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兄に『死なねぇから』と言われてレジに立った話

「お前、働けよ」

ある日突然、兄が部屋のドアを蹴破るようにして入ってきて、そう言った。

また御冗談を。学校にすら行けない駄目人間に何をおっしゃいますか。今日も天井のシミを数えて一日が終わるのです。布団につっぷしてそのような事を言い返す私を、兄は完全に無視して続けた。「俺が前バイトしてたスーパー、店長に話つけてきたから。どーせ寝てるだけだろ。いいから社会に関われ。死なねぇから。」

不登校からの再チャレンジに失敗し、再び暗い部屋に戻っていた私は、最初は必死で抵抗した。けれど、「働けば、好きなゲームが好きな時に買えるようになるぞ」という兄の、あまりに即物的な一言に釣られ、私のレジ打ち生活は始まった。

「明るすぎる…」

鋭いナイフのように目に突き刺さる過剰な照明、鳴り止まないスキャンの電子音、聞きたくもないお客様同士の会話、有線放送から流れるチープな流行歌。それら無遠慮に耳から目から押し寄せる情報の多さに、私は圧倒されていた。

衝動に任せるままレジ台を思い切り殴りつけると、バンという重鈍な音が店内に響き渡る。

「ッびっくりするじゃないの! あんた、何してんの」

隣のレジのおばちゃんが飛び跳ねる。「いや、なんか、固いものを叩けば拳が強くなるって、昨日見たんで」頭が真っ白になって、口から出たのは自分でも意味のわからない言い訳だった。彼女は呆れたように「お客さんが怖がるでしょ。やめてよ怖いわよもう。」と言った。

結論から言えば、私は最悪のアルバイターだった。仕事は覚えず、商品を打ち間違えても決して謝らない。レジ打ちもろくに出来ないのか、と怒るお客様の冷ややかな目線を、レジ台の隅をじっと見つめてやり過ごした。平気で遅刻し、休み、途中で帰る。今の私なら、一秒でクビを言い渡すような奴だった。

思い出すだけで耳まで赤くなる。

だが、私の事情を知っていたレジのおばさまたちは、そんな私を「腫れ物」にはしなかった。チーフには鬼の形相で「バカにしないでちょうだい」と、こんこんと何度も説教をされた。けれど、べつのおばさまは「これ食べな」と秘密の差し入れみたいにお菓子をそっと渡してくれた。私はその度、半べそをかいた。チーフに叱られる私を見た、兄の友達のお姉様達には「ほんと、あいつウザイよね」と愚痴に付き合ってもらった。

一年も働くうちに、私は少しずつ、人との距離感を覚えていった。常連の客と立ち話をするようになり、昼休憩はおばさまたちと机を囲んだ。お姉様や青果コーナーの威勢のよいお兄様達と、バイト終わりにはカラオケに行ったりした。

二度目の高校一年生を始めてからも、しばらくそのスーパーは私の居場所であり続けた。友達と揉めて、どうしても学校に行けない日は、休憩室で交代に出勤してくる普通の高校生と、お菓子を分け合いながら他愛もない話をすることもあった。

あのスーパーはもう別の店に変わってしまったけれど。近くを通るたび、私は今でも、みっともない拳の痛みと、おばちゃん達からもらったハッピーターンの、喉が渇くような甘じょっぱさを思い出す。



 幼い頃の自分と今の話を書きました


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