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映画シナリオ「千年咲く花」(2/4)

(1/4からのつづきです)


○翌日、二人の部屋

   昨日の録画を、一時停止する千恵。
北村 「…」
   机の上の、カエルの胴体とウサギ。
   そのはるか先のカエルの頭。
   千恵は、ウサギをもう一体出して、頭
   の隣に置き、パタンと倒す。
千恵 「…私は、そのいつか、死ぬの。…病
 院で、雨の降る日に」
北村 「馬鹿な。未来が決まってる、とでも
 言うのか!?」
千恵 「…でも、司郎の予言は全部当たった
 よね?」
   紅茶にミルクを入れる千恵。ミルクが
   描く渦を見つめる。
北村 「そのミルクの混ざる模様は、正確に
 は予測できない、と考えるのが現代の科学
 だ。第一未来が全部決まってたら、人間の
 努力はなんなんだよ」
千恵 「人の出会いや生き死には、理屈じゃ
 ないでしょう? 私は司郎と出会ったとき、
 運命を感じたよ?」
北村 「じゃあ君が死ぬ運命を君は受け入れ
 るのか?」
千恵 「…」
北村 「…状況を整理しよう。やつは一日起
 きてから寝るまで、意識はちゃんと連続し
 てて、それは一日だと認識してる」
千恵 「そう」
北村 「寝て起きたら次の日になってるか、
 何日か飛んで更に未来の日として起きてい
 る」
千恵 「…ええ」
北村 「つまり加速は、寝てる間におきると。
 …ずっと徹夜してたら?」
千恵 「朝まで起きてたときは、ちゃんとそ
 の一日だった」
北村 「睡眠が、なんらかのカギかも。睡眠
 の間に、記憶が整理されるというが。…記
 憶や意識がどういう形なのかすら分かって
 いないんだ。…学会関係、外国の症例…似
 たものがないか、俺のネットワークで探し
 てみる。…あいつは?」
千恵 「(ふすまの奥を見て)まだ寝てる」

○二人の部屋の隣、寝室(昼~夕~夜~朝)

   布団の中で、目をさます司郎。
司郎 「…おはようちー坊」
   隣に寝ている千恵の位置に手をのばし、
   頬に触れようとする。
   だが目線の先には、千恵の遺影。
   骨壷と祭壇。
司郎 「…」
   起き上がり、窓を開ける。
   ふすまを開ける。(前シーンまで北村
   と千恵がいた)部屋には誰もいない。
   一人部屋の隅で座り、千恵の遺影を見
   つめる。
   夕方になり、夜になる。
   電気もつけず司郎は動かない。
   夜明けを迎える部屋。
   司郎は動かない。

