映画シナリオ「弾切りの一座」(3/4)
(2/4からのつづきです。
「弾切りの一座」の大成功は、同時に本気の男たちに影を落とした。一方、近代明治政府に不満の武士たちが九州に集まり、西郷隆盛を担ぎ上げて戦争を起こす(西南戦争)。槍使いの十文字、坂上から伝家の朱鞘の宝刀を託された次男弥二郎、そして多数の武士たちはそこへ向かう。一座は、完全に二つに分かれた)
〇熊本、田原坂の激闘、はげしい雨
T 『西南戦争(明治十年)』『政府七万 武
士三万』
洋装軍服の政府軍が、鉄砲を斉射。
和装武者姿の西郷軍が、同じく斉射。
銃声と硝煙が、激しい雨の中飛び交う。
T 『使用弾薬 三千八百万発』『戦死者
一万四千人』
ナレ 『西南戦争。日本最後にして最大の内
戦。その天王山・田原坂では、あまりの銃
弾の多さに、弾同士が正面衝突する「行き
合い弾」が多数発生したという』
空中でぶつかり、一体化して地面に落
ちる鉛弾たち。
熊本・西南戦争資料館に残る、実在の
行き合い弾(かちあい弾)の展示。
× × ×
土砂降りの雨。
銃身も前込め棒も火薬もずぶ濡れ。
笠の下でも鉄砲が火を吹かない。
西郷軍指揮官「白兵! 前へ!」
弥二郎、野末たち抜刀。十文字は槍を。
西郷軍指揮官「突撃いいいい!」
雨と泥の中、弥二郎たちは政府軍の鉄
砲隊に切りかかり、壊滅させる。
新 聞『田原坂の激闘』
新 聞『官軍、警視庁抜刀隊を投入、朝敵西
郷を追い詰める』
景色は一転、霧雨の中。
政府軍指揮官「抜刀隊、前へ!」
スラリと白刃を抜く抜刀隊。
抜刀隊「チェストーーー!」
弥二郎「キエエエエエエ!」
雨と泥の中、抜刀隊と切り結ぶ弥二郎。
新 聞『官軍、田原坂を制圧』
新 聞『逆賊西郷、敗走』
九州の地図。政府軍と西郷軍の進軍経
路。西郷軍は撤退していく。
〇坂上家、門前
新聞 『西郷自刃、城山籠城にて』
新聞を読んだ坂上、膝から崩れ落ちる。
ひっくり返って、立てない。
青い空を、仰ぐのみ。
〇(後日)坂上家、母屋、客間
しづが使者の侍、森山(45)を連れ
て客間へ。坂上、弥一郎が待つ。
森山、一礼して坂上の下座に座る。
森 山「私、薩摩から恥ずかしくも落ち延び
て参りました森山亥四郎と申します。西郷
殿と同じく腹を切らんと思いましたが、殿
は『最後まで生きよ』と命じられました。
そして十文字なる者に、『相模原の坂上な
る屋敷を探し、届けよ』と」
風呂敷包みを出す。
坂 上「十文字なる者は」
森 山「城山へ向かうと」
新聞記事。『西郷自刃、城山籠城にて』
坂 上「……(ぎゅっと目を瞑る)」
森山、包みを解く。
し づ「ひっ」
銃弾で穴だらけの朱鞘。鞘は裂け、同
じく銃弾で穴だらけの太刀が現れる。
血で褐色に染まっている。
坂上、それを丁寧に持つ。
坂 上「弥二郎。……お帰り」
弥一郎「……(悔し涙が止まらなくなる)」
坂 上「かたじけない。弥二郎を我が家に届
けてくれて」
しづ、両手を合わせたまま大泣きする。
〇(後日)坂上家、母屋、縁側
坂上、一人縁側に座り庭を眺めている。
思い出したように、手元の盆栽に鋏を
入れる。
坂 上「せっかく母屋を取り戻したのになあ、
しづ。杏も弥二郎もいなくて、ずいぶんと
家が広いよ。風が吹き抜けてっちまう。な
あ、しづ」
振り返っても誰もいない。
庭の向こうの道場からは、竹刀の音。
坂 上「ああ。……朝稽古か……」
道場から、防具姿の弥一郎が。
弥一郎「父上。下段の攻防のことで質問が」
坂 上「弥一郎。お前は立派で、たくましく
なったなあ」
弥一郎「父上、質問が」
坂 上「お前に教えることはもうないよ。す
べては形の中にある。そうだ、一刀流坂上
派をお前に譲ろう。伝家の宝刀もお前のも
のだぞ」
弥一郎「は?」
坂 上「座長もお前だ。弾切りの一座はお前
