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亀戸町のお為さん(嘉永五年)

15 海老蔵、再び大坂へ

 すみは為が嫌いではなかった。為は何をするにもまず、すみに伺いを立ててきた。そうしておいて、細々した家のことやら面倒なことは全部やってくれた。おかげですみは正妻としての面子めんつを保ったまま、楽ができた。

 しかし子どものことが絡むと、心穏やかではいられなかった。すみには海老蔵が、為の子ばかり可愛がっているように見えた。為の子が熱を出し、海老蔵が河原崎家に血相変えて飛んで行った日から、すみはずっともやもやしていた。

 そこへきて急に海老蔵が、また大坂へ出稼ぎに行くと言ってきた。借金返済のためだという。その借金には、すみの息子八代目の借金も含まれていた。息子が好きでした借金ではない。お上に木場の家の贅沢品を全て取り上げられ、稼ぎのなくなった海老蔵に仕送りもしなくてはならなくなり、すみや弟たちを養っていくため仕方なくした借金だった。
 まだ二十歳になるかならないかの時にいきなり一家の長として市川家を背負わされ、借金までするはめになった長男をすみは不憫に思う。その後衣装代やら何やらで借金を増やしたようだが、金を借りるようになった元々のきっかけは家族のためだった。

 あの頃八代目は、本当によく頑張ってくれたと、すみは今でも感謝している。猿蔵と幸蔵を預かってすぐの天保十五年春のことだ。六代目市川高麗蔵を名乗っていた次男重兵衛が、痘瘡にかかり松本家から戻ってきた。痘瘡の痕が片目に残り、役者を引退しなければならなくなったからだ。その時息子八代目はすぐに松本家(六代目幸四郎)にかけ合い、重兵衛に代わって三男新之助を養子にする話を取り付けてきた。さらに三女ますを坂東家に嫁がせたりと、口減らしに奔走してくれた。

 まだ幼かった猿蔵と幸蔵は、当時のすみにとっては慰めだった。長年育てた子たちが他所へ行き、寂しい時にいた子たちである。かわいくないわけはない。しかし程なくして、猿蔵を大坂へよこすよう海老蔵から手紙が届いた。猿蔵を子ども芝居で鍛えたいという。
 そして権十郎の熱の一件である。表向き為とは仲良くしているが、すみの心中は複雑だった。





 十一月の河原崎座でのお名残公演をすませ、海老蔵は一人、大坂へ向かった。すみも里も、権之助までもが為を説得したが、為は強情に付いて行くとは言わなかった。そして海老蔵が行ってしまってから、為は一人泣いた。

(せっかくご赦免となって江戸に戻り、息子たちと楽しく舞台を勤めていたのに、暮らし向きを良くするためとは言え、たった二年で大坂に戻ることになってしまうなんて、どんなにか心残りだろう)

 いくら元気といっても、海老蔵はもう六十を超えている。身体のことも心配だった。出来ることなら為は、大坂へ行って海老蔵のお世話をしてあげたかった。そう出来ない事情があるのだ。

 その時江戸では、こんな噂が話が出まわっていた。

木場の家は、妾お為がいいようにしている。
お為は自分の子猿蔵を、九代目団十郎にしようと画策している。
八代目とお為は犬猿の仲だ。


噂を広める人々(イメージ)

 大所帯の木場の家は出入りの業者も多い。芝居関係者もしょっちゅう出入りしている。おそらくその時、為が奉公人にあれこれ指示をするのを見た誰かが、湯屋かどこかで面白半分に

「妾が八代目を差し置き木場の家を仕切っている」

とでも話したのだろうと為は思った。それが人伝ひとづてで広まるうち、ここまで尾ひれがついてしまった。
 そんな噂が連日耳に入る中、為は海老蔵の大坂行きを聞いた。ここで今回も自分がついていってしまっては、また世間に何を言われるかわからない。為は何より猿蔵に、これ以上嫌な思いをさせたくなかった。

(優しいおすみさんだって内心はどう思っているかわからない。しばらく木場の家とは距離を置こう)

 為はひろを連れ、亀戸の越前屋実家に引っ込むことにした。

 越前屋へは、加納かのもあかん平とついてきた。最初のうちは一生懸命あかん平を稽古場に通わせていた加納だったが、やんちゃ盛りのあかん平がちっとも真面目に取り組まないので、ついに諦め、八代目の猿若町の家を出てきたのである。権十郎が病で寝込んだこともあり、「身体さえ丈夫に育てば充分」と、為もあかん平を無理に稽古に通わせようとはしなかった。
 越前屋に落ち着くと、加納かのは溜めていたものを吐き出すかのように為に言った。

「わたしゃ納得がいきません。お為さんはあんなに気を遣って、おかみさんやお里さんとも利口に立ちまわって上手にやっていたじゃないですか。そりゃ坊ちゃんたちの事が絡んだり、それぞれの付き人同士のいざこざなんかが混ざってきたりしますと、当人同士ならあっさりすむことが、すまなくなることもありました。それがどうしてお為さんが猿蔵坊ちゃんを九代目にするため画策しているとか、木場を乗っ取ろうとしているなんて突拍子もない話になるんですか。お為さんがあれだけの大世帯を見事に切りまわしておいでだったのも、出しゃばっていたんじゃありません。おかみさんは市村座にちょうめの芝居茶屋の娘さんでなんにも知らずに育ってきたお人ですし、お里さんも大坂の芸妓で身体が弱く、上方風のぼんやりした方ですから、しっかり者で目端の利くお為さんが自然こなすことになってしまったんじゃあないですか。お為さんが外に出てあれこれ動くのだって、御殿奉公までして、いろいろなことを知っているお為さんでなければ片付かないことなんかもあって、これまた仕方のないことでー」

「お加納かの、もういいよ」

 切りがなく捲し立てる加納かのを、為は止めた。

「ありがとう。おかげであたしゃもう、気がすんだよ」

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