映画シナリオ「弾切りの一座」(1/4)
映画シナリオ、家族もの、時代劇、107分
タイトル
弾切りの一座
(海外配給用: Bullet-Slashing Samurai Troupe)
キャッチコピー
父さんのやり方が、僕は大嫌いでした。
(海外配給用: Father, I hate your lying-Katana.)
スペック
ビッグバジェット。歴史の文脈と一家の命運を重ね、新しい歴史的観点を語る。アクションとドラマの融合。
『ラストサムライ』×『グレイテスト・ショーマン』
ログライン
嘘とまこと。剣と鉄砲。異なる正しさを信じた父と子。剣を見世物にする父と、それは本当の剣ではないという息子が、時代と試合の濁流に巻き込まれていく。
明治時代初期、侍の身分を剥奪された剣術一家の長坂上は、撃剣興行という「剣を見世物にする」ことを考えた。客に分かりやすくするため大げさにせよと指示する坂上、それは剣ではないと反発する武士。
一座は、旧武士と政府の戦争、西南戦争を機に分解する。
【登場人物】
坂上 覚之進(39)元武士。
一刀流坂上派、坂上道場の主。
弥一郎(19)長男。まじめで直情的。
弥二郎(17)次男。自由闊達な性格。
杏 (16)三女で末っ子。現代っ子気質
で頑固。
しづ (37)坂上の妻、弥一郎たちの母。
薙刀使いで相撲好き。
十文字 真澄(40)元武士、
槍使いで坂上の盟友。
現在は「十文字そば屋」主人。
松尾 友則 (24)米問屋の跡
取りで、杏と結婚することに。
野末 馬之助(23)風来坊の元武士。
奇抜な剣風の、タイ捨流。
桂少年 (8)坂上道場最後の弟子。
天狗面の男 謎の男。その正体は……。
八染 (70) やくざで興行師。
坊主頭、顔まで全身入れ墨。
銀製の義鼻を持つ(梅毒で落
ちた鼻のカバー)。
榊原 鍵吉 (46)実在の人物。
直心影流当主。
撃剣興行の創始者。
〇神奈川県、瓜生神社、撃剣場
どん、ど、どん。
どん、ど、どん。
勇壮な太鼓に法螺貝の音。
神社の境内に土俵。その上に紅白帯の
巨大屋根。一見相撲場のようだが、な
お広く天井も高い。
竹の柵の向こうの観客たちは、興奮し
て柵をつかみ、揺らしている。
わっ!と大きな歓声。
剣士たちの列が入ってきた。太鼓の音
はさらに激しく盛り上がる。
思い思いの竹刀(長、短、太、細、二
刀、薙刀、槍、鎖鎌、杖)、思い思いの
防具(面、大鎧、鬼小手、すね当て)。
先頭の坂上(39)は、朱鞘の日本刀
を頭上に掲げている。
坂 上「撃剣興行! 撃剣興行! 天地神
明に誓って武士の魂を捧げん! 拙者、坂
上家当主覚之進と申す者! 『弾切りの一
座』の座長でござります!」
うおおおおと盛り上がる観客たち。
大砲が置かれて、妻のしづ(37)が
弾をセットする。だがその弾は細工が
してあり、空砲である。
坂上、抜刀して、大砲に上段で構える。
再び太鼓が鳴らされる。
観 客「……(息をのむ)」
一座の中の槍の剣士、十文字(40)
は、物陰の弥一郎(19)、弥二郎(1
7)に目配せする。
うなづく二人。二人とも、起爆スイッ
チのようなものを持っている。
十文字「へますんなよ二人とも。今日は空薬
莢の火薬が多いぞ……?」
坂 上「見よ武士の魂!」
火を吹く大砲(空砲)。
