亀戸町のお為さん(嘉永七年)
21 救いの落首
伊勢梅のところに戻ってきた加納は、海老蔵とのやりとりを為に事細かに話して聞かせた。そして
「これがその切り首です」
と、風呂敷を解いて為に見せた。黙って聞いていた為は、その切り首を見てにっこりと笑った。加納は二人の絆を見るような思いがした。切り首ひとつで、互いの思いを確認したのである。
それから加納は、為に猿蔵の言葉を伝えた。為は頷きながら、涙を浮かべて聞いていた。
海老蔵の離縁状が世間に向けた形だけのものだと確認した為は、当分京都でほとぼりが冷めるのを待つ覚悟を決め、伊勢彦を帰した。しかしいつまでも他人の世話にはなっていられないので、伊勢梅の家は出ることにした。四條の料理屋の裏店がちょうど一棟空いていた。
八代目市川団十郎が自殺したのは、八月六日明け方、中座での芝居初日のことである。島之内御前町にある金主植久(植木屋久兵衛は上方歌舞伎の興行主でもあった)の家の二階に泊まっていて、そこで喉を突いて俯けで死んでいるのを迎えにきた床山が見つけた。
江戸から団十郎が来ると聞いた大坂市民は中座に殺到し、初めの二十五日分は売り切れになっていたから、その返金やら関係者への説明やらで、自殺から二、三日、芝居町は大騒ぎだった。この時の大坂での為への罵詈雑言は、為が思う以上に酷いものだった。
海老蔵は、為たちが偶然にも江戸を出ていてくれて良かったと思った。仕送りをしなかったのは芝居の不入りが続いたからで、そのことを手紙に書く気にもなれず、つい放ってしまっていた。しかしそれが幸いした。今はとにかく、為を罵詈雑言の中におきたくなかった。江戸からも大坂からも身を隠し、京都でひっそりと暮らしていてほしいと海老蔵は思った。

「夫婦合体欲の獣 一名おタメごかし」
(ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)

(ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)
八代目の死後、代役を務めたのは猿蔵だった。為は観にいけなかったが、後日それが好評だったことを知った。兄の死で辛い中、よく頑張ったと為は猿蔵を褒めてあげたかった。その後しばらくして、猿蔵から仕送りが届くようになった。まだ若手の猿蔵の仕送りはわずかだったが、為は嬉しかった。
加納は近所の人の世話で洗濯の仕事をもらい、毎朝洗濯物を受け取り河原へ洗いに行くのが日課となった。その間、為が子どもたちを見、加納が帰ると為が伊勢梅へ手伝いに出かけた。おそらく海老蔵に頼まれているのだろう、米は伊勢梅が無償でくれた。
四條では身分を隠していたから、為への悪い噂は本人の耳に容赦なく入った。町は八代目の死絵で溢れていた。自害の事情を書いた追悼の摺物や、事の顛末を一冊にまとめたものまで売られていた。そのどれを見ても、八代目の自殺は為のせいだと書かれてあった。内容はさまざまで、
「為が猿蔵を九代目にして成田屋乗っ取りの陰謀を企んだ」
と書かれたものもあれば、
「為が海老蔵へ八代目と里が不義をしていると言い付けた」
とか、
「植久から借りた八百両を為が横取りした」
とか、聞く人に聞けばすぐに嘘だとわかるようなものまであった。
(噂なんて、"喉を突いた"が"腹を切った"に変わるくらいいい加減なものだ。いちいち真に受けても仕方ない。幸いここでは、身分を隠せている。こんな悪摺、他人事と思って放っておこう)
と為は自分に言い聞かせた。兄の死で気落ちしているあかん平とひろの前で、為は落ち込んだ顔を見せたくなかった。

(ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)

(ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)
為は何も言わず、平気な顔で生活している。それが加納にはかえって堪らなかった。何事にも敏感な為が、世間の噂や摺物の内容を知らないわけがないのだ。加納は悔しくてならなかった。特に許せないのは、「為が木場のお金を好きに使ったあげく借金をした」というものだ。借金は八代目が作ったものだ。現に加納は海老蔵が、
「倅が身上をめちゃくちゃにしたから、おいらもお為も着たきり雀になっちまった。だがそれをとやかく言やぁ家にかかわる大事になるから、なるべく黙っているけれど、考えてみりゃあこんなつまらぬ事はねえ」
と、人に愚痴をこぼしているのを聞いた事がある。為が木場の切り回しをしなかったら、木場が火の車になるのはもっと早かったと加納は思う。為が着物や持ち物を質入れして急場を凌いだことも、一度や二度ではなかった。
八代目が富十郎と張り合いになった時、為は八代目がする事には一言も文句を言わず好きなように金を使わせた。その代わり辻褄を合わせるため、家の方では引き締められるだけ引き締めた。里が家計をやりくりしていた時は緩いのをいい事にドサクサ紛れに甘い汁を吸っていた出入りの者が、それが出来なくなり不満を持っていた事を加納は知っている。すみも里も不自由がちになり、心中は面白くなかったはずだ。加納は噂の出所はこの辺ではないかと疑った。
ある日加納が家に帰ると、為が悪摺を一枚手に持ち、今にも悔し涙を流さんばかりにぶるぶる震えていた。何だろうと加納が肩越しに覗くと、お為と書かれた女が、寿海老の紋付を着た年寄の座頭を尻の下に踏み、紐でくくった小猿を棒で操っている(為が七代目を尻に敷いて、猿蔵をいいように操っている)絵だった。加納は為の手からこの悪摺を引ったくり、ずたずたに引き裂いた。そして大声で怒鳴るようにして叱りつけた。
「おかみさん(身分を隠すためそう呼んでいた)、あなたにも似合いません。誰にもらったか知りませんが、こんな馬鹿らしいものを見て修羅を燃やすなんて、ちっとタガが緩んでいやぁしませんか。言いたい奴には何とでも言わしておくんです。知らない奴が何を言おうと痛くも痒くもないぐらいの見識がなくって、これから先、坊ちゃんやおひろちゃんを育てながら、どうして世を渡っていけます」
加納は本当は、為と一緒に泣いてあげたかった。しかし普段勝ち気な為の目から今にも涙が溢れ落ちそうなのを見て、加納は咄嗟に、
「今泣かれたら大変な事になる」
と思った。あの涙が目から外へこぼれ出たら取り返しの付かぬ事になると、わけもなくそんな気が起こって、思わず為を怒鳴りつけていた。為はハッとした顔で加納を見た。そしてすぐいつものようにしゃんと立ち、
「ばぁやの気の強いのには本当に呆れるよ」
と笑って言った。この時あかん平とひろは表で遊んでいた。
それからすぐの事だ。加納はある落首の前で足を止めた。そこには
「憎まれてもお家のお為」
と書いてあった。まるで百万の味方ができたようで、加納は溢れる涙そのままに帰宅し、為に報告した。
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