見出し画像

映画シナリオ「弾切りの一座」(4/4終)

(3/4からのつづきです。
木刀防具なしの試合を主張する、狂気に取り憑かれた弥一郎。そそのかす片腕と喉を失くした天狗面の男。西南戦争の不俱者たち。だが榊原から、警官に「剣の腕の立つ者」採用枠が新設されたと坂上は聞く。坂上は東京榊原一座の大将として、警官の格好にコスプレして、弥一郎と撃剣興行で戦う。武士対近代、最後の戦いはいずれに?)


〇夜、坂上家、道場内
 
杏  「だからってさー、ウチで全部縫うこ
とないじゃないの!」
   道場に広げられた、五十着の警官の衣
   装。しづ、坂上、杏、松尾が縫い合わ
   せている。
坂 上「縫い手が足りないからしょうがない
 だろ。傘張りで鍛えた我が手先が火を噴く
 時が来た」
し づ「(覗いて)あなたの傘を買った人は、
 さぞ水が上から噴いて大変だったでしょう
 よ」
杏  「(覗いて)ほんとよへたくそ!」
し づ「松尾さんも付き合わせちゃってごめ
 んなさいね」
松 尾「ははは。手先は器用なほうです」
し づ「何か、松尾さんも家族になったみた
 いで楽しいね。こういう夜なべもさ」
坂 上「ひと段落したら、祝言をあげよう」
杏  「父上」
松 尾「……(思わず杏と手を握る)」
   神棚の、穴だらけの朱鞘の太刀。
坂 上「あとは長男が揃えば、全員集合だ」
 
