沖縄修行の裏話【中編】
前回に続いて沖縄修行編。
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前回の振り返り
月光荘というゲストハウスを拠点とし、足となる原付も確保。
同い年の出稽古組として千裕も1日遅れで沖縄に合流し、沖縄修行の最高のスタートを切った。
修行の日々!体重が4kg落ちる
前編に引き続き、毎日のように朝晩と練習の日々。
確か水曜日は朝練が休みで、他の選手達は有酸素トレーニングなどに行っていたと思うが自分は自由時間。
海外に居ることが多い達郎もちょうど沖縄に居るタイミングで、一緒に練習することができた。
TBJ沖縄の選手達は練習に対する意識がめちゃくちゃ高く、スパーリングが10本あれば普通に10本入る選手ばかり。
そして練習が終わると、自主的に技を聞きに行ったりする時間が自然と始まる。
自分は10本のスパーのうち8本入れれば頑張ったなと思えてしまうタイプな上、練習が終わると特に振り返りなどもしないので、その辺りの意識の違いを痛感させられた。
決して母数が多くない沖縄からアマ修入賞や修斗プロ昇格、そして修斗世界ランカーがゴロゴロ出てくるのは、松根さんの指導に加えてこういう姿勢があるからなんだと思った。
意識を変えられたのはいいが、すぐに体力が付くわけでもなく、出稽古特有の消耗の早さもあり、何だかんだスパーリングは休みまくりだった。笑
そんな中でも同じ出稽古組の千裕は当たり前のように休まずスパーに入っており、
「同じ練習時間でも、みんな俺の1.5倍くらい練習してるな...」
と思い、焦りを感じていつもより少しだけ頑張れた気がする。
そして練習後は同い年3人で写真を撮ってもらった。
本当に同い年かと思うくらいBIGな2人。🌍

そんな練習を続けるうちに、沖縄に来た当初は66kgあった体重が62kgまで落ちた。
毎日のように沖縄そばを食べまくっていたが、練習の充実具合と暑さでどんどん体重が落ちていったのを覚えている。
確か当時は塩試合をした上に負けた直後で、特にオファーもなかったが3日後に試合できるくらいしっかり体重が落ちていた。
沖縄での休日やTBJ食トレ
練習の話は後で書くとして、ここからは休日の話。
沖縄に来て初めての週末、TBJの選手達と千裕と出かける事になった。
沖縄ではジムの仲間やゲストハウスの仲間などが居たが、普段と違う環境にホームシックにもなっていたので、休日に誘って貰えることは凄くありがたかった。
拳さん、西條さん、キラト、ヒデくん、千裕の5人とかき氷を食べることに。
キラトは確かこの時期足を手術したばかり(?)で、練習に来ていなかったのでほぼ初対面だった気がする。
確かこの日、すっくねえ金で髪を切ってきたと言う話だけはいまだに覚えてる。
キラトの髪の話は一旦置いといて、初日にかき氷を食べた時にも思ったが、沖縄のかき氷めちゃくちゃ美味しい。
さすが常夏の島。
岐阜の屋台で出てくる、適当に削った氷に適当なシロップをかけただけのかき氷とは全く別物だった。

ちなみにかき氷はジェンガで負けた2人が奢ってくれました。
ありがとう。。

かき氷を食べたあとはゲームセンターへ。
みんなで卓球して、予想通りしっかりドベ1を頂いてきた。
中学高校と体育をする中でようやく気付いたが、自分は球技全般が絶望的に苦手。(小学校の頃は全く気づいてなかった)
昔からスポーツテストなどの結果がかなり良く、単純なフィジカルが高いので勝手に運動神経が良いと勘違いしていたが、球技が絡むと赤ちゃんになってしまう。
そんな感じでドベながらも楽しい1日が終わり、拠点である月光荘へ帰宅。
翌日の練習に備えて寝た。
また別日、TBJメンバーの皆さんと共に、松根さんに焼肉に連れていって頂けることになった。
沖縄ではゲストハウスで出てくる食事と、練習後の吉野家、そして近くの沖縄そば屋でほとんどの食事を済ませていたので久しぶりの焼肉はめちゃくちゃ楽しみ。
お腹いっぱいまでご馳走になり、とても楽しい時間でした。

お酒は飲んでいなかったので、原付で帰宅。
一緒に帰った千裕は、沖縄での移動手段として松根さんから3輪のバイク(?)のようなものを借りており、初めて見るバイクだったので羨ましかった。松根号というらしい。
ちなみにこのバイク、坂はあまり得意ではないみたいで、練習後に吉野家に行く際、坂道を通るといつの間にか後ろに居なくなっていることがザラだった。

