出向2年目、決算の季節」

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俺の名前は、大谷浩平。
 
取締役に就任してから、9か月が過ぎた。
会社は決算期を迎え、オフィスはますます紙、紙、紙、紙の山。
「あの書類どこ行った?」「決裁できてますか?」の声が飛び交う。

赴任してすぐに俺はこの紙、紙、紙……をなんとかしようと思ったが、実際にはなにもできていない。
 
この9か月で俺がやったことといえば、新入社員を採用したこと──それだけだ。4人目となる正社員が、来月からここで一緒に働き始める。

事務方の竹野内さんは、決算と新入社員の受け入れが重なって、いつにも増して忙しそうだ。

俺は、何をすればいいんだろう。
──いや、何もすることがない。

俺は、事務所わきのキッチンスペースへ向かい、自分でコーヒーメーカーをセットした。香ばしい匂いが広がる。
 
新入社員向け業務指示のファイルの中に、社員全員のカップと飲み物の好みが書かれた手書きの表が残っていた。いまはもう誰も残っていない元社員たちの名前。

この職場でも、かつては若い女性社員がお茶やコーヒーを淹れて全員に配っていたと知り、複雑な気持ちになる。朝・午前10時・午後3時――Aさんは緑茶、Bさんはコーヒー(砂糖のみ)、Cさんはほうじ茶……。もちろん、これから入社する社員には、こんなことはさせないわけだが。
 
キッチンから事務スペースに目を向ける。
あんなに仕事があるのに、お茶くみまでしていた時代があったなんてな。
 
決算の数字と格闘しながら、新入社員用の書類事務まで同時にこなしているのは、総務課・経理担当の竹野内由里子さん。新年度を前に、いまいる社員の昇給や給与改定の処理まで抱えている。

社規社則集を片手に、パソコンでは会計ソフトと給与ソフトとエクセルを開き、印刷された書類に赤ペンを走らせる姿は、まるで複数の楽器を同時に鳴らすオーケストラの指揮者のようだ。

インフォメーション係と同じ制服を着ているから、初めて会ったときはそんなにベテランだと思わなかった。「妻が扶養に入ってるか」とか「娘は大学生か」とか聞かれて失礼なやつだ、と思ったが、人件費計算に必要なだけだった。本当にごめんなさい。
 
正社員3名のうち、事務方は彼女だけ。あとの2人は施設担当だから、俺はどうしても竹野内さんとタッグを組むことが多い。
 
ふいに竹野内さんが手を止めて顔をあげたので、声をかける。
 
「俺にできることがあったら……」
 
「はい、あります」
 
低めでやわらかく、落ち着きと包容力を感じさせる声。
 
「でも、その前に、コーヒーメーカー、ちゃんとセットできてますか?いつもより湯気がすごいような」
 
「えっ?えーーーっ、うわあーーーーーーっ」
 
俺がセットしたコーヒーメーカーは元気いっぱいにコーヒーを作っていた。しかし、その下にセットするポットがずれていたため、できたコーヒーはほとんどポットに入らず、その下にある“もえないゴミ専用”のゴミ箱に落ちていた。
 
使い古しの電池や金物が入ったごみ箱だ。
 
「ごめん!」
 
俺はほんの少しだけポットに入ったコーヒーをカップに移し、コーヒーメーカーを洗って、こぼれたコーヒーを布巾で拭いて役員室へ戻った。
 
──そのあと、彼女がキッチンスペースに入り、使い古しの電池や金物を古新聞に広げて一つずつ拭き、ごみ箱を洗って乾かしていたことを、俺はずっと後になって知るのだった。

作者のひとりごと
おかえりなさい、大谷さん。
出向2年目の大谷浩平は、どんな活躍をしてくれるのでしょうか。
season2も、どうぞよろしくお願いいたします。

大犬空港は架空の空港ですが、東北の小さな空港をヒントにしています。そして実は、私の“本業”は、そのモデルとなっている空港のファンクラブ会員を増やすこと。この小説をきっかけに、空港や地域のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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