に譲り、私は隠居する」
弥一郎「父上」
坂 上「お前は派手なちんどん剣法に反対だ
ったな。好きなようにしていいぞ」
弥一郎「父上」
坂上、盆栽を切る世界に戻る。
しづが道場の陰から見ている。
戻ってきた弥一郎、首を振る。
〇長野、二股の道、朝もや
不穏。
弥二郎達と分れたあの道。
朝もやの霧を裂いて、右腕のない、謎
の天狗面の男がやってくる。
そのあとからついてくるのは、びっこ
を引いた者、眼帯の者、下半身のない
者など、身体の一部を失った者たち。
その中に、左目が義眼になり、左腕を
失った野末もいる。
〇八染の遊郭、客間
八染に向かい、頭を畳に擦り付ける弥
一郎。
八 染「まあ、息子に坂上のが譲るって言っ
てんだ。アンタの好きなようにしろや。メ
ーン、ドー言わねえ、花魁も弾切りもねえ、
渋い興行にすればいいさ」
弥一郎「(頭を上げ)私は、ほんとうの剣を
やりたい」
八 染「うん。今回だけは坂上の顔を立てて、
世話するよ? ただしアンタのやり方でや
るんなら、金輪際関わらねえ」
弥一郎「……(深く頭を下げる)」
八 染「そのあと、地方を巡るつもりか」
弥一郎「はい。まだ全国に埋もれている武士
は沢山いる。その者たちに会いたい」
〇瓜生神社、撃剣場
『坂上撃剣会』の立て札に戻っている。
渋い顔で、客が続々帰っていく。
柱の陰から見る八染。
八 染「……(ため息)」
〇坂上家、母屋、縁側
縁側で盆栽に鋏を入れる坂上に、薙刀
袋をもったしづが。
し づ「坂上撃剣会はしばらく旅に出ます。
弥一郎が心配なので、母として同行します」
坂 上「うん」
し づ「しっかりお食べになって。十文字そ
ばに頼んでおきました。毎日ちゃんと食べ
れば、気力も戻ってきましょう」
坂 上「……十文字も弥二郎も、帰って来な
んだ。あいつらは、武士として死ねたかな」
し づ「……」
薙刀袋を置き、坂上の隣に座る。
し づ「やっぱり私はここに残ります。あな
たが心配です」
坂 上「……」
し づ「弥二郎を失って悲しいのは、あなた
だけではないのですよ?」
坂 上「……」
し づ「武士の世が終わって悲しいのは、あ
なただけではないのですよ?」
坂 上「……」
つー、と涙が出てくる。
坂 上「侍とは、なんだろうな。剣は何の為
にあるんだろう? 剣とは、何だ?」
しづ、坂上を抱きしめる。
坂上の涙は止まらない。
坂 上「うわあああん。うわああああああん」
子供みたいに泣く。
しづは黙って抱きしめる。
〇長野、中山道
坂上撃剣会、行進中。立ち止まる。
天狗面の男、不具の輩たち。
風が吹く。
〇野原
風が強く吹いている。
風の音で、人の声は遮られている。
弥一郎は、天狗面の男の話を聞いてい
る。驚く弥一郎。
天狗の面を外す男(観客に顔は見せな
い)。口元だけが見える。爆発の傷跡で
歪み、痛々しい。
弥一郎「……そうですか。弥二郎は、冷たい
雨の中、夜明けを待たず血の海で死にまし
たか」
泥と雨と血と夜明けのインサート。
うなづく天狗面の男。
その後ろの者たち。
〇長野県、撃剣興行
中央に鉄砲(当時の最新式スナイドル
銃)が立ててある。
そこに朱鞘の小太刀を持った弥一郎。
観客は満員。
後ろの剣士たちは不具の者たち。しか
し防具はつけず、竹刀のみ。
弥一郎、一礼して。
弥一郎「坂上撃剣会は、座長わたくし弥一郎
に代わり、生まれ変わりました。これまで
お客にも分りやすい剣をやってきましたが、
これより本物の剣術をお見せするものにな
ります。本物の剣とは何か? それは『使
える剣』であります」
弥一郎、抜きつけざまに小太刀を振る。
銃が巻き藁のように真っ二つに。
どよめく観客。
弥一郎「先の西南戦争。雨の中、武士たちは
刀をもって政府軍を圧倒しました。それに
