エッチな画像コレクションは1万点超え。ポルノ依存症の僕は変態なのか?
僕は変態なのだろうか。
暇さえあれば、指が勝手にエッチな画像を探している。
収集を始めたのは、携帯電話に「写メ」というカメラ機能がついた頃からだ。
カメラ機能、今では普通のことだが、当時まだ学生だった僕には衝撃的な出来事だった。
当時の彼女との営みの画像を保管できた。
彼女の画像を見ながら、さみしい夜は1人で慰められた。
かれこれ20年、まだ学生だった頃から僕は画面の向こう側の快楽を今でも拾い集め続けている。
その数、優に1万点は超えた。
すべては、複数のメモリーカードの中に沈んでいる。
今でも時々、その膨大なコレクションを見返すことがある。
過去の画像はひどく画質が荒く、肝心なところはモザイクのようにボヤケているものもある。
けれど、今は21世紀。
AIの力を使えば、当時の荒い画像さえもクッキリと、スッキリと蘇る。
皮肉なものだ。
技術の進歩が、僕の依存をさらに深めていく。
これまで、画像そのものに大金を払った記憶はあまりない。
けれど、中学生の頃はなけなしの小遣いでエロ本を買い漁り、社会人になってからは、パケット通信料……いわゆる「パケ死」で、二度ほど死にかけた。
給与以上の請求書が届いた時の、あの血の気が引くような感覚。
それでも、僕は保存ボタンを押す指を止められなかった。
なぜ、ここまでポルノに依存してしまったのか。
世の中には、僕と同じような人間が数え切れないほどいるはずだ。
けれど、みんな立派な社会人の顔をして、その乾きを隠して生きている。
時々ニュースで会社のパソコンでポルノ映像を見ていて懲戒処分を受けているニュースも見かける。
こういった人たちも僕と同じでポルノ依存症なのだろう。
幸い僕の場合はパソコンはあってもポルノを見れるような環境では無い。
ただ、移動中などは電車の中でも、比較的人目が少なくなるとポルノを検索して、つい保存してしまう。
世の中にはポルノ依存症で悩んでいる人も多い。
だから僕は、この記事でその実態を書きたいと思う。
「大人の恋愛回顧録」を綴るトバリという男の、これがもう一つの、逃げ場のない正体だ。
【小学生編:目覚め、そして壁に擦りつけた孤独】
僕の性への意識が芽生えたのは、小学1年生の夏休みだった。
一人で東京から北海道の祖母の家へ遊びに行った時のことだ。
そこで、母の妹である叔母と一緒に風呂に入ることになった。
叔母はとても綺麗な人で、まだ幼かった僕は一人で入るのがおぼつかなかった。
一緒に入った瞬間に目に飛び込んできた、彼女の豊かな胸。
それを見た瞬間、僕は理由のわからない、強烈な「恥ずかしさ」に襲われたのを覚えている。
その夏休み、1つ下の従姉妹とお医者さんごっこをした。
何の気なしに服を脱がせ、全身をくまなく触診する。
初めて見る女の子の「花園」は、大きな豆のようなものが浮き出ていた。
「女の子にも小さいのが付いているんだ」と思った。
今思えば、従姉妹は少し発達が早かったのか、通常より大きめの豆だった。
そこが、僕の性に対する記憶の原点だ。
高学年になると、道端に捨てられているエロ本を拾っては、親に見つからないように机の底に隠すようになった。
ただ眺めているだけでは、もう足りなかった。
小学5年生の冬。
僕は自分のモノを壁に擦りつけ、摩擦で得られる快楽を大発見してしまった。
ただひたすら、壁に押し当てて擦る。
すると、急に絶頂がやってきた。
身体から見たこともない白い液体が飛び出し、僕は本気で焦った。
「何かの病気じゃないか」と、恐怖で震えた。
親にも言えず、一人でその液体を見つめるしかなかった。
のちに、それが手でやる「自己処理」だと知った時は、手を使うという発想がなかった自分に衝撃を受けた。
おかずを持って、トイレにこもる時間が増えた。
小学6年生。
初恋の相手は、学年のマドンナだったR恵だ。
掃除の時間、彼女がほうきで床を掃く姿を僕は見つめていた。
ブカブカの服の脇から、少し膨らみ始めたばかりの、尖ったロケット型の胸が見えた。
その瞬間、僕の脳裏にはその光景が一生消えないタトゥーのように刻み込まれた。
その日、家に帰ってから僕は、思い出しながら何度も熱くなった。
結局、その初恋は父の転勤で、告白もできないまま終わった。
中学になっても、後悔と、未練で誰に告白されても、僕の心の中にはずっとあの時のR恵が居座り続けていた。
あの服の隙間に見えた「先端」のインパクトが、僕の人生の歯車を少しずつ、狂わせていったんだと思う。
物語は、ここからさらに歪んでいく中学・高校時代へと続く。
【中高・大学編:スクラップブックと、汚れたタオル。そして記録への目覚め】
中学生になると、保健体育の授業が始まった。
女性の身体に人一倍興味があったが、「赤ちゃんはどこから来るのか」という、遅すぎる知識を得た時期。
それよりも僕の目を釘付けにしたのは、教科書に載っていた女性の身体の変遷を描いたイラストだった。
多感な時期の僕にとって、それはどんなエロ本よりも刺激的な「禁断の書」に見えた。
当時は、今のように簡単にポルノが手に入る時代じゃない。
僕の渇きを癒してくれたのは、毎週月曜日に発売される『週刊少年ジャンプ』だった。
ドラゴンボールのブルマ。
初期にはエロ路線の多かった。
ぱふぱふとか、ノーパンで亀仙人の前でたくし上げるワンピース。
そしてシャワーを浴びる丸出しの描写に、どれだけお世話になったか分からない。
