墓参りの季節
春生まれの父は、静かな人だった。
自分の部屋にこもって、本を読んでいることが多かった。父の小さな部屋からはよく、バリバリとやかましい音を鳴らすコーヒーメーカーの音が響いていた。
父が仕事に行っている間、僕はよく父のいない部屋に忍びこんだ。部屋の両側には本棚が置かれて、一番奥にはグレーの事務机と椅子。本と、煙草とコーヒーが混ざり合ったような匂いがしていた。
父の本棚を眺めて、自分にも読めそうな本を探す。ほとんどはミステリー小説や文庫本だったけど、たまに『めぞん一刻』などの漫画本もあり、こっそり借りては読んでいた。
父からおすすめを紹介されることもあった。さいとう・たかをの『サバイバル』をすすめられて、ドキドキしながら読んだのを覚えている。
中学生くらいになると、影響を受けて東野圭吾や宮部みゆきなどのミステリー小説を僕も読み始めた。
父から本を借りて、返すときに一言二言感想を伝えて、また次の小説を借りていくようになった。たまに僕も本屋で小説を買うようになり、父に紹介することもあった。
口数は多くない父だったけど、優しい人だったと思う。ぽつりぽつりとした口調で、本のこと以外にも、色んなことを教えてくれた。
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一度だけ、父に本気で怒られたことがある。僕が中学生の時にクラスの友人5~6人に誘われて、初めてブラックバスを釣りに近所の沼へ出かけた時のことだ。
当時の門限はだいたい18時くらいだったけど、友人たちは釣りに夢中で、中々帰ろうとしなかった。そうしている内に、辺りはどんどん薄暗くなっていく。
僕は先に帰りたかったけど、初めての場所だったので一人では帰り道が分からず、やきもきしながら一緒に釣りをしていた。まだ携帯も持ってなくて、親に連絡することも出来なかった。
結局、友人たちと釣りを終えて、家に着いた頃には19時近くになっていた。自転車をこいで家に帰ると、帰りが遅い僕を心配して、玄関の外で母が待っていた。
心配したよと駆け寄ってくる母に返事をしていた時、車で出かけていたらしい父も帰って来た。車から降りて、無言でこっちに向かってくる父。
恐る恐る「ただいま」と声をかけると、父は唇を震わせて顔を真っ赤にしながら、僕の左頬を思い切り平手打ちした。
「何時だと思ってる!みんな心配していたんだぞ!」
震える声で怒鳴り、そのまま家へ入っていく父。
僕は殴られた痛みとショックで、しばらくそこに立ち尽くしていた。母に促されて、家の中に入る。
母によると、僕の帰りが遅いことを心配した父は、万が一の水の事故でもあったらと、近くの川や沼を車で探し回っていたらしい。
その日は殴られた衝撃で、寝る時になってもずっと耳のあたりがキーンとしていた。父に思い切り殴られたのは、その一度きりだ。
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やがて僕は大学生になり、仙台で一人暮らしを始めた。
入学してすぐの頃は、家に帰っても誰もいないことがとても寂しかった。けど二か月も経つと研究室やサークルの仲間ができ、初めてのアルバイトや飲み会も経験して、僕は大学生らしい暮らしを送っていた。
その頃になると、父と会話をすることは減った。実家から電話がかかってきても、話す相手はほとんど母だった。
夏休みは青森に帰ったけれど、その時も父と会話をしたのは少しの時間だったと思う。父の部屋に顔を出して、大学のことについてちょっと話をしたくらい。結局すぐ仙台に戻って、大学の友人たちと過ごした。
季節はあっという間に冬になった。12月のとある日、講義を終えてアパートに帰ると、郵便受けに一枚のはがきが届いていた。
差出人は、父からだった。
裏面を見ると、手書きの文字で『今年読んだ本 ベスト10』という縦書きのタイトルが記され、その横にこんな説明文があった。
『今頃の季節になるとこんな感じの特集がよくみうけられます。
ただ自分で読んだ本なので出版された年は今年とは限らず
順位もさほど気にすることもなくとりあえず10冊選んでみたというだけにすぎません。
一枚に一冊をあくまで目標としていますがそのうち二~三冊になるかもしれません。
たいした本は読んでませんが、おつきあい下さい。』

それから三日置きくらいに一枚ずつはがきが届き、父がその年に読んだ小説のベスト10が一冊ずつ発表されていった。
装飾も文字もすべて手書きで、一枚ごとにデザインや構成もガラリと違う。父にこんな器用な面があったことを、それまで知らなかった。
一人暮らしの僕のために、当時の父がせっせとはがきを書いてくれたんだなと思う。本の話をする相手がいなくて、父も寂しかったのかもしれない。
結局、年末までに父から10枚のはがきが届いた。
最後のはがきには「今更ですが10枚着いてますか?次回もお付き合いください」と書かれていた。どうやら次の年もやるつもりだったらしい。
しかし結局、この企画は一回限りで終わってしまう。
この翌年、父はこの世を去ってしまった。
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今年は、父の十七回忌だった。
父が眠るうちの墓は、山あいの霊園にある。雪が深く積もるので、冬の間は閉鎖されて行くことができない場所だ。
青森に桜前線が近づいて、山の方に雪が少なくなると、そろそろ墓参りに行く季節だなと考え始める。ちょうど、春に生まれた父の誕生日が来る頃だ。
春は僕にとって、墓参りの季節。
あの時、父からはがきで送られてきたベスト10の作品は、まだ一冊も実際に読んだことはない。
読もうと思ったことは何度かあるし、何冊かは手元に本があるのだけど、なんとなくいつも、読み進める気分にならない。
読んでしまったら、何かが終わってしまうような気がしているのかもしれない。
たまにはがきを見ながら、父のことを思い出す。
墓参りに行くときはいつも、ジョージアの缶コーヒーを持っていく。コーヒー好きだった父が、運転するときよく飲んでいたエメラルドマウンテン。
本当はたばこもお供えしてくれと思っているのかもしれないが、僕は吸わないので、そっちは持っていけない。どうかコーヒーだけで勘弁してほしい。
春は僕にとって、墓参りの季節。
そして、春に生まれた父を想う季節だ。
「みんなのnote投稿コンクール」
#春になると思い出すこと に参加しました。
読んで頂きありがとうございました!
5/15追記
「みんなのnote投稿コンクール」佳作に選んでいただきました!
とても嬉しいです、ありがとうございます!
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