○寝室~二人の部屋

   布団の中で、目をさます司郎。
   (遺影のあった)目線の先は、千恵の
   布団がたたんである。
司郎 「…ん?」
   起きたときに、今現実なのか夢なのか
   わからない感覚。
   ふすまの向うから話し声が。
北村の声「あいつは?」
千恵の声「まだ寝てる」
   起き上がり、ふすまを開ける司郎。
   千恵と北村(2シーン前の)がいる。
司郎 「ちー坊! 生きてたのか!」
千恵 「…?」
司郎 「…いや、これは夢だな? ちー坊が
 ほんとは死んでるって気づいたら、この夢
 は消えちゃうんだな?」
千恵 「ちがうよしーちゃん、ここは現実! 
 私は死んでない!」
司郎 「夢だよ。…ちー坊が生きてるわけな
 いもの。おう北村。なにしにきた?」
千恵 「…」
北村 「(立つ)今日の所は戻るよ」
   ×   ×   ×
   前のシーンと同じ、部屋の隅に座る司
   郎。その隣に座る千恵。
司郎 「膝枕して?」
   膝枕する千恵。甘える司郎。
千恵 「どうしたのそんな甘えて」
司郎 「やわらかくない膝枕。ちー坊の膝枕
 は、下半身デブで、固くて、首が痛くなる
 膝枕」
千恵 「なにいってんのムカツク」
司郎 「それがいいんだ」
千恵 「…」
   部屋の隅のラタンのタンスを見て、
千恵 「そこに、二人しかわからないものを
 入れて封印するから、私のいない現実で開
 けてみて」
司郎 「なんで?」
千恵 「未来通信」
司郎 「…わかった(膝枕に甘える)」
千恵 「…しーちゃん。ごはんとか、ちゃん
 と食べてる?」
司郎 「いつもの店とかは行くよ。こないだ
 何名様ですかって言われて(指二本出し
 て)、あ、違うんだって。…注文頼みすぎ
 ちゃってさ、一人で食べる量って少ないん
 だね」
千恵 「お仕事は?」
司郎 「しばらく休んでる。起きて、ごはん
 食べて、見ようって約束した映画見て、銭
 湯行って『ビバ風呂!』って言ったりして
 る」
千恵 「じゃ毎日、なにしてるの?」
司郎 「ずっと、…じっと生きてる」
   その孤独な瞳を見て、言葉を失う千恵。
   窓一面の蘭を見て、起き上がる司郎。
司郎 「あ、蘭はちゃんと水やりしてるよ。
 見よう見まねだけど。ていうかどれが何蘭
 か分んねえよ。ていうか多すぎだよ」
千恵 「本があるからそれを見て。素人の水
 やりはやりすぎて根腐れさせるし、胡蝶蘭
 は上級者向けだし」
司郎 「冬の東京はカイロ並に乾燥するから
 空中湿度、でしょ。ちー坊の口癖はおぼえ
 てるよ」
千恵 「うん」
司郎 「もっと花の名前とか、覚えときゃよ
 かった。ちー坊がどうして花を大事にして
 たか、おれ正直どうでもよかったんだ」
千恵 「ひどい。どれがどこで買ったり拾っ
 たりしたか、私は全部覚えてるのに」
司郎 「でもさ、新しく葉っぱが出てきたり、
 根が出ると分る。いのちなんだ。割れるか
 ら大事にする、って言ってた意味が今なら
 分る。いのちを君は残したんだ」
千恵 「うん。…ね、蘭に寿命がないって話
 は知ってた?」
司郎 「嘘! 命でしょ!? あるでしょ寿
 命」
千恵 「ソメイヨシノとかは120年って言
 われてるけど、植物の研究って進んでない
 の。胡蝶蘭は、条件さえ整えば、葉が出て、
 下の方から枯れて、が永遠に続く、って言
 われてる。千年生きる、私たちとは別の形
 のいのち」
司郎 「誰も永遠なんて見たことないだろ
 (笑)」
千恵 「永遠の愛を見たことのある人だって
 いないよ?(笑)」
司郎 「いちいち水とか温度とか、めんどく
 さい」
千恵 「その手間暇が、愛情と同じなの」
司郎 「…わかった」
千恵 「…ねえ」
司郎 「…?」
千恵 「私はどうやって死んだの?」
   司郎、首を振って心を閉ざす。
   インサート。朝焼けの部屋で、首を振
   り続ける司郎。
千恵 「しーちゃんごめん。しーちゃん」
   千恵は司郎を抱きしめる。

○翌日、街路樹の道

   独自の歌を歌う司郎。
司郎 「ランチ、アンド、映画!」
千恵 「(合いの手)リベンジ!」
司郎 「ランチ、アンド、映画!」
千恵 「こないだのリベンジ!」
司郎 「夢の中で、デートだひゃっほう!」
   と、ゴミ置き場に、また花の終わった、
   葉っぱだけの胡蝶蘭が捨ててある。
   葉の状態をチェックする千恵。
司郎 「レスキューしなよ」
千恵 「いいの?」
司郎 「無駄に捨てられる命なんて、ない」
   千恵は大切そうに鉢を拾う。

○J丘、パスタ屋

   壁にかかる、どこかの砂漠の写真。
司郎 「またいつか、鳥取砂丘行けるかな」
千恵 「え? 行ったの鳥取砂丘! ずる
 いよ一人で!」
司郎 「一緒にいったじゃん。四十九日まで
 は魂がその辺をフラフラしてるから、て坊
 さんに言われて、あわててちー坊の写真
 持って。いたよね? ちー坊の魂」
千恵 「あ、…うん。いたよ? いたよ私」
司郎 「なんで京都で学生やってたカップル
 は鳥取砂丘に行きたがるんだろうね。ディ
 ズニーランドみたいな聖地かよ」
千恵 「結局連れてってくれなかった癖
 にー」
司郎 「だから行ったんじゃん。京都のちー
 坊の下宿はまだそのままで、誰も住んでな
 くて、一応窓に小石投げてガラッと開かな
 いかやって(石を投げる真似)…俺達新婚
 旅行いけなかったからさ、最初で最後の新
 婚旅行だったね」
   フラッシュ。千恵の下宿の前に一人た
   たずむ司郎。
千恵 「…」
司郎 「しかし、まだ折田さんがあの界隈で
 芝居やってたとはね」
千恵 「折田さん、ってあの、弓美さん?」
   フラッシュ。電柱にくくりつけられた
   芝居の告知ビラを見る司郎。
司郎 「あの再会は、ちー坊が引いたんだよ
 ね? 俺の力じゃ引けないわ」

