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連載#07│微かな変化と葛藤、迷いの結末

季節はすっかり冬となり、辺りは
雪景色となりました。


なにをする訳でもなく、ただただ
過ぎ去る時間をやり過ごすだけの日々。


司が逮捕されて間もなく、借金の取り立てに
朝イチから玄関のチャイムが鳴り

じっと息を潜め、立ち去るのを
待つ日が多くなりました。


チャイムが鳴ると、2歳の長男にシーっと
合図し、次男が泣き出さないよう哺乳瓶や
おしゃぶりをくわえさせながら息を潜めたり…


取り立てて良い時間の朝8時から待ち伏せ
され、夜9時まで外で待機されるようになると

朝7時には家を出て、夜9時を過ぎるまで
帰らないでいる、といったことを繰り返し
ました。


なにをどう取り立てられても、一銭も
払えないほど家計が底をついていたことは
もちろんだけど

それより、そんなことを話す気力も
考える気力もなかった。

取り立てを避けることで、子ども達に
向けるエネルギーを消耗しないように
することが精一杯でした。


司が逮捕され、3週間近く経った頃
最初の手紙が送られてきました。

そこには、今までの反省と謝罪…
待っててほしい…  と綴られ、そして、接見が
とれたから面会に来て欲しい…   

会いたい、と。


空っぽになっていた時間に
微かな光が射し込んだように感じました。

そして、手紙を読みながら
長い時間忘れていた温かいモノが込み上げ
涙が頬を伝うわたしの頭を

「タータン…  よしよし」と言って
当時2歳だった長男が抱きしめながら撫でて
くれたことを、今も鮮明に覚えています。

当時のわたしの正気は、子ども達で
つなぎとめられていました。


司から届いた手紙は本当に嬉しくて、わたしの
心は踊りました。

でもなぜか

ふと、わたしが甘やかし過ぎてきたのでは?と
一瞬脳裏を過ったのです。

そして、本当は以前から薄々感じていながら
自分自身のそういった態度を正当化し

彼に囚われることの理由を、彼の問題行動の
せいだけにしていたことに気づき始めたことを
なんとなく自分で捉えたのでした。


司が逮捕され、強制的に引き離されたこと。
それからの、子ども達と過ごしてきた時間。

向き合おうとしてそうした訳ではなかったけど
自分の中に感じたモノを味わうしかなかった
時間が、わたしに変化をもたらしていました。



わたしは、心を奮い立たせました。

わかってかわからずか…
わたしをいつも笑顔で優しく包んで
くれた子ども達…

目の前にずっと居てくれ、わたしを真っ直ぐに
見つめていてくれた息子達なのに

心を持って、ちゃんと見ていなかった自分に
気づいて恥ずかしかった。


これからは、子ども達と積み重ねていく時間を
もっと大切にしたいと思いました。


そうして、離れた時間によって見失っていた
自分を、わずかながら取り戻し始め

手紙がきた翌日から、本当に長い間忘れていた
落ち着きと、穏やかさの中にいました。


長男が頭を抱きしめてくれたあの出来事が
なければ、たぶんわたしはすぐに司に会いに
行っていたと思います。

それが、このチャンスを無駄にするな…  と
なぜか誰かに言われている気がして

わたしは、面会に行かないことを
決めたのでした。


ーーーーー


それから5日後辺りだったか、2通目の
手紙が届きました。

わたしたちの生活の心配がいくらか
書かれてはいたけど

会いたいから来て欲しいということ。
差し入れしてもらいたい物があること。
いくらかお金を入れて欲しいということ。

何度読み返しても、わたしには
自分が優先の内容にしかとれないものでした。


会いたい気持ちは溢れていたけど、心を鬼に
して返事も書かず、会いにも行かず。


それからまた数日後、彼に面会に行った数人の
友達が入れ替わり立ち替わり訪ねて来ては

司からの伝言や、そのときの様子を知らせに
来るようになりました。


司は元々人懐こい性格で、友達は多く
その時訪ねて来てくれたのは薬の絡みがない
長年の友達で

逮捕された司をそれでも見捨てず、更生を
支援しようとしてくれていたのです。


わたしや子ども達のことも気にかけて
くれて、その気持ちは嬉しかったけど

それでも面会に行くことはできないことを
伝えると、残念そうではありながら
わたしの気持ちの理解に努め、尊重を
してくれました。


その友達は、それからも面会に行く度に
諦めずその足で訪ねてくれたけど

わたしの決心は変わらず、だんだんとその
友達の足も、遠のくようになっていきました。


ーーーーー


司が逮捕されて、既に2ヶ月が経とうと
していました。


彼と知り合ってから、こんなにも顔を見ず
会わない日はなかった時間が過ぎ、わたし自身も
かなり冷静さを取り戻した頃

公判の日取りが決まり、担当の弁護士だという
人から電話がありました。


証人喚問で、公判に出席をという内容の
電話でしたが、それもその場で断り

そして、逮捕される前に書いておいて
もらった離婚届を、既に提出している
ことをその電話で伝えたのでした。


ちょうどこの弁護士からの電話がかかる
前辺りから、時折生活を心配して訪ねて
来るようになっていた

司が親交していたヤクザがいました。


届いた手紙に、金銭的に困るようなら
自分が出たら返すから、その人から貸して
もらえといったことが書かれていたことも
あって

生活用品を買って届けてくれることに
黙って甘えていた頃。


そうこうしているうちに、司を介さないで
接触することで違う感情が芽生えたと伝えられ

こども達も含めて面倒を見させてほしいという
申し出があったのです。

そして、司のことを
「あいつは必ずまた薬に手を出すから
別れた方がいい」と…


確かにそうかもしれない… と
頭をかすめました。


それでも、その人に全く男性としての
興味が持てなかった。

ただ、生活に困窮し、次男に飲ますミルクすら
既に買えない事実がそこにあり

実家の母からも、司と離婚しないなら敷居は
跨いでくれるな、と言われていたことがずっと
引っかかっていたんです。


子ども達を連れて行ってやれるとこすら
失くしたことを悲しく感じていたことも
相まって、悩み抜いた末に

ヤクザを辞めるなら、と条件を出すと
その人はあっさりその条件を受け入れました。

本当はそんなことはないだろうと思いながらも
もうどうでもいいと思うほど、そのときのわたしは
働く精神力も湧かず、少し楽を選びたいと思って
しまったこと…

なにをおいても子ども達を一番に
守らないといけなかったこと…

ヤクザを辞めると言わせてしまったことも
あって、結局、申し出を受けてしまい
離婚届を提出したのでした。




元夫の逮捕によって、強制的に
引き離されたことは、正気を取り戻す
大きなきっかけになりました。

問題の渦中で、どっぷりと共依存だと
意識的に離れることは本当に難しく

自分を見失ってしまっていることにすら
自分では気づけない状態でした。


共依存関係に陥ることはあっという間
でしたが、そこから抜け出すのは本当に
容易ではなく

依存し合っている関係において、物理的な
距離をあけることは

回復に向かうために、最初の効果的な要因と
なることだと、振り返って感じています。


そして、離れなければ気づくことすら
できないことがあるのも然りでした。


いずれにしても、まだまだ薬物依存症に
ついて、何も知らない頃で

手紙に返信をしない、面会に行かないと
いったとこまでは、それまでの自分では
考えられない選択をした当時のわたしでした。

=====

次は

『どっちに行っても地獄なら
愛して止まない地獄へ向かおう』について
書いていきます。

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