胡乱な男 #5 ここでキスして
※BL/犯罪コメディ/軽い性的表現あり
俺は通称ジュード。本名はジュリアン。
現代に生きるトレジャーハンター。
泥棒だろって?
うん、まあ、そうとも言う。
ちょっとカッコつけたかっただけ。
そんな俺は今、スミスと名乗る得体の知れない男に付き纏われている。
◇
ターゲットの男だった。
男からスマホを盗んで組織に渡す、それだけのはずだった。
なのに、なぜか俺が付き纏われている。
配達員やピザ屋の制服で現れたり。
勝手に上がり込んで、リビングのソファで寛いでいたり、引っ越しても三日でバレたり。
車は爆破するし、人の虫歯やトイレの滞在時間まで把握している。恐ろしい。
その男が、二週間も姿を見せない。
窓に仕掛けた罠の電流は最大出力。
玄関には新しい罠も仕掛けた。
でも、何もない。
つまらない。
……いや、清々してるんだ。
鍵も換えなくていいし、パスコードも変えなくていい。ベッドも広々。
自由!最高!
……でもさ、連絡ぐらいあってもいいんじゃない?スマホは静かなままだ。
何か、あったかな。
しくじって捕まったとか。
撃たれたとか、爆発に巻き込まれたとか。
「……もしかして、死んだかな」
そう言えば、俺はあいつのことを何も知らない。
あいつは俺のことなんでも知ってるみたいだけど。そんなの不公平じゃない?
「スミス」はたぶん偽名だし。
職業も年齢も、住んでるところも。
なんで俺に付き纏うのかも。
◇
ダニーの店に行った。
別に、あいつのことを聞きに行ったわけじゃない。情報屋だから、いい仕事のネタでもないかと思って。
店に入ると、ダニーはカウンターの向こうでヘッドホンをいじっていた。店は相変わらずごちゃごちゃしている。
「よお、ジュード」
「最近、ブタ野郎は?」
俺が尋ねると、ダニーは手を止めて顔を上げた。
「スミスのこと?」
「そうとも言う。で?来てる?」
「来てないけど、なんで?気になってるわけ?」
「……そんなんじゃないけど」
ダニーは俺の顔をじっと見た。
「なんか元気ないんじゃない?」
「そんなことねーよ」
ダニーがカウンターに肘をつくと、にやにやしながら顔を覗き込んできた。
「ウソだね。ツッコミのキレが悪い」
「何だそれ! そんなわけ……あるのかな」
ダニーは口元に手をあてると囁いてきた。
「認めちゃえよ」
「何を?」
「スミスのことが気になってるって」
「はあ?何言ってんの?そんなわけねーだろ。あのブタ野郎を?」
ダニーはにやにやしながら続けた。
「もう、ジュードは普通じゃ物足りないんだよ」
「そんなわけねーよ。普通がいいに決まってる」
「いいや。あんな魅力的な男、他にいないよ。金持ちだし」
「たしかに、財布は魅力だな」
「顔もいいよ。背が高いし、筋肉もすごい」
「それはそうかも」
「頭もいいよ。IQ180だって」
ん?なんでダニーがあいつのIQ知ってる?
あのへっぽこのダニーが。
目の前のダニーは、カウンターに肘をついて熱っぽい眼差しで見つめてくる。
今日なんか、肩幅広くない?
こいつ、まさか?