○夜、J丘、銭湯の外~路上

   外で待っているほかほかの司郎。
   湯上りの千恵が出てくる。
二人 「(サイン出して)ビバ! 風呂!」
   歩く二人。
千恵 「で、弓美さんの芝居を見に行ったと。
 わざわざ京都までのこのこと」
司郎 「元々いた劇団は辞めて、独立して一
 人で台本書いたんだってさ。(真似をす
 る)『暗い暗い川を、一人で下るようです。
 しかし私は、さかのぼる必要があったので
 す』」
千恵 「…あの人の芝居、暗くて嫌い」
司郎 「でもちー坊より先に、俺はあの人に
 出会ってたんだ。ずっと憧れの人で…」
千恵 「知ってますう。付き合ってる時、何
 回舞台連れてかれたんでしたっけえ?」
   とげとげしくなってくる千恵。
司郎 「あ、呪い干しでしょ?」
千恵 「…何?」
司郎 「タンスに入れたものの答えって」
   インサート。タンスからペアで干した
   パンツが出て来て、号泣する司郎。
   部屋の壁には『折田弓美 一人芝居』
   のチラシが貼ってある。
司郎 「泣かせんなよ。誰にも言えないじゃ
 ん。パンツがペアで出て来て泣いたってさ。
 それこそ、折田さんにも」
千恵 「…」

○北村医院、院長室

千恵 「明日、京都に行こうと思います」
   パソコンの画面に表示されている、劇
   団のホームページ。主宰・藤岡(3
   5)、女優折田弓美(35)の写真。
北村 「無茶言うな。あいつによれば、君が
 死んでからはじめて再会するんだろう?」
千恵 「司郎は今夢の中で私と会ってると思
 いこんでる。憧れの人が夢に現れたら…」
北村 「会わせるのか!?」
千恵 「弓美さんが未来の鍵を握ってるの」
北村 「…時系列が、ぐちゃぐちゃになる」
千恵 「…医学的には、何か新しいことはわ
 かった?」
北村 「いや、まだネットワークの…」
千恵 「彼女になら、私の死を司郎は話すか
 も」
北村 「順番が逆になるだろ。…たとえば、
 もし俺がやつより先に君に出会ってたら、
 君とつきあえてたか? あの時こっぴどく
 振られなかったか?」
千恵 「…昔の話はやめてください」
北村 「…」
千恵 「今のあなたは、夫の親友で、主治医
 だと思っています」
北村 「…」

○翌日、新幹線の中の千恵

○京都

○京都学生街、千恵の元下宿、前

   小石を拾って、司郎がしたのと同じよ
   うに、二階の窓に石を投げる真似をす
   る。
千恵 「…」

○京都学生街、芝居の稽古場

   ダンスの稽古中。
   ジャージを着た劇団員の中に、弓美。
   演出の藤岡は、新人女優の梨花(1
   8)に、露骨に手足を触りながら、つ
   きっきりで振付している。
藤岡 「一瞬、休憩いれよか」
   汗を拭いている弓美の所へ、藤岡が。
   馴れ馴れしく腰を抱こうとするのを弓
   美はかわす。
弓美 「もう少し、ばれないようにやった
 ら?」
藤岡 「何が?」
弓美 「ただでさえ狭い人間関係。求心力が
 なくなるわよ」
  汗を拭く梨花。劇団員と歓談中。
藤岡 「(とぼけて)何が? お前がおるか
 ら、ここはまとまってるんや」
弓美 「台本。…いつあがるの?」
藤岡 「もうちょい待って。何も思いつかへ
 へん。名女優が、白紙10ページ分アドリ
 ブで持たせて」
弓美 「買い被らないで。…外の空気吸って
 くる」

