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組織の経済学への誘い

今回から「組織の経済学」の連載を開始する。新古典派経済学は「市場」の機能に関する理解を深めてきたが、組織の経済学ではそこで捨象されてきた「企業組織」を新たな資源配分メカニズムと捉え、焦点を当てる。今回はイントロダクションとして、その中の二大領域、企業の境界論と内部組織論における問題意識や研究動向を概観する。連載マガジンはこちら。


市場経済における企業組織

ミクロ経済学の主流派である新古典派経済学は「市場という資源配分メカニズムを分析する学問」である。市場は価格をシグナルとして各参加者に意思決定を促し、その結果として需給調整がもたらされる分権的な資源配分メカニズムである。その中に登場する企業は組織にもマネジメントにも言及されないブラック・ボックスであり、消費者とともに市場への参加者として登場する。企業の特徴は生産関数として記述され、資本、労働力、原材料などのインプットを製品やサービスに変換しアウトプットとして販売する主体であり、常に最小費用/最大利潤を達成する非常に優秀な経営を行っている。

このように単純化された企業のモデルは複雑な資源配分の仕組みを分析するうえでは極めて有用だが、その内部で経営者や従業員がどのように関与してインプットからアウトプットへの変換を行っているのかについては何も記述されていない。あたかも将来を完璧に見通せる非常に優秀な起業家が全てをプログラムし、それをミスなく淡々と実行する機械のような存在である。

しかし現実の企業組織は、部品を正しく組み合わせて決まりきったメンテナンスを施せば動かせる機械では全くない。そこには異なる目的を持ったメンバー同士の交渉や政治的駆け引き、階層構造と意思決定プロセス、組織文化の醸成といった多くの集権的要素が介在する。そのような「企業組織という非市場的な手段」が、集権的な資源配分メカニズムとしてどのように機能するかを分析するのが本連載のテーマである「組織の経済学」の目的である。

組織の経済学は、大別して2つの側面に分けて考えることができる。①企業と市場を異なる資源配分の仕組み・制度と捉え、どのような場合に企業/市場が有効に機能するか/しないのかを分析すること、②企業のブラック・ボックスを開け、内部組織の様々な特徴や機能を明らかにすること、である。

前者は「企業の境界論」と呼ばれ、市場における企業間の関係(between firms)を取り扱う。この分野はCoaseやWilliamson、Hartら歴代ノーベル経済学賞受賞者の貢献があり、経済学による研究が歴史的にも評価されている分野と考えてよい。また、後者との区別のため組織の経済学における「Coase的側面」と呼ばれることもある。主な研究テーマとしては、垂直統合やサプライチェーン、水平統合とコングロマリット・コーポレートストラテジー、企業間の契約(フォーマルなもの、関係的なもの)、ハイブリッドな組織形態(アライアンス、ネットワーク、ジョイントベンチャー)などが挙げられる。

後者は「企業の内部組織論」と呼ばれ、企業の内部(inside the firm)を取り扱う。企業の境界論と比較すると、歴史的には経済学がバックグランドをさほど有しておらず、長い間社会学的に接近されてきた分野である。相対的にはこちらの分野が近年の組織の経済学における世界の先端領域で、発展著しい分野である。主な研究テーマとしては、意思決定(パワーと政治行動、組織文化とリーダーシップ)、雇用(ペイ・フォー・パフォーマンス、スキル開発、ヒューマン・リソース・プラクティス)、ストラクチャーとプロセス(ヒエラルキーと代替的形態、資源配分)などが挙げられる。

組織の経済学における2つの側面

以下では、各論の詳細に移る前のイントロダクションとして、組織の経済学の両分野にてどのような問題意識のもと研究が行われてきたのか、企業の内部組織論については直近の研究成果を紹介しつつ、企業の境界論については時代を画したCoase (1937)の問題意識を起点として、概観していきたい。

企業の内部組織論:違いを真剣に考えろ

「企業の内部組織論」を探求していくと、最終的には「資本$${K}$$や労働$${L}$$などが同じでも、企業による違いが生じるのは何故か」という問いに行きつく。何故成果が異なるのか。「一見すると同じような企業であるにもかかわらず、これらの企業の間にパフォーマンスの相違が見られ、かつ、それが永続しているのは何故か (Persistent Parformance Defferences among Seemingly Similar Enterprises;PPD among SSE)」、更により端的には「違いを真剣に考えろ (Take heterogeneity seriosly)」が近年の組織の経済学の最大のリサーチアジェンダとされる。

また近年、World Management Survey (WMS)により、システマティックなインタビューによるデータセットの整備とこれを用いた計量経済学的手法により経営の良し悪しを計測しようとする実証研究が進展し、組織の経済学研究に大きな影響を与えつつある。長らく経済学は生産性の相違の背後にある「経営力(マネジメント)」を軽視し続けてきたが、企業間あるいは国家間の全要素生産性(TFP)の差の約$${\dfrac{1}{4}}$$から$${\dfrac{1}{3}}$$もが、資本$${K}$$でも労働力$${L}$$でもなく経営力に起因することが計測された。

この研究から経営力の差異が永続する要因として、良好なマネジメント・プラクティスが全般の企業に採用されない理由についても見出されており、①製品市場における競争が激しいほど経営力スコアが高くなる傾向、②ファミリー企業の場合に同スコアが低くなる傾向、③従業員の大卒比率が高くなると同スコアが高くなる傾向、④優れたマネージャーは自社のマネジメントを過小評価し、そうでないマネージャーは自社のマネジメントを過大評価する傾向、の4つのポイントが導き出されている。

企業の境界論:市場か、企業か?