「……やめてくれ、あいつの話は聞きたくない」
俺は首を振ると、ダニーの手を握った。
「俺が好きなのは、お前なんだ。ダニー」
ダニーの目が大きくなった。
「えっ……それは、ええ?」
「キスして」
「もちろん! 喜んで!」
ダニーが嬉々として顔を寄せてきた。
「やっぱり!! お前、ダニーじゃねえな!」
俺は思い切り頬をつねってやった。
「あ〜、痛い痛い。バレちゃった」
ダニーの顔のまま、例の男スミスが笑った。
「マスク取れ! この野郎!」
「そうだよね。僕の顔の方がいいよね」
「そういう意味じゃねえよ!」
店の奥からボサボサ頭のダニーが頭を掻きながら現れた。
「おはよー。うわっ、何やってんの? 特殊プレイ?」
本物のダニーが顔を寄せ合う俺たちを見て、ギョッとした。こっちは間違いなく本物だな。
ダニーのフリしたスミスが、店の奥を振り返って言った。
「ダニー、今いいところだったのに」
「スミスのせいで寝起きが最悪だよ。サーロインで許す」
「サ、サーロイン?」
俺が奥のダニーを見ると、へらへら笑ってメガネを押し上げた。
「ちょっと顔貸してって言われてさ〜」
「本当に貸すやつがあるか!」
「楽しみだな〜、サーロイン」
「もういい! お前なんか知らん!」
俺がカウンターに背を向けたら、ダニーが声をかけてきた。
「なあ、ジュード。俺とキスしたいって本当?」
「あ、あれは!こいつにカマをかけるためで…」
「なんか奢ってくれるってんなら、俺、一回ぐらいなら……」
「ちっ、違うわ! アホー!」
「元気になったな」
振り返ると、ダニーは笑っていた。
カウンターではダニーの顔をしたスミスが、なにやらぶつぶつ呟いている。
「他の男とキスするジュリアンを見るのは嫌だけど……僕の顔をしたダニーなら、ありかも」
ダニーがひそひそと話しかけてきた。
「お宅の彼氏、変態だね」
「彼氏じゃねえ!」
ダニーがスミスに声をかけた。
「なあ、もういいんじゃない?」
「ああ、そうだった」
スミスがマスクを外して髪をかき上げた。
「ふう」と息をついて振り返った顔は、相変わらず無駄に整っている。
二週間ぶりのせいか、やけにきらきらしている気がする。
うっかり見惚れ……んなわけない。
俺は慌てて背を向けた。
「……ってことは、さっきのIQ180も自分で言ってたのかよ」
「せっかくだから僕を売り込んでおこうかと思って。効果あったかな」
「IQ180の頭で考えたら?」
「うーん。君の顔を見ればわかるかも。こっち向いてよ」
「やなこった」
俺はますます背を向けた。
スミスがカウンターを回り込んで後ろに立つ気配がした。
「ねえ、ジュリアン」
「何だよ」
「寂しかった?」
「まっっったく」
「じゃあ、どうして耳が赤いの?」
俺が肩越しにスミスをジロリと睨むと、にこっと笑った。
「僕は寂しかったよ」
「そうかよ」
二週間、俺は自由だったんだ。
でも、誰も俺をジュリアンとは呼ばなかった。
「……二週間もほっといたくせに」
ボソリと呟いたら、スミスの目が輝いた。
「ごめんよ。急な仕事だったんだ」
ふてくされて睨む俺を、スミスがじっと見つめてきた。
「困ったな。こんなに可愛かったっけ」
スミスが頬に触れようと手を伸ばしたので、俺はぱしっと払いのけた。
「……俺にはステーキねえのかよ」
「もちろんご馳走するよ」
スミスが俺を抱きしめて言った。
「ただいま、ジュリアン」
俺は脛を蹴ってやった。
スミスはそれすら嬉しそうに笑うと、俺の額にキスをした。全く効いてなさそうで、さらに腹が立った。
腹が立つのは確かだけど。
生きてた。
どこも、怪我してなさそう。
スミスの肩に額をつけて呟いた。
「いなくなるなら先に言え」
「ごめんよ。やっぱりバッグに入れて連れて行けばよかった」
「ペットじゃねーんだよ!」
二週間ぶりに聞くその声は、相変わらず低くて柔らかくて、ほんの少し胸の奥が落ち着いた。
「何でこんなことしたんだよ」
「君の本音が聞きたくて」
「……何だよ、それ」
つい、口が尖る。
広い背中に手が伸びた、その時、
ダニーの呆れた声が飛んできた。
「もう他所でやってくんない?」
つづく
※スミスのヤバすぎるカメラフォルダも公開中
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