ショートドラマ集シナリオ「劇団黒バック」(4/5)
すぐれた役者は、そこに何もなくても、ありありと光景を浮かばせることが出来るという。
この実験ドラマは、「黒バックと二人の男」限定のショートドラマ集である。ミニマルな【演劇】を、カット割りや照明や音だけは【映画】形式で撮る。そうすると、そこに「それ」が浮かぶ……。
劇団黒バックは、あなたの想像力と共犯する。
BLACK-BOX THEATER: jacks your imgination.
劇団黒バック 第四回「やり直す」
脚本 大岡俊彦
#1マジシャンの自殺
暇な捜査二課に配属された若い刑事。暇な課長の話を聞いているうちに、それが重大事件のトリック解明につながっていく。
#2命知らず
建設中の世界一高いタワー。無断で登ってフェイスブックにあげようとする命知らずがいた。しかしもうひとりいた。どっちが先に上るんだ?
#3雨宿り奇譚
雨宿りをするため、商店街の軒先であった二人の男。これは偶然の出会いではなく、計画されたものだった。
登場人物
A
B
●『やり直す #1マジシャンの自殺』
○捜査二課
A(ベテラン刑事)、煙草を吸っている。
そこへ新人刑事のBが挨拶に来る。
B 「おはようございます! 本日付で捜
査二課に配属になりました、新入りの榎本
と申します! 粉骨砕身の覚悟で、日本の
平和を守ります!」
敬礼。
A 「…(無視)」
B 「おはようございます!」
A 「…(煙草の灰を落とそうとする)」
B 「(それを両手で受け)おはようござい
ます!」
A 「聞こえてるよ。よろしく」
B 「よろしくお願いします!」
B、目をキラキラさせているが、Aは
退屈そうに煙草を吸う。
A 「…」
B 「…」
A 「何?」
B 「わたくしは、どんな事件の担当にな
るのでしょうか!」
A 「…ならないよ」
B 「え?」
A 「ないよ。二課に事件なんか」
B 「ハイ?」
A 「二課は、島流し部署だよ。エースの
捜査一課に入れなかった奴のな」
B 「…?」
A 「大体、明日、一課で大捕り物がある
んだ。猫の手も借りたいだろう。それに呼
ばれてねえってことは、お前さん、上に使
えないって判断されたってことだ」
B 「…わたくしは、どんな事件の担当に
なるのでしょうか!」
A 「座って、電話番でもしてろ。鳴らね
えけど」
B 「…わたくしは、どんな事件の担当に
なるのでしょうか!」
A 「明日の大捕り物でも手伝いにいけ
ば?」
B 「…ちなみに、それは大事件ですか?」
A 「アレ?お前、その件について何も
聞いてないの?」
B 「ハイ!」
A 「…」
B 「何か、あったんですか?」
A 「…(煙草を吸う)」
B 「事件ですか?」
A 「…」
B 「大事件なんですよね?」
A 「…」
B 「…(目をキラキラさせている)」
A 「喋るんじゃねえぞ。署内の機密だ」
B 「ハイ!」
A 「マジシャン・ゼロの自殺の件」
B 「自宅で腐乱死体で見つかったって奴
ですか! 死後一ヶ月経過してたという猟
奇的自殺事件」
A 「…」
B 「一ヵ月ごとの公演をする正体不明の
覆面マジシャン・ゼロ。戦闘機と美女を入
れ替えるスーパーイリュージョンが有名の、
マジック界の大物。…一ヶ月ごとの公演以
外は決して人に姿を見せない、謎のベール
に包まれた男。前回の横浜公演から一ヶ月
たった札幌公演の為、スタッフが六本木の
自宅に訪れると、中から鍵がかかっていた。
大家さんに開けてもらい中に入ると、腐乱
死体として発見されたという。しかもネズ
ミに食い荒らされた、無残な姿で」
A 「…詳しいな」
B 「週刊誌もネットニュースも全部見て
ます!」
A 「ふん。…世間では、どうなってる?」
B 「謎の自殺ってことになってます!
