映画シナリオ「千年咲く花」(1/4)
映画シナリオ、ラブストーリー、SF、116分
タイトル
千年咲く花
(海外配給用: Thousand Flowers Thousand Years)
キャッチコピー
なぜあなたは、私の死ぬ未来を知っているの?
(海外配給用: How do you already know the day I die?)
スペック
タイムスリップを日常だけで表現する、せつないラブストーリー。スターと実力派で固める。
『アバウト・タイム』×『きみがぼくをみつけた日』
ログライン
ある夫婦に起こった異常。突然夫の意識が「3日後」に行ってしまった。たしかに彼の言った出来事が3日後に起こる。そしてそれはどんどん未来に行き、妻の死んだ日の話をしはじめた。
(海外配給用: An anomaly strikes a devoted married couple: the husband’s consciousness leaps "three days into the future." Everything he predicts comes true. As his mind skips further and further ahead, he begins to speak of the day his wife dies.)
「千年咲く花」
作 大岡俊彦
【登場人物】
風間 千恵(38)
花が好きで、陶器が好きで、カエ
ルグッズが好き。
整理整頓は下手なかわりに、目当
ての物を一発で見つける。
独特の感性とことばを持ち、「捨
てられるいのち」に敏感。かわい
いものや元気の出るものを集める
のは、孤独の裏返しである。
司郎の妻。
風間 司郎(35)
千恵の夫。テレビドラマ系ディレ
クター。面白い冗談で茶化すのが
仕事のような男。千恵とは、長年
コンビを組んできたかのような会
話を楽しんでいる。
謎の奇病「脳だけ未来にタイムス
リップ」になってしまう。
北村 和宏(36)
司郎の大学の同期で、北村医院院
長。テレビにひっぱりだこの半分
タレント。脳外科医。
口だけで中身のない男。IQの高
い嘘つき。自分が中身がないと言
われるのを恐れている。
折田 弓美(35)
京都の小劇場の舞台女優。
生真面目な人見知り。
黒木(45)黒い人脈の人。北村に高額を貸
している。
村井(30)北村医院のエース。外科医。
藤岡(35)弓美のパートナー。劇団主宰。
梨花(21)学生。藤岡の劇団所属の女優。
○五月、新緑あふれる街路樹の道
街路樹からあふれる陽光。
新緑のトンネルを走る、引っ越しトラ
ック。
ここは、古くからの高級邸宅街D。
窓をあけ、助手席から眺める夫婦、風
間千恵(33)、司郎(30)。
千恵 「庭が凝ってるーーーーー!」
司郎 「いっこいっこの敷地がでけえよ!」
街路樹に並ぶ個性的な屋敷たち。
生垣の隙間からのぞける庭は、色とり
どりの凝った花にあふれている。
と、ゴミ置き場に、古い家具にまじっ
て、花の終わった胡蝶蘭が捨ててある。
千恵 「(蘭に)あとで助けに来るね」
○二人のアパート、前
時代に取り残されたような、味のある
アパート。トラックから運ばれる荷物。
○二人の部屋
広い窓から差し込む強い光。
古い畳の、六畳ふたま。
荷物の山を眺める司郎。
窓を開けて、風をたのしむ千恵。
千恵 「昔の家だから畳が大きいね、しー
ちゃん。柔道できるよここ」
司郎 「うりゃ(と柔道組みを)」
千恵 「とりゃ!(と受ける)」
押し入れの関係で間取りが余ったのか、
半畳の板間が。
司郎 「なにここ?」
千恵 「踊り場、的な?」
司郎 「よしちー坊、これを踊り場と名づけ
よう。今後いいことがあったときは、二人
でここで踊るのだ」
司郎はへんてこな踊り。
千恵も呼応して変な踊りを。
千恵 「ヘイヘイ! ここはちー坊としー
ちゃんの踊り場(笑)」
× × ×
つぎはぎした再利用の、ボロボロの段
ボールを開ける千恵。
