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連載#03│ある日のリアル~深層心理が及ぼす影響と無意識に操られる関係

司の顔を見るたびに、
その頃のわたしは嫌なことしか
言えなくなっていました。

そして、関係性は悪化する日々でも、
宿した命は、お腹のなかで日毎に大きく
なって、

時折穏やかに笑い合うわずかな時間を、
繋ぎ合わせるようにしていたわたしたち。

そんなある日、

司のどこからか、
目の前に小さな紙クズのようなものが
ヒラヒラと舞い落ちました。

ゴミだと思い拾い上げたその瞬間…

なにかに焦るような表情でわたしから
それを奪い取ったのです。

「え?ゴミ捨てるよ」と何気なく言うと、

「あっ、いいよ。これ、ちょっといるから 」
と、ポケットにしまい込むときの、

見たことのない、彼の一瞬の表情を
見逃しませんでした。

なんとなく感じた、嫌な予感。

それでも、そのときのわたしは、
せいぜいどこかの女の電話番号が
書いてあるに違いないと思っていました。

紙クズだと思ったそれは、
バンドエイドの包み紙の一部で、

クシャッとしたものではなかったから
よけいにそうとしか想像しなかった。

それでも、どうしてもそのときの司の
表情に感じた違和感と、嫌な予感が
拭えず、

彼が寝静まったあと、
脱いだ衣服や持ち物を、ハラハラしながら
探したのでした。

「あった…」

電話番号が書いてあるとばかり
思っていた、そのバンドエイドの
包み紙の一部。

でも、そこにはなにも書いて
ありませんでした。

薄暗い中で、
もう一度その紙をよく見ると、
妙に綺麗に貼り付けられていました。

ということは、
きっとこの中面に書かれているんだと
呑気に思い込んだまま、

貼られた部分を、
丁寧にそっと剥ぎとったその瞬間。


「え?」


頭が、真っ白になりました。

目の前にあるものがなにかは
わからないけど、

それでもなぜか、自分の想像の領域を
遥かに超えたものであることは間違い
ないと感じました。

バンドエイドの包み紙の中に
あったのは、

小さな小さなビニールパケ。

その中に、塩や砂糖なら隠す必要の
ないはずの白い粉。

生まれて初めて目にした、想像したことも
なかったその現実に愕然としました。

そして、過去 、体験したことのない
怒りが全身を駆け巡りました。

いえ。

本当は、  
本当は、
大きな大きな悲しみだった。

想い描いた幸せが崩れ落ちる音だけが、
わたしの中で鳴り響いたのでした。


怒りは、
その奥に絶対に譲りたくない
価値観が隠れています。

そして、怒りの正体は、悲しみ。

だとすると、怒るのではなく、
その悲しみをコミュニケーションする
ことが大事な場面だったということを、
ずっと後になって知ったのでした。


「どうか否定して」という
微かな願いを抱きながら、

現実の真相を確かめようと
容赦なく司を起こしたときには、

既に微かな願いなど忘れ、
鬼のような形相のわたしは、
確認ではなくそのことを決めてかかりました。

抑えがきかなくなった怒りによって
怒鳴り散らし、泣きわめき、責めたてる
ことしかできなかった。

そんなわたしを尻目に、
司は悪びれもせず、それが覚醒剤だと
認めたのです。


一瞬 、頭がまた真っ白になりました。


なぜなら、その姿がわたしの目には、
彼の正直さとして映ったからです。

意気揚々と説明する彼の言葉をそのまま
鵜呑みにして聞いていたわたしに、

司は言いました。

「いつでも止めれるから」  

疑うことなく、安易にその言葉を
信じたそのときのわたしは、こんなことを
思っていました。

彼をこれからも愛して疑わなければ、
きっとその気持ちに、当然応えてくれるに
違いない。

そして、わたしには
それを止めさせることができる、と。

そのとき

世間で禁止されること。
後ろ指を指されること。
白い目でみられること。

世間的に言われる悪行を平気でやる司を、
格好いいとさえ感じたわたし。

そのことに特別さを感じ、
違法となることですら恐れない彼に、

両親に抱いていた怒りを、まるで
解放してくれるかのようだった。

それでも一方では、
社会通念上あってはならない不法行為に
対して、父から擦り込んだ

「~であるべき」という思考にも
支配されていました。

