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奥華子『変わらないもの』『ガーネット』―― 2007年11月3日、あの日の僕に会いに行く|あのころを振り返る #12

先日『THE FIRST TAKE』で懐かしい楽曲が公開された。

細田守監督の名作『時をかける少女』の主題歌、挿入歌として有名な2曲。奥華子の『変わらないもの』と『ガーネット』だ。


今でも聴く曲だが『THE FIRST TAKE』で歌う奥華子(以下、敬意を表して”華ちゃん”と表記する)の姿を見て、中三の時の文化祭を思い出した。

どこか中学生の時の自分に会いに行くような感覚で見ていた。




時をかける少女と僕


『ガーネット』と『変わらないもの』。
映画『時をかける少女』ぬきでは、この2曲は語れない。

もちろん僕もこの作品は大好きで、生涯オールタイムベスト的なランキングを作るとしたら、確実にトップテンに入る。それほどに好きな作品だ。

僕がこの映画を初めて見たのは公開の翌年、2007年。
父親が「面白い映画らしい」とDVDを買ってきたので、妹と見ていたことを覚えている。

当時の僕は感受性が乏しく「面白い」「切ない」「青春」「羨ましい」という、見なくても言えるような感想を抱いていた。

それでも、どこか心に残るものはあり「Time waits for no one」というキーワードは今でも大切にしている。

またBay FMで放送されていた『奥華子のカメカメハウス』を聴き始めたのもこの頃だった。

この番組を通して華ちゃんの人柄を知り、多くの楽曲に出会った。


*奥華子のカメカメハウス…2005年~2009年にかけてBay FMで放送されていた奥華子のラジオ番組。後継番組は『Lagan de Talk!』で2010~2020年の10年にわたって放送されていた。休止期間を挟んで『Lagan de Talk+』として現在も放送中。

映画にも奥華子にも相当な思い入れがある。
そのきっかけになったのが、2007年、中学三年生の時の文化祭だ。


あこがれの先輩たち


僕たちは文化祭の劇で「時をかける少女」をやることになった。
きっかけは定かではないが、音楽の授業で映画を見たとか、たしかそんな感じだった。

僕たちの学年は悪くはなかったが、協調性に欠け、まとまりきれずにいた。

比べて自分の1個上、2個上の先輩の学年は憧れの存在だった。
行事ごとに全力で取り組む姿勢はかっこよく、輝いて見えた。

何より部活の先輩は偉大だった。
自信がなく、同期からはいじられ、時に強い言葉で非難される僕をフォローし、そのままのキャラクターを大切にしてくれた。

同世代の人にとっては懐かしいと思うが、僕が中学生だった2000年代中盤は言わば”陽キャ”の時代。
夏に公開されたORANGE RANGEの『イケナイ太陽(令和ver.)』のMVを思い浮かべてもらうと分かりやすいと思う。

僕の地元は土地柄やんちゃな方々も多く、あのMVの雰囲気そのままの先輩も少なくなかった。


先輩の学年は”陽キャ”な方々を中心に、そうではない方々も巻き込んで学年全体がまとまる姿がかっこよかった。

僕は決して"陽キャ”の部類ではなかったが、部活の先輩のつながりもあり、陽キャな先輩方にもすれ違ったら挨拶をしていた。

自分から挨拶をすると、次にすれ違った時には先輩からも声をかけてくれた。

僕のような末端の人間にも、分け隔てなく接してくれて「身に余る光栄」とはまさにこのことだと思っていた。そんな姿にも憧れていた。

偉大な先輩方に僕たちは追いつけていなかった。
学年が上がったら変わるかと思っていたが、良くはなっていても一体感には欠けていたと思う。


そんな時、2個上に姉がいる同じ部活の陽キャ女子が「この学校はお姉ちゃんの代で終わった」と話していた。

「おれたち、終わってるの?」と思い、僕はとてもショックを受けた。

率直に「これから良くしてくんじゃない?」と思ったし、「自分たちには無理だ」と言われているような気もして、何か自分にできることはないかと考えていた。


振り返ってみると、当時の自分にはそこそこ熱い部分があったようだ。

6月には修学旅行、9月には体育祭があり、僕たちは着実に仲を深めていった。

受験モードも色濃くなった11月。文化祭で行われた「時をかける少女」の劇を通して、更に一体感を強めていった。


本番に向けて練習の日々


三年生になったこともあり、キャスト陣はもちろん、裏方も生徒主体。アドバイスはするが、ほとんど先生の関与はなかったと記憶している。

僕は幼稚園に入る前からの幼馴染の女子二人と音響を担当していた。
演技はしたくない。かといって美術も工作も苦手なので小道具・大道具はできない。消去法で音響にたどり着いた。


最初こそ、極小さな音量でそのシーンに合わない音を流したりしてふざけていたが、本番が近づくにつれそんな余裕もなくなった。

原作に沿って音楽を流すので、やることも多かった。
何より、演者も裏方もそれぞれが真剣に取り組んでいたので、足を引っ張りたくはなかった。

想像以上に良いものが出来ている実感もあったのだと思う。

限られた時間で良い劇にしたい――そんな思いを各々が抱いているように感じていた。


『変わらないもの』と『ガーネット』


僕たちの劇では、原作と同じく終盤で『変わらないもの』をラストに『ガーネット』を合唱した。

僕はその両方で指揮をしていたが、日に日に向けられる視線が真剣なものに変わっていくのを感じていた。

上手くは言えないが、劇中の合唱曲である以上に、曲が当時の僕たちにも重なっているようだった。

全員が真剣に取り組んでいる分、自分が迷惑をかけてはいけないと思い、必死に指揮に向き合っていた。


文化祭当日、劇中では予想外の場面で笑いが起きたりもした。
それでも、千昭が真琴に「未来で待ってる」と囁く名シーンでは想像以上の歓声が巻き起こった。


後輩たちが真剣に劇を見て、盛り上がってくれている。
体育館の熱狂に似た空気を感じながら、僕たちが作り上げたものがちゃんと伝わっている――そんな実感が湧いてきたのを覚えている。


