ひと夏のきみ(第7話)
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僕は、次の日の月曜日もとうもろこし売り場を手伝っていた。「とうもろこし発送金額自動計算ツール」は引き続きばっちり効果を発揮しており、この日はこれまでで一番、スムーズにこなすことができたと思う。詩織さんやパートの山内さんともそれなりに打ち解け、落ち着いてとうもろこしを売りさばいた。
ようやく役に立てるようになってきたかな、と思い始めたところだったけれど、今日でとうもろこしの売り場を手伝うのは最後の日になるらしい。今朝、朝食を食べているとき急に、女将さんからそう告げられたのだ。
「吉田さん、四日間本当にありがとう。おかげさまで忙しくなるピークも乗り切りました。今日の夜は、パートさんとか近所の人で集まって、みんなでご飯を一緒に食べましょう」
ということで、今日が僕のとうもろこし売りとしての最終日だ。この日はほぼトラブルもなく、夕方になってそろそろ店じまいという頃に、女将さんが旅館から出てきて、僕たちに声をかけた。
「皆さん、今日もおつかれさまでした。吉田さん、朝に言ったように、今日は宴会がありますから。少し休んで、六時になったら一階の大広間に来てください」
山内さんをはじめ他のパートさんや詩織さんもその宴会に来るそうで、それぞれ準備をするために一度解散となった。
僕は旅館の部屋に戻って少し休み、温泉に向かった。四日間の滞在中、僕はすっかりここの温泉が好きになっていた。入るとさっぱりして、暑さも気にならなくなる。少し時間があれば、ささっと温泉に入るようになっていた。仙台に帰ってから、ユニットバスの自分のアパートに帰るのが憂鬱だ。
温泉から上がって少し部屋で休んだ後、六時少し前に食堂の前にある大広間へ向かった。中にはテーブルが二つ並び、十人分くらいの席が用意されている。既に、茹でたとうもろこしや刺身の盛り合わせ、枝豆などがテーブルに並べられている。
テーブルの端には、岩渕さんが既に座っていた。既に瓶ビールを開けており、顔が少し赤い。
「おう、吉田さん。今日まで、どうもありがとう。こっちさ座りへ」
岩渕さんに招かれ、隣の座布団に正座で座る。
「もう少しでみんなも来ると思う。吉田さん、酒は飲めるんだが?」
「はい、そこまで強くはないですけど、飲みます」
そう答えた時には既にグラスを手に渡され、ビールをつがれていた。僕も岩渕さんにお酌をして、軽く乾杯をする。
お互いに一口飲み終えたところで、岩渕さんに聞いてみた。
「今日は、どういう集まりなんですか?」
「うん?まあ、ずっと手伝ってくれでる人とか、近くの人でご飯でも食べるがってなったわけさ。吉田さん、大学の調査で来てるから、色んな人に会っておいた方がいいと思って」
「いえいえ、煩わしくなんてないです。呼んでもらってありがたいです」
そう答えながら、自分が大学の用事で来ていることをすっかり忘れかけていたことに気づく。来てからの四日間、とうもろこし販売の任務を任されていたので、てっきり全うすることに夢中になっていた。
「あの、神さんと話ができるタイミングは、いつになるんでしょうか。そういえば、こっちに来てから会っていなくて」
「ああ、大丈夫。明日、連れ行くから。午前中、わの車で連れで行く」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます。岩渕さんは、神さんと前から知り合いですか?」
「うん、神さんとは学校一緒で、一つ先輩なのさ」
「え?」
岩渕さんは、何でもないことのように言って、瓶ビールを自分のコップに注いだ。
「わも神さんも、この辺の出身で、小学校も中学校も一緒なんだ。神さんは高校卒業して東京に出たから、しばらく会ってなかったけどな。十年くらい前に神さんがこっちに戻ってからは、よぐ話していた」
そうだったのか。今回、岩渕さんが自分のことを受け入れてくれたのも、神さんと縁が深かったからなのかもしれない。岩淵さんが続けた。
「神さんはこっち来てからエネルギッシュで、何さでも顔出して、色んな人を振り回す人だった。何となくわがるべ?」