そんな感じでこの日も楽しい1日が終わるかと思いきや、何の気まぐれか急に他のゲストハウスにも泊まってみたくなり、この日は拠点から近い他のゲストハウスに泊まってみることになった。
地獄の激安ゲストハウス泊
焼肉終わり、何の気まぐれか拠点の月光荘とは別のゲストハウスに泊まってみたくなった。
ゲストハウスがたくさんあることは知っていたが、とりあえず近くから潰してみようと思い、1番近いゲストハウスへ。
この宿は1泊1000円とかなり安かったが、初日に800円の宿を経験した自分にとっては余裕だと思い、意気揚々と入室。
フロントで部屋番号の書いた紙を渡され、自分の部屋のある階へ。
自分の部屋に着くと、扉は今どきのおしゃれな電子ロックとはほど遠い、金属のボタンを順番に押すスタイルだった。
ロックを解除し部屋に入ると、衝撃の光景が広がっていた。

2〜3畳ほどの檄狭の部屋に、蜂の巣のように区切られたスペースがあり6人が泊まれる仕様となっていた。
ホームセンターで買ってきた箱を適当に積んだようなスタイル。
(え、俺今日ここで泊まるの?)
ホームページでは結構いい感じの部屋が載せられていたので、旅人達との交流も含めて結構期待していたが、想像のナナメ上すぎて言葉が出なかった。
ずっと住み着いている人がいるのか、部屋の中は濃いチーズの匂いが充満してめちゃくちゃキツかった。
とりあえず現実逃避のため、近くのアイス屋さんでアイスを食べたりしつつ、
(明日はチャレンジせず拠点に帰ろう...)
心の底からそう決心し、この日はしぶしぶこの地獄の部屋で寝た。

そして翌朝、起きて宿の近くに原付を取りに行くと、しっかり駐禁を切られていた。
罰金9000円。
沖縄は原付で移動する人が多く、常にそこら中に原付が置いてあるので駐禁は切られないものだと思って油断していた。
地獄のような宿に宿泊費と罰金で実質1万円を支払い、また俺の財布寂しくなったなぁと思いつつ練習へ向かった。
練習の話
遊んでる話しか書いてないのでここからは練習の話。
確か練習は週6日で、そのうち4日が2部練という形だった気がする。
岐阜での練習だとMMA自体は週2回くらいで、その他はグラップリングや柔術、キックの練習をするが、沖縄ではほぼ毎日MMAをやっていたように思う。
また、ドリル練習を時間をかけて行なっており、TBJ選手の基礎力の土台が見えた気がした。
練習相手としては1階級下の隆弥さん(現・修斗世界1位)、拳さん(現・修斗世界5位)、当真さん(現・修斗世界3位)、などに加え、同階級の達郎(現UFCフライ級5位)、1階級上の下真くん(2戦全勝)などと組むことが多かった。
その他にも所属は違うが出稽古に来ていた砂辺さん(元パンクラス3階級王者)、宮城友一選手(元GLADIATOR王者)、知名昴海選手(5戦全勝)など沢山の選手と組ませて頂き、当たり前のように全員強く、2週間半も居たのに1本取れた記憶がない。笑
隆弥さんのノーモーションのストレートや、当真さんのギロチンに苦しめられる毎日だったが、その中でもぶっちぎりの衝撃だったのが、やっぱり達郎の強さ。
当時はUFC3連勝くらいの時期で、まだランカーではない時期だったが、強すぎて訳が分からなかった。
リーチが長いので遠い距離から打撃をポンポン当てられ、さらに鋭いカーフキックが飛んでくる。
苦し紛れに組みに行くけどテイクできず、寝かされたら確実に極められるという感じで、普通のプロと体験に来た素人以上のの大きな差が自分と達郎の間にあると思った。
沖縄は暑いので練習中常に汗だくになり、寝技では少しミスるとすぐにガードに戻されてしまうが、達郎にはそれがなく、淡々と確実に次のポジションに進んで来る上、バックorマウントを取られたら100%極められた。
(UFCで連勝する選手って、こんな強いの?)
と思いつつ、こんなにいい機会はないとないと思い、沢山胸を借りて練習した。
沖縄に行っていた2週間で飛躍的に強くなるということは難しいが、これ以降試合の度に
「まあ、相手が達郎より強い訳ないしな」
と思えるようになったので、早い段階で同階級トップクラスと日常的に練習出来たのは本当にいい経験になった。
達郎の他にも強さに衝撃を受けた選手は居るが、その中の1人が西條さん(現・修斗世界ウェルター級2位)
一言で言うと西條さんは多分、自分が産まれてから出会った生物の中で1番強いと思う。笑
そんなこんなで自分の格闘技は中々思うように通用しなかったが、楽しく練習の日々を送ることができた。
そして2週間半の練習期間はどんどん消化されていき、沖縄との別れが近づいてきた。
後編へ続く
