「お金をもらうのが怖い」を超えて、ビジネスは救いだと知れ
「商品を売るのがこわい」
「こんな自分が、誰かからお金をもらっていいのだろうか」
──そんなふうに悩んでいた頃のわたしに、もし今、声をかけられるとしたら。きっとこう言うと思います。
「その迷いは、誰かの力になれることに気づいていないだけだよ」って。
▼腰痛に悩む50代の皆さん▼今すぐクリック▼
■お金をもらうのが怖い──その気持ちの正体
商品をつくって、それを堂々と世の中に出していく。そんな当たり前のようなことが、わたしにはなかなかできなかった。
なぜなら、お金を受け取ること自体に、どこかうしろめたさを感じていたからです。頭の中では「ビジネスは価値とお金の交換だ」と理解していても、心がついてこなかったのです。
「奪ってしまうのではないか」
「人をだましてしまうのではないか」
そんな不安が、商品をリリースするたびに心をよぎっていました。でも、あるメルマガを読んで、少し視点が変わりました。
そのメルマガでは、「ビジネスは強奪ではなく救済である」と書かれていました。
とてもシンプルだけど、大きな気づきでした。
わたしたちは日々、さまざまな商品やサービスを買いながら生活しています。コンビニで買うおにぎり、駅前で頼むタクシー、美容室でのカット。どれも、お金を払っているのに「奪われた」とは感じません。
それはなぜかというと、その商品やサービスに、自分なりの納得感があるからです。
「この価格なら、この価値でちょうどいい」と思えるから、何の違和感もなく支払える。だから、もし自分の商品に価値があると感じてくれる人がいたら、その人にとっては「救い」になるのだということ。
ビジネスとは、そうやって誰かを救う手段である──この考え方に、心が少しずつ軽くなっていきました。
■過去のわたしが、ずっと欲しかった言葉
わたしは今、就労継続支援A型事業所で働きながらnoteを書いています。体調と相談しながら、無理のない範囲で毎日noteを更新し、これまで低額noteを3本リリースしました。
まだまだ挑戦の途中で、自分に何ができるのか、何を届けられるのかを、模索する日々です。
昔のわたしは、「価値」や「ビジネス」という言葉を聞くだけで、どこか遠い世界の話のように感じていました。
お金を稼ぐことは特別な才能がある人のもので、自分には無縁のもの。そんなふうに思っていたのです。
でも、違いました。商品をつくって販売すること、それ自体は特別なことではなく、「必要な人に、必要なものを届ける」ということに過ぎない。まるで、ご近所のおばあちゃんがおすそわけしてくれるように、気負わずに渡せばいいのです。
「これでいいのかな」
「こんなことで救われる人なんているのかな」
と思っていた頃のわたしに、今ならこう伝えたい。
「あなたの経験や気づきは、誰かにとって価値なんだよ」と。
その価値が見えないのは、自分がまだそれをちゃんと伝えきれていないだけ。リスクを負いたくないという気持ちも、承認されたいという願いも、すべてがスタート地点なのだと思います。
このnoteを読んでくださっているあなたが、もしも昔のわたしと同じように、「誰かを助けたいけど、自信がない」「売ることがなんだかこわい」と感じているのなら
──大丈夫です。
それは、誰かを大切にしたいという誠実さの表れなのですから。
かつてのわたしが感じていた迷いや不安は、けっして特別なものではなく、いま立ち止まっている誰かの心にも、そっと重なるのではないかと思います。
その優しさこそが、これからのビジネスの原点になるのだと、今はそう信じています。
■売れていないことが、不安をさらに増幅させる
これまでにリリースした低額note3本。どれも、自分なりに一生懸命つくったものです。でも、正直に言うと、売れていません。買ってくれたのは、数人だけ。その現実に、何度も心が折れそうになりました。
「誰にも響いていないのかもしれない」
「こんな自分が商品を出すなんて、そもそも間違っていたのかも」
──そんな声が、心の中でぐるぐる回っていました。
それでも、なぜか心の奥には、「もう少し続けてみたい」という気持ちが残っていました。そしてそのとき、以前読んだあるメルマガの言葉がふっと浮かんできたのです。
そこには、「商品を複数出すことは、救済の手を何度でも差し伸べることだ」と書かれていました。
その言葉が、深く胸に響きました。売れなかったのは、きっとタイミングが違っただけ。内容が、その人の求めるものと少しだけズレていただけ。
そう思えるようになったのです。
わたしは、まだ始めたばかり。商品の構成や伝え方も、手探りのまま。
でも、だからこそ、次の商品では「こうしてみよう」「もっとわかりやすく伝えてみよう」と前を向けるのだと、気づけたのです。
■商品が増えることは、救済の手が増えること
ある日読んだメルマガのなかで、こんなエピソードが紹介されていました。
著者が大好きな小説家の本を求めて、近所の書店に足を運んだそうです。でも、その棚には目当ての作家の本が一冊も置かれていなかった。調べてみると、その作家が出している小説は、たったの5冊。すでに全部読み終えていたのです。
「この人の世界観に、もっと浸っていたかったのに」
──そんな気持ちを、著者は正直に綴っていました。わたしはその一文を読んで、思わず息をのんでしまいました。
まさに、これだと感じたのです。
自分が発信した3本の低額note。それを必要としている人がいたとしても、もしかしたら、どれもピンとこなかっただけかもしれない。
たまたま興味のないテーマだったとか、悩みのフェーズが違っていただけかもしれない。
でも、もしわたしが、もう1つ違う角度から書いた商品を出していたら。もしかしたら、その人は「これが知りたかった」と感じてくれたかもしれない。