千恵 「暗かったでしょ植物さんたち」
中から沢山の植物を出して、窓際に並
べ始める。
一方、司郎はテレビを設置中。
司郎 「ここでいい?」
千恵 「しーちゃんはテレビのお仕事なんだ
から、大明神のように真ん中に」
司郎 「しかし端っことはいえ、田園調布の
住民とはねえ」
千恵 「京都の貧乏学生の私たちに、タイム
マシンで言いに行っても信じないよね」
司郎 「(窓際をさし)ちょっと! そこ俺
の机の予定地!」
千恵 「何のために、窓の広い部屋にしたの
よう」
古い陶器を再利用した鉢が窓際を占領。
籐籠のハンギングが広い窓を占領。
(どれもまだ花のない、緑一色)
千恵 「花から元気をもらえる部屋にしたい
の。あ、そうだ。お茶いれるね。んー…」
と迷いなく段ボールのひとつをあける。
中からセーターにくるまれた陶器、カ
エルグッズ、本、瓶詰めの飴が出て、
最後に紅茶セットが出てくる。
司郎 「なんで毎度一発でわかるの?」
千恵 「声を聞くの。『見つけてくださ
い』って。それを引くだけ」
司郎 「聞こえないよ」
千恵 「しーちゃんにはじめて会った時も聞
こえたよ? 運命の声を、聞く力」
別の段ボールを指す。司郎があけると、
古い味のある陶器が続々と。
司郎 「割れたら終わりの物ばっか…」
使い込んだペアのマグカップを出すが、
手が滑って一個落として割ってしまう。
司郎 「ああ! ごめん! あー…」
千恵 「そのへん踏んじゃダメ」
素早く千恵はガムテを出し、小さい破
片をぺたぺたと。
司郎 「…ごめん」
千恵 「京都の…これは下鴨バザーで買った
やつ。まだしーちゃんが私の下宿に通うと
き以来のペアカップ」
破片を組み合わせようとする司郎。
千恵 「…割れるものだから、大事にするん
だよ」
○夕方、街路樹の道、ゴミ置き場の前
スーパーの袋を抱えた千恵、捨てられ
た蘭の前で立ち止まる。蘭に挨拶。
○夕方、二人の部屋
ボンドで貼り合わせたマグカップ。
植物においやられたような窓際の机で、
司郎は台本を広げ、カット割りの絵を
描いては消している。
千恵の帰宅に、集中してて気づかない。
机の上のランプが、司郎の横顔をたま
たまかっこよく見せている。
千恵 「…ちょっとライティングがカッコイ
イぞ」
司郎 「(千恵に気づき、マグを見せる)こ
れ多分もれる」
千恵 「もれる方が通気がいいし」
と、葉っぱだけの蘭をそのマグに植え
替える。
司郎 「もしもしそれは何ぞ」
千恵 「花しか見ない金持ちが、終わったか
らって捨ててるの! まだ生きてるのに!
胡蝶蘭は千年生きるのよ? こまめに世話
すれば、毎年毎年咲けるチャンスがあるの
に!」
司郎 「…」
千恵 「ウチに来ていいですか?」
司郎 「(沢山の植物を見て、ため息)いっ
こ増えたって変わんないけど」
千恵は嬉しくなり、蘭とマグをなでな
がら、窓際の真ん中に置く。
千恵 「新しい生き方をしようね」
○タイトルイメージ、二人の部屋
窓に吊られた緑一面の植物たち。
なにもなかった部屋に、家具や小物が、
新しい蘭の株が増えていく。
マグ入りの蘭から小さな花芽がのびる。
可憐なピンクの花が、二輪咲く。
タイトル「千年咲く花」
(以降、ラストまで花は咲かない)
○5年後、二人の部屋
木やガラスや布など、手触り重視のモ
ノにあふれている。
窓一面の、葉ばかりの蘭に水やりする
千恵(38)。と、ケータイが鳴る。
千恵 「しーちゃんまた私起こさずに会社
いっちゃったでしょ。起きた時一人はさみ
しいよ。御主人様に捨てられた捨て犬の気
分だよ。…ホント? 今日お仕事ないの?
…ランチアンド映画なんてひさしぶり!」
○Dの隣町、J丘駅前広場
J丘マダムの押すベビーカーの赤ちゃ
んが、じっと千恵を見つめている。
笑って手を振り返す千恵。
改札を出ると、ロータリー広場にはオ
シャレで幸せそうな人々の午後。
無料ティッシュ、フリーマガジンを受
け取った千恵。
千恵 「引いた!」
『人気脳外科医キタムラがススめる!