〇立て札
 
立て札『西南戦争再び、武士軍対政府軍
 百人興行
 神奈川県 鉄砲切りの一座
 東京府  官許榊原撃剣会』
 
〇瓜生神社、撃剣場
 
   どん、ど、どん。
   どん、ど、どん。
   満場の客、太鼓、法螺貝、花魁剣舞。
   客席に杏と松尾、桂少年、八染。
   鉄砲切りの一座はみな武士の恰好で、
   竹刀と防具。弥一郎のみ木刀。
   対する榊原撃剣会は警官の恰好に、竹
   刀と防具。坂上のみ木刀。
   中央の審判榊原が一礼。
榊 原「相模原の皆々様、東京府からやって
 参りました榊原撃剣会です。強い剣士を探
 しております。我が一座の者から一本でも
 取った者は、警視庁の巡査に召し抱えま
 す!」
坂 上「相模原の武士と近代政府、どちらが
 強いか? 見てみたくはないか?」
   観客、どよめき、拍手。
坂 上「鹿児島でつけられなかった決着を、
 今こそつけてみせましょう!」
   どっと沸く観客。太鼓、法螺貝。
   ×   ×   ×
   『五十 対 五十』の札。
榊 原「はじめ!」
   第一試合、政府軍の勝ち。
   『五十 対 四十九』に。
   一進一退。
   『四十 対 四十一』
   『三十七 対 三十二』
   野末の試合。
   野末は片手剣法。
野 末「キエエエエ!」
観 客「キエエエエ!」
   攻防の末、野末は上段から切り下すふ
   りをして、左袖を振る。腕がないと思
   っていたら、鉄球を仕込んでいた。
   横面を殴り、ひるんだすきに胴一本。
榊 原「胴一本!」
   しづは警官の恰好で薙刀を振るう。
榊 原「脛一本!」
   『二十 対 十五』
   合間合間に若衆は掛け金を回収。
   『七 対 一』
   残りは弥一郎一人。
榊 原「大将戦のみ木刀試合とする」
   天狗面の男、弥一郎に竹刀を渡す。
   弥一郎は防具なしで鬼気迫る試合。
   防具の警官たちを圧倒する。
   『六 対 一』
   『五 対 一』
   『四 対 一』
   『三 対 一』
   『二 対 一』
   六人抜きを果たした弥一郎。
   『一 対 一』
榊 原「大将戦! 坂上どの、前へ」
   坂上。木刀を持って立つ。
   天狗面の男、弥一郎に木刀を渡し、耳
   打ちをする。うなづく弥一郎。
   互いに木刀をむけあう坂上と弥一郎。
   剣先が触れ合う。
弥一郎「剣で触れれば相手の考えていること
 が分る、と父上はおっしゃいました。私の
 考えることが分りますか?」
坂 上「……恐怖しているな」
弥一郎「なに?」
坂 上「自分が打たれ、死ぬかも知れぬ恐怖。
 相手を打ち、殺すかもしれぬ恐怖。いずれ
 もある」
弥一郎「……」
坂 上「私もそうだからな」
弥一郎「……警官になることは、明治政府に
 寝返ることでは?」
坂 上「……」
榊 原「大将戦三本勝負! はじめ!」
   探りあいから、弥一郎が怒涛の攻め。
   一転、坂上が攻める。
   剣と剣が交錯する刹那、低く避けた弥
   一郎は坂上の右脛を打つ。
榊 原「脛あり、一本!」
   坂上、膝をついて痛みに苦しむ。
   どよめく観客。
   しづ、思わず坂上の元へ走る。
坂 上「骨は生きてる。弥一郎は打ち込みが
 足りんな」
し づ「私が代わりたいくらいです」
坂 上「息子を叱るのは、怖い父親の役目だ
 ろ」
榊 原「二本目!」
   右脛を打とうとする弥一郎、それを防
   ぐ坂上、返す刀で横面を打つ弥一郎。
   それを躱し、坂上は抜き胴を決める。
榊 原「胴あり、一本!」
弥一郎「……!」
   横腹の激痛に耐え、何度も深呼吸。
坂 上「そこの天狗面の男。正体が分ったぞ」
天狗面の男【……】
坂 上「俺の足元の弱点を指摘した者は天下
 に二人。一人は我が妻しづ。そしてもう一
 人は我が生涯の友、十文字真澄」
   天狗面を外す、十文字。
   傷だらけの貌、変わり果てた姿。
坂 上「西郷殿の亡霊でも、演じたつもりか」
十文字【……武士の世を、もう一度だ】
坂 上「武士はもういない。鉄砲の方が刀よ
 り強いだろ。弾切りなど奇術だろ」
十文字【では何のための剣だ? 何のための
 武士だ?】
坂 上「武士の正義とは敵を切ること。だが
 日本は統一されたのだ。これからの武士の
 敵は国内の悪人よ。町奉行は、もっと大き
 な日本奉行になるのだ」
十文字【……】
弥一郎「……」
榊 原「はじめ!」
   隙のない坂上の構えに焦る弥一郎。
   剣だけがグイグイ前に出てくる感覚。
   坂上、踏み込んで左肘、右足、右肩を
   次々に打つ。
坂 上「ここも! ここもここもここも! 
 はみ出ておる! 人の道からはみ出てお
 る!」
弥一郎「あー!」
   弥一郎は思わず真っ向上段から面打ち。
   坂上も同じタイミングで面打ち。
   空中で交錯した剣は、弥一郎の剣だけ
   ななめに弾かれ地面へ。
   坂上の剣は弥一郎の面で寸止め。
榊 原「一刀流奥義、切り落とし一本! こ
 の勝負、政府軍の勝利と至す!」
   太鼓が鳴り、法螺貝が鳴る。
   どっと沸く観客。
   若衆が掛札を回収にかかる。
   互いに礼をする二人。
   坂上が歩み寄る。
坂 上「私は、人を殺したことがあるぞ」
弥一郎「……」
坂 上「たった今、悪い息子を殺した。これ
 からお前は、新しい正義の人となるのだ」
弥一郎「……その明治政府が間違っていたら、
 どうしますか」
坂 上「その時は正しいことをすればいい。
 それを、一緒にやって欲しい」
弥一郎「……」
坂 上「メーンも竹刀も弾切りも、剣も警官
 も方便なんだ。形が変わってもいいんだ。
 魂が変わらなければいいんだ」
   と、観客がざわつく。
   十文字が懐剣を出して喉元に突きつけ
   る。
   坂上、懐からハマグリを出して投げ、
   叩き落とす。
坂 上「友よ。武士としてまだ生きてくれ。
 頼みたきことができた」
十文字【……(喉の奥から、声にならない声
 で泣く)】
弥一郎「私は……私はきっと、弥二郎が羨ま
 しかったのです」
坂 上「……」
弥一郎「父上は、弥二郎を自分に似ていると
 おっしゃった。私も、似ていると言われた
 かったんです」
   弥一郎、急に子供のように泣きだす。
坂 上「ははは。馬鹿だなあ」
   坂上、弥一郎を抱きしめる。
坂上「正しくあろうとする姿が、俺そっくり
 だ」
   弥一郎、泣きじゃくる。
   杏、松尾が駆け寄ってくる。
   しづは、穴だらけの太刀を出す。
   弥一郎、うなづく。
   坂上、破顔一笑。
坂 上「うちへかえろう」
 
