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連載#10│ハイヤーパワーから届けられたメッセージ




穏やかな時間があった記憶など
一瞬で遙か彼方へと消えていきました。


「やっぱり…」と、抱いていた不安は
見事に現実となり、それを知ったとき

司の再使用のきっかけが、思いも
寄らないところからだったことに
驚愕しました。


沸々と沸き上がる怒りの矛先は、その
きっかけとなった人物にも向かい

それからは、以前を上回る勢いで
司もわたしも、狂気へと逆戻りの一途でした。


相も変わらず世間体を気にするあまり

司が次から次へと引き起こす問題の
尻拭いに追われながらも

結局彼の全てに一喜一憂し、いったい
どっちが薬物の使用者なのかすらわからなく
なるほど、異常なまでに囚われていた
わたしは

来る日も来る日も、終わらないゲームを
繰り広げました。



そんな中で、わたしはパソコンを購入
しました。

自分ではもう抱えきれなくなった感情を
ぶつけようと、恐る恐るブログを開設。

インターネット自体が怪しいと思われて
いた時代で、その普及もまだまだ一巡化
してない頃の当時でしたが

それは後に
回復に向かい始める、最初の大きな
きっかけをもたらしてくれるものと
なりました。



法に触れる問題なだけに
カミングアウトできない苦しみをいつも
抱えていたわたしにとって

唯一 吐露できる居場所ができたことに
夢中になり

辛さや苦しさ、悲しさ、寂しさといった
やるせない気持ちをその都度 

ブログにすぐに吐き出せることが
自分を救う手段になっていきました。


一人、また一人と、コメントをくれる
人たちが増え始め、気持ちに寄り添って
くれるようになったその人たちに

いつの間にか、支えられていることを
感じはじめ

所詮バーチャルではあったけど、何も
隠さないでいいその世界で

水を得た魚のように、伸び伸びといれる
自由がそこにはありました。



安心と安全の中で気持ちを吐き出せる
その場所は、大切なこころの拠り所に
なっていきましたが

反面、その頃のわたしは、ブログを書いて
いる以外は、数少ない薬物の情報をパソコンに
かじりついて貪る毎日で

そういった情報に触れていないと、司の
いない時間がやり過ごせないほど、酷い
共依存状態でした。



現実とバーチャルの世界を行き来しながら
現実すら幻想のように

”わたし”という存在は、わたしとして
そこにいない日々。

司の薬物問題を抱え、既に10年という
年月が経っていました。



心身も疲れ果て、正気を繋ぎ止めるのにも
限界が近づいていたある日

その日もパソコンにかじりつき、薬物関連の
情報を貪っていたときでした。



画面が変わった瞬間
その画面の真ん中に映し出された一文だけが
目に飛び込んできました。





”あなたがどうにかしようと思っていませんか”





目にした瞬間、いきなり肩から大きな大きな
何かがバサバサッと落ちていった体感と共に

体の奥深くから突き上がるように涙が溢れ

何が起きているのかわからないまま
わたしは、なぜかわーわーと声をあげて
泣いていました。





それは、とても不思議な体験でした。





はっきりと体に感じたその感覚と

意識とは別の場所から大波のように
押し寄せた涙。


本当に、飛び込むように目に入った
その一文は

わたしをはっきりと目覚めさせました。





あのときのそれは
きっとハイヤーパワーの計らい
だったんだろうな、と

後に繋がった家族会で学んだのでした。





あの日のこの出来事は、わたしを
幻想から現実へ引き戻すように

わずかに残っていた正気を
繋ぎ止めてくれたように思います。


自然に涙が止まるまで泣きつくして
しばらくその場で放心状態でしたが

ふと我に返ったとき

”わたし”がわたしとして、そこに存在して
いることを感じました。


それはまるで、長い間どこかに出かけ

留守にしていた家に帰ってきた感覚に
似ていました。




わたしは、このときの体験で
この世には目に見えない偉大な力が働い
ているんだということを、体感として
実感しました。


そして、あの一文の意味に、あのとき
ようやく気づいたのです。



わたしはよく、こう言っていました。



わたしのことを思ってくれて
いるなら…

家族を大切に思っているなら…

意志を強く持って止めるはず。

大事なものを失いたくなければ
止めれるでしょう、と。



これは、風邪を引いたパートナーや
家族に向けて

わたしを思ってくれているなら
風邪なんて引かないでしょう… と
言っているのと同じ。

そして、わたしがやってきたことは
本人に出されている風邪薬を

本人に代わってわたしが飲みながら
なぜ治らないの?と本人を責めるのと
同じこと。



薬物依存症は、本人の問題。



なのにわたしは
”わたしがなんとかしなきゃ”と

全てを代わって、どうにかしようと
することを愛だと誤解したまま

きっと、幾度もあった彼の回復のチャンスを
奪ってきていたんです。



外側から、他人事として客観的に見る
ことができていれば、容易に気づけること
でも

なかなか気づけないのが共依存状態で
あり、家族病と言われる病態。



感情的に巻き込まれた状態は、あの一文に
あったように、知らず知らずに自分と他者との
境界を曖昧にさせていた現われでした。



”あなたがどうにかしようと思っていませんか”



ようやく
どうにもならない変えられないこと、に
躍起になっていた自分に気づき始めた、これが
兆しでした。


=====

次は

『内観の旅の始まり』に
ついて書いていきます。


※本記事は、許可なく複製・複写・転載・流用することを固く禁じます。




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