ショートドラマ集シナリオ「劇団黒バック」(3/5)
すぐれた役者は、そこに何もなくても、ありありと光景を浮かばせることが出来るという。
この実験ドラマは、「黒バックと二人の男」限定のショートドラマ集である。ミニマルな【演劇】を、カット割りや照明や音だけは【映画】形式で撮る。そうすると、そこに「それ」が浮かぶ……。
劇団黒バックは、あなたの想像力と共犯する。
BLACK-BOX THEATER: jacks your imgination.
劇団黒バック 第三回「消える」
脚本 大岡俊彦
#1 507号室
「初めての相手」「二人目の相手」について静かに語り合う二人。彼らの正体は実は……
#2 世直し
突然超能力に目覚めた男。「遠隔からおっぱいを触れる能力」だという。しかし遠隔から触ってみると、にせ乳だということが分かり……
#3 海賊版海賊
海賊にとらわれた男と海賊。しかしその海賊の正体は。
登場人物
A
B
●タイトル『消える #1 507号室』
○暗闇に座る二人
A、Bの二人が椅子に座り、話し合っ
ている。
A 「最初の人の話をしようか」
B 「最初の人」
A 「…覚えてないかい?」
B 「…覚えてないわけないさ。誰でも、
最初の人の記憶は鮮烈なものさ」
A 「そうだろうとも。ちなみに僕の最初
の人はね、サラリーマンだった」
B 「サラリーマン」
A 「そう。出張で名古屋から来た、若い
男だ。…ひどく酔っていた。酒臭かった。
夜中、突然マッサージ嬢を呼びたいと言い
出して、しかも金額で揉めていた」
B 「その子は満額払われたのかい」
A 「日本人じゃなかったので、ぼったく
られた、とずっとぶつぶつ言ってた」
B 「それで、一晩だけ」
A 「それで姿を消したね」
B 「…僕も、強烈に覚えてるよ」
A 「そうだろう」
B 「あの子、受験生だった」
A 「女子高生?」
B 「現役女子高生だね」
A 「ずいぶんはしゃいだろう」
B 「いや。彼女はずっと勉強していて、
彼女はそればかり気にしていて」
A 「そうなのか」
B 「彼女はなかなか寝つけなくて、単語
帳を枕の横に置いてずっと見ていた。黄色
いカードの単語帳で、自分でつくった手書
きのやつだ。何年も使っていて、それがあ
ると安心するんだろうね」
A 「寝顔は覚えてるかい?」
B 「ああ。幼くて、青い果実のような固
さが忘れられない」
A 「それで?」
B 「そうそう。その単語帳、実は壁とベ
ッドの間に落ちてたんだ。でも彼女は気づ
かずに時間通り起きて、出て行ってしまっ
たんだ。受験はさぞ不安だったろうね。そ
の後彼女がどうなったかは、僕には分りよ
うもないけど、その単語帳を初めての思い
出に、取っておけないかと悩んだっけ」
A 「いい思い出じゃないか」
B 「うん。恵まれている方かも知れない
な」
A 「…」
B 「…」
A 「印象に残っている人の話をしよう」
B 「そうだね。…訳ありの母親。…中年
の、太った女だった。ずっと誰かに電話し
ていた。旦那と喧嘩して、出て来たんだっ
て。明日あなたの家に泊めてくれないかっ
て。…でも、泊めてくれる人は見つからな
かった。彼女は孤独を嘆いたのか、夫との
事を思い出したのか、ずっと泣いていたよ」
A 「ずっと?」
B 「…深夜の、三時か四時ごろまで」
A 「隣の人は、迷惑だったろうに」
B 「それが、彼女は枕に顔をうずめたま
ま、ずっと声を押し殺して泣くのさ」
A 「なんという孤独だろうか」
B 「枕から上げた、その顔。…その顔が、
忘れられない」
A 「…」
B 「…君の、印象的な人は?」
A 「小説家だな」
B 「男の人?」
A 「男。中年の、脂っこい感じの」
B 「君は、男ばかりだね」
A 「僕は、男の方が多いね」
B 「それで?」
A 「本当に原稿用紙をクシャクシャクシ
ャーってやるんだね。初めて見たよ。映画
とかマンガとかで見たことはあったけど」
B 「何日も?」
A 「ずっとだ。一週間は」
B 「長いね」
A 「僕が、気に入ったんだろうか」
B 「たまたまだよ。何でも良かったのか
も知れない。支払いは?」
A 「編集の人につけといてくれ、と言っ
てたよ」
B 「そうかい」
A 「…」
B 「…」
A 「そうだ。最後の人の話を聞かなきゃ」
B 「そうだよ。それがそもそものきっか
けなんだからね」
A 「最後の人は、どんな感じだったの?」
B 「老人だ」
A 「男」
B 「男だ。僕は、男は珍しいほうだ」
