見出し画像

イヤホン、から始まる♾️

バレンタインデーなので、ちょっと甘いお話を。


俺は広告制作会社で経理の仕事をしている。
青山くんは別部署のデザイナーで、普段は退勤時間が合わない。それが今日は久しぶりにかち合った。

「せっかくだからメシでも行きません?」
彼が声をかけてくれたが、退勤直前に急な打ち合わせが入ってしまった。

「ごめん、またにしよう」
「すぐ終わるでしょ?待ってますよ」
そう言うので、待っていてもらった。

それが思っていたより長引いた。社内チャットで「終わった」と送っても既読にならない。

ロビーに向かうと、共有スペースの片隅のソファに青山くんを見つけた。
こちらに背を向けて、壁にもたれて座っている。側に行ったら、バックパックを抱えて、彼は眠っていた。

耳から有線のイヤホンがぶら下がっている。
彼が、ワイヤレスはしょっちゅう充電するのを忘れるので有線を使っている、と言っていたのを思い出した。

近付くと片方の耳からイヤホンが外れ、わずかに音が漏れている。
そっと手に取り、自分の耳に当ててみた。

みつめて 手にふれてたいの

チョコレートのように甘ったるい、煙るような声の女の歌だった。彼は確かハードロックを好むはずだ。こんな甘い歌を聴くのは知らなかった。

みあげて たしかめて愛を

甘い愛の歌を、眠る青山くんの隣で聞く。

「お待たせ」
ポンと肩に手を置いたら、ハッと目を開けた。

「こういうの聞くんだ」
自分の耳からイヤホンを外して、振って見せる。

「え、あ、あぁ〜、なに聞いてんすか」
目線が一瞬揺らぐ。

青山くんがスマホを操作すると歌がブツリと途切れた。そのままイヤホンをぐちゃぐちゃと雑にポケットに突っ込む。

誰か想う人がいる?と聞く代わりに「それ貸して」とイヤホンを指した。

青山くんは「え、これ?」と言いながら、ポケットからイヤホンをズルズル引っ張り出した。

「こうすると絡まない」
イヤホンを八の字に巻き直して、青山くんに返した。彼の手のひらに載せる時、指の先が少し触れた。

「わ〜、すごい綺麗に巻いてある」
彼は手のひらのイヤホンを眺めて、へへと笑うと、そっとジャケットの胸ポケットにしまった。

「また井上さんに巻いてもらお」
ニッと笑って振り向いた。
自分でやりな、とは言わずに頷く。

「さあ、飯だ飯だ!何食べます?」
青山くんがバックパックを背負い、軽やかな足取りで歩き出した。

「任せる」
「じゃあ新しく出来た角の店は?ケイジャンチキンが美味いって。あ、ガッツリよりあっさりの方がいいです?」

「いい、そこにしよう」
聞いてみたいことがたくさんある。

眠くて仕方ないのに何で待ってた?
恋の歌は誰を想って聴いてた?
巻き直したイヤホンはなぜ胸ポケットへ?

指先に触れた手のひら。

淡い期待を胸に、彼の背中を追いかける。



BGM:Chara / Junior Sweet


読んでくださってありがとうございます
また次回


別名義でTALESやってます↓

シリアスな話↓


note創作大賞にエントリーしてます↓

いいなと思ったら応援しよう!