小説「観音子」柳の観音様
◎柳の観音様
傾城楼、朝の習わし
観音子はいつものように筆をとり
文(ふみ)をしたためている、、
客の安寧を願い、
御仏の言葉を添えた
ささやかな文である
・・・
朝まだき
堺の商人、幸助は未だ深々と寝入っている、、
「そろそろ、刻限にございますよ幸助様。大事な商いに、間に合わなくてはなりませぬぞ」
観音子の耳打ちに
幸助はおもむろに起き上がり、
寝ぼけ眼をこすりながら
「はぁそうじゃったわ、そうじゃった、
はおぉ~、夜べは夢やったんかいな~
はて・・べっぴんさんがおるっちゅうことは、現(うつつ)だったんかい?」
観音子はしっとり微笑み
「幸助様…わたしの肌にもしっかと温もりが残りてございますゆえ、、、
あっ!
それはさておき、
早うせねば、程を過ぎてしまいます」
幸助は、観音子に急かされながら
いそいそと身支度を済ますと
名残惜しむように部屋を見廻した。
そして、
浅く抱擁を交わした二人は、
楼の階下へと降りていった。
・・
「いや~かたじけない、観音子さん
用を済ませたら、また来させてもらいますわ」
「まことに嬉しゅうございます。幸助様」
そう言うと、
観音子は幸助の脇にひたと寄り付き
袖に小さき文を忍ばせた
「これ、お守りになさいませ
ますます繁盛なさいますように、」
「観音子さん。お心遣い、まことにかたじけない。有り難うな
ほな、、行ってくるわ」
幸助は微笑み、そう言うと
くるりと、向きを直し
足早に
朝靄の傾城楼を後にした
袖に移った
ほのかな香りに
何やら、幸先よき
胸騒ぎを覚える
幸助であった
つづく・・・