服毒自殺で、しかも密室でしたから! 愛
用の椅子に座り、ペットの方向を見て死ん
でいた。そのペットも本人も、ネズミに食
い荒らされていた訳ですが。…検死の結果、
体内から毒の痕跡が出て、当局は自殺と断
定」
A 「その当局ってのが、捜査一課だ」
B 「はあ」
A 「ゼロは、自殺じゃねえ」
B 「…はい?」
A 「殺されたんだ」
B 「マジっすか!密室ですよ? 鍵は
内側からかかっていた!現場は高層四十
階! マンションの管理人が鍵を開けたの
は、マジック公演のスタッフが証言してい
る!」
A 「…」
B 「密室トリック!」
A 「楽しそうに言うんじゃねえよ。人一
人死んでんだ」
B 「ハイ。すいません。犯人は? 動機
は? いや、その前にどうやって鍵を?」
A 「ゼロの飼っていたペットは何だ?」
B 「ハツカネズミ。世界的に珍しい種類
だそうです」
A 「ハツカネズミはどうやって飼う?」
B 「え? それって、檻の中で…こう(手
でやる)クルクル回る運動器具とかで」
A 「それに糸結びつけりゃ、勝手に巻い
て、内側からカチャリ。鍵かけれるだろ」
B 「…そんな糸は発見されていません」
A 「髪の毛なら?」
B 「…玄関の鍵に届くほどの長い髪は、
発見されていません」
A 「現場は、ネズミが荒らしたんだよ
な?」
B 「ハイ」
A 「…ゴキブリは、人の落とした髪の毛
食うって話、知ってるか?」
B 「えっ」
A 「鍵かけた、髪の毛落ちる、ゴキブリ
が食う。…あとはネズミを空調か台所から
放せばいい。ゴキブリごと食ってくれるだ
ろ」
B 「そんな…他殺ってことですか? 自
殺に見せかけて? …じゃ、誰が、何の為
に?」
A 「マジシャン・ゼロ。本名田中一樹。
子供の頃、新興宗教ブラック教団の施設に
預けられていた」
B 「え?…あの?」
A 「そうだ」
B 「山奥に巨大な仏像を建てて景観問題
起こしたり」
A 「周辺住民ともめてる」
B 「断食行で有名なんでしたっけ?」
A 「父親が、狂信的なブラック教団の信
者で、母親と離婚して親権を引き剥がした
のが七歳。以来、妹と共に施設で育てられ
た」
B 「…はあ」
A 「半年後、妹が死んだ」
B 「え?」
A 「証拠はない。断食の強制で死んだか、
信仰の末自分で死んだのかは分らん。ただ
父親もその後断食行で命を落としている。
一年後田中は施設を脱走、覆面マジシャ
ン・ゼロとして七年後世間に現れる」
B 「…はあ」
A 「あの密室で使われた毒物は、ブラッ
ク教団が断食行で使っているものと同じや
つだ」
B 「じゃあ、ブラック教団がゼロを追っ
てきて、自殺に見せかけ口封じを…!」
A 「そこまで、俺個人で突き止めていた」
B 「え?」
A 「それを捜査一課に横取りされたのさ。
明日、ブラック教団の本部に強制捜査が入
る。一課の手柄になるだろうな。マジシャ
ン・ゼロ殺人容疑に加え、きな臭え余罪も
タップリ出てくるだろう」
B 「我々二課は、指を咥えてそれを見て
ろと?」
A 「捜査一課のお手柄に、拍手」
B 「何すかそれ!山さんの捜査を横取
りされたんでしょ!」
A 「警察が手柄を上げられりゃ、組織人
としては万歳じゃねえか」
B 「…行きましょうよ!明日の一斉捜
査! 日本を揺るがす大事件じゃないです
か! 一大教団の本部にメスが入るんです
よ!」
A 「いや。俺は、新潟へ行くことにして
いる」
B 「はい?」
A 「…見つかったマジシャン・ゼロの腐
乱死体。あれは本人じゃない」