坂上は真っ向上段で切り下す。
大砲の煙がその太刀筋で真っ二つに。
弥一郎、弥二郎、タイミングよく起爆。
坂上の左右後方に爆炎がふたつ上がる。
つまり、刀で大砲の弾を切ったように
見える。
観 客「うおおおおおおおおおおおおお!」
どん、ど、どん。
どん、ど、どん。
〇タイトル『弾切りの一座』
〇オープニングシークエンス
剣士たちの試合。
基本は剣道のような打ち合い。
だが今にない古流の技が豊富だ。切り
上げて裏小手を狙う、片手剣+拳で殴
る、投げ、両柄の竹刀(杖)、鎖鎌。
審判の坂上は紅白の旗を上げ、観客た
ちが盛り上がる。
当時の錦絵たち。
タイトル『明治維新』『四民平等』『秩禄処分』
『士族解体』
ナレ 『武士の世は終わり、日本が近代国家
へと生まれ変わった明治の初め。武士たち
は突如身分を奪われた。ある者は武士の商
売を失敗し、ある者は役人となった。だが
多くの武士たちはいまだ何もできず、ただ
さまよっていた。
――武士は、どこへ消えたのだろう?』
〇相模原、雪のちらつく朝
小田原城が遠くに見える町。
その中の武家屋敷。
T 『明治九年、神奈川県』
〇坂上家、母屋と道場、雪がちらつく
〇同、道場内
弥一郎「セヤーーーーッ!」
長男の弥一郎が、竹刀で坂上にかかる。
次男の弥二郎は正座で見ている。
冬の白い息。赤くなる肌。
だだっ広い道場に、たった3人だ。
坂 上「ダメだ、ダメだダメだダメだ!」
弥一郎「何がですか、父上!」
坂 上「ここ! ここも! ここもここ
も!」
次々と弥一郎の手足を竹刀で叩く。
坂 上「一刀流坂上派の奥義は『剣の後ろに
身を隠す』だぞ? ここもここも、はみ出
しておるではないか!」
弥一郎「無理です! 棒一本の後ろにどう隠
れろと?」
坂上、青眼に構える。隙がない。
弥一郎「……」
坂 上「姿勢の正しきが、勝つ」
弥一郎、なんとか真似する。
坂 上「うむ。よし次、弥二郎」
弥二郎、青眼ではなく、斜めに構える。
剣に身を隠すどころか、体を晒す。
正座した弥一郎は抗議する。
弥一郎「父上! 話が違うじゃないですか!」
弥二郎「兄者は兄者の剣。俺は俺の剣だろ」
弥一郎「へ、屁理屈ばかり!」
坂 上「構わん。弥一郎、お前はまっすぐで
母上のしづに似た。弥二郎の自由さは、さ
だめし俺に似たのだな」
弥二郎の剣は動。たくみにフェイント
をかけ、横へ回り込むタイプ。しかし
簡単に坂上に胴を抜かれる。
弥二郎、一礼。
坂 上「(戸口を見て)桂くん、遅いな」
弥二郎「どうせまた寝坊だろ?」
と、姿を現し一礼する桂少年(8)。
弥一郎「遅いぞ! 剣に志した者がたるんど
る!」
桂少年「あの……申し上げにくいのですが、
今日はそれを辞める、と言いに来ました」
坂 上「辞める? よそへ行くのか」
桂少年「いいえ。剣自体を辞めるんです。今
時、剣なんて役に立たないんで」
坂 上「……(動きが固まる)」
〇同、庭
庭を挟んだ母屋から、朝食を運んでく
るしづと杏(16)。
走り去る桂少年。
杏 「あれ? どうしたの桂くん?」
〇同、道場内
道場の板間に正座して、家族で朝食。
具のないみそ汁、漬物と麦のおかゆ。
静かに食べていた一家だが、杏が溜息
をついて、正座を崩す。
し づ「杏」
杏 「だって板間でずっと正座は痛いよ!