脳にイイ!街特集』の表紙は、メガネ
で院長姿の北村(36)が満面の笑顔。
小さい柱に座って待っている司郎(3
5)を見つけると、背後から尻を強引
に押し込んで、二人座りに。
司郎 「なにすんねんデブ(笑)」
千恵、笑って雑誌を見せる。
司郎 「おう北村。出世したなあ。バラエテ
ィで随分のし上がったな」
千恵 「ほんと最近テレビよく出るよね」
司郎 「本業やってねえだろ絶対。相変わら
ずメガネの奥は笑ってねえし」
と、ケータイが鳴る。司郎立つ。
司郎 「(冗談で)ハイ来々軒。ラーメン
みっつ。……え? 嘘! 今日!? 今日
13日でしょ?」
千恵 「(ため息をついて首を振る)」
スケジュール帳を慌てて開く司郎。
司郎 「…3日間違えた。30分で行く」
千恵 「またうっかり『あっ』ですか」
ケータイを切る司郎。
千恵 「ぶー」
司郎 「ゴメン。ごはん一人で食べて」
千恵 「…『藤原俊成の女(むすめ)』とか
『菅原道綱の母』みたいに、私が歴史に残
る名前は『風間司郎の妻』ですか。私は
司郎に仕えるだけの一生ですか。私の名前
は千恵です。『妻』じゃないんです」
司郎 「…いかなきゃ」
千恵 「(立つ)しーちゃんばっか出世して
ずるいよ! しーちゃんは私たちのこと考
えてるの? このまま子供もつくらず生き
てくの?」
司郎 「それ今言わなくても」
千恵 「じゃいつ言えばいいのよ! えっち
してって! ねえ、花は何のために咲く
の!?」
司郎 「…(駅の時計を見る)」
千恵 「(我慢する)…行ってらっしゃい。
お仕事がんばってください」
一人取り残される千恵。
ベビーカーのマダム達が通る。
○司郎の会社(小さな制作プロダクション)
デスク女子「風間さん精算書まだですか?」
司郎 「出したじゃん3日前」
デスク女子「…いいえ」
司郎 「…? 出したよ3日前」
○司郎の会社、会議室、深夜
打ち合わせ中も首をひねる司郎。
○深夜4時半、二人の部屋
机の上にカエルグッズを並べ、お祈り
する千恵。
千恵 「もう贅沢は言いません。うっかり
しーちゃんが『あっ』とか言って事故に
あってませんように。無事にカエルおまじ
ない」
そこへ帰宅する司郎。
司郎 「(疲労しきって)ただいま…」
千恵 「よかった無事で。しーちゃんあの
ね」
司郎 「(畳に倒れこむ)寝さして。…起き
て待ってなくてもいいのに」
千恵 「だって起きてるしーちゃんに会いた
いもん。お仕事大丈夫だった?」
司郎 「なんか変だよ。アレ3日くらい前に
やった打ち合わせだよ。なんでもう一回や
るんだよ。…寝ていいすか」
○その直後、朝6時半、二人の寝室
ケータイが鳴り、二人飛び起きる。
千恵 「わっ! しーちゃん電話!」
○撮影現場、以下寝室とカットバック
プロデューサー「監督が現場すっぽかしって
どういう事だ?!」
スタッフ以下全員スタンバイ中。
司郎 「はあ? えええ、何の」
プロデューサー「君は工事現場の監督か?」
司郎 「? 撮影は3日前にやったじゃん」
プロデューサー「…いまどこ!」
○翌日、街路樹の道
司郎と千恵、緑の道を歩きながら。
司郎 「だってたしかに3日前に撮影はした
よ。ヨーイスタート、ハイオッケー。なん
で同じことやんだよ」
千恵 「…デジャヴ?」
司郎 「うん。…仕事デジャヴ」
○J丘、パスタ屋
司郎 「むっ、このパスタ3日前に食べたデ
ジャヴが」
千恵 「前世の恋人が今世で会えたとか、は
じめて行った場所なのに涙が止まらなくて、
それは前世で住んでた町、とか、そういう
のにデジャヴは使おうよう」
○J丘、電器屋の街頭テレビの前
千恵 「あああしーちゃんごめんなさいいい。
あれは未来の私が警告に来てるんですうう
う。もうやけ食いはしませんんんんん」
千恵と同じ背格好の、太い女性が。髪
形やゆるめの服など、地味な雰囲気が
千恵とかぶっている。
司郎 「(笑)未来のちー坊よく会うよね」
千恵 「それはいくつもの分岐する未来から、
ことごとく今の私に警告を…」