最後の合唱に入る頃には会場全体が聞き入っている感覚があった。
確かな手応えを僕は静かに感じていた。


ピアノ伴奏は一緒に音響をしていた幼馴染の一人が担当してくれた。
長年の仲もあり、我ながら息もよく合い、合唱を支えていたと思う。
その瞬間に一生懸命だったのか、不思議と緊張もしなかった。


曲が終わった瞬間のことは正直よく覚えていない。
ただ体育館に拍手が響いていたことは覚えている。

そして何より、みんなの表情が清々しいものだった。
僕たちは言葉にせずともたしかな達成感を共有していた。
後輩からも「良かった」と声をかけてもらえたのが嬉しかった。


もともと僕たちの学年の合唱は壊滅的なことで有名だった。
1年生の時のクラスでは男子は全く歌わず、僕は指揮をしながら歌うという暴挙に出ていた。

その時の合唱を見た3年生の時の担任からは、当時を振り返って「なんとかしなくちゃいけないと思った」と言われていた。
まとめきれなかった自分自身にも悔しさを感じていた。


だからこそ、文化祭の成功と一体感を得た喜びはひとしおだった。
とはいえ、僕が何かをしたわけではない。

ただ「良くなったらいいな」という「願い」に近い、”形ないもの”を持っていただけだった。

今思うと、それぞれが同じような想いを抱え、互いに影響を与えることで得られた結果なのだと思う。
きっと僕だけではなく、多くの同級生や先生もたしかな成長と達成感を感じていたはずだ。


「この学校はお姉ちゃんの代で終わった」と話していた彼女もいつのまにかそんなことは言わなくなった。

『変わらないもの』と『ガーネット』は僕たちの学年を象徴するような曲になり、後の合唱祭でも学年合唱で歌うことになった。

この文化祭での達成感と連携を通して、僕たちの学年も先輩に近づけたような気がした。

その一方で、自分たちにしかないカラーと経験を手にした確かな実感を得ていた。


過ぎ去って気づく青春


「自分たちの学年が良くなればいいな」と漠然とした思いを抱いていたが、当時はただ目の前のことに一生懸命だった。

それでも、あの時間はまぎれもなく「青春」だったと振り返ってみて思う。

中学校の三年間は心身ともに成長する変化の時だ。

そんな自分たちと重なるように、”変わらないもの 探していた”と歌っていたが、何が”変わらないもの”なのかは僕には分からなかった。

半年後には卒業という環境の変化が待っているのに、”終わってく物などない”ような気もしていた。

二度とは戻らないこの時間が
その意味をあたしに教えてくれた

奥華子『ガーネット』より


ただ、その時その時の今の積み重ねが、結果として「青春」と呼べる時間だったのだと思う。

過ぎ去って初めて、その時の意味と輝きを知る。

時は過ぎ、僕も大人になった。
それでも、あの時、一生懸命に取り組んだ事実と経験は今も変わらない。


あのころを胸に焼き付けて


振り返ってみると、良い時間だったと思う。

それでも「戻りたいか?」と問われたら「NO」と答える。
正直、辛いことの方が多かった。

今の方が充実しているので、あの時の自分に「未来で待ってる」と伝えに行くような気持ちでnoteを書いている。

あなたと過ごした日々を この胸に焼き付けよう
思い出さなくても大丈夫なように

奥華子『ガーネット』より


あのころの日々は思い出さずとも、経験として僕の中で生きている。
だからこそ、過去には戻りたいとは思わない。

”時を超えてく思いがある”ので、今と未来を楽しむことで、あの時の自分も報われるはずだ。

僕が指揮者をしていたことなんて、覚えている人もいないと思う。

それでも、一生懸命に取り組んだ日々がそれぞれの中で生きていたら良いなと願っている。

ちなみに、ピアノを弾いていた幼馴染と「時かけ」のような爽やかな恋模様は一切ない。

彼女が描く理想の男性像と180度離れたところに僕がいて、よく喝を入れられていた。
中学卒業後は持ち前の華やかさが開花し、絵に描いたような陽キャになっていった。

先日、インスタのストーリーで結婚したことを知ったので、DMを送ったところ、当時と変わらない様子で返信がきた。

見た目が変わっても、変わらないものもある。


変わらないものは、今も


普段から聴いているのに、なぜ今回はあの頃に想いを馳せたのか。

それは『THE FIRST TAKE』という一発撮りの真剣勝負で、あのころと変わらない華ちゃんが、緊張しながらも歌い上げていたからかもしれない。

「そういや文化祭はこの時期だったよな」と思い、振り返ったところ、毎年11月3日"文化の日"に行われていたことを思い出した。
奇しくも、今日であれから18年だ。

あれから、変わったことも、変わらないことも、僕の中にある。
改めて過ごした日々を胸に焼き付けて、次の季節へと巡っていきたい。

そんなきっかけをくれた『変わらないもの』と『ガーネット』だった。



*イケナイ太陽、2000年代後半の当時の記憶についてはこちらのnoteに書いています。よろしければご覧下さい。

*今までの記事はこちらから。
気になる曲があれば、ご覧下さい。


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