道場飯はもういい加減嫌よ!」
坂 上「ふむ、道場飯とはうまいこと言うな」
弥二郎「うまいこと言ってる場合じゃねえだ
ろ」
し づ「私たちがかろうじて暮らせるのも、
母屋を神谷さんに貸してるお家賃のおか
げでしょう?」
杏 「軒先貸して母屋取られるじゃない
の! 最後のお弟子さんも辞めちゃって、
この道場も坂上家ももうおしまいよ!」
弥一郎「道場は金を稼ぐ場所ではない。剣を
磨く場だ」
杏 「剣でご飯が食べれるの?」
弥二郎「(剣で飯をすくって食べる真似)」
杏 「そういうこと言ってるんじゃないよ
ジロ兄!」
回想の桂少年。走り去る。
杏 「桂君の言うことは正しいわよ! 新
時代よ? いくさも終わったし、そもそも
いくさは鉄砲だし、武士と剣の時代なんか
とっくに終わってるし! 知恵ひとつで
女でも渡っていける時代なのよ?」
坂 上「剣は、役に立つぞ」
杏 「どうやって?」
弥二郎「(剣で飯を食う真似)」
弥一郎「(睨む)」
し づ「坂上家の二人扶持、来月から一日七合
に減らされるそうです。いよいよ道場を売
りますか」
弥一郎「道場は駄目だろ! どこで暮らす!」
神棚の朱鞘の大小の太刀。
し づ「じゃあ、坂上家の伝家の宝刀を売り
ましょう」
男たち「剣は駄目だろ!」
し づ「道場か、剣か、どちらかを売らない
と」
杏 「私、十文字さんの所で働きます!」
坂 上「?」
杏 「武士の商売で一番成功してるの、十
文字さんのそば屋さんでしょ? そこで
商売を学びたい!」
し づ「武家の娘がはしたない」
杏 「武家も平民ももうないの! 新聞読
んでる?」
〇十文字そば屋、外観
客であふれる活気あるそば屋。
坂上と杏がたずねてくる。
〇同、内~外
大柄の主人、十文字が出迎える。
十文字「おう! 坂上の! そっちは……杏
ちゃん? 大きくなったね!」
杏、ぺこりとお辞儀。
坂 上「(剣を振る動作)まだ、やってるか?」
十文字「もう、随分とやっとらん」
坂 上「なまったか」
十文字「ここのそばは全部俺が打ってる。(力
こぶを見せて)衰えてはおらんつもりだ。
今日はウチのそばかい?」
坂 上「いや、実は……」
表の貼り紙。『女給急募、賄付き』
十文字「そこまで困っておるのか。分った。
何なら弥一郎と弥二郎どのも雇うぞ」
坂 上「それには及ばん。息子たちには剣
の時間を取らせたい。傘張りでしのぐさ」
杏 「(十文字に)あの、私、商売を勉強
したいんです!」
十文字「商売か。俺も最初は大変だった。こ
こに入り婿しなければ、偉そうな武士の商
売のままだったろう」
と、往来で人々が騒ぎ出す。
町の人「暴れ牛だ!」
皆、外へ出る。
牛が雄叫びを上げながら向かってくる。
飼い主らしき農民が追い駆けて来る。
農 民「止めてくれー!」
逃げ惑う人々。坂上はその流れに逆ら
って牛の正面に。
腰の剣の鯉口を切る。
泣きながら牛を追う農民。
坂上、それを見て剣を鞘にしまい、牛
の背中にひらりと飛び乗る。
坂 上「どう! どう! どう!」
カウボーイのようになだめようとする
が、牛は桶屋に突っ込んで、桶たちを
ぶっ壊して気絶。
〇同、内
十文字「どう! どう!(坂上の真似)はは
は大変だったな!」
坂 上「面目ない」
そばをいただいている坂上と杏。
坂上は額に湿布を。
十文字「お主ほどの腕があれば、牛のそっ首
ごと叩き切れただろうに」