A 「寡黙だった?」
B 「いいや。ずっと独り言を言っていた
なあ。世の中の全てに恨み言があるようだ
ったね」
A 「ずっと文句を言うのかい」
B 「そうだね。けれど、煙草を一服吸っ
た時だけ、静かだった」
A 「おいおい、禁煙だろう?」
B 「最後の一服だと思えば、それぐらい
見逃してやろうと思ったのさ」
A 「優しいね」
B 「そうかな」
A 「それで」
B 「それからは一言も喋らなくなった。
バスタブに行って、ずっと鏡を見て。…十
五分ほどじっと顔を見てた。それからロー
プを…鞄の中に持参してたんだけど…バス
タブの上に吊って、そのまま」
首吊りのゼスチャー。
A 「…」
B 「…首を吊ると、周りが色々汚れると
いうじゃないか。だから彼は気を使ったん
だろうね。洗い流せると考えた末での、実
行だったんだろう」
A 「そうか」
B 「清算も前払いで済ませてたらしい。
警察が来たけど、事件性もなく、驚くほど
すぐに老人は片付いてしまった」
A 「そうか」
B 「でも彼は、知らなかったんだろうね。
人死にのあったホテルの部屋は、縁起が悪
いからって、取り壊されるってことをさ」
A 「ああ…」
B 「…」
A 「507号」
B 「なんだい506号」
A 「君と僕をへだてているこの壁は、取
り壊される。老人が最後に使ったバスタブ
は撤去されて、ここは一続きの506号室
になる。スイートルーム506号室にだ。
507号室は欠番だ。このホテルから存在
しなくなる」
B 「ああ」
A 「つまり、君はこの世からいなくなる」
B 「そうだ。僕は、君に吸収されてしま
うようなものだね」
A 「そうかも知れない」
B 「…部屋というものは、そこにいた人
のことを、全て覚えているものだ。だから
僕の記憶を君に全部預けて、それから吸収
されたい」
A 「ああ。507号室の記憶は、506
号室…僕が引き継いでゆくよ」
B 「ありがとう」
A 「こうやって、部屋の記憶は部屋たち
がつむいでゆくのさ」
B、周囲を見渡す。
B 「このホテルがいつか取り壊された
ら?」
A 「我々が、隣のビルに引き継いでもら
うさ」
B 「そうやって、古い部屋は何もかも覚
えているんだね」
A 「そうだ」
B 「この街で一番古い部屋はどこだろう。
彼は、僕の記憶もいつか引き継ぐのだろう
か」
A 「そうだろうとも」
B 「じゃあ安心だ」
A 「…」
B 「…」
A 「さて。大まかな所はつかめた。単語
帳を忘れていった受験生。孤独な母親。最
後の一服を禁煙の部屋で吸った老人。まだ
時間はある。全部の記憶を僕に渡してくれ。
全部の記憶を渡したら、君…507号室は、
消える」
B 「そうだね」
A 「…」
B 「…」
A 「二番目の人は?」
B 「二番目の人は…」
暗転。
●タイトル『消える #2世直し』
○高校の校庭
高校生二人。
A 「オイオイオイ。とんでもねえことに
なったぞ!」
B 「なんだよ、どうせいつもの大袈裟な
やつだろ? 部室の水道が止まらねえとか、
渡り廊下に犬が侵入したとかさ」
A 「…ちがうんだ。今度はマジなんだよ」
B 「何」
A 「いいか。よく聞け」
B 「もったいぶってんじゃねえよ」
A 「…俺、超能力に目覚めた」
B 「は? …マジで言ってんの?」
A 「マジなんだよ! てか、お前、疑っ
てるだろ」
B 「普通疑うだろ」
A 「超能力にも色々あるだろ? テレパ
シーとか予言とか。俺は、その、テレキネ
シスって奴に目覚めたんだ。念動力ってや
つだ」
B 「ほーん。で?」
A 「でもハッとやって動かすレベルじゃ
ないみたいだ」
B 「なんだ」
A 「でもその代わりな…俺…遠くのもの
をさわれるみたいなんだ」
B 「?」
A 「たとえば…」
A、両手で揉む仕草。
A 「遠くのおっぱいをもめる」
B 「マジで!(急にテンション上がる)」
A 「マジだよ!」
B 「ちょーちょーちょー、じゃあの子揉
んでみろよ!」
A 「よし…いくぞ…」
B 「(ゴクリ)」
A、揉む。
二人で「おお?おお?おおおお?」
A 「…な!」
B 「(握手)神!」
B、辺りを見回して。
B 「あの子は?」
A 「…よし」
A、揉む。
二人で「おお!おお!おおおおお!」
B 「どうだ?」
A 「柔らかさも、人によって違うんだよ
…」
B 「神!」
B、興奮が止まらなくなってくる。
B 「よし、街に出よう! もっとおっぱ
い大きい女がいるはずだ!」