対して政府が何をしたか? 鉄砲や大砲
で殺したか? 否! 抜刀隊を編成、刀で
刀に対抗したのです! 遥か熊本の地、天
下分け目を担ったのは、銃ではなく、武士
の剣だったのです!」
小太刀を見せて納刀する。
弥一郎「彼らは、その実戦の生き残りです」
義眼を外して見せる野末。
どよめく観客。
弥一郎「私たちは防具を用いません。剣が当
たれば手は飛び、足はもげます。防具なし
の生身を打つことで、それを体感します」
切った銃の前で朱鞘を掲げる。
弥一郎「西郷隆盛は銃に負けたのではない。
刀の数が足りなかったから負けたのだ!」
『飛び入り大歓迎』の札。
剣士たちの歌「おう、おう、おう、お、おう。
おう、おう、おう、お、おう」
禍々しく、地獄の底からのような歌。
〇同、防具なしの試合
面がまともに入り、相手は激痛で転が
る。
小手が入り、相手は激痛で竹刀を落と
す。
衝撃を受ける観客たち。
弥一郎、面を打ちまくり、相手が倒れ
るまでやる。
弥一郎「(天狗面の男を、狂気の目で振り返
る)」
天狗面の男「(うなづく)」
観客の中から、煤けた顔の猛者が三名、
『飛び入り歓迎』の札の前に立つ。
〇太鼓橋を渡る一座
剣士たちの歌「おう、おう、おう、お、おう。
おう、おう、おう、お、おう」
弥一郎、天狗面の男を先頭に歩く一座。
『鉄砲切りの一座』ののぼり。
一座は次々に数を増し、怪しげな風体
の男たちが増え、一大勢力へ。
〇東京、松尾米問屋
弥一郎、店先に立つ。
弥一郎「杏」
杏 「イチ兄! 旅に出たと聞きましたが」
弥一郎「(やつれた表情)頼みたきことがある」
× × ×
もめる兄妹。
杏 「そんなことできないよ! 何言って
んの?」
弥一郎「お前は、弥二郎の無念が悔しくない
のか! 父上を元気にしたくないのか!」
杏 「……」
弥一郎「知恵さえあれば、女一人でも世の中
を渡るんだろ? それを見せてみろよ」
杏 「……」
〇後日、松尾米問屋、内
伝票を繰る松尾。
松 尾「ん?」
違和感を感じる。
松 尾「権兵衛! 伝票持ってこい。ここ三
月、……いや、半年分」
× × ×
大量の伝票を突き合せて確認する。
権兵衛の持っている計算尺を借りる。
その計算尺に、違和感を持つ。
〇坂上家、母屋、縁側
縁側で盆栽をいじる坂上の前に、立つ
松尾。
松 尾「失礼します。本来ならばこの屋敷の
敷居をまたぐ資格のない者です。正式にご
挨拶してからお会いしたくありましたが、
火急の事態につき、失礼つかまつります」
杏を連れているのに気づく。
坂 上「杏。……それではお主は、杏の……」
杏 「父上……御免なさい……御免なさい。
あああああ!」
涙をぽろぽろ落として謝る杏。
× × ×
細工された計算尺たち。
松 尾「細工された計算尺で、差額をごまか
した。これを作った者にしかできない細工
です」
杏 「そのお金は……全部イチ兄に」
坂 上「なにゆえ」
杏 「刀を買うお金と」
坂 上「なんだと?」
杏 「坂上撃剣会は、西南戦争の続きをや
るつもりなんです」
× × ×
回想。米問屋に来た弥一郎。
弥一郎「全国に不満を持つ武士が、まだまだ
沢山眠っている。俺は彼らの目を覚ます。
ほんとうの剣の名のもとに」
× × ×
杏 「イチ兄は止められるの? 父上、戦
争なんて起こらないよね?」
× × ×
回想。弥一郎を遠くから観察している、
天狗面の男。
× × ×
杏 「イチ兄はきっとあの男に騙されてい
るのよ! ぜったいそう!」
しづは黙っていたが、杏の肩を撫でる
松尾に、杏への愛情を感じ取る。
坂 上「松尾殿。杏はいくら資金を流した?」
松 尾「……(懐から台帳を出して見せる)」
坂 上「子の責任は親が取るよ。撃剣で貯め
た金で支払う」
杏 「……」