B 「え?」
A 「彼の得意マジックは?」
B 「戦闘機と美女の…すり替え! まさ
か、遺体をすり替え? …バカな、歯型が
一致して…」
A 「歯形のすり替えは、戦闘機と美女の
すり替えより難しいと思うか?」
B 「……じゃあ、ゼロは生きてる? 何
のためにそんなことを?」
A 「捜査一課に、本部に踏み込ませる為
だろ」
B 「ああっ! 教団を陥れるための復讐
か! 教団に殺人の汚名を着せて、まんま
と脱出に成功したってことですか? …そ
んなの大スクープじゃないですか! 子供
の頃の虐待! ブラック教団への復讐の為
の狂言自殺! すり替えという大どんで
ん! そんなの一課の横取りにされる理由
はないですよ! あ! …新潟って、…そ
うか、そこにゼロが潜伏してるというわけ
ですね!」
A 「…ひなびたスナックが、片田舎にあ
ってな。毎週週末、覆面のマジシャンが、
ちょっとしたテーブルマジックをやってく
れるんだ。名刺と名刺をすり替えたり。マ
ドラーとボールペンをすり替えたり。…名
を、マジシャン・ワン」
B 「…彼を確保しに行くんですね! お
供します!」
A 「…何でだ?」
B 「え、だって、…ブラック教団壊滅の
鍵を握ってる超重要参考人じゃないです
か!」
A 「ブラック教団の不正が暴かれる。そ
れだけで十分だろ」
B 「じゃ、何の為に行くんすか!」
A 「そのスナックはな、強制的に引き離
された、彼の母親が経営してるのさ」
B 「あ…」
A 「彼は、人生をやり直している。俺は、
近所で評判の、片田舎のマジックを見に行
くだけさ」
B 「何でですか! せっかく、大スクー
プなのに!」
A 「…マジックにだまされるのは、大人
のたしなみだろう?」
B 「…」
A、その場を去ろうとする。
B、走って追いかける。
B 「お供します」
A 「…」
B 「わたくしも、マジックにだまされに」
A 「(にやりと笑う)」
B 「…」
A 「ようこそ、捜査二課へ」
二人、出発。
暗転。
●タイトル『やり直す #2命知らず』
○塔の上
舞台の床に、白テープが貼ってある。
「王」の字を九十度横倒しにした形。
(これが鉄骨を示すことは、あとで分
る)
A 「よっ…」
上手の端から、Aが登ってくる。
A 「ふう。…(腕時計を見て)思ったよ
り、手こずったな。(上を見て)…あと、ひ
と息」
鉄骨の端に座り、煙草に火をつけ、一
服。
と、下手の端から、Bが登ってくる。
B 「アレ?先客?すいませーん」
A、気づく。
B 「おたくも、『建設中のタワーに無断で
登る、命知らずの冒険野郎』ですか?」
A 「…いかにも」
B 「もう?(と上を指し)」
A 「(首を振り)ファイナルアタック前」
B 「よかったー!じゃ、この世界一の
スーパードバイタワーは、まだバージンな
んですね!よおし!(体をボキボキ鳴ら
す)」
A 「ちょっと待て(煙草をもみ消す)」
B 「はい?」
A 「お互い、一番乗りを目指してるライ
バルだ」
B 「そうですよ!俺、自撮り棒でフェ
イスブックにアップする為に着たんだか
ら!イエーイパシャって!」
A 「だが、こっからは強度が足りなくて、
一人しか登れない。二人捕まったらポキリ
と折れる」
B 「マジっすか!じゃあ、ジャン、ケ
ン…」
A 「待て待て。俺がここに先に来た」
B 「え?」
A 「だから先だ」
B 「えええ」
A 「と言いたいけど、君の気持ちも分る。
ここはどちらが命知らずか勝負して、ファ