坂 上「商売道具を失わせる訳にはいかんだ
ろ」
十文字「ふん。お主らしい。ウチで雇おうか、
牛乗り侍が給仕中と看板に出してな!」
坂 上「よせよ。俺は横浜で働く」
十文字「横浜?」
坂 上「荷下ろしの仕事が、あると聞く」
〇横浜の港
船がたくさん入港している。その積み
荷の荷下ろし、大八車を引く仕事。
監督 「刀より重いもの持ったことねえんだ
ろ! だから侍は使えねえんだよ! 俺の
ほうがここでは偉いんだからよ! 俺の
言うことを聞けクソ侍!」
大八車を小石に乗り上げひっくり返し
てしまう坂上。
監督 「馬鹿野郎! ど素人が!」
坂 上「すみません……すみません……」
髷はばらけ、汗まみれに。
× × ×
飯休憩。人夫たちは握り飯をがっつく。
坂上は丁寧に一口だけ食べ、残りは懐
に入れる。
水桶の所にゆき、ごくごくと水ばかり
飲む。
それを見ていた髷の男榊原(45)。
榊 原「水が好物でござるか」
坂 上「水が、好物でござる」
榊 原「……お互い、大変ですな」
坂 上「(髷を見て)お主も、武士でござるか」
榊 原「(一礼して)榊原鍵吉と申す」
坂 上「榊原? ……幕府講武所の剣術師範、
直心影流の榊原殿!」
思わず深く一礼する坂上。
榊 原「まあまあまあ。大袈裟でござる」
坂 上「そんなお人が……失礼ながら、なん
でこんな所に?」
榊 原「港は、払いが良いのでな」
坂 上「申し遅れました。拙者、坂上覚之進。
一刀流坂上派の小さな道場をやっており
ます」
榊 原「一刀流……坂上派」
坂 上「田舎流派でござるよ」
榊原の手が擦り傷だらけなのに気づい
て、坂上は懐から、小さなハマグリの
貝に入った膏薬を渡す。
坂 上「この塗り薬は効くでござる。残り少
なくて申し訳ないが、差し上げます」
榊 原「(一礼する)刀と車は、握り方が違
うでな」
坂 上「全く。車など、初めて持った」
二人、居所のない中で笑いあう。
〇十文字そば屋、内
洋装の男、松尾(24)が、部下を引
き連れてやってくる。
杏 「いらっしゃいませ!」
松 尾「そばを人数分くれ」
杏 「……油あげか玉子はつけますか?」
松 尾「? 何故そう思った」
杏 「疲れてらっしゃるように見えたので、
精のつくものを、と思いまして」
松 尾「ここの店の教えか?」
杏 「いえ。私がそう思っただけで」
松 尾「名は、なんと申す」
杏 「ここは十文字そば屋です!」
松 尾「違う違う(笑)。そなたの名だ」
杏 「?」
松 尾「お主、商売の才があると見た」
杏 「才?」
松 尾「人を見る目だ」
× × ×
別の日。
松 尾「杏はおるか!」
杏 「いらっしゃいませ!」
× × ×
別の日。
松 尾「杏はおるか!」
杏 「いらっしゃいませ! 松尾さん!」
松 尾「今日は米相場について教えに来た
ぞ!」
杏 「ありがとうございます!」
資料を見せ、向かいに座れ、と松尾。
座る杏。
〇坂上家、道場内、朝食
杏 「父上、御報告があります」
坂 上「なんだ」
杏 「私、祝言を上げたい人ができました」
弥一郎、弥二郎、みそ汁を吹く。
坂上、しづを見る。
知らなかったと首を振るしづ。
杏 「十文字そば屋に通ってくれている松
尾友則さんです。最初はお金の勉強をさせ
てと頼んだら、快く教えてくれました。そ
れで分かったんです。お金って上下するの。
松尾さんは困ってる人には米を安く譲って、
