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連載#05│わたしの中のサド(加虐性)とマゾ(被虐性)


幾日も同じことを繰り返すだけの
日々が続いていました。

そんな中、次男をお腹に宿したことに
気づいたわたしは、いずれこんな関係は
破綻すると知りながらも、

産もうか産むまいかを悩みながら、
それでも一応、司に妊娠を報告しました。

返ってきた言葉は予想通り。

「産めばいいじゃん」

彼は子どもが元々好きでした。
ただそれは、見てて可愛いというだけで、
父親としての責任が伴うということは
彼にとっては別問題。

自分の状態に危機感などは到底感じては
おらず、子どもが増えるということに
責任を持とうとする発言でないことは、
すぐに見てとれました。

なぜなら、それが彼の中にある
父親のモデルだったからです。


彼の父親はとても優しい人でした。
ただ、親であることの責任という部分に
ついては、やはり希薄さが目立っていた。

そして、自分が育ったようにしか
子どもに接することをしない親下では、
そのループは繰り返され、

司もまた、そんな父親によく似た
在り方や言動でした。

わたしは、
はなから彼の意見はどうでもよく、
本当はなんて言うのかだけを確認
できればよかったんです。

そして、彼の意見としてではなく、
自分の意思で、それでも産むことを
決めたのでした。


将来、司とずっとは居れないだろうと
想ったからこそ、長男に兄弟をつくって
やりたいと思いました。

もし何かで、わたしが先立つような
ことがあったとしても、長男を天涯孤独に
させたくないという気持ちの方が、
自分の中で勝ったからでした。

特になにかが、
良い方向へ向かうなどもなく、相変わらず
司は薬まみれの世界に囚われ、

わたしは、そんな彼自体に囚われたままの
日々が続いていました。


彼の薬物使用によって引き起こる、
あらゆる問題に口では
「自分のやったことは自分で責任をとって」
と言いながらも、

そんなときほど、
彼は上手にわたしを不安にさせ、
その不安から、結局彼の代わりに後始末を
するといった、本来は彼が引き受けるべき
責任をわたしが負い、彼をかばい、

繰り返すそのパターンで、
不健康な関係はどんどん破滅へと
向かうばかり。

それでも、
なんだかんだと言いながら、当時、
彼を助けることを無意識では誇らしく
思っていた自分がまだいたのでした。


幼少期の癖づいた受け取り方や
思い込みは、本当に根深く、

病弱な父を支えながら、わたしや弟を
育ててくれた母に、絶大な存在価値を
見ていた自分の無意識に、

なぜか、
「愛されるためには」
という前提を引っ付けてすり込み、

本来、見返りを求めて支えていた
わけでも、愛を与えていたわけでも
なかった母でしたが、

勝手に我慢をして、
いい子でいることでしか両親に
愛してもらえないという自分の
思い込みによって

愛は、
正義や思いやりを欠いた関係の上では
成り立たないということは抜け落ちたまま、
司との関係に当てはめ、

母のような、
存在価値を見出そうとしていたのです。

癖づいた自己犠牲的な在り方。

どんなにそれが嫌だったはずでも、
無意識に

「どんなことも我慢をしなきゃ」
「いい子でいなきゃ」 
「わたしが頑張らなきゃ」

といった、手に、手袋をはめるように
ピッタリと張り付いている、

慣れ親しんだ自分を苦しめる感覚を
探しては、その欲求を満たそうとして
いたんです。

司に依存をするというより、本当は、
子どもの頃にすり込んだ「苦しみ方」に
依存していたのだと、

これが、わたしの中のマゾ的な
「被虐性」の正体でした。


マゾヒズム(被虐性向)は、自分の
存在価値を見出そうとして、自分を
苦しめる欲求です。

自分の感情的な欲求を満たすのに、
薬物依存症者やアルコール依存症者との
関係によって感じるその苦しみに、
依存しがち。

逆にサディスティック(加虐性向)は、
罰する対象を必要として、

薬物依存症者やアルコール依存症者が
そういった役割にかないやすい。

また、
他の人をコントロールして支配力を
働かせるのに、依存症という病気を
患った当事者たちが格好の相手となる、
そんな状況のどれかが当てはまると、

薬物の使用や、
アルコールの飲用がない人の方が、
当事者より重い病気にかかっていると
言われます。

当時のわたしは、
父との関係の在り方から取り込んでいた
加虐性と、

母との関係の在り方から
取り込んでいた被虐性。

まさに、
わたしの中の”サドとマゾ”によって、
重症な”狂”依存状態でした。

そのサドやマゾは、
大人にとって都合のいい子どもと
してしか居れずに育った過程で、

自分のニーズが満たされないことへの
様々な怒りと、間違った我慢といった、

深層心理の奥深くに追いやってきた
本当の自分自身。

その、子どもの頃の自分の叫びが、
薬物問題を通して、狂気のように
炙り出されたのでした。

そして、そんなわたしの性質が、
司の薬物使用の進行を見事に支えて
いたと同時に、

何よりも優先して、
自分自身の治療が重要であることに
そのときまだ、気づけないでいました。


わたしが次男を出産した頃の司は、
誰から見ても、何かに侵されている
異様な姿にすっかり変わっていました。

骨に皮膚がはりついただけのような
気味の悪さしか感じない、ガリガリに
痩せた容姿。

目つきはいつも瞳孔が開いて、
ギラギラした状態。

異常なほどの糖分の摂取量。

わたしの彼を見る目つきも、
だんだんと気持ちの悪い、汚いものを
見つめるようになっていきました。


そんな傍らで、生まれた弟を可愛がる
長男の姿に励まされながら、

「産んで良かった」 と、
二人の息子たちを本当に愛おしく
感じたのを、今でもはっきり覚えています。

何があっても、どんなことが起きても、
わたしが食べることができなくなっても、

信念を食べて、この子たちを守ろうと、
わたしの正気は、子ども達によって
つながれていたのでした。


子どもは、
成長過程の環境や、身近にかかわる人を
モデルにして大人になっていきます。

親になるということの責任の考え方や
子どもへの接し方は、

ある意味、誰も「自分には責任がない」
わけです。

かといって、
じゃあ環境や親や、身近でかかわった人たち
だけの責任かと言えば、それもそのまた親や
大人の責任…と、

そういった解釈は、延々と誰かのせいに
するループとなるだけで、終わりません。

そうではなく、
生まれてから大人になる過程が、誰に
とってもいかに重要であるかの認識と、

その時間が本当に大切だという
理解の深まりを、

当時のあらゆる感情体験によって得れた
宝物だと、後の回復が進んだ頃に気づいた
のでした。


次は
『ガサと逮捕と”狂”依存と空虚』
について書いていきます。

※本記事は、許可なく複製・複写・転載・流用することを固く禁じます。



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