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胡乱な男 #6 拉致られてバースデー

#5 ここでキスして

※BL/犯罪コメディ/軽い性的表現あり


俺は通称ジュード。本名はジュリアン。
現代に生きるトレジャーハンター。
泥棒だろって?
うん、まあ、そうとも言う。
ちょっとカッコつけたかっただけ。

そんな俺は今、スミスと名乗る得体の知れない男に付き纏われている。



ハッと目を覚ますと、見覚えのない部屋だった。

何だ、ここ。
ホテルにしては狭い。天井も妙に低いし。

白い壁に木目の収納。
ベッドのすぐ脇には、横長の細い窓がついている。窓を覗いたら、一面、真っ暗だった。

……この部屋、なんか揺れてる?

えーっと、たしか自分の部屋にいたはずだ。
昨日は、あいつが毎度のように酒と飯を持ってうちに来て。

「お土産だよ」
そう言って差し出された酒を一口飲んだら、急に眠くなって。気がついたら、こう。

ベッドを出て、狭い通路を抜ける。
数段の階段を上がると、視界がぱっと開けた。

正面は大きなガラス窓。外は真っ暗。
例の男、スミスがダウンジャケット姿でハンドルを握っていた。計器類が青白く光っている。

「おい! どうなってんだよ、これ!」
「やあ、僕のお寝坊さん」

スミスはにこっと笑った。
俺はスミスの背後からヘッドロックをかました。

「てめえ! 絶対なんか盛っただろ!」
「いやあ、度数の高いお酒だったんじゃない?」
「一口で意識なくすか!」
「よっぽど疲れが溜まってたんだね」

渾身のチカラを込めてもびくともしない。
ちくしょう!

「ここ、どこだよ!」
「僕のクルーザー。ベネトウ社の《ANTARES 9》」
「クルーザー!? ってことは、まさか……」
「そう。海」
「海ぃ!?」

思わず腕の力が抜けた。

「どうしても君と二人っきりになりたくて。まあ、ちょっと強引だったけど」
「これはなあ、拉致っていうんだよ!」
「怒った顔も可愛いよ」
「雑にあしらってんじゃねえ!」