街頭テレビの前で司郎が立ち止まる。
工場火災のニュース。火の手のあがる
現場で、レポーターがしゃべっている。
司郎 「コレびっくりしたよね。いきなりド
ンって来たもんね」
千恵 「なにが?」
司郎 「爆発。ホラこのコのスカート、パン
ツ見えそうでさ…」
その瞬間、ドン、と爆発事故が。
千恵 「ひっ」
現場は騒然。爆風でレポーターのス
カートがめくれそうに。
司郎 「あーやっぱ見えないや」
千恵 「…」
司郎 「?」
千恵 「しーちゃん、何でわかったの?」
司郎 「これ3日くらい前の録画でしょ?」
千恵 「ちがうよ! どうして分ったの!」
画面には『LIVE』の文字。
炎上の騒ぎがおさまらない現場。
千恵 「しーちゃんてさ…まさか、本当に3
日先の未来からきた人?」
○心療内科
○同、廊下
司郎 「どうせここもヤブだよ」
千恵 「いいから一応」
司郎を診察室に押し込む千恵。
待合席に座る。かばんからフリーマガ
ジンを出し、何気なくめくる。
○同、外の駐車場
背伸びして出てきた千恵。
赤いオープンのベンツに乗った男が、
ケータイで電話しながら駐車しようと。
男 「その分は、ウチのエースにやらせま
すよ。大丈夫っす! あ、今度本出すんで
す。ええ、ええ。印税で補填しますよ!」
ケータイの着信音。
助手席シートには何台ものケータイが。
男 「(もう一台に出て)あ、もう駐車場
ですよ?」
立っている千恵をかわして車を駐車場
に入れるが、死角にあったプランター
をひっくり返す。その衝撃に気づき、
男 「やべ! 轢いた?(と、千恵に)」
千恵 「いいえ大丈夫です。…あ、引いた」
男 「轢いた?」
千恵 「北村さん」
男(北村)「え? …あれ、黒川さん!?」
千恵 「相変わらず、引き、強いわ私」
手に持つ雑誌の表紙は北村。
北村は、表紙と同じ笑顔をする。
○後日、二人の部屋
壁の日めくりはタテに裂かれ、左半分
だけ三日先を示している。
北村 「風間は昔からの親友だし、協力はし
たいよ。デジャヴのひどいやつは…」
千恵 「記憶障害や、統合失調症の前兆かも、
というところまでは調べた」
手元の複数のカルテを見る北村。
北村 「どのセンセイも、疲れによる一時的
な記憶の混乱では、と」
千恵 「いっつも睡眠不足の仕事だし、ぐっ
すり寝れば治るかも。病気なら、だけど」
千恵は、カエルとウサギの小さい人形
を机の上に出して説明する。
千恵 「私がコレ(ウサギ)で、司郎がコレ
(カエル)だとする。私たちは、日々仲良
く暮らしていました」
ふたつを並べて歩かせる。
千恵 「ところが」
と、カエルの頭をぽきゅっと外し、頭
だけを3歩先に、トントントンと。
千恵 「カエルさんの脳だけが、3日先に
タイムスリップしてしまったのです」
北村 「…」
千恵 「(頭を振り向かせて)彼から見れば、
今の私たちは3日前の私たち。『3日前に
それは見た』と言う彼と辻褄があう」
北村 「…また飛びすぎな」
手帳の走り書きのメモを見せる千恵。
『04の132525』。
テレビをつける。宝くじの抽せん会の
生中継。
北村 「…オイオイ」
○回想、J丘、宝くじ売り場前
司郎 「ちょっと待って。04…13…メモ
して!」
千恵 「は?(とりあえず手帳を出す)」
司郎 「04の、13…2525」
千恵 「(メモしながら)オー4つのひとみ
がニッコニコ、と」
司郎 「それだ。その語呂合せで覚えてた」
二人は列にならぶ。
二人 「…あっ(同時に気づく)」
○(元に戻り)二人の部屋
千恵 「宝くじって好きな番号買うシステム
じゃないから。でも…」
テレビ中継。ドラムロール。
一斉に矢が放たれ、一等が決まる。
アナウンサー「一等3億円は、04組の…」
千恵 「オー4つのひとみが…」
アナウンサー「13…」
千恵 「ニッコ…」
アナウンサー「25…」
千恵、アナウンサー「ニコ」「25!」
北村 「…どういうことだよ!」
3歩先に進んだカエルの頭。
千恵 「…『3日先病』って病気、あるの?