坂 上「弥一郎の始末だな」
杏 「坂上撃剣会は、じきに戻るそうです。で
も川向うの翔霍寺に泊まって、この家にも
帰らないつもりみたい」
坂 上「親子なのに、顔ぐらい見せればよかろ
う」
杏 「戦を起こそうとしてる人を、息子と思
える?」
坂 上「翔霍寺と言ったな」
立ち上がる坂上。
松 尾「その境内で、撃剣興行をやるそうです」
チラシを見せる松尾。
坂 上「川向うは八染さんのシマの外だ。そ
っちに拠点を移すのか」
〇十文字そば、内
一座の者たち、そばをすすっている。
弥一郎と天狗面の男。
天狗の面は置かれている。
(素顔はまだ見せない)
天狗面の男は右腕がないので、左手で
器用に箸を使って食べている。
弥一郎「器用なもんですね。左手でそばとは」
天狗面の男【もう慣れたよ。最初はきつかっ
たがな】
男の声は、怪我のせいか異様なしわが
れ声(以下【】で示す)。
弥一郎「十文字そばは、ここらで一番の味で
す」
天狗面の男【……舌をやられてな。味はもう
分らぬ。熱いか冷たいかすらも】
口元の傷跡。
弥一郎「……」
食べ終えた天狗面の男、面を被って立
ち上がる。
弥一郎「よし、食べ終えた者から木刀を持
て! 寺で稽古だ!」
〇とある神社
誰もいない所で、天狗面の男が待って
いる。
十文字そばの女将、遠くから走り寄っ
てきて、二人抱き合う。
〇翔霍寺、境内
一座の皆、木刀で組み稽古。
ぶん、という鈍い音が怖い。
門前に坂上が現れる。
弥一郎「……」
× × ×
その稽古を見ながら。
坂 上「私は隠居した身だ。一座の方針に何
かを言うつもりもない。だが妹を泣かすの
は、良い兄ではないぞ」
弥一郎「父上は……人を殺したことがありま
すか?」
坂 上「?」
弥一郎「私はありません。人を殺す為の剣を
習って、それが生涯をかけた道だと信じて、
なのに人を剣で殺したことがありませぬ」
坂 上「人を殺めるだけが剣ではない。柳生
宗矩どのは活人剣といって、人を生かすこ
とも出来ると言った」
弥一郎「どうやって? 人と人が対決して、
殺さずしてその場を収めることができます
か?」
思わず木刀を向ける弥一郎。
咄嗟に丸腰で手刀を構える坂上。
弥一郎「……丸腰では、剣の奥義も聞けませ
ぬな。父上、坂上撃剣会は新しい興行の仕
方をします」
坂 上「?」
弥一郎「防具なし、木刀試合です」
坂 上「……死人でも出すつもりか」
弥一郎「本物の剣よりは出んでしょう。腕が
折れればコテーと言う必要もなく、鼻がも
げればメーンという必要もない」
坂 上「それを防ぐために竹刀や防具が生ま
れたというのに」
弥一郎、休憩中のスイカを食べる一座
の連中の所へ。
丸のままのスイカを、木刀の一撃で
木っ端みじんにする。
弥一郎「父上は、人を殺したことがあります
か?」
坂 上「……」
弥一郎の頬にへばりつくスイカの破片。
赤い液体が流れる。
〇後日、相模原、市中
五人の下級剣士が、剣道具を持って闊
歩している。
道のもう一方から、同じく下級剣士が
五人闊歩してくる。
道の真ん中でかち合い、譲らない。
剣士1「……譲れや」
剣士A「……そちらこそ」
剣士2「(道具を見て)撃剣をやるのか。弱い
剣士がデカイ顔しやがって」
剣士B「我々は今日東京から着いた所だが、
神奈川に強い剣士がいるなぞ、聞いたこと
がないが?」
剣士1「ハア?」
剣士3「どこの道場だ!」
剣士A「下谷車坂直心影流。榊原撃剣会であ
る。どうやら五対五と人数は合う。勝った
者が道を通れるのはどうだ?(竹刀を構え
る)」
剣士4「いいだろうチンピラ!」
剣士D「どっちがチンピラだ!」
五対五の乱闘がはじまる。
〇坂上家、縁側
切られたスイカを食べる坂上、杏、松
尾、しづ。
坂 上「スイカは、包丁で切ったものに限る
な」