そう考えると、商品を出すことが「売るため」だけではなく、「届く可能性を広げる」行為になるのだと、はじめて腑に落ちました。
商品の数が増えるということは、救えるシチュエーションが増えるということ。
これまでは「売れなかった」と思っていた商品も、「その人には合わなかっただけかもしれない」と、今は前向きに捉えられています。その考え方が、静かに、でも確実に、わたしの背中を押してくれているのです。
■価格に込めた「信頼」という名のメッセージ
商品を出すとき、つい考えてしまうのが「この金額でいいのだろうか?」ということ。たとえ内容に自信があっても、金額を決める段になると、急に不安が押し寄せてきます。
わたし自身、これまでに出した商品も、価格設定には何度も悩みました。
「高いと思われたらどうしよう」
「買ってもらえなかったら……」
そんな気持ちが頭をよぎるたびに、価格を下げたくなってしまうのです。
でも、あのメルマガにあった一節が、それにひとつの答えをくれました。「商品の価格は、信頼の証だ」と。その言葉が、ずっと心に残っています。
価格を低くすれば、確かに手に取りやすくなるかもしれません。でも、価格が高いからこそ「しっかり選んで、しっかり受け取りたい」と感じてくれる人がいる。そう思えるようになったのです。
たとえば、わたしが初めて読んだビジネス書の中にも、2,000円の価格がついていました。学生の頃は高く感じましたが、その本を何度も読み返すうちに、「あのとき思いきって買ってよかった」と心から思えるようになりました。
それと同じで、わたしの商品も、誰かの「買ってよかった」と思える存在に育てていけばいい。そう思ったら、値付けへの迷いが少しずつやわらいでいったのです。
■たったひとりに深く届く、そのための価格
もちろん、「高ければいい」という話ではありません。
ただ、価格を決めるときに、自分の商品の価値を安売りしない勇気を持つということ。それが、等価交換の本質に近づく第一歩なのだと感じています。
たったひとりでも、その商品に本気で向き合ってくれる人が現れたら。その人にしっかり届いたとき、「この価格にしてよかった」と、きっと思えるはずです。
まだ売れていない商品がある今だからこそ、わたしはこれから出す次の商品にも、誠実に価格をつけていこうと決めました。無理に下げない。
ただし、自信のなさをごまかすための高価格にも走らない。商品が伝えたいことに見合う対価。それを、まっすぐに考えたいのです。
値段をつけるという行為は、自分自身への信頼の表明でもあります。「この商品には価値がある」と、自分に言い聞かせるように。そして、それを買ってくれる誰かへの「ありがとう」を込めて。
わたしは今、自分の過去の迷いや痛みを、こうして言葉に変えています。商品として届けられる未来を、信じて作っています。まだまだ実績も少なく、手探りの毎日ですが、それでも小さな一歩を重ねながら、歩き続けています。
これからわたしたちが届けていく商品が、どんなふうに誰かの心を動かし、日々の生活に光を灯していくのか──その可能性について、もう少し深く見つめてみたいと思います。
■わたしたちのビジネスが、誰かの希望になるとしたら
ほんの少し前まで、わたしは「売れない」「誰にも届かない」と、ずっとひとりで苦しんでいました。
自分には何もない、自信なんて持てるわけがない。そんな思いで、自分を責めることばかりに時間を使っていたのです。
でも今は、わたしが届けた言葉のどれかが、もしかしたらどこかで誰かの心に触れているかもしれない、と思えるようになりました。
自信がなくてもいい。うまく話せなくてもいい。見栄を張らなくてもいい。
それよりも大切なのは、「この経験を、誰かの気づきに変えたい」と願う気持ちです。
わたしのnoteには、まだ数十人の読者しかいません。でも、もしその中のひとりでも、「わたしもやってみようかな」と思ってくれたなら、それはもう、ビジネスが誰かを救った証なのだと思います。
■わたしたちは、すでに誰かの背中になれる
いま、わたしがこうしてnoteを書いていること。それ自体が、かつての自分には考えられなかった「変化」でした。
病気のこと、仕事のこと、お金のこと──悩みばかりで前に進めなかった頃、わたしが一番ほしかったのは、「同じように悩んでいたけど、少しだけ前に進んでいる人の言葉」でした。
完璧な答えではなくていい。背中を押すようなやさしい言葉。それを、今度はわたしが誰かに手渡したいと思ったのです。
商品を売ることは、誰かの人生に関わること。だからこそ、怖くて、慎重にもなる。でも、だからこそ、誠実な商品を出し続ければ、きっと届くべき人に届くのだと信じています。
最後に、ひとつだけ。
もしあなたが「何かを届けたい」と思っているなら、その気持ちを否定しないでください。
わたしのように、今すぐ結果が出なくても、売れなくても、それでも一歩踏み出したあなたは、すでに誰かの希望になっています。
さあ、一緒に始めましょう。
あなたの商品が、誰かを救うその日まで──
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もしよければ、あなたの感想を教えていただけませんか?
どの一節が心に残ったか、どんな気づきがあったか、あなたの声をぜひ聞かせてください。
また、スキやフォローをいただけると、この上ない励みになります。
これからも、皆さんの成長のお手伝いができれば幸いです。
共に成長していける仲間として、これからもよろしくお願いいたします。
いいなと思ったら応援しよう!
夢を追う皆さまへ! あなたの応援が私の活動を支えています。サポートにより、より深い洞察や実践的なコンテンツをお届けできます。共に学び、成長しましょう。今すぐフォロー&サポートで、質の高い情報を逃さずキャッチ。一緒に夢への道を歩みましょう!