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連載#01│アルコール依存・DV夫との離婚後、薬物依存の夫と結婚してしまう理由


バツ2のわたしは、
その結婚がなぜだか二度とも、
依存の問題を抱え、離婚に至りました。

一度目の結婚は19歳で、
4つ年上の、おぼっちゃま育ちな男性
(アルコール依存・DV)。

24歳までの5年で幕を閉じ、

二度目の結婚相手、
司〈仮名〉(のちに薬物依存)と
出会ったのは、

一度目の離婚する一年前辺り。

出会った当初は、一度目の元夫の、
妹の彼氏でした。

アルコール依存症の一度目の夫が、
目の前で暴れながら、

義父に手をあげようとするのを
必死に止めようとしたわたしに
加勢してくれたのが、

その義妹の当時の彼氏。
司です。

後に、
その一件から可哀そうだと感じ、
気になりはじめたと聞きました。

一度目の元夫は、
アルコール依存からのDVで、
当時のわたしは、いつも全身
あざだらけで、

いつしか包丁を持ち出すようになり、
「これ以上はもう一緒にいれない」、
そう思い、その一年後に離婚。

実家に戻って一ヶ月が経った頃、
二度目の結婚相手となった司(以前の義妹の彼)から、

「会って話したいことがある」と
連絡があり、なにも思うことなく
待ち合わせると、

思いがけず、
好意があることを告げられました。

当然からかわれてると思った
わたしは、すぐに申し出を断りました。

離婚したとはいえ、
時間が経っていなかったこと。

義妹の彼だったこと。

2つ年下ということもあって、
当初はとてもそんな対象で
見れなかった。

それでも、
自分の友人たちを交えて遊ぶときに
誘ってくれるようになり、

一緒に食事をしたり、
キャンプをしたりと、

過去の悲しい出来事を
忘れられるよう、

楽しませてくれる思いやりの
気持ちが、少しづつ伝わって
くるようになりました。


実は、一度目の結婚で授かった
息子が2人いました。

ある日のこと、
上の子を義両親が実家に連れて
帰っていたときのことです。

夫から監禁状態にされ、
電話線も切られてしまって
(携帯もない時代)、

どこにも助けを求めることが
できないでいました。

逃げたいけれど、怖くて
逃げられない。

そんなとき、
夫がお酒を買いに出た隙に、
「今しかない」と思い、次男だけを
連れて実家に逃げ戻りました。

でもその後、あろうことか、
連れて出た次男を義両親に騙され、
取り上げられてしまったのです。

実家の父に、
「自分が元気なら、取り戻すために
一緒に戦ってやりたい気持ちはあるが、
辛いだろうけど諦めろ」と、

父は難病を抱えていたこともあって、
泣く泣く説得されてしまいました。

それからしばらくは、毎朝目覚めると
枕カバーが涙でびしょ濡れになる日が
続きました。

そんな辛いときだったことも
あって、
司の優しさや気さくさに、いつの間にか
助けられている自分に気づきはじめ、

心の中に、だんだんと棲みつくように
なっていったのでした。


出会った当時は、
まさかまた、依存の問題を抱えることに
なるとは思いもしませんででした。

ただ、
彼から聞いた生い立ちが心に
引っかかったのに、

それが依存にどう影響するのかを
まったく知らなかった。

彼には思春期、シンナーで
補導歴がありました。

もともと薬物に対して耐性、
つまり、慣れがあったということ。

そんなことは、
やんちゃな思春期にはありがちで、
大人になった今には、なにも影響しない
ことだと、高を括っていましたし、
聞き流してしまったのです。

今思えば、それが自分自身にあった
共依存や恋愛依存という問題が、

あぶり出されることになる、
入り口でした。

自分の気持ちを正直に伝える
ことができない。

相手の顔色ばかりを気にする。

他者との境界をあいまいにしてしまう。

確固たる自分自身というものがしっかり
持ててなかった。

子ども時分の満たされなかった
依存のニーズから、

人に対する心理的アディクション
(ハマって溺れる)があり、

それをパートナーによって
満たそうとしていました。

つまり、
わたし自身に”関係嗜癖”という、