「はい、僕も去年、すごくお世話になりましたし、すごく振り回されました。それにしても、僕はずっとここにいたんだから、神さんの方から会いに来てくれてもいいのに」
僕がそう言うと、神さんは「んだな・・・」とだけつぶやき、静かにたばこの火を消した。何となく、何かを言いたげな顔だったけど、岩淵さんは黙って次のたばこを取り出そうとする。
そこへふすまが開いて、人が次々と入ってきた。山内さんを先頭に、パート仲間の女性たちが四名。みんな日中のTシャツ姿ではなく、、少しだけよそ行きな感じの洋服に着替えてきていた。
その後ろから入って来たのも、知っている顔だった。温泉でよく一緒になった、大工の藤井さんだ。
「どうも、吉田さん。今日まで、頑張ったな」
「はい、おかげさまで何とか乗り越えました。お話聞いてもらえて助かりました」
「んだが?別に何も。助けになったなら、よがった」
藤井さんはそう言って、岩渕さんの前に座った。
その後、この地区の町会長をしているという男性も広間に入って来て、空いている席に座った。これで、呼ばれている参加者は全員らしい。
エプロン姿の女将さんと詩織さんが入って来て、揚げたてのきみの天ぷらが盛られた皿を、テーブルに置いていった。ようやく全員が席に着いて、岩渕さんがごく簡単な乾杯をし、宴会がスタートした。
「天ぷら、熱い内に、け」
岩渕さんが話しかけてくる。「け」は「食べなさい」ということ。三日もいると、不思議なもので津軽弁のニュアンスが感じられるようになってきた。
勧められた天ぷらを食べてみる。サクッとした歯触りの後に、とうもろこしの粒を噛むと、甘味が一気に口の中に広がる。茹でたものでもすごく甘いと感じたけれど、天ぷらにすると更に甘さが際立っている。
料理とお酒を楽しみながら、町会長さんにも挨拶をした。津川さんという方で、この地域の歴史を調べるのが好きだと語ってくれた。
「大学の調査実習で学生さんに来て頂けるなら、私もぜひ協力しますよ。いつでもご連絡ください」
そう言って、津川さんは名刺を僕にくれた。
「ありがとうございます。仙台に戻ったら、研究室の教授にも伝えておきます」
名刺を受け取って、ポケットにしまう。調査実習に役立ちそうな人との関係ができてよかった。岩渕さんが気を遣って声をかけてくれたのだろう。
その岩渕さんは、少し目を離した間に、最初より更に顔に赤みが増していた。あまりお酒には強くないようだ。
「吉田くん、飲んでるか?日本酒もいくか?」
「あ、はい。十分飲んでます。まだビールあるので、大丈夫です」
そう伝えたものの、赤くなった岩渕さんに僕の声は届いていないらしい。やや大きくなった声で、部屋の反対側にいる詩織さんに声をかける。
「詩織!そっちの日本酒、吉田さんに少し注いであげなさい」
詩織さんが半ば呆れた様子で席を立ち、コップと日本酒の瓶をかかえてこっちに歩いてくる。
「お父さん、あまり飲みすぎないでよ。お茶も飲んで」
岩渕さんはおとなしくお茶を受け取り、一気に飲んだ。その後、座布団を枕代わりに寝転がり、動かなくなる。
「大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫、お酒強くないのに、いつも飲みすぎるんだよね。いつもこうやって休憩に入るの」
詩織さんは慣れた様子で、岩渕さんが寝ながらテーブルにぶつかってもいいように、飲みかけのコップを真ん中の方に寄せた。
「吉田さん、本当に日本酒飲む?無理しなくてもいいけど、甘くておいしいよ。こっちの地酒なの」
「じゃあ、ちょっとだけ頂きます」
「いいね。じゃあ私も少し」
詩織さんはそう言うと新しいグラスを二つ持ってきて、日本酒を注いだ。さっきまで岩渕さんが座っていた席に、そのまま詩織さんが座る。
「はい、じゃあ乾杯。吉田さん、二日間お疲れさまでした」
「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」
グラスを軽く合わせて、一口飲んでみる。口当たりが柔らかいけど、飲み込むとしっかりと日本酒らしさを感じる。
「ねえ、まだ聞いてなかったけど、吉田さんってどこの大学なの?仙台から来たってことは聞いたけど」