○同、外

   千恵が待っている。ぺこりと一礼。
弓美 「風間…千恵さん?」
千恵 「ごめんなさい稽古中に。…学生の時
 に、何度か、風間に連れてこられました」
弓美 「…風間くんは、元気かしら?」
千恵 「…どう、説明したらいいか…」
弓美 「メールでの説明もよく分らないし、
 それでしばらく東京に来てくれ、宿は用意
 する、と言われても」
千恵 「…(司郎の真似を)『暗い暗い川を、
 一人で下るようです。しかし私は、さかの
 ぼる必要があったのです』」
弓美 「…どうして知ってるの? 私が一人
 で書いてるものを」
   そこへ、藤岡が煙草を吸いに出てくる。
弓美 「台本は、いつあがるの?」
   藤岡、はさんだ煙草を抜き、残りの二
   本指を見せる。
弓美 「…(千恵に)二週間なら」
千恵 「…」

○二人のアパート

○二人の部屋

   弓美が部屋に入ってくる。
司郎 「あれ? 折田さん! 夢の中に折田
 さんまでやってきた!」
弓美 「えっと…お邪魔、します」
司郎 「ようこそこの部屋へ! いつも夢は
 この部屋なんだ。ちー坊が生きてた時の、
 ちー坊の匂いのする部屋。あ、でも、ここ
 に他の女の人が入るの嫌がる…(千恵に気
 づいて)よね?」
千恵 「べーつーにー」
   と、弓美を座らせる。
   台所に隠れ、モニタで北村が監視。
司郎 「あの、えっと、…あ、一人芝居、よ
 かったよ」
弓美 「ありがとう。…私はまだ独立をこわ
 がってるし、台本だってはじめて書くし、
 まだ完成もしてないんだけど」
司郎 「?」
弓美 「…ごめんなさい、こっちの話」
二人 「…(話のとっかかりがない)」
司郎 「(千恵に)ねえ、コバラスキーさん
 がロシアからいらっしゃってるよ」
   と、空席を指さす。
弓美 「?」
千恵 「えー、小腹がすいた、の擬人化表現
 といいますか」
弓美 「ふふ。コバラスキーさん。…ちょっ
 と可愛いじゃない」
司郎 「! ウケた! ウケたよちー坊!」
千恵 「あれでしょ。どうせかっこつけて、
 こういう所見せてないんでしょ?」
弓美 「ことばひとつで日常を変えるのね」
司郎 「そうだよ! そうなんだよ! あ!
 どうせ夢の中なんだしさ、遊園地行こう
 よ!」
弓美、千恵「は?」

○遊園地

   ジェットコースターに乗る司郎、弓美。
司郎 「ひゃっほーーーーーーーーうっ!」
弓美 「無理ーーーーーーーーーーーー!」
   北村、千恵は遠くのほうから、ビデオ
   で記録しつつ、彼らの会話をイヤホン
   でモニタしている。
   ベンチで休憩する司郎、弓美。
司郎 「死んだ、…死んだ、僕の妻はね、実
 家が貧乏だからか、半額コーナーとか食べ
 放題とかに弱いのね。で、貧乏ゆえか、小
 さい頃養子に出されそうになったらしいん
 だ」
千恵 「…(聞きながら)ちょっと、何言い
 出してんの」
司郎 「だからかな。『捨てられたもの』に
 異常に敏感なんだ。バザーや古本市ばっか
 行ったなあ。あいつは『役に立つから捨て
 ないで』って声を、たくさん聞いてたんだ。
 なんでも拾ってゴミ屋敷は困るからさ、本
 当に好きなものだけにしなさい、って鍛え
 た(笑) …あの部屋にあるものは、ほと
 んどがそうなんだ」
弓美 「…」
司郎 「俺もモテないからさ、生協の『誰で
 も持ってって下さい』コーナーにあるのを
 拾ってきた、ってよく言ってたよ」
弓美 「ふふ」
司郎 「彼女は、…だから、心が弱いのに、
 張りつめてた」
千恵 「…(司郎を見ている)」
司郎 「君の芝居は、そこが似てる」
弓美 「…」
司郎 「ごめん。こんな話面白い?」
弓美 「…その話、未来の私にしてあげて。
 …未来の私、喜ぶと思うわ」

