胡乱な男 #6 拉致られてバースデー
※BL/犯罪コメディ/軽い性的表現あり
俺は通称ジュード。本名はジュリアン。
現代に生きるトレジャーハンター。
泥棒だろって?
うん、まあ、そうとも言う。
ちょっとカッコつけたかっただけ。
そんな俺は今、スミスと名乗る得体の知れない男に付き纏われている。
◇
ハッと目を覚ますと、見覚えのない部屋だった。
何だ、ここ。
ホテルにしては狭い。天井も妙に低いし。
白い壁に木目の収納。
ベッドのすぐ脇には、横長の細い窓がついている。窓を覗いたら、一面、真っ暗だった。
……この部屋、なんか揺れてる?
えーっと、たしか自分の部屋にいたはずだ。
昨日は、あいつが毎度のように酒と飯を持ってうちに来て。
「お土産だよ」
そう言って差し出された酒を一口飲んだら、急に眠くなって。気がついたら、こう。
ベッドを出て、狭い通路を抜ける。
数段の階段を上がると、視界がぱっと開けた。
正面は大きなガラス窓。外は真っ暗。
例の男、スミスがダウンジャケット姿でハンドルを握っていた。計器類が青白く光っている。
「おい! どうなってんだよ、これ!」
「やあ、僕のお寝坊さん」
スミスはにこっと笑った。
俺はスミスの背後からヘッドロックをかました。
「てめえ! 絶対なんか盛っただろ!」
「いやあ、度数の高いお酒だったんじゃない?」
「一口で意識なくすか!」
「よっぽど疲れが溜まってたんだね」
渾身のチカラを込めてもびくともしない。
ちくしょう!
「ここ、どこだよ!」
「僕のクルーザー。ベネトウ社の《ANTARES 9》」
「クルーザー!? ってことは、まさか……」
「そう。海」
「海ぃ!?」
思わず腕の力が抜けた。
「どうしても君と二人っきりになりたくて。まあ、ちょっと強引だったけど」
「これはなあ、拉致っていうんだよ!」
「怒った顔も可愛いよ」
「雑にあしらってんじゃねえ!」
「まあまあ。せっかくのお誕生日にそんなにカリカリしないで」
「誰のせいだと思う?」
「ん? 誕生日?」
「うん。日付けが変わったね。お誕生日おめでとう、ジュリアン」
スミスが当たり前みたいに、俺の頬にキスしてきた。
「やめろ、こら」
キスされた頬をゴシゴシと擦った。
やがてエンジン音が低くなり、船がゆっくりと速度を落とした。しばらくして、船は波に合わせてゆるく揺れるだけになった。
「錨を下ろしたよ。デッキに出てみない?」
スミスが後ろのガラス戸を開けた。
潮の香りと冷たい風が頬を撫でた。
屋根のついたデッキには、L字型ベンチと、据え付けの小さなテーブルがある。
その向こうには、真っ暗な海が広がっている。
空を見上げると、満天の星だった。
Tシャツ一枚では寒い。俺が肩を抱くと、スミスがブランケットをかけてきた。
「さ、座って座って」
ベンチに座ると、スミスがシャンパンの栓を抜いた。ポン、と軽い音が響く。
差し出されたグラスを睨んだ。
「先に飲め」
「疑ってる?」
「学習した」
スミスがグラスを掲げて、笑った。
「君という天使が舞い降りた日に、乾杯」
「俺の誕生日を台無しにすんな」
スミスが飲むのを確認してから、ようやく俺も飲んだ。
こんな美味いシャンパン初めて飲んだ。
悔しいことに。
まだ腹立ちは収まらない。
これは拉致だ。
小洒落たケーキまで出てきた。
スミスがケーキのローソクに火をつけ、俺が吹き消すのを待っている。思い切り睨みながら吹き消したら、パチパチと拍手された。
「ハッピーバースデー、ジュリアン」
スミスがケーキをフォークですくって、俺の口元に差し出した。
「はい、あーん」
「自分で食う。フォークは?」
「あ、1本しかない」
「なんでだよ!」
「美味しい?」
「……美味い。けど、自分で食いたい」
フォークをぶんどってケーキを食べた。
スミスはそんな俺を見つめてニコニコしている。
船は波に合わせてゆっくり揺れ、聞こえるのは波の音だけだった。
「はい、どうぞ」
ケーキを食べ終わり、しばらくぼーっと星を眺めていたら、赤茶色のレザーケースを手渡された。
開けると、車と一緒に爆破されたはずの、お気に入りのサングラスが入っていた。
俺が持ってたのはレプリカだったけど、こっちは本物のレイバンだった。
スミスがにこっと笑って、ダウンジャケットの中から、サングラスを見せて言った。
