その違和感は正しい 第5章 諦めの違和感
若者から見た日本社会の制度疲労
第5章 諦めの違和感
静かに広がる「期待しない社会」
日本の若者について語るとき、よく使われる言葉がある。
それは
草食系
無気力
安定志向
挑戦しない世代
といった表現である。
こうした言葉は、若者がかつての世代に比べて消極的であることを示すものとして使われる。
しかし本当にそうだろうか。
もし若者が本当に無気力なのであれば、
社会はもっと静かなものになっているはずだ。
しかし現実には、若者は多くのことに関心を持ち、
情報を集め、
社会を観察している。
ただ一つ違うのは、
社会に対する期待の持ち方
である。
期待の社会
高度経済成長期の日本社会には、
期待
があった。
努力すれば生活は良くなる。
会社に入れば将来は安定する。
日本の経済はこれからも成長する。
こうした期待は、社会のエネルギーでもあった。
人々は未来を信じて働き、
企業は拡大を続け、
社会は前へ進んでいった。
この時代の日本社会は、
期待の社会
だったと言える。
期待しないという選択
しかし現在、多くの若者は社会に対して過剰な期待を持たない。
会社は一生守ってくれるとは思っていない。
政治がすぐに社会を変えるとも思っていない。
努力が必ず報われるとも思っていない。
この態度は、しばしば
諦め
として説明される。
しかし実際には、もう少し複雑である。
それは単なる諦めではなく、
期待を調整する行動
なのである。
もし制度が完全に信頼できないなら、
過剰な期待を持つことはリスクになる。
期待が大きいほど、
失望も大きくなる。
そのため若者は、
最初から期待を大きくしない
という行動を選ぶ。
SNSと承認の社会
この変化は、SNSの世界にも現れている。
SNSでは、
バズる
フォロワーが増える
影響力を持つ
といった現象が注目される。
一見すると、SNSは新しい成功の舞台のようにも見える。
しかし実際には、そこには強い不確実性がある。
バズるかどうかは予測できない。
人気は突然消えることもある。
SNSの世界は、
偶然に大きく左右される空間
なのである。
そのため、多くの若者はSNSに参加しながらも、
そこに人生を賭けるわけではない。
どこか距離を取りながら関わっている。
これもまた、
期待をコントロールする行動
である。
静かな現実主義
現在の若者の態度は、
無気力でも、無関心でもない。
むしろそれは、
静かな現実主義
である。
社会が不確実であるなら、
大きな期待を持たない。
制度が完全ではないなら、
制度に依存しすぎない。
未来が見えないなら、
小さく確実な選択を重ねる。
こうした行動は、外から見ると消極的に見えるかもしれない。
しかし実際には、
環境への適応
でもある。
諦めの社会学
ここで重要なのは、
諦めという行動をどう理解するか
である。
一般的には、諦めは否定的に捉えられる。
しかし社会学の視点から見ると、
諦めは必ずしも弱さではない。
それは
社会環境に対する合理的な反応
である。
もし制度が信頼できないなら、
制度に過度に依存しない。
もし競争が激しすぎるなら、
競争の外側に居場所を探す。
こうした行動は、
社会の変化に適応する一つの方法なのである。
違和感のもう一つの形
若者が感じている違和感は、
必ずしも怒りや反抗として現れるわけではない。
むしろ多くの場合、それは
距離
という形で現れる。
会社に過度な期待をしない
社会に過度な関心を持たない
制度を絶対視しない
こうした態度は、
社会との距離の取り方
とも言える。
そしてこの距離感こそが、
現在の若者の特徴でもある。
若者へのメッセージ
もしあなたが、
社会に対して大きな期待を持てない
将来について楽観的になれない
そう感じているなら、それは決して異常ではない。
それは、
社会の現実を見ている証拠
でもある。
しかし同時に、ここで忘れてはいけないことがある。
期待を持たないことは、
未来を諦めること
ではない。
社会は常に変化している。
古い制度が疲労したとき、
新しい社会の形が生まれる。
そのとき必要になるのは、
現実を見る目
と
新しい視点
である。
そしてその視点を持っているのは、
まさに
いま違和感を感じている世代
なのである。