本当に、タイムスリップ?」
北村 「…ウチの病院なら、最新の機材があ
る。精密検査を」
と、ふすまがあく。寝起きの司郎だ。
司郎 「あーよく寝たよちー坊。アレ? お
う北村」
北村 「おう。…大学の研究室以来か」
司郎 「ある日ウチのクラスの下宿全員に、
裏ビデオのカタログが配達された事件あっ
たな。アレ、名簿売った犯人お前だろ」
北村 「随分な挨拶だな(笑) …お前に
とっては、3日前にした挨拶か」
司郎 「? (指折り数えて)4日前だろ」
千恵 「4日、前?」
思わずカエルをもう1歩進める千恵。
○CT検査室に入れられる司郎
○北村医院、診察室
脳の断層写真を前に、千恵と司郎に、
専門医の村井(30)が説明。
北村が入ってくる。
北村 「5日先になったって?」
千恵 「ぐっすり寝かせたら、更に一日先に
なってた」
北村 「…ウチのエースの見立ては」
村井 「側頭葉のレセプター異常もないし、
器質的にも、いわゆる正常の範囲かと」
司郎 「俺さまの異常な天才性が脳に出てな
いだとう?」
村井 「(CT写真を指し)この中身が現在
か未来かは写真じゃわかりません。肉体は
現在で、意識や記憶だけが未来、という特
殊な状態としか」
北村 「…」
司郎 「だから俺は今、過去にいるんだよ」
千恵 「…予言者とか、こうやって未来とつ
ながってるのかな」
× × ×
北村は机の上に、雑誌、スポーツ新聞、
競馬新聞、株価一覧などを広げる。
司郎 「いちいち気にして生きてねえし!」
北村 「じゃあなんで宝くじ覚えてた?」
千恵 「あれは語呂合せだったから」
新聞をめくる司郎の手が止まる。
司郎 「この会社不祥事おこして、ハゲ一列
で頭下げたのいつだっけ?」
北村 「(メモを取る)まだだ!」
司郎 「阪神は相変わらず負け…これは2R
KO…あと、この映画はこける」
千恵 「(横からのぞいて)それは私でも分
るよ。宣伝がキャストだけだもん。面白い
映画なら、ストーリーを宣伝するもの」
北村 「…(考えて)雨は、降ってるか?」
司郎 「きょうは土砂降りだね」
千恵 「? …なに言ってんのしーちゃん」
窓の外はいい天気だ。
北村 「来た! 世の中には、明日の天気が
分るだけで儲かる世界もあるんだ。…ここ
5日分の天気覚えてるか?」
○5日後、北村医院院長室、外は土砂降り
テレビでは記者会見、スポーツ新聞は
2RKO、新聞は『開会式荒天中止』。
ケータイ片手に爆笑する北村。
北村 「はっはっはっ! 笑いが止まらんで
しょう!? 予言者さまさまですよ!」
× × ×
雑誌を指差す司郎、北村は分厚い封筒
を千恵に渡す。中の現金に驚く千恵。
× × ×
雨の日。同じく分厚い封筒を。
晴れの日。同じく分厚い封筒を。
× × ×
北村 「(窓の外の雨を見て)…大損だ」
千恵 「…多分、またずれた。(司郎に)今
日何曜日?」
司郎 「月曜」
千恵 「一週間先。…二週間かも」
○二人の部屋
に監視カメラを取り付ける業者たち。
北村 「あるいは何かの専門家なら、記録か
ら何か発見できるかも知れん」
先に進んだ、机の上のカエルの頭。
周りに、花の切り抜き写真が、歳時記
のようにセロテープで貼ってある。
千恵 「駅前の、高島屋の包装紙みたいな薔
薇は咲いたって。セブンイレブンの隣のエ
ンゼルトランペットは不明、羽衣ジャスミ
ンのあまーい香りがまだと考えると、二週
間から二カ月先の間。(司郎に)あの黄色
薔薇屋敷のクレマチスや梅の実は?」
司郎 「いちいち男が花の名前なんか覚えて
ねえよ」
千恵 「…あれだけ毎回教えたのにー」
○二人の部屋、雨
部屋干ししている千恵。
ひとつのハンガーに、司郎と千恵のパ
ンツがペアで干してある。
司郎 「なにそれ?」
千恵 「二人のえっちがはやく来ますように、
というちーちゃん独自のおまじない」
司郎 「呪い干し(笑)」
千恵、窓際の司郎の隣に座る。
千恵 「司郎の今日は、晴れてる?」
司郎 「晴れてる」
二人のアップを交互に。千恵の背景は
雨。逆に、司郎の背景は晴れ。
千恵 「強いストレスやトラウマなんかが、
心の奥底に影響を与えるっていうじゃな
い? しーちゃんは、どうして私から遠ざ
かっていくの? しーちゃんは私が嫌い?