偉そうな人から高く取るの。松尾相場って
言われてる」
坂 上「何者だ、その男は」
杏 「東京の、松尾米問屋の跡取りです。
横浜で勉強してて、もうすぐ戻るんですっ
て。私も本家についていきたいのです」
坂 上「平民ではないか。武士の娘は、武士
と結婚しなさい」
杏 「それは昔の価値観でしょ?」
坂 上「いかん。武士には武士の……」
杏 「もう武士の世の中じゃないのに、ど
うして父上もイチ兄もジロ兄も分らない
の? どうして刀を振って、ちょんまげ結
ってるの? どうして松尾さんと夫婦にな
れないの?」
弥一郎「明治政府などというものは、たかが
薩長土肥の集合体。まだ武士の世に戻せる」
弥二郎「兄者」
杏、立ち上がる。お辞儀。
杏 「私、駆け落ちします。今までお世話
になりました」
坂 上「駆け落ち、って、もっと黙ってやる
ものだろ」
杏 「私の食べる分がなくなるから、お兄
たちは腹いっぱい食べられるわよ! いい
口減らしでしょ!」
杏、駆け出す。
しづ、追う。弥二郎も追う。
弥一郎を止める坂上。
坂 上「杏はこうと決めたら譲らん。帰って
こんだろう。お前と同様、母上のしづに似
たなあ」
弥一郎「……」
坂上、神棚を見る。
坂 上「頃合いだな。刀を取ってくれ」
弥一郎「えっ」
× × ×
小太刀で、髷を切る坂上。
坂 上「これが明治のざんぎりか。弥一郎も
やるか?」
弥一郎「私はやりません。武士の魂です」
坂 上「形が変わっても、魂があれば構わん
よ?」
弥一郎「……」
〇坂上家、道場内、春
T 『同九年、春』
坂上、弥一郎、弥二郎が稽古中。
十文字が駆けつける。
十文字「坂上の、見たか! お触れを!」
〇市中
満開の桜の下の、立て札を見る人々。
立て札『大礼服並軍人警察官吏等制服着用の
他、帯刀禁止の件 明治九年三月二十八日
太政官布告』
『帯刀禁止』のアップ。
坂 上「帯刀……禁止……」
十文字「断髪せよ。俸禄は年々減らす。藩は
解体、仕事は各自で探せ。そしてついに、
魂までも取りあげるか」
坂 上「……」
駆け付けた若い士族が叫ぶ。
士 族「なんだ一体どういうことなんだ!」
坂 上「うん。多分、こういうことだ」
帯を緩め、腰の大小を抜く。
帯がハラリと落ち、ふんどしがあらわ
になる。
士族たち「……」
同じことをする。
立て札の周りに、はだけた着物とふん
どし姿の、丸裸の者ばかりになる。
桜の花びらが、静かに散っている。
坂 上「……」
天を仰いで、泣いている者も。
T 『廃刀令 明治九年三月』
〇後日、坂上家、道場内
一人で裁縫する坂上。
刀袋を縫い、うなづく。
〇市中
巡査と、若い侍の野末(23)が、立
て札の前でもめている。
野 末「貴様、無礼だぞ!」
巡 査「士族と言えども帯刀は禁止だ! そ
この札を読め!」
野 末「刀を捨てろだと!」
野末は腰の刀を抜こうとする。
その手を止める坂上。
坂 上「お若いの。『帯刀は禁止』というわ
けだから、『腰に差しちゃいかん』という
だけだぞ?」
坂上は、袋に入っている刀を見せる。
坂 上「持って歩くならば法に触れぬ。なあ、
巡査殿?」
巡 査「むっ。帯……刀……ではない」
坂 上「ふふふ」
野末、腰から刀を抜き、両肩に担ぐ。
坂 上「そうそう。野武士みたいで格好いい
ぞ!」
野 末「ふん」
満足して歩き出す野末。
そこへ、手紙を持ったしづが。