Ronald H. Coase, "The Nature of the Firm" (1937)は「企業の境界論」について時代を画した論文であるだけでなく、組織の経済学の発展の中でも時代を画した論文である。Coaseの問いかけは「何故全ての経済取引は市場で行われないのか。市場(=価格をシグナルとした需給調整)が効率的ならば、何故企業が存在し、そこで別の資源配分の形態がとられるのか」であった。

Ronald Coase (1910-2013)

それに対するCoaseの回答は「市場を利用するためには『コスト』が存在するから」である。このコストの存在により、企業は市場よりもコストが低い時に生まれるものであるとし、資源配分調整メカニズムとしての企業を、市場と対比的に考察した。ここで想定されている市場のコストとは、①取引相手を見つけるコスト、②交渉し価格を見つけ契約するコスト、③交渉コストを節約して長期契約にしようとすると柔軟性が欠ける(=将来に生じる全ての事象を契約に盛り込むことができない)コストである。特にCoaseは(市場における1回限りのスポット契約ではなく)長期契約における資源配分の方向性に影響力を有する存在が企業であり、そこで生じる問題の核心は、長期において完全な契約を結ぶことができないこと(不完備契約)にあると指摘した。

Ronald H. Coase, "The Nature of the Firm" (1937)

それでは逆に、企業組織が市場コストを節約できるのであれば、何故全ての取引は企業で行われないのか。何故巨大な一つの企業が発生せず、規模に限界が生じるのか。Coaseも上記の問いに一定の回答を与えたものの、これらの問いを整理し、Coaseの分析を一段精緻化させたのはWilliamsonである。

Oliver Williamson (1932-2020)

企業規模の限界に対するWilliamsonの回答は「企業組織の利用にも、規模拡大に伴いコストが発生する」であった。更に上述の市場コストの議論と併せて「取引費用」という枠組みで統一的な説明を試みた(取引費用の経済学)。具体的には、企業統合のコストとして、Williamsonは下記3点を指摘した。

  1. 管理する傾向が強まること:不確実性を定型化し、以前の型にはめて意思決定しようとする傾向や、組織の維持のような本来の目的でない副次的な目的を従業員が追求する傾向

  2. 許容度が大きくなること:取引条件を満たせなかった場合の処罰は市場取引の方が厳しく、逆に企業内部の活動が遵守徹底されないこと

  3. 政治的な影響:内部取引を優先し、非効率的な設備が温存される場合など

更にWilliamsonは、市場/企業組織を利用する際に取引費用が発生する根本原因、つまり「何故契約は不完備とならざるを得ないのか」についても考察を深めた。鍵となるとのは、人間に備わっている2つの特性、①限定合理性(神経生理学的・言語学的な限界)、②機会主義である。

前者の1点目について、人間の認知には限界があるため将来のあらゆる不確実性を考慮して市場取引の契約を結ぶことは不可能(契約が不完備となる)で、この事実が市場における取引費用を増大させている。これに対し、取引相手を垂直的に統合して内部取引としてしまえば、その都度発生した事象を踏まえて部門間で擦り合わせを行えばよく、事前に複雑な契約を結ぶ必要もない。当然不確実性には直面するため内部取引にした場合も取引費用をゼロにはできないが、低減させることは可能と考えられる。

前者の2点目の限界は、バックグラウンドが異なる人間同士で、自身の有する知識や感情を相手に100%伝えきれないことである。例えば自社の提案に対して相手が「考えておきます」と回答した場合、文字通り検討しようとしているのか単なる断り文句かの判断が難しく、自身と相手の認識が逆だった場合に、自身のその後の行動が裏目に出る可能性がある。このような事態を防ぐため企業組織内では報告のフォーマットを定める、言葉の定義を揃えるといった「コード化」を行い、言語的限界による取引費用の低減を図る。

後者の機会主義とは「自らの利益を追求する機会があれば、人間はそれを利用する性質」である。取引相手に伝えると自身に不利になることは伝えない、突然の状況変化で自身が有利な立場となった際、それを利用して自身に有利な契約を結ぼうとする、などが機会主義的行動である。例えば市場で多く流通している汎用品(一般的な規格のねじなど)の販売取引では、ある買い手A社に安値で吹っ掛けられたとしても、すぐに他の買い手候補を探索し、もっと高い価格で販売することが可能となり、A社の機会主義的行動はさほど問題とならない。