ーストアタック権を賭けないか?」
B 「勝負?」
A 「ほっ!」
と、ひとつの鉄骨から、隣の鉄骨へ跳
び移る。バランス崩しそうになるが、
なんとか立つ。
鉄骨と鉄骨の間に手をつっこみ、
A 「この下何にもなーい。二千メートル
何にもなーい。落ちたら即死! 落下時間
は、三十秒ぐらいあるけど!」
B 「…そういうことか」
A 「お前、こんなこと出来んのかよ!」
B 「こういうことね?」
B、鉄骨ギリギリに立つ。
足先から徐々に鉄骨の外にはみ出して、
かかとだけで立つ。
B 「ホラ! ホラホラ!」
A 「…」
A、鉄骨の上を走り、滑って、ぎりぎ
りで止まる。
A 「どう?」
B、鉄骨の上で側転。
B 「どう!」
A 「…」
A、鉄骨の上で寝転がり、徐々に移動
して、体の右半分を鉄骨の外に出す。
A 「どう?」
B 「…」
A 「ほっ!」
A、魚が跳ね上がるようにして、着地。
B、一番長い鉄骨の上を走り、ぎりぎ
りで百八十度ターンして帰ってくる。
A 「ウエーイ!」
A、逆立ち。
B、「王」の字の鉄骨の上を、次々にジ
ャンプして渡る。
B 「ウェーイ! ウェーイ! ウェー
イ!」
A、鉄骨の上でバク転。
B 「ハイー!」
B、前から倒れ、足を鉄骨に残したま
ま、もう一本の鉄骨の上に手を置く(胴
体の下は何もない)。
A、対抗して同じポーズ。
A 「ハイー!」
B、あん馬のようなポーズ。
鉄骨の交差部分を使って、両手は鉄骨
の上、尻の下は何もない。
B 「ヤッホイホイ!」
Aも同じポーズ。
A 「ヤッホイホイ!」
B、ジャンプして鉄骨の上へ。
Aも同じこと。
二人、息切れ。
A 「…互角か、命知らず野郎が」
B 「互角だな、命知らず野郎が」
A 「勝負、やり直しだな」
B 「…(息切れ)…」
A 「…とりあえず」
A、Bに煙草を一本おごる。
B 「サンキュ」
A、自分も一本。
二人の煙草に火をつける。
二人 「ぷはー」
A 「…しかし、上空二千メートルの眺め
は、見事なもんだな」
B 「山に登るより全然おもしれえよな」
A 「…しかし、風がキツイな」
B 「上空二千メートルだからな」
二人 「あっ」
二人とも、煙草を風に飛ばされる。
二人、下を見る。
A 「…やべ」
B 「…途中で積んでる、資材だよな、あ
れ」
A 「やべえ。燃えてる燃えてる」
B 「…これ、俺ら降りてっても間に合わ
ないよね?」
A 「あー。火は上に燃えてくるからなあ」
B 「あー。スーパードバイタワー、完成
前に大炎上かあー」
A 「…これ、俺ら、死ぬよね?」
B 「死ぬな」
A 「(上を見て)じゃ、登ろっか」
B 「折れるかもなんだろ?」
A 「その時上にいたほうが勝ち、という
ことで」
B 「(笑う)よっしゃ!フェイスブック
に上げなきゃ!」
二人、上りの柱に手をかける。
暗転。
●タイトル『やり直す #3雨宿り奇譚』
○シャッターの閉まった店の、軒先
スーツ姿のA、頭の上を覆いながら走
って入ってくる。
A 「ふーっ」
袖やズボン、頭などを払う。
雨に降られたようだ。
A 「はー」
一息ついて、天を伺う。手をかざす。
走って次の場所に行こうと思うが、や
っぱりやめる。
A 「…(ため息)」
なかなかやまない。
スマホを出し、メールを打つ。
すぐかかってくる。
A 「もしもし。ああ。雨が、ひどくてね。
コンビニの傘も最近高いし、ちょっと待て
ばやむよ」
待つ。
と、Bが、静かに歩いて軒先に入って
くる。
軽く会釈するB。
軽く会釈するA。
B 「…やまないですね」
