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連載#11│内観の旅の始まり


泣き尽くして我に返ったとき
はっきりと感じた、その初めての体感を
思い出しながら

一寸前の一連の流れを思い浮かべて
いました。


わたし、ではない
「意識側のわたし」が、その場面を再生しながら

あなたがどうにかしようとおもっていませんか

の 一文を、何度も何度も頭の中でリピートし
気づいていなかった「わたし」の心理に意識を
向け、無意識とコネクトしていました。


長い間、自分のことではないことに
囚われ続け

勝手にどうにかしなければと、他人の問題を
コントロールしようとしていた自分の無意識の
存在を、初めて認知したのです。



司の薬物問題に対して、初めて降参したと
いうより

自分のことではなかったと気づけた
このことは

そのときのわたしにとっては
本当に衝撃的で驚愕でした。



そして、司の問題ではなく
初めて 「わたし」の問題として捉え
心の奥底から絞り出されたように







もう嫌だ。
この苦しみから、解放されたい。








と、深層心理に深く押し沈めていた叫びが
聞こえてきました。


これが、自分ではどうにもならないことを
認めた、底付きの瞬間です。








その後、なにからなにをどうして良いかは
わからないでいましたが

その初めての体感や気づきを、とりあえず
忘れないようブログに綴り、とにかく情報を
探しました。



当時は、国の在り方も世間の在り方も
法に触れる薬物問題には本当に後ろ向きで

行政までもが… 
いえ、行政だからなのでしょうか。


家族までもが当事者であるかのような
不当な扱いでした。


すると、いつまでも問題に振り回されたまま
疲弊と混乱、困惑と苦悩の日々。

絶望感を抱えながら生きるしかないのかと
感じることが多かった。


そんな当時でしたが、それでも同じ問題を
抱え、その痛みを分かち合うことを始めた
人たちがいたことを知ったわたしは

わずかであっても、そこから得られる情報を
すがる思いでかき集めました。


そういった家族の集まりの場も、一番近い
場所を調べて電話番号を控えたものの

自宅から一番近い場所は、西へ行っても
東へ行っても、高速を使って2時間かかる
遠方しかなく

電話をする勇気がないまま、戸惑いと葛藤を
繰り返すばかりの月日が流れていました。



そんな日々でも、かき集めた情報を何度も
読みながら、理解できたことと感じたことを
相変わらずブログに綴っては

情報にあることの意味と、自分の理解とのズレを
擦り合わせることに夢中になっていました。


そして、逆にすぐの助けを求めることが
できずにいた、ひとりで問題と向き合うしか
なかった時間は

今までとは違う視点で、それまでのことを
見ることが少しづつできるようになり、以前より
かなり落ち着きを取り戻している自分を感じる
こともできていました。


とはいえ、頭での理解と感情が一致しない間は
当然ながら行動がなかなか一致せず

自分ひとりでの回復に限界を感じ始めたとき


2時間かけてでもあの場所へ参加してみよう、と
決心して電話をかけたのでした。




電話口から聞こえた声は、想像していたもの
とは全く違っていました。

勇気をだしてかけていることを最初からわかって
もらえてると、こちらがちゃんと感じれる思いやりの
ある温かな口調と対応に

そのとき、とても力が湧いたことを覚えています。


当時はスマホもなければGoogleもない時代。

当然、カーナビも標準装備ではなく、何十万も
出して付けたナビですら、すぐに年々古くなり

行きも帰りも何度も道に迷いながら、それでも
命がけで繋がることのできた場所、と言っても
大袈裟でないと感じれるほど

当時のわたしが必死の想いで辿り着いた場所。


物理的な場所だけではなく
わたしにとって、人生に迷いながらようやく
辿り着いたそこは

心に清々しさと、希望を見た場所でした。




他人のことであればわかる当たり前のことに
ようやく気づけ、自分自身の回復に向けて大きな
一歩を踏み出したのがまさにここでした。


今は、インターネットによってより多くの
情報をいち早く見つけ、入手できるその点では
正しい知識を得るスピードが断然変わりました。


それでも家族に…
身近な人に…


薬物の問題を実際に抱えたとき
愛すべき当事者を手から放すことは決して
容易いことではなく

感情的に巻き込まれてしまうと
自分自身の共依存からの回復はなかなか
進展し辛かったりします。


そして、知識だけの机上の空論では
手から放すことが易々とはいかないことを
嫌というほど味わいました。



この界隈では、きちんと形づくられた
プログラムが用意されて、幅広く認知された
場所もあれば

気心知れたスモールグループで分かち合いを
されてる場所もあったりと

わたしが問題を抱えた当時に比べると、今は
あらゆる自助グループやサポートが存在しています。



当事者を、手から放して
自分自身が共依存から回復すること。

その道のりは、ときに喜びだったり
ときに苦しみだったりと、時間のかかる
プロセスでした。


だからこそ、努力と支えが必要。


問題の渦中、口で言うほど簡単でない
自分の心にできうる限りの冷静さと平安を保つ
ということもそう…


その努力には、知識ではなく
それを実行する勇気が必要です。


そして、その勇気に支えがあるのと
ないのでは

次の挑戦に向けた、エネルギーや希望を
持って進む活力が断然違っていました。


まず家族が
まず身近な人が


自分のために…
より良い回復のために…

実行するための支えを持つ



当時のわたしは、戸惑いと躊躇いと
勇気の無さで、助けを求めるまでに
多くの時間を割いてしまいました。


でも、今はそれは間違っていたと
はっきりわかります。

なぜなら
いち早くそうすることを始めることが

更なる回復が加速することを
繋がれた支えによって、知ることが
できたからです。


=====


次は

『”リアルの分かち合い”が自分に貢献すること』に
ついて書いていきます。


※本記事は、許可なく複製・複写・転載・流用することを固く禁じます。










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