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読んでるだけじゃ変われない。動き出す勇気をくれた言葉

「やる気はあるのに、なんで何も変わらないんだろう」

昨日、たまたま届いたあるメルマガ。その最終回のタイトルを見て、なぜか指が止まりました。ビジネスの自動化や仕組み化についての45日間の講座の最終メール。

「知識を得るだけで終わらせないでください」と書かれていた一文に、なぜだか胸がぎゅっと締めつけられたんです。

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■動かなければ、何も変わらない。昨日、私はそれに気づかされた


実は、私自身、ここ最近ずっと、毎朝の読書やnoteの執筆を頑張ってきたつもりでした。Web制作、マーケティング、心の健康、どれも興味があることばかり。

でも、正直な話をすると、「何かを変えた」と言えるほどの手応えは、まだないまま。

行動してるようで、していなかったのかもしれない。勉強して満足して、それで終わってしまっていたのかもしれない。

そう思ったら、急に自分が空っぽに思えてきました。

そのメルマガには、こうも書かれていました。

「一度見ただけで終わらせるのは、もったいない。何度も読み返し、使い倒してください」と。

読んで理解することと、それを日常の中で何度も試しながら使うこと。このふたつの間には、天と地ほどの差があると語られていました。

私に足りなかったのは、そこだったんだと思います。


■何度も繰り返し学ぶ。その先にあるのは、静かな変化だった


メルマガの著者が語っていた体験は、今の私にとって衝撃的でした。

大学時代、お金がない中で買った30万円のビジネス教材を、通学の電車の中、駅からの道すがら、講義の合間、夜のわずかな時間を使って、5回以上は見返したそうです。

「繰り返して学ぶうちに、理解が深まり、新しい気づきが生まれた」と書かれていました。

私はそれを読んで、まさに自分の中の「浅さ」を突きつけられたような気がしました。

1回で理解した気になって終わり。行動せず、次の新しい知識を求めてしまう癖。

どれだけ「本質的に学んだ」と思っていても、実際には表面をなでていただけだったのかもしれません。

だけど、安心した部分もありました。

その著者も、最初はまったくの素人だったということ。私と同じように、知識を得て、それを毎日のスキマ時間に何度も復習して、自分の中に落とし込んでいった。

その繰り返しが、大きな力になったのだと。

それなら私にもできるかもしれない。朝の読書、夜のnote執筆、日中の短い休憩時間。それらの積み重ねに、もっと「繰り返し」を加えてみよう。

繰り返して読む、繰り返して聞く、繰り返して書く。

そうすれば、ある日ふと、自分でも気づかないうちに、何かが変わっているかもしれないから。


■実践しなければ、知識は砂のように指の間からこぼれていく


昨日読んだメルマガの中で、もうひとつ強く印象に残っていることがあります。

それは、

「知識を得ただけでは意味がない。使ってこそ、知識は力になる」

という言葉。

思い返せば、私自身、知識のインプットに偏りすぎていたように思います。

読みやすい本を見つけては満足し、YouTubeで動画を見ては「わかった気」になって、その先に進まずにいたのです。

でも、著者の方が語っていたように、どれだけ素晴らしいノウハウや設計図があっても、それを元に実際に手を動かさなければ、何も生まれないんですよね。

ちょうど、ずいぶん前に買ったビジネス書を、ぱらぱらとめくって、「いつかちゃんと読もう」と思いながら、そのまま本棚に差し込んでいた自分を思い出しました。

昨日の私は、その本の背表紙を眺めるだけで、読んだ気になっていたんだと気づかされた気がしました。そして、ふと「このままでは何年たっても、同じ場所をぐるぐるしているかもしれない」と思ったんです。

行動するのは、たしかに勇気がいります。

特に私は、体力もなく、腰痛もあり、長時間座って作業するのがきつい日もあります。毎日の生活に追われて、「今日は無理かな」と思ってしまうこともある。でも、それでも、できる範囲でいいから動いてみる。

SNSに1投稿だけでもいい。noteのタイトルだけ考える日でもいい。1歩進めれば、それは昨日とは違う私。


■完璧じゃなくていい。未完成のままでも、動き続けることが未来をつくる


動こうとすると、必ずと言っていいほど邪魔をしてくるのが、「完璧でなければいけない」という思い込みです。

私は今まで、何か新しいことを始めようとすると、「どうせやるならちゃんと形にしてから」とか「まだ知識が足りていない」とか、そんな言い訳ばかりしていました。

たとえば、noteの記事を一本書くにも、構成を考えて、資料を調べて、文体を整えて……。気づけば頭の中でばかり膨らませて、手は全然動いていなかったんです。

でも、昨日のメルマガを読んで、その考えがいかに自分を縛っていたかを痛感しました。

完璧でなくてもいいんです。むしろ、未完成のまま動き出すことでしか得られない気づきがある。

実際、その著者も語っていました。「最初はうまくいかなくても、繰り返していくことで必ず変化が訪れる」と。

私たちは、ときに「失敗しないこと」に価値を置きすぎて、大事な一歩を踏み出せずにいます。でも、本当に価値があるのは、その一歩を重ね続けることなんですよね。


■知識を持ち帰るのではなく、日常に溶かす


私はかつて、学びを「イベント」のように捉えていました。

本を読むこと、講座を受けること、それ自体が目標になっていたんです。読了すれば満足し、メモを取れば賢くなった気がしていた。

でも、昨日読んだメルマガをきっかけに、ハッとしました。

そこに書かれていたのは、「知識は持って帰るものではなく、生活に溶け込ませてこそ価値がある」という視点。

著者は、教材をただ勉強するのではなく、日常の一瞬一瞬にその知識を差し込んでいたといいます。通学の電車、駅までの道、隙間の5分。その積み重ねが、やがて成果へとつながったと。

私は、頭ではそれを理解していたつもりでした。でも、実際には、学んだことを使う機会を、自分で閉ざしていたのかもしれません。

  • うまくやれる保証がないから

  • まだ準備が足りない気がして

  • 怖かったから

だけど、知識を使うというのは、大げさなことではないと気づいたんです。

日常の会話にひとこと混ぜる。行動をひとつ選ぶときに、その考え方を当てはめてみる。そのくらいのことでいいのだと。


■苦しさの中にあった気づきが、行動を変えていく


腰痛がひどくて、勉強に集中できない日もあります。

通院も続いていて、思うように身体が動かないこともしばしば。そういうときは、ただ生きるだけで精一杯に感じてしまうこともあるんです。

でも、それでも学びたいという気持ちは、ずっと胸の奥にありました。だからこそ、知識を「完成させるもの」ではなく、「触れて、遊んで、混ぜてみるもの」と考えるようにしてみたんです。

たとえば、昨日の夜、ずっと本棚にしまったままだった一冊を取り出して、ふと開いたページの言葉を、寝る前に声に出して読んでみました。そのひとことで気持ちがほぐれ、少し楽になったんです。

これまで私は、「変わる」ことに対して重たく考えすぎていました。

変化って、実はもっと軽やかでいいのかもしれません。

知識を持っていることに満足するのではなく、ほんの少し、使ってみる。できることからで構わない。たったそれだけで、自分が少し変わった気がする。そしてその感覚が、また次の行動を後押ししてくれる。

私はまだ何も成し遂げていません。でも、昨日よりほんの少し、行動できた今日の自分を、今は肯定できます。

知識を得るだけではなく、繰り返し使い、楽しみながら動いてみる。完璧じゃなくていい。続けるうちに、視界は変わっていく。

そして、今日の一歩が、明日の自分を少しずつ変えていくことを、私は信じ始めています。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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