〇警視庁、新築の巡査教習所
 
T  『明治十二年 警視庁稽古場』
   竣工したばかりの大道場。
   上座に榊原、十文字が座る。
   師範代の坂上が、木刀を持って入って
   くる。
坂 上「さて諸君。今日も警視庁名物の朝稽
 古だ。最近新参者も増えたので、改めて教
 えておく。我が愛する妻が隣の食堂で皆の
 朝飯を作って待っているが、これを食べら
 れる者はわずかだ。立ってられるような余
 裕はないから覚悟せよ」
   巡査の中に弥一郎、野末。
坂 上「では構えて!」
   何百人もの猛者が、思い思いの構えを
   とる。
   坂上、ぴしりと青眼に構える。
坂 上「面!」
全 員「面!」
 
 
T  『その後、彼らの技を集大成した警視けいし
 流木太刀きだちの形十本が定められた。撃剣興行
 は、武士たちの技を生きて保存したものと
 して、現代では評価されている。
 ――武士は消えたのではない。その魂は、
 いま、警官の中にいる』
 
   どん、ど、どん。
   どん、ど、どん。
   どん、ど、どん。
 
 
                  (終)
 


資料:撃剣興行の錦絵、ドラマより西南戦争、明治時代の写真 
資料:イメージキャスト

【演出メモ】
1. 一刀流奥義「切り落とし」の場面、その他撃剣興行での試合で、「剣の目線カメラ」を導入したい。試合での激しい太刀筋、榊原の、弥一郎の剣が坂上の剣ではじかれていくさまを、スローモーションの、どこまでもまっすぐな剣目線でとらえたい。
2. エンドロール中の小窓で、現代の師範が同じ道場で静かに警視流の形を演じているのを撮りたい。

【参考資料】
実録
「撃剣会始末」 石垣安造 島津書房 2000
「日本剣豪譚――明治剣客伝」 戸部新十郎 毎日新聞社 1994
「埼玉武芸帖――江戸から明治へ」 山本邦夫 さきたま出版会 1981
「一刀流極意」 笹森順造 礼楽堂 1986
 
研究
「士族の歴史社会学的研究――武士の近代」
 園田英弘/濱名篤/廣田照幸 名古屋大学出版会 1995
「秩禄処分――明治維新と武家の解体」 落合弘樹 講談社学術文庫 2015
 
小説
「明治撃剣会」 津本陽 文藝春秋 1982
「撃剣興行」 長塚節 長塚節全集第二巻 春陽堂書店 1977 青空文庫NDC914
 
 
インターネット
見世物興行年表 明治六年四月、五月~七月http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/cat_50046848.html
Wikipedia 撃剣興行 榊原鍵吉 榊原撃剣会 西南戦争 西郷隆盛 明治六年の政変
廃刀令 警視庁撃剣世話係 警察剣道 警視流 直心影流 日本の警察官 エンフィールド銃 スナイドル銃 大日本武徳会 剣道形 川路利良



next: コメディなのに熱い「最終章を先に描け!」はどうでしょう。スポーツ大逆転「寒がりジャンパーの一番熱い日」もメジャーです。実験短編「劇団黒バック」もおすすめです。その他もあるよ。
https://note.com/oooka_/n/ne831524c1f5f


いいなと思ったら応援しよう!