ケンカしたから、しーちゃんは逃げてる
の? 逃げて私を捨てるの?」
司郎 「…そんな訳ないじゃん」
と、千恵の手を握る。司郎の手は晴れ、
千恵の手は雨。
千恵 「しーちゃんはここにいるのに、ここ
にいない(涙をぽろぽろと)」
司郎 「大丈夫。地球は滅亡してないし、大
地震も起こってない。大丈夫」
机の上の、ウサギとカエルの頭(後
姿)。ウサギが追いかけているように
も見える。その先に、テーブルの端が。
千恵 「あの頭がどんどん先に行って、テー
ブルから落ちたらどうなるの? 脳死?」
司郎 「…寿命まで先にいったら、そうなる
のかね」
千恵 「早く帰って来てよ。カエルは『無事
カエル』のお守りなんだよ?」
司郎 「大昔約束したよね。ちー坊より先に
死なないって」
司郎はやさしく千恵にキスをする。
司郎側は晴れ、千恵側は雨。
司郎 「時空をこえたキッス(笑)」
千恵 「…この『時をかける中年』(笑)」
○深夜、二人の部屋、台所
眠れないのか、司郎が起きてきて、冷
蔵庫からペットボトルを出し(ペアの
残りの)マグカップにそそぐ。
千恵も起きてくる。
司郎は異常に驚き、カップを落として
割ってしまう。
司郎 「ちー坊ーーーーーーーーーッ!!」
千恵 「え?」
はげしく千恵を抱きしめる司郎。号泣。
司郎 「ちー坊! ちー坊! ちー坊!」
千恵 「どうしたのよ。なに?」
司郎 「よかった!! 生きてたあああ!」
そのテンションは尋常でない。
千恵 「…ちょっと、落ち着いてよ。私はい
るよ?」
司郎 「辛かったよう。病院にずっと泊まり
こんで、ちー坊結局一度も目覚めなくて、
夜中雨降って嫌な予感がして、看護婦さん
呼びにいって…」
千恵 「どうしたの? 大丈夫。大丈夫」
司郎 「死亡届って文字見たら、立ってられ
なくて…」
千恵 「しーちゃん? まさか…まさかだけ
ど、…私は…」
司郎 「ダメ! それ言わないで! 言っ
ちゃダメ! 気づいたら消えちゃう!」
千恵 「私は、………死んだの?」
司郎 「ああああああああああああああ!」
喘息のような、過呼吸のような症状。
慌てて背中をさする千恵。
司郎 「………………………………………」
司郎の呼吸が、落ち着いてきた。
床に散らばった粉々のマグカップ。
司郎 「…わかった。これは、夢なんだね」
千恵 「(手を握ったまま)…?」
司郎 「だって、そうだよ。俺は今、夢の中
で、…死んだ、ちー坊と会ってるんだ」
千恵 「夢?」
司郎 「そっちはさみしくない? めしは食
べてる? 幽霊はダイエット気にしなくて
いいんだよ? かゆみどめとか、小腹すい
た時のおやつとか、暑い時の扇子とか、足
首冷やさない用のバンダナとか、棺には入
れといたから」
千恵 「しーちゃん」
司郎 「そうだ! 踊り場で踊ろうよ!」
と、手を引いて立つ。
司郎 「一度も、あそこであれから踊ってな
いじゃん結局。いいことがあった時は踊
ろうって決めたのに!」
○同、二人の寝室の半畳の板間
不器用な社交ダンスを踊る二人。
司郎 「もう一度ちー坊と踊ることが出来る
なんて、夢のようだよ。あ、夢かこれ」
千恵 「しーちゃん、今いつにいるの?
しーちゃんはどこにいるの?」
司郎 「ちー坊。…ちー坊」
司郎は千恵を強く抱きしめる。
千恵 「しーちゃん、帰って来て。帰って来
て。…元に戻りたい」
月明かりの、たった半畳の板間。
裸足のチークダンスは、板間を踏む音
だけが伴奏である。
(2/4につづきます)
https://note.com/oooka_/n/nf000c161f32c