「僕もお揃いで買っちゃった」
「真似すんな」
それからポケットから、手のひらサイズの箱を取り出した。いかにもって感じで、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
「そっちはおまけで、こっちが本命」
「もし指輪だったら、海に投げる」
「その手があったか。わかった。来年はそうするよ」
「違う違う違う!」
スミスは、俺の手を取ると、箱を載せて言った。
「開けてみて」
恐る恐る開けると、見覚えのある鍵が入っていた。あ、これ。
「……フィアット?」
「そう」
「年式は?」
「同じ、と言いたかったけど、二年新しい」
「CD」
「車に積んである」
「ターボは」
「もちろん付けたよ。ちょっと大変だったけど、間に合ってよかった」
ピカピカに磨かれた鍵には、見覚えのある茶色いクマのキーホルダーがぶら下がっていた。
使い込んで、ところどころエナメル塗装が剥げかけた、金属製のキーホルダー。
いつ誰にもらったかも思い出せないけど、目つきの悪い妙なクマのキャラクター。
「こいつ無事だったのか」
「爆破する前に外しておいた」
「そもそも爆破すんじゃねえよ」
「詳しくは言えないけど、実はその時、けっこう切羽詰まっててね。他に手がなかったんだ。悪かったと思ってる」
クマを指でなぞった。
別に、大事ってほどじゃないけど、けっこう気に入ってた。
スミスが、ふふっと笑った。
「そのクマ、ちょっと君に似てるよね。目つきが悪くて、口がむっとしてるとこ」
「どこがだよ」
「そう、その照れた顔なんかそっくり」
ジロリと睨んだら、スミスが俺の口元を突ついてきた。思わず吹き出したら、肩を抱き寄せられた。
「その顔は反則」
「……誕生日だから」
「喜んでくれた?」
「うん」
スミスは嬉しそうに目を細めた。
俺の手から鍵を取ると、箱にしまった。
それから俺の後ろへ回り、ブランケットの上から長い腕で囲い込んできた。
「寒くない?」
「……まあ」
スミスが俺の肩口に顎を乗せてきた。
重いんだが。
そういうことなら、背もたれだ。
思いきり体重を預けてやる。ものすごい安定感で、びくともしない。
波の音だけが静かに響く。
見上げると、星がすごい。
真っ暗な海の上に、数えきれないほどの光の粒が散らばっている。思わずため息が出た。
相手がこいつでなければもっと感動できたはずだ。でも背中は暖かい。
前はぐらかされたけど、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あのさ」
「ん?」
「前にも聞いたけど。何で俺なの?」
振り向くと、スミスは少しだけ寂しそうな顔で海を見ていた。風が髪を揺らし、形のいい額が見えた。
「……実は、君とは一度会ってるんだ。君は覚えてないだろうけど」
「え?いつ?」
「その話は、また今度しよう」
「またそれかよ」
俺はムッとして前を向いた。
「僕に永久就職してくれたら話す」
「じゃあ、やめとく」
スミスは楽しそうに笑うと、俺をブランケットごと抱き上げた。
「さあ、楽しいお祝いだ」
「もう十分もらった!!」
じたばた暴れる俺を抱えたまま、スミスはのしのしと船室へ戻っていく。
「まだまだこんなんじゃ足りないよ。僕の真心も受け取って」
「それは真心っていうか、下心じゃ……おい、こら、離せ!」
「ここなら声が大きくなっても大丈夫だよ」
「バカ! やめろ!!」
逃げ場はない。ここは船の上。
どこまでも暗い海だ。
こうして、俺の二十三歳の誕生日は、朝まで盛大に祝われた。
朝日が昇りクルーザーが港に着く頃には、俺はボロ雑巾になっていた。
スミスは鼻歌でも歌い出しそうな顔でサングラスをかけ、ハンドルを握っている。
俺は大の字で寝そべり、寝室の低い天井を睨んでいた。どっちかっていうと、贈り物は俺の方だったんじゃないか。
まあ、いい。
フィアットと、海と、シャンパンに免じて許してやる。
誕生日というのは、いつもより寛大な気持ちになるものだ。

つづく
※スミスのヤバすぎるカメラフォルダも公開中
→【キャラクター紹介】
気に入ってもらえたら
❤️ いいね 💬 コメント
していただけるととても励みになります!
次話もお楽しみに!