「まあまあ。せっかくのお誕生日にそんなにカリカリしないで」
「誰のせいだと思う?」

「ん? 誕生日?」
「うん。日付けが変わったね。お誕生日おめでとう、ジュリアン」

スミスが当たり前みたいに、俺の頬にキスしてきた。
「やめろ、こら」
キスされた頬をゴシゴシと擦った。

やがてエンジン音が低くなり、船がゆっくりと速度を落とした。しばらくして、船は波に合わせてゆるく揺れるだけになった。

「錨を下ろしたよ。デッキに出てみない?」

スミスが後ろのガラス戸を開けた。
潮の香りと冷たい風が頬を撫でた。

屋根のついたデッキには、L字型ベンチと、据え付けの小さなテーブルがある。

その向こうには、真っ暗な海が広がっている。
空を見上げると、満天の星だった。
Tシャツ一枚では寒い。俺が肩を抱くと、スミスがブランケットをかけてきた。

「さ、座って座って」
ベンチに座ると、スミスがシャンパンの栓を抜いた。ポン、と軽い音が響く。

差し出されたグラスを睨んだ。

「先に飲め」
「疑ってる?」
「学習した」

スミスがグラスを掲げて、笑った。
「君という天使が舞い降りた日に、乾杯」
「俺の誕生日を台無しにすんな」

スミスが飲むのを確認してから、ようやく俺も飲んだ。

こんな美味いシャンパン初めて飲んだ。
悔しいことに。
まだ腹立ちは収まらない。
これは拉致だ。

小洒落たケーキまで出てきた。
スミスがケーキのローソクに火をつけ、俺が吹き消すのを待っている。思い切り睨みながら吹き消したら、パチパチと拍手された。

「ハッピーバースデー、ジュリアン」

スミスがケーキをフォークですくって、俺の口元に差し出した。

「はい、あーん」
「自分で食う。フォークは?」
「あ、1本しかない」
「なんでだよ!」
「美味しい?」
「……美味い。けど、自分で食いたい」

フォークをぶんどってケーキを食べた。
スミスはそんな俺を見つめてニコニコしている。

船は波に合わせてゆっくり揺れ、聞こえるのは波の音だけだった。

「はい、どうぞ」

ケーキを食べ終わり、しばらくぼーっと星を眺めていたら、赤茶色のレザーケースを手渡された。

開けると、車と一緒に爆破されたはずの、お気に入りのサングラスが入っていた。
俺が持ってたのはレプリカだったけど、こっちは本物のレイバンだった。

スミスがにこっと笑って、ダウンジャケットの中から、サングラスを見せて言った。
「僕もお揃いで買っちゃった」
「真似すんな」

それからポケットから、手のひらサイズの箱を取り出した。いかにもって感じで、めちゃくちゃ嫌な予感がする。

「そっちはおまけで、こっちが本命」
「もし指輪だったら、海に投げる」
「その手があったか。わかった。来年はそうするよ」
「違う違う違う!」

スミスは、俺の手を取ると、箱を載せて言った。
「開けてみて」

恐る恐る開けると、見覚えのある鍵が入っていた。あ、これ。

「……フィアット?」
「そう」
「年式は?」
「同じ、と言いたかったけど、二年新しい」
「CD」
「車に積んである」
「ターボは」
「もちろん付けたよ。ちょっと大変だったけど、間に合ってよかった」

ピカピカに磨かれた鍵には、見覚えのある茶色いクマのキーホルダーがぶら下がっていた。
使い込んで、ところどころエナメル塗装が剥げかけた、金属製のキーホルダー。
いつ誰にもらったかも思い出せないけど、目つきの悪い妙なクマのキャラクター。

「こいつ無事だったのか」
「爆破する前に外しておいた」
「そもそも爆破すんじゃねえよ」
「詳しくは言えないけど、実はその時、けっこう切羽詰まっててね。他に手がなかったんだ。悪かったと思ってる」

クマを指でなぞった。
別に、大事ってほどじゃないけど、けっこう気に入ってた。

スミスが、ふふっと笑った。
「そのクマ、ちょっと君に似てるよね。目つきが悪くて、口がむっとしてるとこ」
「どこがだよ」
「そう、その照れた顔なんかそっくり」

ジロリと睨んだら、スミスが俺の口元を突ついてきた。思わず吹き出したら、肩を抱き寄せられた。

「その顔は反則」
「……誕生日だから」
「喜んでくれた?」
「うん」

スミスは嬉しそうに目を細めた。
俺の手から鍵を取ると、箱にしまった。
それから俺の後ろへ回り、ブランケットの上から長い腕で囲い込んできた。

「寒くない?」
「……まあ」

スミスが俺の肩口に顎を乗せてきた。
重いんだが。
そういうことなら、背もたれだ。
思いきり体重を預けてやる。ものすごい安定感で、びくともしない。

波の音だけが静かに響く。

見上げると、星がすごい。
真っ暗な海の上に、数えきれないほどの光の粒が散らばっている。思わずため息が出た。

相手がこいつでなければもっと感動できたはずだ。でも背中は暖かい。

前はぐらかされたけど、どうしても聞いておきたいことがあった。

「あのさ」
「ん?」
「前にも聞いたけど。何で俺なの?」

振り向くと、スミスは少しだけ寂しそうな顔で海を見ていた。風が髪を揺らし、形のいい額が見えた。

「……実は、君とは一度会ってるんだ。君は覚えてないだろうけど」
「え?いつ?」
「その話は、また今度しよう」
「またそれかよ」
俺はムッとして前を向いた。

「僕に永久就職してくれたら話す」
「じゃあ、やめとく」

スミスは楽しそうに笑うと、俺をブランケットごと抱き上げた。

「さあ、楽しいお祝いだ」
「もう十分もらった!!」

じたばた暴れる俺を抱えたまま、スミスはのしのしと船室へ戻っていく。

「まだまだこんなんじゃ足りないよ。僕の真心も受け取って」
「それは真心っていうか、下心じゃ……おい、こら、離せ!」
「ここなら声が大きくなっても大丈夫だよ」
「バカ! やめろ!!」

逃げ場はない。ここは船の上。
どこまでも暗い海だ。

こうして、俺の二十三歳の誕生日は、朝まで盛大に祝われた。

朝日が昇りクルーザーが港に着く頃には、俺はボロ雑巾になっていた。
スミスは鼻歌でも歌い出しそうな顔でサングラスをかけ、ハンドルを握っている。

俺は大の字で寝そべり、寝室の低い天井を睨んでいた。どっちかっていうと、贈り物は俺の方だったんじゃないか。

まあ、いい。
フィアットと、海と、シャンパンに免じて許してやる。

誕生日というのは、いつもより寛大な気持ちになるものだ。



つづく



※スミスのヤバすぎるカメラフォルダも公開中
【キャラクター紹介】


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