と、表が騒がしい。
人々が走ってゆく。
町人1「喧嘩だ喧嘩だ!」
町人2「撃剣会同士の喧嘩らしいぞ!」
坂上、木刀をもって立ち上がる。
〇大乱闘
店先のものは壊すわ、川に放り込むわ
の大乱闘。
弥一郎を筆頭に、坂上撃剣会の面々が
駆けつける。
坂上、しづ、杏、松尾も駆け付けた。
弥一郎「やめんか! 辰! 寅! 捨も!」
乱闘している者を羽交絞めに。
もう一方にも榊原撃剣会の者たちが駆
けつける。そのリーダー、榊原。
榊 原「お前ら、人々に迷惑をかけるな!」
弥一郎「は? 我々は武士だ。ただの人では
ないぞ?」
榊 原「……?」
坂上撃剣会の面々、木刀を構える。
それを見て、榊原撃剣会の面々も竹刀
を構える。
榊 原「(身内に)おい、やめろ。剣を下げ
よ! (弥一郎に)うちの若い剣士が血気
盛んですまなかった。我々は榊原撃剣会の
者。東京からここに興行に来たのでござる。
喧嘩に来たのではない」
弥一郎「丁度良い」
榊 原「?」
弥一郎「私たちは坂上撃剣会。明後日から翔
霍寺で興行だ。飛び入り大歓迎だが?」
榊 原「ほう」
と、素っ頓狂に坂上が声をあげる。
坂 上「おや? 榊原殿! 榊原殿ではない
か!」
榊 原「?」
坂 上「横浜の港で一度お目通りを。水が大
好物のやせがまん侍でござる」
榊 原「あー!」
懐から坂上のあげたハマグリの膏薬を
出して見せる。
榊 原「ハマグリのご縁の! この薬、だい
ぶ効きが良くて感謝でござる!」
坂 上「榊原殿の撃剣会でござったとは」
榊 原「坂上撃剣会。それでは……」
坂 上「(弥一郎たちをさし)身内です」
弥一郎、二人が知り合いで戸惑う。
川に放り込まれた剣士5があがってき
て、空気を読まずに乱闘の続きをしよ
うとする。
弥一郎「やめんか!(木刀をむける)」
坂上、ひとつアイデアを思いつく。
坂 上「君たち! 血気盛んな生きざま、剣
士として十分に良し! だが君らは剣を持
って生きる者だろう! 剣を持って決める
がよい!」
剣士5「は? だからこれ(木刀)で……」
坂 上「違う! どちらが強いか、試合で決
めようぞ!」
弥一郎「?」
榊 原「?」
坂 上「次の興行、撃剣会同士の対抗戦形式
で、いかがか!」
戸惑う弥一郎、榊原、剣士達。
榊 原「対抗戦?」
〇八染の遊郭、客間
八 染「はっはっはっ。それでその場を収め
たどころか、俺っちにオモシレエ興行ネタ
まで持ってくるとは、傑作だなこりゃ!」
坂上、榊原。
八 染「やっぱアンタ引退してんの勿体ねえ
ぜ!」
坂上の胸をどつく。坂上、せき込む。
坂 上「(榊原に)あの場を収める為とはいえ、
出まかせで言ってしまった。ご迷惑ではな
かったか」
榊 原「なんのなんの、他流試合大いに結構。
地方巡業の理由は、まだ見ぬ剣に出会うこ
とでござる。むしろ好都合」
坂 上「武者修行でござるか」
榊 原「それもあるが、拙者、実は警視庁の
武術世話係を仰せつかった」
坂 上「?」
榊 原「先の西南戦争。抜刀隊の活躍が知ら
れ、剣は使えるものと再評価されたのでご
ざる。警視総監川路利良殿が
剣の腕の立つ者を探しておられる。
その者を巡査として新たに雇うと」
坂 上「警官は薩長出身で占められ、空席が
ないと聞いたが」
榊 原「倍に増員する。腕さえあれば出自は
問わぬ、となった」
坂 上「なんと! ではあぶれた武士でも、
腕を示せれば警官になれると?」
榊 原「左様。拙者がその見極め役」
坂 上「……ああああああ! あああああ!」
坂上、興奮のあまり庭に裸足で飛び出
して、叫びまくる。
八 染「話が見えねえな? どういうこった
い?」
坂 上「八染さん、武士の、武士の行き所が
見つかったんだよ!」
八 染「?」
坂 上「武士は、警官になるのだ! そうだ!