他にもジャンプには何かしらおかずはあった。
ネタがなければ、自分で紙に模写してまで「理想の姿」を追い求めた。
この頃から、僕の「収集」は本格化していった。
気に入ったエロ本のページを切り取り、自分だけのスクラップブックを作る。
ティッシュを使いすぎると母親にバレるから、一枚の白いタオルが真っ黄色に染まるまで、何度も何度も、僕は一人で果てた。
不衛生極まりないが、それが当時の僕の精一杯の「秘密」だった。
高校生になり、ようやく初恋の未練を振り切って告白もしたが、結局一線を越えることはできなかった。
爆発しそうな性欲と、現実が追いつかないもどかしさ。
その反動で、僕のスクラップブックだけが分厚くなっていった。
大学生になり、多摩地区の学園都市で、僕は一人暮らしを始めた。
親の目から解放された僕は、絵に描いたような堕落した生活に溺れた。
パチンコ、競馬、麻雀、深夜の飲み会。
大学の講義よりも、欲望に忠実な「必死の遊び」を優先した。
そんな中で、僕はようやく「チェリー」を失うことになる。
大学時代に肌を重ねた女性は4人。
その頃ちょうど、携帯電話にカメラ機能が付き始めた。
僕は、彼女たちとの営みを画像として残すことに没頭した。
いわゆる「ハ◯撮り」の世界線だ。
当時の画像は、今のAI技術をもってしても、鮮明には蘇らないほど画質が荒い。
けれど、そのボヤけた画像を見つめると、当時のシーツの感触や、彼女たちの熱い吐息が、記憶の奥底から引きずり出される。
画像そのものを見るというより、それが僕の「思い出というメモリー」を解凍するための鍵になっているのだ。
こうして僕は、実体験とデジタルな記録を混濁させながら、さらなるポルノ依存の深淵へと足を踏み入れていくことになる。
物語は、社会人になり、ついに「パケ死」を経験するほどの異常な収集癖へと加速していく。
【社会人〜現在:パケ死、破局、そして「聖域」としてのコレクション】
社会人になると、携帯電話の中に「エロ写メ」という文化が流れ込んできた。
当時はギガなんて概念はなく、すべては「パケット」という通信料。
画像を一枚ダウンロードするたびに、目に見えない課金が積み重なっていく。
僕は出会い系サービスの先駆けだった『スタービーチ』にのめり込んだ。
募集をかければ、見知らぬ女性から次々と画像が送られてくる。
希望する女性向けに、僕も陰部を撮影した画像を送ったりしていた。
動画はパケット代が高すぎる上にまだ画像が荒い。
送信するのにもパケットがかかる。
だからこそ、僕はコスパの良い静止画の収集に全神経を注いだ。
コレクションは膨大になり、使い方も贅沢になった。
1画像につき3回ほど擦ってはスライドさせ、最後にお気に入りの一枚で絶頂を迎える。
そんな毎日を送っていたある日、ついに恐れていたことが起きた。
携帯電話の請求額が、僕の給料を超えたのだ。
血の気が引いた。
注意はしていたつもりだったが、保存ボタンを押す指が理性を追い越していた。
生活費が足りなくなり、親に泣きついたことも一度や二度ではない。
この時、僕は自分が「ポルノ依存症」という出口のない迷路に迷い込んでいることを、嫌というほど自覚した。
やがて「パケ放題」が始まり、パケ死の恐れが無くなった僕の収集癖は一気に加速した。
エロ本の置き場所に悩む必要もなくなった。
全て携帯電話で済むからだ。
彼女ができるたびに「ハ◯撮り」の画像も増えていったが、それが仇となったこともある。
これまでのコレクションがバレて、大喧嘩の末に破局した。
それでも、僕は保存ボタンを押すことをやめられなかった。
毎日、休むことなく画像の収集と次々と彼女を変えてコレクションは増えていった。
そして、現在。
僕は結婚し、子供を授かった。
妻の出産に立ち会い、そのあまりの壮絶さに、僕は恐怖に近い感情を抱いた。
「妻に、もう二度とこんな大変な目に遭わせたくない」。
その想いから、次第に夜の営みは少なくなっていった。
最近では、自分を慰めることさえほとんどなくなった。
月に1、2回程度。
けれど、画像のコレクションだけは、今も続いている。
今では動画の画質も良いので、もっぱら動画収集がメインになっている。
これを読んで、ただの変態だと笑ってくれてもいい。
けれど、こうして知らぬ間に「依存」の深淵へ落ちていく人間が、あなたの周りにも必ずいるという事実を知っておいてほしい。
依存症は病気だと言われる。
適切な処置をすれば治るものなのかもしれない。
けれど、現代は人と人との交流がドライになり、画面の中の快楽に逃げ込みやすい時代だ。
僕のようなポルノ依存症は、これから男性だけでなく女性の間でも、人知れず増えていくだろう。
僕の1万点のコレクションは、誰に褒められることも、称賛されることもない。
ただ独り、暗闇の中で保管し続けるだけの孤独な趣味だ。
でも、もしあなたの隣に、どこか遠くを見つめている人がいるかも。
その人も、僕と同じように「逃げ場のない正体」を抱えて必死に生きているのかもしれない。
そんな人たちに、少しだけ優しい眼差しを向けてほしいと願っている。
1万枚もの残像を追い求めているのは、僕があの日、リアルな熱量をどこかに置き忘れてきてしまったからかもしれない。
僕が「大人」として踏みとどまり、一生消えない後悔を背負うことになったあの夜のこと。
画面の向こう側ではなく、すぐ目の前で彼女がブラを外した、あの生々しい熱について。
もしよろしければ、僕の最初の記憶から覗いてみてください。