し づ「お前様、お前様!」
坂 上「ご機嫌だなしづ。何かあったか?」
し づ「杏から文が届きましたよ!」
坂 上「なんと!」
し づ「(読む)父上、母上、勘当同然で飛
び出してごめんなさい。でも私は元気です。
詳しくは報告しますが、私の考えで、今月
の稼ぎがなんと倍になりました!」
坂 上「(覗き込んで)元気な字だ。元気そ
うじゃないか」
し づ「怒ってらしたのではなくて?」
坂 上「あの時怒っただけだ。今はそうでは
ない。私の大事な娘だぞ? いつか松尾殿
とも会わねば」
し づ「あ、あとこれも!」
錦絵の刷られた、相撲のチラシ。
し づ「お相撲よお相撲! 来週巡業がやっ
てくるの!」
坂 上「しづは相撲が好きだのう」
し づ「武家の娘ですもの! 歌舞伎はお話
が決まってるでしょう? お相撲は立ち合
ってみるまで、どっちが勝つか分らないの
よ! ……あー、でも木戸銭は払えないわ
ね……音だけでもせめて聞けないかしら」
チラシを手に取り、眺める坂上。
坂 上「あっ」
し づ「どうされました?」
坂 上「……あああああああ!」
〇夜、十文字そば屋の前
タンポつきの槍を振り回し、構える十
文字。一方、青眼に竹刀を構える坂上。
十文字「じゃあ、試してもらおうか」
二、三合打ち合い、離れる。
攻めこもうとする坂上の右脛を、十文
字の槍が払い、寸止め。
坂 上「むっ」
十文字「昔からそうだ。足元がお留守だぞ」
坂 上「足元を固めろ、人生のようにか」
十文字「ふふん」
坂 上「もう一本いいか」
次は槍を捌き、坂上が懐に入り込み面
を寸止め。
坂 上「三本目は……いつかやろう。腕は鈍
っていないようで、安心した」
十文字「どういうことよ? 俺に『剣士にな
れ』とは?」
〇夜、坂上家、道場内
月明かりの漏れる道場。
だだっ広い道場に一人立つ坂上。
壁に貼った相撲のチラシ。
道場が盛んだった頃の、ドーンという
踏み込みの音。パーンという竹刀の音。
打ち合う竹刀、剣士たちの気合、笑い
声。
しづが、薙刀(の竹刀)を持ってくる。
し づ「何か、お迷いになってらっしゃるの
ね?」
坂 上「よく分るな」
し づ「女房なので」
二人は竹刀と薙刀を構え、試合開始。
しづが坂上の突進を避け、右脛に一本。
し づ「足元がお緩いです」
坂 上「もう一本」
しづが右脛にフェイントを入れる。
気を取られた坂上は、返しの面打ちに
やられる。
坂 上「もう一本」
何合かのち、やはり右脛に一本。
し づ「戦場なら、三度死んでます」
坂 上「そうだ。だが死なない所が、試合の
良さでもあるな。何度でもできる。相撲の
ようにだ」
し づ「どういうことです?」
坂 上「剣の試合を、お相撲のように客に見
せて金を取れないだろうか」
し づ「……?」
坂 上「今私たちがやったことを、剣の興行
とするのだ。駆け出しから横綱まで番付を
つけ、東の剣士と西の剣士に別れて、死ぬ
こともない剣の試合を皆で見物するのだ」
し づ「……」
坂 上「どう思う?」
し づ「なんて素敵な! お相撲の、剣術版
ですか!」
坂 上「剣の腕を持て余している者たちに仕
事を与えられる。食える。客は喜ぶ。そし
てしづは楽しい。三方得だろう?」
し づ「素敵。なんて素敵なの」
坂 上「そうだろう」
し づ「うふふ。何より、あなたが笑ってい
るのが素敵よ?」
坂 上「(気づいていなかった)……ん?