それがいい! 剣を生かせる場があった
んだ!」
八 染「?」
坂 上「あっ! 八染さん、お芝居の衣装で、
警官の服を調達できるかい?」
八 染「劇団が持ってるが」
坂 上「五十人分は?」
八 染「そんなにはねえよ」
坂 上「坂上撃剣会五十名対榊原撃剣会五十
名だろう? 弥一郎たちは侍の恰好だから、
対するこちらに、警官の服を着せるのさ!」
八 染「なんで?」
坂 上「興行名はこうだ。武士対警官。また
は……」
八 染「または?」
坂 上「武士軍対政府軍」
八 染「西南戦争再び、って興行か! いけ
るぞそれは! やっぱアンタ興行師やんな
よ!」
庭まで走って行って、坂上の胸をどつ
いてせき込ませる。
〇夕日の河原
榊原に頭を下げる坂上。
坂 上「重ね重ね申し訳ない。警官の服をそ
ちらに着せるなどと勢いで言ってしまい」
榊 原「ははは。なあに、実戦通りに剣を振
るう、いい経験になるでござる」
坂 上「試合形式は、防具と竹刀でよろしい
か」
榊 原「それ以外があると?」
坂 上「坂上撃剣会は過激派でな。次の興行
は防具なしの木刀で撃ち合うなどと言って
いる」
榊 原「それは……下手したら死人が出る」
坂 上「実戦は実戦、試合は試合と分らぬ未
熟者でな。そこで提案が一つある。拙者を
そちらの大将として出してくれぬか?」
榊 原「大将?」
坂 上「むこうの大将は弥一郎で、木刀を使
うと言うだろう。拙者もそこに木刀で出る。
大将戦以外は防具あり竹刀で、となれば向
こうも納得しよう」
榊 原「坂上殿が危険では。それにもうご隠
居してるのでござろう」
腰の木刀を抜く坂上。
坂 上「生涯をかけて磨いた剣でござる」
榊 原「……では。一手、ご教授願えぬだろ
うか」
坂 上「何を」
榊 原「一刀流奥義の『切り落とし』を体験
してみたく」
坂 上「切り落とし」
榊 原「こちらが面を打ち、そちらが面を打
つ。なのにそちらが一方的に勝てる術と聞
く。そんな馬鹿な。奇術ではあるまい」
坂 上「よかろう。……こちらは寸止めする
ので、真っ向から面を打ってください」
榊原、腰の倭杖(特製木刀)を抜く。
お互い青眼に構える。
夕日のシルエットで、向かい合う二人。
榊 原「……」
坂 上「……」
渡し舟が船着き場についた刹那。
榊原、面打ち。
坂上、同じタイミングで面打ち。
坂上の木刀の側面が、榊原の側面をこ
する。木刀の側面は丸いので、そこで
こすった力が丸い榊原の木刀を弾き出
す。弾かれ、どすりと地面を打つ榊原
の木刀。
気づいたら坂上の木刀は額の上で止ま
っている。驚く榊原。
深々と一礼する坂上。
懐からハマグリの膏薬を出して、貝同
士をこすり合わせるようにする。
坂 上「剣の断面はハマグリの形をしている
から、蛤刃と呼ばれます」
ハマグリの丸い側面でもう一方の丸い
側面をこすってはじき出す。
坂 上「いまだ力発せざる時にこちらの全力
を発せば必ず進めまする。これぞ、ハマグ
リのご縁にて」
微笑む坂上。
榊 原「……失礼ながら、これほどの腕を持
ちながら、何故こんな田舎に埋もれておら
れる」
坂上、深々と一礼。
沈む夕日の最後の一瞬のきらめきが、
坂上を照らす。
坂 上「たった今、見つけていただきました」
榊 原「……」
坂 上「一座の皆も、同じく見つけてくださ
れ」
もう一度、深々と一礼する。
(4/4につづきます。
最後の決戦の火蓋が切られた。弥一郎の暴走を、「正義」は止められるか?)
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