アディクティブな要因があったことが、
二度の結婚相手に、依存症者を選んで
しまった原因。

なかでも、
恋愛依存の強烈な要因である
サドマゾヒズムを働かせるのに、

わたしにとって依存症者は
格好の相手だったのです。

そして、
幼少期の、父に対してのいい子のフリや
従順でいながら怒りを溜めていたこと。

母には、構ってほしかったり
助けてほしかった気持ち。

過干渉と過保護、放任が
入り交ざった中で、

愛情を歪めて受け取って育った、
親との関係の在り方を相手に重ね、
無意識にあるニーズを満たそうとする。

他者とのかかわり方に対して、
自分なりのパターンがあることに、
後に気づいていくことになるのでした。

また、依存症を患う二人の元夫には、
共通点もありました。

一人は経済的には裕福な家庭で育ち、
一人は経済的に恵まれない家庭に育ち、

真逆ではあるものの、
彼らの家庭の内側は、機能不全だった
ということ。

要は、幼少期からずっと自分の感情を
置き去りにしたまま大人になり、

やはり、満たされなかったニーズが
生き辛さとなった、

いわゆる、アダルトチルドレン。

生きるために、
抱え込んできた怒りや悲しみの
矛先が必要で、

心の手当てをする術が、気分を
変えてくれる物質(アルコールや薬物)
だったということ。

たぶんきっと、彼ら自身も、
それによって引き起こる、
大きな痛ましい代償を払わなければ
ならなくなるなんて、きっと思いも
しなかったはず。

それが、
二人の元夫の共通点でした。


いつしか心に引っかかった
違和感など忘れ、

それから約一年半後、
わたしはお腹に3度目の命を宿し、
何も躊躇することなく、二度目の
入籍をしました。

そんな二度目の結婚も、入籍からわずか
半年後にはガタガタと崩れはじめ、

一年を過ぎた辺りから、
彼の行動に異変を感じるように
なります。

一度出かけると丸一日音信不通。

トイレに一度入ると、一時間以上
出てこない。

わたしのすることといったら、
せいぜい司の不信な行動を、
コントロールしようとすること
ぐらいしか思いつかず、

泣いたりわめいたりすることで、状況を
落ち着かせようとしました。

でも、
そのとき違法薬物である覚醒剤を
隠し持ってることなど、想像すらしてなかった。

「もしかして?」と、
疑いはじめたときには、薬を使用し始めて
既に一年という月日が経過していました。

なにが起きてるいのかまったく
理解できず、頭は真っ白になり、
想像などしたことのなかった
目の前の現実は、

心臓を撃ち抜かれるほどの衝撃と、
過去感じたことのない怒りと絶望感。

わたしの方が、
正気を忘れた魔物のように荒れ狂い、
凄まじい形相で彼を責め立てたのでした。


司が、覚醒剤という違法薬物に
手を出していると知ったとき、
心は張り裂けそうでした。

これからどうすればいいか
わからないまま、

それでも、「支えなければ」と
思い込んでいた。

何とか薬をやめさせようと、
必死になって怒ったり、泣いたり、
優しくしたり。

何度も自分を変えてみたものでした。

でも、何をしても状況は変わらなかった。

薬物使用は、周囲の家族や身近な人が
気づいたときには、
このように、既にかなりの時間が
経過しています。

問題が表面化したときには、
本人の依存度はかなり進行して、
止めれない状態になっていることがほとんど。

そして、わたしのように本人を
責めること、叱ること、怒り狂い、
泣き叫ぶことをしがち。

そんなことを想像などしたことも
なかった人にとっては、むしろ自然な
反応ではあるものの、

これが本来は間違った対応となり、
逆に薬を使い続けることを助長して
しまうことになるのです。

そういったことについてなど、
まったく知らなかったわたしにとって、

これが、辛く、長い、終わりの見えない
時間のはじまりでした。


次は

『依存心の成り立ちと“愛”のつもりで
壊していたもの~薬物使用が明るみになるまで』

について書いていきます。

※本記事は、許可なく複製・複写・転載・流用することを固く禁じます。







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