蝶の舞(第2話)
傷だらけになった明日香は、一人住まいの自宅に戻り病院にも通った。何があったのかいろいろな人に聞かれたが、多くを語ろうとしなかった。明日香の住まいには研究の為に持ち帰った水生昆虫たちの水槽が並んでいたが、研究の為にデータを取れば、必ず丁重に元の場所に水生昆虫や植物たちを返していた。
それ以降、明日香の周りでは不思議な現象が起こるようになった。蚊やブトなどに刺され放題だったのに、茂みに入ってもどんな場所に行っても、一切虫たちが明日香の身体に接触することがなくなった。そして、複数の蝶が明日香の周りをまとわりついて離れようとせず、建物に入ったり、乗り物に乗る時などはそっと蝶たちから離れてくれた。
明日香は研究の為に、三人の男たちに犯された場所へも何事もなかったように訪れて、研究のデータを取っていた。男たちと接触することがあるなら、仕返ししてやりたいとすら思っていた。いつか必ず三人の男たちは同じ場所に戻ってくると思っていた。
数日経った日曜日の午後、その日も雲一つない青空だった。遠くから川の真ん中で研究の為に動き回っている明日香を見つけて、三人の男たちは近づいていった。三人にとって明日香はひ弱ないい獲物だと思っていた。性懲りもなく同じ場所に来ている明日香を、また同じ目に遭いたいのではないかとすら思っていた。
「なんだよ、お前またここに来たのかよ。また同じ目にあわせてやるよ」
三人は明日香を今度は死角になっている橋げたの下に連れていった。明日香にとって今度は復讐の機会だった。鋭利な刃物を隠し持っていた明日香は取り出して、虫かごを腰に下げていた男の腰にぐっと刃物で刺そうと近づいた。かなり大型のぎらりと光る刃先の鋭い刃物だった。しかし三人の男の力が相手では復讐は叶わなかった。遠くからでも目立つように着ていた赤色のワンピースを簡単に脱がされて、後ろ手に縛られて地面に転がされた。明日香は唇を嚙んで、この状況を受け入れられずにいた。
すると一匹のアブが明日香に乱暴しようとしている男たちの頭上を旋回して、刺そうと機会を伺い出した。うるせえなこのアブ!!男たちは目の前に転がっている美しい獲物を前にして血気盛んになっていたが、一匹のアブに右往左往し始めた。すると、どこからともなく見たこともないような、多種多様な虫たちの群れが種を超えて、三人の男たちを襲い始めた。毒針を持つスズメバチや鋭い牙を持つオニヤンマ、戦闘能力はないにしても大型の蝶から、シジミチョウのように小さな蝶まで、この界隈の昆虫たちが集結して、明日香の危機を救った。三人の男たちは半死半生の目に遭って、スズメバチたちからも刺されていて、散り散りばらばらに逃げて行った。
後には縛られたまま地面に転がされている裸体の明日香と虫たちが残された。明日香はあっけにとられていたが、自分を救ってくれたことがすぐに分かり、自力で結ばれていたロープを解いて、何事もなかったように乱舞している虫たちにお礼を言った。足元にはうじゃうじゃとムカデたちもやってきていたようで、男たちは散々な目に遭ったに違いない。今回、明日香は虫たちに血や体液を吸われることもなかったし、虫たちから攻撃を受けるどころか救われたのだった。
明日香はこれまで小さな虫たちと言えども殺生をしたくないと思っていた。体に傷痕が残っても、自分の血や体液を吸うことで、生きながらえることができるならそれでもいいとすら思っていた。二十年間の積み重ねがこんな形で報われるなど思ってもみなくて、自分の生き方は間違っていなかったのだと思ったし、自信になった。
それ以来、部屋の窓は開けっぱなしにして、昆虫たちだろうが、鳥たちや小動物や、野良猫などが自由に入ってくるようにした。かなり開放的な動物たちのサロンと化した明日香の部屋は、カオスと化していた。猫の隣でネズミが寝ていて、カマキリと並んでバッタが飛び跳ねていた。自由に入ってくる生き物たちは、なぜか明日香に好意を示して、邪魔になるようなことは一切しなかった。