A 「なるほど!お前頭いいな!」
○街
A 「どうする?どうする?誰から行
く?」
両手を揉む形にしている。
B 「その手、やめろ。通報されるわ。バ
レないようにやんなきゃ」
A 「たしかに」
と、二人の間をスゴイ女が通る。
二人、思わず真ん中を道を開け、背中
を目で追う。
二人「…」
目を合わせる。
B 「よし、揉んでくれ」
A 「ダメだ。後ろからじゃダメなんだ。
前に回らなきゃ」
二人、ダッシュ。
B 「近すぎたらばれる! もっと走れ!」
二人、ダッシュ。
A 「曲がった!先回りしろ!」
二人、ダッシュして曲がる。
A 「よし!」
揉む。しかし、違和感。
A 「…?」
B 「どうした」
A 「あの女…偽乳だ!」
B 「何ィッ!」
A 「Fカップと思いきや…シリコンだ。
くそっ…騙された…!ひどい…男の純情
を弄びやがって…」
A、この世の終わりのように嘆く。
B 「…俺さ、今まで黙ってたんだけどさ
…」
A 「何?」
B 「実は俺も、超能力者なんだ」
A 「なんだと?」
B 「…俺の能力はテレポート。遠くのも
のを瞬間移動させられるんだ」
A 「何ィ!」
B 「あの偽乳のシリコンをテレポートさ
せてやる。…いや、ペチャパイになるのは
かわいそうだから、あのオッサンの腹の脂
肪をそこにテレポートさせてやる。オッサ
ンもスリムになって、Win‐Winだろ」
A 「…よし、やってみてくれ」
B 「ハッ!(テレポートさせる)」
A 「(揉む)…たしかに!」
B 「よし。世直しに行こう。偽者は消え
るべきだ」
A 「?」
B 「お前が偽乳を見破る。俺がWin‐
Win。世直しだ」
A 「…世直しだ!」
× × ×
A 「(揉む)いた!」
B 「ハッ!(テレポートさせる)」
× × ×
A 「(揉む)こいつも!」
B 「ハッ!(テレポートさせる)」
× × ×
A 「いやー、随分世直ししたな。偽乳は
随分この世から消えたな!」
二人、ハイタッチ。
A 「ところで、他人の脂肪細胞移植して、
拒否反応とか大丈夫なのか?」
B 「なにそれ」
A 「…………(顔が青くなって来る)」
暗転。
●タイトル『消える #3海賊版海賊』
○監視船の上
スーツ姿のA、後ろ手に縛られている。
野卑な格好のB、銃(サブマシンガン)
をつきつけている。
A 「日本政府として、あなた方海賊に正
式に抗議します。これは領海侵犯であり、
法治国家への挑戦行為だ。即刻、海賊行為
を辞めなさい」
B 「うるせえな!」
銃をこめかみにつきつける。
A 「…」
B 「どんなお偉いさんでも、こいつの前
には命乞いかい! 海の上では俺たちが正
義だ!」
A 「…あなたたち黒ヒゲ団の要求は、一
体何だ」
B 「アンタに言ってもしょうがねえけど、
身代金の要求だよ! ちょいと活動資金が
欲しかったところに、飛んで火にいる政府
調査団てとこさ!」
A 「…そうやって毎度毎度国家権力に盾
ついて、何が目的なんだ」
B 「黒ヒゲ団に目的なぞねえ。何にも縛
られず自由に生きる、ホンモノの男たちの
集団だからな。お前らはせいぜい国とか規
制とか、仕事とかに縛られてろ。大体、こ
こは海だぞ? スーツ着てくるのはおかし
いだろ。バッカじゃねえの? もっとTP
O考えろや」
A 「…バカはそっちだろ」
B 「なんだと?」
A 「海賊なんざ、どれだけ頑張ったって
少数派だろ。お前らはこれから来る大量の
援軍に捕まって終わるだけだぞ。数が多い
ほうが勝つ。多数派の方が正義だ」
B 「ふん。国家なんか、結局一番大きな
悪党の癖に。ところが海ではどうだ。ここ
ではコレ(銃)が正義だろうが!」
A 「…海賊ふぜいが」
B 「海賊が少数派の悪党を意味するのな
ら、お前こそここでは海賊だ」
と。A、Bの腕章に気づく。
A 「あれ?」
B 「…なんだよ」
A 「あれ?」
B 「…!(腕のマークを隠す)」
A 「それ、黒ヒゲ団のマークじゃないよ
ね?」
B 「(隠しながら)黒ヒゲ団だよ!」
A 「違うな!黒ヒゲ団のマークの、パ
チモンだったぞ?」
B 「ハア?そんな訳ねえだろ!」
A 「ヒゲの筋がホンモノは五本だよ。そ
れ何本?」
B 「(隠したまま)…五本だよ!」
A 「いいや、四本だった」
B 「…」
A 「まさか、お前ら、黒ヒゲ団のニセモ
ノか」
B 「…」
A 「面白いぞ! ニセ海賊! いや、海
賊版の海賊って訳か!」
B 「なんだよそれ!」
A 「ニセモノのニセモノじゃねえか!