○夜、DのスーパーP、内

   食材を買いに来た千恵、弓美。
司郎 「二人がそろうなんて夢みたいだよ。
 あ、夢か。夢の3Pイエーイ」
千恵 「いいから果物見て来なさい」
司郎 「ラジャー! ブラジャー!」
   果物コーナーへ消える司郎。
弓美 「…なんかごめんなさい。どこから切
 り出したものか」
千恵 「まだ初日だし、すんなり話せる精神
 状態とも思えない。あの人モテないから、
 美人の前だと緊張するし」
弓美 「そんな」
千恵 「あんなんですけど、やる時はやる男
 なんですよ」

○回想、京都の学生時代

   京都の大学、正門前。学園祭前の各種
   の立て看板が乱立。
   その中にひときわ大きな、未完成の白
   い看板。『上映会』の文字、映画看板
   風のかきかけの巨大画。
   ペンキ職人よろしく、脚立に座る司郎
   (21)。千恵(24)が通りかかり、
   司郎の横顔をしばらく見ている。
千恵VO「あとで聞いたら、立て看つくる時
 間なくて、先に場所取りして現場で描きだ
 したって。毎日毎日描いてたなあ」
弓美VO「毎日」
千恵VO「最初は風間さん馬鹿だなあくらい
 に思うけど、気になるでしょ」
   ×   ×   ×
   雨の日も、傘をさして描く司郎。
   描く端から絵がにじむ。それをにじみ
   表現にしている。
   缶コーヒーを二本置く千恵。
司郎 「黒川さん?」
千恵 「たまにはゼミにも来なよ」
千恵VO「なんか要領悪いんだよあいつ。間
 も悪いし」
   ×   ×   ×
   カラオケ。ゼミの飲み会。
   モニタに曲名「亜麻色の髪の乙女」が
   出ると、司郎と千恵がマイクを持って
   同時に立つ。
司郎 「(酔って)黒川さん俺が先」
千恵 「(酔って)風間さん私が先」
司郎 「オリジナル版!」
千恵 「島谷ひとみバージョン!」
   譲らないまま前奏が終わる。
司郎 「(ムード歌謡調で)亜麻色の~」
千恵 「(ダンサブルに)長い!髪を!」
二人 「(それぞれの調子を譲らず)風が
 やさしく包むー」
   そのミスマッチに爆笑するみんな。
   二人は即興でセッション。
二人 「乙女は胸に白い花束を 羽のように
 丘を下りやさしい彼のもとへ 歌声が明る
 いのは恋をしてるから」
   ×   ×   ×
   毎日毎日、看板を描き続ける司郎の前
   を通り過ぎる千恵。絵は徐々に完成し
   てゆくとともに、二人が座って話すよ
   うになる。

○(元に戻り)スーパーP内

千恵 「司郎の良さは、わかるまで時間がか
 かるの。繊細で、頭の回転が速くて、ベル
 ベットのような会話で。声がよくて、寝顔
 がかわいくて、いつも私を笑わせようとし
 て…」
   言いながらぽろぽろと涙が出てくる。
弓美 「千恵さん」
千恵 「…万が一の…万が一の場合、あなた
 に頼もうと思ってたの。でもできないよ。
 司郎の引き継ぎなんて嫌だよ。…ずっと二
 人で生きていくんだって思ってたのに。な
 んで司郎は私を捨てて未来へどんどん逃げ
 てくの? なんでその未来に私はいない
 の?」
弓美 「落ち着いて。大丈夫。…私にできる
 ことは…」
司郎 「この桃が熟れ熟れベスト3~!」
   と、桃を3つ持って現れる。
千恵 「(弓美に苦笑いして涙をぬぐう)
 ね? 間、悪いでしょ?」
   司郎、千恵に桃を渡そうとして一個落
   とす。ぐしゃり、と床で潰れる桃。
司郎 「ああああ」
千恵 「…(カゴに入れる)しょうがない。
 時間は、巻き戻せないし」
   と、手が止まる。
弓美 「…千恵さん?」
千恵 「あるよ。時間を巻き戻す方法!」
司郎 「?」
千恵 「逆行催眠だよ!」
司郎 「…逆行催眠って、あの、催眠術かけ
 て時間をさかのぼっていったら、UFOに
 さらわれた記憶が!ってやつ?」
千恵 「そうそう。ずっとさかのぼって、0
 歳、-1歳、-2歳っていったら前世の記憶
 が!みたいなやつ!」