A 「…すぐやむかと思ったんですがね」
B 「…」
A 「…」
B 「こういうとき、最近の人すぐスマホ
見るけど、なんで見ないんですか?」
A 「…たまには、雨でも見ようかと」
B 「…」
A 「…」
B 「暇だから、お喋りでもしますか。ス
マホ見てばっかだと、こういう時見知らぬ
人と交流、とかの機会もないし」
A 「…袖摺りあうも、他生の縁。いいで
すね。といっても、君は随分若いのに、ス
マホを持ってないんだね」
B 「嫌いなんです。…じゃ、人生の先輩
の話を聞かせてくださいよ」
A 「…僕の話で、面白い話なんてあるだ
ろうかねえ」
B 「お仕事は何を?」
A 「しがないサラリーマンさ。この年で
部長にもなり損ね、詰まらない判子を押し
たりしてるだけだ」
B 「詰まらないんですか」
A 「詰まらないねえ」
B 「…何か、楽しみなこととかは?」
A 「うーん、娘のことが心配なだけだな」
B 「心配」
A 「二人、娘がいてね。一人は中学生、
一人は高校生。上のほうは来年大学受験で、
でも偏差値がね。私立行かせるほど、部長
になり損ねた父は稼いでやれないのさ」
B 「部長になったら、私立行かせられる」
A 「…そうかも知れない」
B 「なれるといいですね」
A 「…こんな話、面白いかい?」
B 「面白いですよ。こんなことでもなけ
れば、聞けない話だもの。娘さんの写真
は?」
A 「とびきりの美人だ(スマホを見せる)」
B 「…ああ。…はいはい」
A 「娘さんを俺にくださいとか言うな
よ? まだ高校生なんだ!」
B 「…ああ。…はいはい」
A 「…」
B 「奥さんとは、仲いいですか?」
A 「そうだな。良いわけではないが、悪
いわけでもない。ごく普通か」
B 「なんだ。結局、幸せなんじゃないで
すか」
A 「幸せ? …こういうのを、幸せとい
うのかね? …言うのだろうなあ」
B 「そうですよ」
A 「…」
B 「…」
A 「君は?見たところ、…大学生かな」
B 「そんな感じです」
A 「専攻…とかは」
B 「たいしたことないんで、それより家
族の話でも」
A 「そうか。じゃ、家族の話を聞いてみ
ようか」
B 「うちには、父はいません」
A 「えっ。それは、悪いことを聞いた」
B 「悪くはないですよ。僕は、母が一人
で立派に強く生きてきたことに、誇りを持
ってますから」
A 「そうか。何よりだ」
B 「僕の父は、母を捨てたんです」
A 「それはひどい」
B 「僕は、父に会ったことがないんです。
離婚以来、ずっと母のそばにいましたが、
一度も連絡はなかった」
A 「そうか。…立ち入ったことを言うよ
うだけど、あなたのお父さんは、君を愛し
てると思うよ。息子を愛さない父はいない
と思う。たとえ、会えなくてもだ」
B 「…ありがとうございます。信じます」
A 「…その、母子家庭で育って、兄弟と
かは」
B 「いません。母は子供を生めない体に
なってしまったので」
A 「そうか。また嫌なことを言わせてし
まった」
B 「気にしないでください。…しかし、
やまないですね」
雨を気にする。
A 「…そうだね」
B 「昔のアニメで、駅を降りると、奥さ
んが傘持ってきてくれてたりするじゃない
ですか。そういうのはないんですか」
A 「いやあ。そんなの現実で見たことあ
るかい?」
B 「ないですね。昔はあったんですか?」
A 「あったかも知れないけど、余程ラブ
ラブじゃないとな」
B 「そうですね」
A 「ウチの奥さんは…持ってきてくれな