お前ら黒ヒゲ団に扮して、身代金だけ頂こ
うって腹だな?」
B 「ニセモノのニセモノだろうが何でも
いい! いいか! 海の上ではこれだけが
正義だ!」
両手で銃をつきつける。
A 「…」
B 「黙っておびえてろこの野郎」
A 「…やっぱりそうか」
腕のマークが露わになっているのを見
る。
A 「ヒゲ四本。ニセモノ確定だな。海賊
版の海賊だ」
B 「…(舌打ち)」
A 「海賊なんて所詮ニセモノだ。国家権
力こそホンモノなんだよ」
B 「…ニセモノのニセモノはホンモノ、
ってこともあるかもだぞ」
A 「詭弁だな。ホンモノが国家。黒ヒゲ
も、海賊版黒ヒゲも、等しく権力の海賊版
にすぎない。海賊版ってのは、正規品より
安くて、品質が劣るってことだ」
B 「海賊版一掃キャンペーン実施中!っ
てか」
A 「そうかも知れんなニセモノ野郎」
B 「何言ってんだ。お前らの方こそニセ
モノだろうが」
A 「?」
B 「庶民から高い税金巻き上げといて、
自分らだけいい暮らししやがって、日本は
ちっとも良くならねえじゃねえか。ちった
あこの国を良くすることを考えろや! 自
分の利権ばっかり考えてるニセモノ政府
が! そもそも黒ヒゲさんは、新しい自由
の国を作ろうって考えなんだ。お前らニセ
モノに国を任せるより、よっぽど日本を考
えてるホンモノじゃねえか」
A 「でもお前ら、黒ヒゲ団じゃないんだ
ろ?」
B 「どっちだっていいだろ!」
切れてまた銃をつきつける。
A 「またすぐそれを持ち出す。いいよ。
俺こそニセ政府だと認めてやるよ」
B 「はあ?」
A 「俺さ、実は経歴詐称で入ったんだ」
B 「マジか」
A 「慶応大卒で一流証券会社エリートか
らの転身ってことになってんだけどさ、う
まいこと書類をちょろかまかしたんだよ。
口八丁さえ上手けりゃ渡ってける世界だか
らな。あとは強い方にいかになびいて、自
分の利権を確保すれば一丁上がり。経歴詐
称しようが、やったもん勝ちの世界だから
な」
B 「…お前こそ真のニセモノってわけか」
A 「ははは。ニセモノばっかりだな世の
中は。ひょっとしたら、黒ヒゲ団のボス、
黒ヒゲなる人物も、実在しなかったりして
な!」
B 「…なんだと?」
A 「お前、会ったことあんのかよ。さっ
きの黒ヒゲ様の理想論は、世間の噂で聞い
た奴だろ」
B 「お、おう」
A 「実際のところは、黒ヒゲ団を名乗る
ニセ海賊ばっかりで、ホンモノの黒ヒゲ団
なんてどこにもいないかも知れない」
B 「…」
A 「もう一度聞くぞ。黒ヒゲに、会った
ことあるのか?」
B 「…(首を振る)」
A 「もう誰かに殺されてて、海賊版海賊
だけが横行してるだけだったりしてな。政
府に国のことを考えるホンモノなんていな
くて、ニセモノばかりであふれているよう
にな!」
B 「…(動揺)」
突然、Aが縄抜けしてBの銃を奪う。
B 「えっ!何だ!」
Bに銃を向けるA。
A 「ははは。しこしこ縄を切るのに時間
がかかったよ。長々と適当なおしゃべりに
付き合ってくれて、ありがとう」
B 「くっそ!」
襲いかかる。A、ためらわず撃つ。
B、死ぬ。
A「海じゃ、これを持ってる方がホンモ
ノなんだろ?」
Bの死体を蹴って、海へ落とす。
銃も海へ捨てる。
A 「…真実なんてどうでもいい。いずれ
消える」
再び縄に縛られていた振りをする。
A 「しかしバカだなあ。ただ海に来るの
に、スーツ着る訳ないじゃんね。このあと
カメラに写る用に、着てるに決まってるよ
ね?」
暗転。
●エンディング
次回 劇団黒バック第四回「やり直す」
#1 マジシャンの自殺 #2 命知らず
#3 雨宿り奇譚
https://note.com/oooka_/n/n5b4e0b137616