一方、自社商品がB社の製品に固有の特殊な部品(特注品のねじなど)となると、その部品の買い手候補はB社のみに絞られる。その状況下ではB社以外に販売不可能のため、B社の言い値で販売せざるを得ない事態となる。つまり機会主義が取引相手の少数性と結びつくと、市場取引は一方にとって不利(取引費用が増大する)な状況となる。これに対し、B社を垂直的に統合し内部取引化してしまえば、統合後の組織全体の利益を損ねてまで各部門が機会主義的行動を採る可能性は抑制されるだろう。更に部門間の調整が必要な場合も経営者が裁定を下すだけで済むので、取引費用を低減できる可能性がある。この点から、企業組織が「上下関係のない仲間集団」ではなく「階層組織」という形態を採りがちな理由についても説明を与えている。

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ここまでの議論を総括したものが、以下の図である。横軸は「取引困難度」を表し、右に行くほど多くの取引費用(限定合理性や機会主義に起因する情報非対称性や契約問題、モラルハザードなど)を惹起する可能性が高い複雑な取引である。縦軸の「効率性」は、その取引によって社会全体が獲得する余剰の現在価値であり、例え機会主義的行動によって自社の利益が最大化されたとしても、その結果社会全体の利益が最大化されるとは限らない。赤線が市場、青線が企業で、それぞれ実線が現実に観察される取引形態である。

図の中で左側に位置する相対的に簡単な取引($${Q_1}$$と$${Q_2}$$の領域)、例えば1kgの塩の取引であれば、複雑な企業組織は必要ない。塩の価格はどこも概ね同じであり、取引費用と言えば、袋の中の塩を覗き込み砂が詰め込まれていないかの確認のみで済む。この場合は明らかに市場取引を利用した方が、企業内取引を用いるよりも効率的である($${Q_1 > Q_2}$$)。

一方、右側の相対的に困難な取引($${Q_3}$$と$${Q_4}$$の領域)、例えば自身が製薬企業でバイオベンチャーの買収を検討している場合、取引費用は跳ね上がる。バイオベンチャーへのDD(デューデリジェンス)を行う場合、事業・財務税務・法務の各観点で精査を行うメンバーをその都度市場から採用していたのでは手間暇が膨大かつメンバーの質も担保されない。そうではなく、業界や買収実務に精通した社内メンバーでプロジェクトチームを発足し、必要な外部知見は専門家から収集する方が遥かに効率的である。この場合は市場取引を利用するよりも、企業内組織を用いる方が効率的である($${Q_3 > Q_4}$$)。

市場取引を用いる場合も企業内取引を用いる場合も、取引困難度の上昇に伴って取引費用が増大し、社会的余剰が減少していくことは共通しているが、両曲線の交点の右側の領域においては企業内取引の方が企業間での取引よりも効率的となり、多くの社会的余剰を生み出せる。この点は、Coaseの問題意識に対応している。

またこの図には、市場取引と企業内取引を比較する際の実証上の困難さも表現されている。重要な点は「一定の取引困難度」を所与とした時の市場取引と企業内取引の比較($${Q_1}$$と$${Q_2}$$の比較、$${Q_3}$$と$${Q_4}$$の比較)である。一方、現実に観察される市場取引と企業内取引を直接比較すれば($${Q_1}$$と$${Q_3}$$の比較)、現実に観察される企業の方が効率性が悪いのは当たり前であり、この点注意を要する。例えばトヨタはケイレツ部品メーカーとのグループ内取引を重視し、この点で他の市場調達を行っているOEM(韓Hyundaiなど)と比較し右側に位置するが、グローバル化に伴いグループ内取引から市場取引に移行($${Q_3}$$から$${Q_4}$$)した時の負の影響は、より右側に位置するトヨタの方が大きい可能性がある。このように、現実の企業分析における比較対象は何か、常に気を配らねばならない。

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ここまで、組織の経済学(とりわけ企業の境界論)の端緒となったCoaseとWilliamsonの議論を概観した。企業の境界論とは、上述の通り具体的には「Make or Buy (自社内で製造するか、市場を通じて調達するか)」の決定問題に行きつく。CoaseとWilliamsonはこの問題の重要性を指摘したものの、フォーマルな(=数式で記述された)モデルは与えなかった。この点、後続の研究によって様々なモデルが与えられ、さらに議論が深められていった。

本連載は次回以降、「企業の境界論」におけるフォーマルモデルに関する議論に移る。まずはCoase/Williamsonの思想に最も近いアダプテーション理論から取り上げ、後続のより発展的な理論においても理解を深めていく。その後、理論間の相互関係や考え方の差異についてまとめる。境界論についての議論に区切りがついた後、内部組織論についても議論を進めていきたい。

次回はこちら。

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