いさ」
B 「どうして?」
A 「さっき、雨宿りするって電話したか
ら」
B 「…」
A 「…」
B 「あなた、嘘をつきましたね」
A 「嘘?」
B 「奥さんと仲がいいって」
A 「いや、普通だと言ったよ」
B 「それが、嘘だ」
A 「?」
B 「あなたは奥さんと仲が悪い。そうで
しょう?」
A 「何を根拠に」
B 「ケータイの待ち受けが、自分と娘二
人。奥さんはうつっていない」
A 「…別に、いないこともあるだろ」
B 「そうかも知れません」
A 「…」
B 「…」
A 「何が言いたいのかね」
B 「今日、何の日か、知ってます?」
A 「? …いや」
B 「僕の、二十歳の誕生日なんです」
A 「そうか。それは、おめでとう」
B 「ありがとうございます」
A 「…あまり、嬉しそうじゃないが」
B 「本当の誕生日じゃないので」
A 「えっ?」
B 「予定日は、一ヶ月先のはずだったん
です」
A 「予定日…?」
B 「それが、今日になってしまった」
A 「…?」
B 「丁度二十年前の今日。その時も雨だ
った。そう。…丁度、こんな感じの」
A 「…」
B 「僕の母は、傘を持っていたんです。
駅に向かって、僕をお腹に入れたまま。…
あなたが、雨に濡れるのを心配したから」
A 「…なんだと?」
B 「そうして、交通事故に遭った。命は
取りとめたが、お腹の子、僕は流産。母は、
二度と子供の生めない体になった」
A 「…」
B 「僕はあの時の子です。父さん」
A 「…お前…」
B 「予定日に生まれていれば、ひと月先
が僕の誕生日になったでしょう。でも僕は
死んでしまった。僕という水子霊の誕生日
が、今日なんです。あれから、僕は二十歳
になった」
A 「…そんな、まさか…」
B 「どうして母さんを捨てたんです?
母さんは、まだ父さんのことを愛していま
すよ? 僕は幽霊となっても母さんのそば
を片時も離れなかったから、誰よりも知っ
てる」
A 「…」
B 「男女のことですから、息子がどうこ
う言うのも間違ってると思うけど、あなた
は奥さんと仲が悪いことを匂わせた」
A 「…」
B 「父さん。母さんは、僕に名前をつけ
てくれなかった。僕の名前は、何?」
A 「…信輝。男の子だったら、そうつけ
ようと思ってた」
B 「…信輝。信じるに、輝く?」
A 「ああ」
B 「いい名前だ。父さん、ありがとう。
どうやら、これで僕は成仏できる」
A 「え?」
B 「水子は二十歳になると、子供じゃな
くなるから。さようなら。母さんによろし
く言っといて。会えてよかった。今日みた
いな雨の日に、信輝を思い出してね」
B、走って雨の中に出てゆく。
A 「あ、おい!おい!」
A、追うが、見失う。
A 「…」
とぼとぼと、軒先に戻ってきた。
A 「…」
雨はやまない。
思い切って、電話をかける。
A 「もしもし?…ああ。僕だ。…二十
年ぶりに、なるかな。…もう君に電話する
つもりはなかったんだ。俺だって、家庭持
ちだからな。…なんで電話なんかしたっ
て? 信輝に会ったんだ。誰かって? …
話せば、長くなる。…まあ、いいや。雨が
上がるまで、まだありそうだ。…なんなら、
傘を持ってきてくれないか」
暗転。
●エンディング
次回 劇団黒バック第五回「実は」
#1 考え方の博物館 #2 ジェットコースター
#3 皇居ジョギング #4 菌の床
#5 睡眠代行いたします
https://note.com/oooka_/n/nf414032cf720