俺、笑っているか?」
し づ「(うなづく)それでお金を稼げたら、
母屋を取り戻せますか?」
坂 上「うむ。道場も剣も、売り払わなくて
済む」
〇八染の遊郭、外観
怪しげな町の一番奥にそびえたつ、竜
宮城のような遊郭の前に立つ坂上。
坂 上「(深呼吸して)……頼もう!」
周りの人、場違いさに笑う。
〇同、客間
八染(60)「そいつはなァ、撃剣興行とい
うのさ!」
坂 上「撃剣興行?」
花魁たちを侍らせた、興行師八染。
スキンヘッドに顔中含めた全身に入れ
墨で、銀の鼻を付けている。
客間は悪趣味な置物だらけ。
八 染「打撃の撃に剣と書く。『剣を撃つ』っ
てことだな。『剣術』という言葉の使用は、
明治政府から禁止されたろ。だから撃剣っ
て言葉を編み出して、興行にした奴が東京
にいるのさ」
坂 上「東京?」
八 染「知らなかったのか」
坂 上「(うなづく)」
八 染「それに気づいたのは、日本で二人目
ってことか! お前さん、天才の類かも知
れんな!」
坂 上「はあ」
八 染「去年の春、両国広小路河川敷を皮切
りに、北辰一刀流の二代目千葉周作、神道
無念流の斎藤新太郎、我も我もと大流行。
だがあっという間に禁止されちまった」
坂 上「なんでだ」
八 染「武士の復権を煽るってな」
坂 上「……成程」
八 染「最初に両国で始めた男の名は……そ
う、たしか直心影流の榊原鍵吉」
坂 上「榊原どのか!」
八 染「知ってるのか」
回想。港で会った侍。
八 染「そばは今、一杯いくらだ?」
坂 上「十文字そばは、一杯一銭」
八 染「剣士は一日で三十銭もらえる」
坂 上「一日で!」
八 染「木戸銭は一朱。満員御礼なら、寺銭、
道具代、宣伝費差っ引いてもまだ儲る。幸
い、撃剣禁止は東京城内のお触れよ。ここ
神奈川県は……範、疇、外!」
八染、身を乗り出す。
八 染「それには派手で目立たんといかん。
アンタ、こないだ牛の背中に乗って桶屋ぶ
っ壊したんだろ?」
坂 上「お恥ずかしい」
八 染「いいじゃねえか、有名人だ。だから
『牛乗りの一座』って名乗ろうぜ! お前
さんが牛に乗って宣伝するんだよ!」
床の間の、牛に大きなマラがある置物
を指す。いやあんと嬌声をあげる花魁。
八 染「目立つだろ! 撃剣だろ! バカ受
けだ!」
〇市中
八 染「撃剣ーッ! 撃剣ーッ!」
『撃剣』ののぼりを持ち、小太鼓を打
ち鳴らす八染。
牛の背中に乗り、朱鞘を掲げる坂上。
八 染「瓜生神社で七日のち! 座長は牛乗
り坂上先生! 相模の藩の侍が、一の朱で
お立合い!」
十文字、しづ、弥一郎、ほか剣士たち
が、防具に竹刀姿で練り歩く。
弥二郎、ビラを配る。
弥二郎「一刀流坂上派! 天心流に無外流!
剣士たちも飛び入り大募集だよーッ!」
人々が集まって来る。
その中に、肩に剣を担ぐ野末。
〇坂上家、庭
十文字「頼もう!」
門前に、槍を担いだ十文字。
坂 上「来たか! 十文字!」
坂上はしづと共に「坂上撃剣会」の看
板をつくっている。
微笑む十文字。さらに。
野 末「頼もう!」
坂 上「おう! いつぞやの若武者!」
野 末「(両肩に刀を載せ)丸目蔵人直伝、
タイ捨流の野末馬之助!」
道場では、満杯の剣士たちが竹刀を打
ちあっている。弥一郎も弥二郎も。
それを見る八染、坂上、十文字、しづ。
し づ「こんなに道場が賑やかなのは、いつ
以来でしょう!」
坂 上「剣に生まれ、剣に生きると誓った者
が、ずっと腐り続けていた。だが死んでな
い。死んでないのだ」
十文字、しづ、うなづく。
(2/4につづきます。
動き出した撃剣興行。だが興行と剣の乖離が大きくなってゆく……)
https://note.com/oooka_/n/n4f12d3738f60