○催眠療法診療所、前

司郎 「…どうする? 俺UFOにさらわれ
 たりしてたら」
千恵 「…そのUFOを撃ち落とす」

○同、治療室

   照明を暗くする催眠療法士。
   ビデオをセットした北村。アロマキャ
   ンドルの炎、メトロノームのリズム。
   深い椅子に身を沈め、目を閉じる司郎。

○同、待合室

   喫煙所で煙草を吸う北村。座る弓美。
   窓の外を見る千恵。
   外で遊ぶ子供が、ヨーヨーを。何度も
   シュルルと巻き戻るヨーヨー。
   突然、治療室から司郎の叫び声。

○同、治療室

司郎「もう嫌だ! もう嫌だ! もう嫌
 だ!」
   催眠療法士が必死になだめている。
   ドアを開けて入ってくる三人。
千恵 「(司郎に)大丈夫。大丈夫」
司郎 「なんでいなくなって気づくんだ! 
 あれが幸せか! お前がいない人生なん
 て…ない! ないよ! 自分の半分をもぎ
 とられた…!! ちー坊! ちー坊! 
 ちー坊! 一生分君の名前を呼んでも、何
 も起こらない!」
北村 「なにが起こった?」
催眠療法士「拒否反応が、近づけば近づくほ
 どはげしく…」
北村 「何に?」
催眠療法士「…(千恵をちらりと見て)奥様
 の、亡くなった日」
千恵 「…中止しましょう」
   司郎の背中をさする。
千恵 「…なんで気がつかなかったんだろう。
 もし今司郎が死んだら、私が気が狂う。そ
 れと同じ目にあわせるなんて。ごめんね司
 郎。ごめんね…」

○夕方、二人の部屋

   上半身裸で寝かされる司郎。ラベン
   ダーオイルで、背中マッサージをして
   やる千恵。
司郎 「あああ(と気持ちよさそうに)久し
 ぶりだよう。ちー坊の按摩。ずっとなかっ
 たから体調狂うよう」
千恵 「おえーって感じがなんかたまってる。
 おえおえが列をなしてやってくるうう」
司郎 「ああああ(と気持ちよさそうに)」
千恵 「…さっきはごめんね」
司郎 「…いっぱい、リアルに出てきた」
千恵 「…」
司郎 「…なんでお前、京都に行ったの?」
   手が止まる千恵。
千恵 「どういうこと? 私は…京都で死ん
 だの?」
   司郎はすやすや寝ている。
千恵 「…」

○後日、二人の部屋、台所

   モニタの中では、部屋で司郎と弓美が
   談笑している。
   台所には、籠城先のように、千恵の周
   りにカエルグッズ。ヘッドホンをつけ、
   大音量で音楽を聴く千恵(曲は「モル
   ダウ」)。二人の話を聞きたくない。
   風にレースのカーテンが揺れる。
   感情が溢れてくる。
   と、後ろから抱きしめる腕。司郎だ。
千恵 「しーちゃん」
司郎 「ちー坊の飼い方マニュアル。ちー坊
 が泣いている時は、その訳を聞いてはいけ
 ない。言葉に出来ない感情を、泣いて表現
 してるのだから。落ち着くまでうしろから
 優しく抱きしめて、こう言うの。…『たと
 え世界中を敵に回しても、僕一人は君の味
 方だよ』」
千恵 「…」
司郎 「生きてる時は、ちゃんと出来なかっ
た。…うまく出来たかな」
千恵 「(司郎の腕に抱かれ)…出来た」
   風に揺れるカーテン。
   音楽の調べに揺れる二人。
   突然、強く吹いた風が、カエルの隣に
   いたガラスのウサギを倒して割ってし
   まう。
   ウサギを悼もうとして、千恵は気づく。
千恵 「あっ!」
司郎 「どうしたの?」
千恵 「この病気は治るよ絶対!」
司郎 「?」
千恵 「だって未来の司郎は、この病気にか
 かってないじゃない!」
   カエルの頭の先に、もうひとつカエル
   の頭を置くが、それをのける。
千恵 「未来でも未来に行ってる訳じゃない
 もん! つまり、どうにかして、その方法
 は分らないけど、…いつかこれは治るの
 よ!」
司郎 「?」
千恵 「あとは私が京都に行かなきゃいいだ
 けなんだ!」



(3/4につづきます)
https://note.com/oooka_/n/n74c36dcdcfc1


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