詩織さんに聞かれて、確かに来てからの間はバタバタと働いていたので、お互いの話をゆっくりする時間が無かったなと思った。
「あ、仙台にある、青葉大学です」
「え…」
僕の言葉を聞いて、詩織さんがグラスを持っている手が止まった。
「そ…そうなんだ。ちなみに学部は?」
「文学部です。詩織さんは、どこの大学ですか?」
「私は…県内の大学だよ。さすがに通えないから、大学の近くでアパートを借りているけどね。こう見えても大学院生で、修士の一年なの」
「え?」
今度は僕が驚く番だった。
「院生だったんですね…詩織さん、頭いいんですね」
「いやいや、ただ研究が好きで、院まで行っちゃった。心理学の研究室にいるの。吉田さんは、今何年生?」
「僕は…実は今、休学中なんです」
僕は、詩織さんに休学した理由を説明した。就活も卒論も身が入らなくて、卒業できなかったこと。少し考える期間が欲しくて休学したこと。教授に言われて、今回青森に来たこと。
お酒が回っているからなのか、遠い青森にまで来たからなのか分からないけれど、あまり他の人に話さないことも、詩織さんにはすらすらと話すことができた。
「そうなんだ。吉田さん、こうやって話していると、とっても自然だけどね。こう言っていいか分からないけど、休学するようには思えないな」
「多分、先のことを決めてしまうのが怖かったんだと思います。他の友達がどんどん進路を決めていくのを見て、自分にはできないと思って」
自分の口から言葉が出てくるのを聞いて、初めて自分でも、自分の気持ちが自覚できたような気がした。自分の将来を決めるのが、怖かったのかもしれない。
詩織さんも、僕の言葉を聞いてうなずいた。
「それは、まあ確かに分かるなあ。私も、心理学が好きで院まで進んだけど、将来役に立つか分からないし」
「詩織さんは、卒業したら実家に戻るんですか?」
「うーん、それは今のところ考えていないかな。現実的じゃない気もする。両親も、好きな道に行けばいいって言ってるし。でも、私は一人娘だし。色々考えるよね」
詩織さんはそう言うと、少しの間黙った。何かを考えているようだったけど、やがて僕の方にぱっと顔を向ける。
「まあ、自分の行く先を決めるのは誰でも怖いよね。私も怖い。吉田さんだけじゃないよ。でも、吉田さんは大丈夫だと思うよ。自動計算のツールもすごかったし、素直だし努力家だから、大丈夫」
お酒のせいか、詩織さんの言葉がすごく心に響く。自分でも意外なくらいその言葉が嬉しくて、少し油断すると涙が滲みそうだ。
「あ、ありがとうございます」
平静を装って、できるだけ普段通りの声でそう返すのが精いっぱいだった。詩織さんが笑って、僕の肩をポンと叩く。
その時、テーブルの向かいからちょうどその様子を目撃していた藤井さんが、酔った口調で声を張り上げた。
「おろ!吉田さんと詩織ちゃん、随分仲良ぐなったんでねえが。とっちゃ、寝てる場合でねえぞ!」
藤井さんにはたかれて、目を覚ました岩渕さんが起き上がる。
「なあ、吉田さんに、詩織ちゃん持っていがれるぞ」
藤井さんがにやにやしながら話すと、岩渕さんもトロンとした目で同調した。
「吉田くん、詩織と一緒になるんなら、この旅館継ぐことになるぞ。覚悟あるんだが?」
岩渕さんによる突然の爆弾発言に、広間にいた人たちは全員、大盛り上がりだった。パートさん達も山内さんを筆頭に「後継者!決まりだ!決まりだ!」と騒いでいる。
「もう!みんなでふざけないで!お父さんも藤井さんも、静かにして!」
詩織さんは顔を真っ赤にして怒っているが、みんな楽しそうに笑っていた。
その後も、ふらふらな岩渕さんが別の日本酒やらウイスキーまで持ち出したり、藤井さんが若い頃のモテ自慢を聞いたりして、宴会は日付が変わるくらいまで続いた。
ここ最近、友人たちと会う機会も無くなっていた僕にとって、こんな風に賑やかな機会はすごく久しぶりのことで、ずっと笑っていた。いつまでも忘れたくない、本当に楽しい夜だった。
(第7話終わり)
第8話(最終話)はこちら
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