その相反する思考が、
わたしを混乱と破滅に向けて、影響を
及ぼしていったのです。

まさに、共依存な状態であることなど
知りもせず、

むしろそのことを共有できてることに、
繋がりを感じるほど、間抜けでした。

司の「いつでも止めれるから」の言葉は
実行されることはなく、

当然それを止めさせることも、
わたしにできるわけがなかった。

そうしてそれは、
もともとは両親に対して、無意識に
閉じ込めていた怒りを、司にぶつける
きっかけにしかならなかったのです。


日増しに彼の言動を見張るように
なっていきました。

その頃は、司をコントロールしようと
すること以外に意識は向かず、完全に
自分を見失っていき、

そして、
そんなわたしに対する司の対応は、
無関心へと変わっていきました。

その対応に、更にわたしの怒りが
反応するといった悪循環。

でもそれは、互いの中にあった
幼少期に刷り込んだ無意識だったのです。


わたしは、
父の顔色をうかがい、嫌われることを
怖れながら機嫌を取ってきたのと同じ
ように、司の顔色をうかがっていました。

そして、嫌われないよう、
可愛がってもらえるよう、捨てられないよう、

今度は、従順に映るように、泣きながら謝る
といった、無意識の記憶にある遠い過去の
パターンを引きずり出していた。

口うるさい父は厳格でありながら、
過干渉と過保護が交錯する対応で、

なにが本当なのかわからなくなって
いたわたし。

両親の態度に、いつも疑心暗鬼でした。

そして、
「わたしは、愛されていない」という
思いを、ずっと握りしめていました。


両親も無意識にコントロールが働いて
いたということが今は理解できます。

それでも当時は、
このひとたちはきっと、わたしが
可愛いわけではないんだ、としか、
受け取れていませんでした。

司は司で、誰かと関係性を築くうえでの
「親密さ」を恐れていました。

子どもから大人へと成長していく中で、
人との親しい交わりや触れ合い、優しさや
情愛といったものを、

家庭で育む体験が乏しい生い立ちが、
彼の背景にはありました。


本来こどもは、みんな母親が大好きです。
甘えたいときに甘え、包みこんでくれる
優しさや愛が成長過程において不可欠。

そのプロセスで、まず身近な両親の温かい
保護のもと、親密さは育まれていきます。


「この世に、そんなことがあることすら
知らなかった」と、交際中に話してくれた
幼少期の喪失体験。

その体験を境に、欲しかった温もりを
得る機会が大きく失われ、そこから親密さの
育み方がわからないままに、失ったものを
無意識に探し求めていたのです。


怒りを露わにしたかと思えば従順になる
わたしに対して、

痛みや弱さといった傷つきやすい、人間的な
感情をあからさまにすることを司は抑えこみ、

無意識に擦り込んできた防衛という
パターンでしか、わたしに対応しませんでした。


司のなかにある落胆や苦しみをさらけ出し、
親密さを深めながら人間関係を築くという
プロセスは、

学べるはずの時期を奪われ、その代わりに、
それを避ける様々な方法を身につけてきて
いました。


無意識にある刷り込みで互いのとる行動は、
「心理的に距離ができる当たり前の一致」
だったのです。


身近で依存問題に遭遇すると、
誰もが混乱してしまうもの。

でも、依存心の成り立ちは、
ほとんどが幼少期に取り込んだ思い方や
受け取り方が、

人とかかわることや、困難を乗り越える
ときの、対処の仕方の土台になっています。

他者から見たら、
短絡的だとか浅はかだとか、社会の落ちこぼれの
烙印をつかれがちな依存症という病だけど、

わたしの共依存も含め、
それぞれにそうなりやすかった背景があり、

生きるために自分で手当てしたつもりが、
特定の何かに大きく偏ってしまい、上手く
生きれないでいる状態。

そしてそれは、
誰もが陥る可能性があること。

幼少期からの無意識に取り込んだことは、
依存症という病への引き金になりやすく、

人ととのかかわりに於いて、
少しでも理解のきっかけになれば、幸いです。


次は
『薬物依存という病が持つ武器』
について書いていきます。

※本記事は、許可なく複製・複写・転載・流用することを固く禁じます。



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