亀戸町のお為さん(嘉永七年〜)
22 再び海老蔵の元へ
八代目が亡くなってから三ヶ月後の十一月四日と五日、立て続けに南海と東海に地震が起こり、数千人の死者が出た。嘉永七年は一月に二度目の黒船来航もあった。人々が安らかに暮らせるようにとの願いを込め、幕府は嘉永を安政に改元すると発表した。嘉永七年十一月の二十七日のことである。
この年の安政元年十二月、大阪から中座の手代山形屋安蔵が、為の留守中、海老蔵からの使いで四條に来た。
「七代目さんが平坊ちゃんを舞台へ出したいとおっしゃいますから、拝借して行きますが、いいでしょうか」
加納は一存で断った。安蔵が為の悪口を言っている事を知っていたからだ。加納に無碍に扱われ、安蔵は不満そうに文句を言った。加納はさらに言ってやった。
「お前さんにゃあ、坊ちゃんは預けられませんよ。殺されでもしたら大変ですからね」
安蔵は取付く島がなく帰って行った。すると翌日にも使いが来た。今度は木場直だった。それぞれ付いている主が別々なので、加納と木場直は別れたも同然だった。それでも夫は夫なので、加納は今度は一存では断らず、為に聞きに部屋へ戻った。為は戸惑い、言った。
「わたしの身の上の事に就いては何の音沙汰もなく、子どもだけ借りに来たんじゃ、あんまり身勝手です」
加納は大いにもっともだと思い、出て行って木場直に断った。加納は理屈が通らないことには聞く耳を持たない。妻の性分を知り尽くしている木場直は、自分が想像し得る限りの海老蔵の思いを代弁した。
「大親方も決してお為さんをいつまでもこのままにしてお置きになさるつもりではなく、何分にも世間の噂があんな風ゆえ、折を見て引き取るつもりな事は、お前にも、似顔のお首の一件でよく分っているはずだ。いや、それどころか、まあ、その後噂もいくらか下火になって、ひよっとしたら、元へ帰る日も近い事かも知れねえ。大親方の方じゃあ、お為さんが居なけりゃ何かに付けて不自由がちで、帰したいのが山々なのだから。何しろ人気稼業の事ゆえ、いくら下火になったとは言いながら、まだまだほとぼりの冷めぬ世間の評判が恐ろしい。実は、先に坊ちゃんを帰してみて、世間の人達が何と言うか、その瀬踏みをしようという腹なのじゃああるめえか。親方は口に出してこそお言いなさらねえけれど、俺は確かにそうと睨んでいる。道頓堀の大櫓、角と中の両芝居へ出る役者の中にゃあ、確かな子役も多く居る。大親方の相手を承る子役にだって決して事は欠かねえのを、わさわざ坊ちゃんを借りにお寄越しなさるのを見ても、大抵察しのつく話だろうじゃあねえか」
加納も木場直の気性は大概は呑み込んでいる。その場限りのお座なりとも思えなかった。切り首の件や、あの時あれ程可愛がっていたあかん平をすんなり帰してくれた事を思い返しても、海老蔵が為のことを考えていないわけはなかった。
「言い分はまんざら道理でなくもないねえ」
加納は言い、部屋に戻って為に夫の言い分を伝えた。
「この際、はっきりとケジメを付けるとかどうとか、角を立てるのは止めにいたして、一時お貸し申した方がよくはありますまいか」
為も納得し、縫ったばかりの一番温かい着物を出してきてあかん平に着せた。この時加納は冬でも単物一枚で、股引を履いてなんとか寒さを凌いでいた。為は着たきり雀だった。
猿蔵の仕送りは二両三両の時もあり、伊勢梅の手伝いと加納の一枚十二文の洗濯稼ぎでは、どうしても着物を売らなければならない時があるのだった。売れる着物も、もう僅かだった。

(ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)
あかん平を見た海老蔵は、その出で立ちを見て
「八代目は、不孝者だ」
と言って泣いた。八代目が死んでから、海老蔵が初めて流した涙だった。
この時あかん平が着ていたのは、為が単物の二枚重ねの間に綿を入れて縫い合わせたもので、それに細帯、下駄は安下駄だった。
海老蔵はすぐに唐糸(絹)の着物、股引、履物、その他いろいろと揃えてあかん平を着替えさせた。
「お加納はこの寒いのに単物一枚でした」
木場直が言った。海老蔵は使いの者を呼び、加納に来るよう言付けを頼んだ。
二日後使いは一人で戻ってきて、加納の返事を海老蔵に伝えた。
「このままでは、いくら主人でも、あんまり話が分からなすぎますから、お目にかかる必要はごさいません、との事でございました」
海老蔵は唸った。
芝居が終わると、海老蔵はあかん平をすぐ四條に帰した。為は新しい立派な着物で帰ってきたあかん平を見てにっこりし、
「平よかったね」
と言いながらひろの肩をそっと抱いた。ひろは為が着ていた仕立て直しの着物を着ていた。
あかん平を連れてきた使いが、加納に会いたがっているから是非来るようにと、再度海老蔵の言付けを伝えた。
「とにかく、お為さんが元通りになるまでは、わたくしもお目にはかかりません。これまで苦労をしてきたお為さんを、この先どうなさるおつもりです。お会い申すのも、御相談をいたすのも、それからの事です、との事でございました」
「また断られたか」
海老蔵は呆れた。海老蔵はまさに、その話がしたくて加納を呼んでいるのだ。海老蔵は使いに言った。
「お為は引きとる。しかし、まだ世間への遠慮があるから、今までとは違って別に家を拵え、そこに入れたいと思うが、それでも承知するかと聞いてこい」
戻ってきた使いからその旨を聞いた為は、一も二もなく承知した。こうして、為と加納、あかん平とひろの四人は、海老蔵の家から一軒隔てた坂町裏に住む事になった。為はその日、海老蔵の前で離縁状を焼き捨てた。
八代日が亡くなった日から半年後の、安政二年二月の事だった。
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