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お弁当は、対話である

保育園のピクニック遠足を心待ちにしている次男(5歳)から、お弁当のリクエストを渡された。

たまごサンド 2個
唐揚げ 1個
ポテト 2個
トマト 2個
ミートボール 3個
デザート:柿 ?個

読解したお弁当リクエスト



5歳にしては、非常に具体的で、洗練されたリクエストである。

楽しい思い出になるよう、基本的にはリクエストに添いたい。しかし、言われ通りに作るのは性に合わない。個人的に、料理はいつでも自由型でありたいと思っている。日々の献立も、お弁当も、大枠だけ決めてあとは当日の気分やバランスで仕上げていくからこそ、作る側も楽しめる。仕事感が出てしまっては、よくない。

次男のお弁当も、サンドイッチをメインに、あとは当日どうにかしよう、と気軽に考えていた。


しかし、日を追うごとに、次男からの圧が増していくのである。

「お弁当のリクエストの紙みた?」「たまごサンドは2個ね、あと唐揚げとポテトと……ポテトは細いのじゃなくて丸いやつ(ハッシュポテト)だよ!」と繰り返し念を押されるので、裏切れない雰囲気が漂い始めていた。


これはまずい。事前交渉が必要だろう。

そう悟った私は、サンドイッチの味のバリエーションを提案し、各おかずの個数についてはこちらに任せてもらうということで、圧を弱めることに成功した。あとは、こっそりサプライズのフルーツサンドでも入れて、当日びっくりさせてやろう。

お弁当は、つくづく「対話」だな、と感じる。

基本的には、好きなものを入れてあげたい。
しかし、子どもの夢に寄り添いすぎると、お弁当としての機能を果たさなくなる可能性がある。最低限の栄養バランスや食べやすさも考えたいところだ。

ときには、苦手な食材をあえて入れることもある。「お弁当にしたら食べるかも?」という淡い期待にかけてみる。でも、一方的にこちらの主張を通そうとすると、あっけなく跳ね除けられるのが常だ。

お弁当には愛情が乗っかっているから、蓋を開ける瞬間は、告白の返事を受けるような心地になる。きれいに完食してくれてきた日には、いつもよりちょっといいお酒で乾杯したくなるくらい気分が上がる。我が子はなんてかわいくて、愛おしいのだろうと、しみじみ思う。

こちらの愛情を投げかけて、数時間後に返答がくるお弁当。きっと、日々さまざまな対話が、世界中で生まれていることだろう。



思えば、私自身にも、お弁当にまつわる忘れがたい記憶がある。

幼稚園時代、お弁当にアスパラベーコン巻きが入っていた日のことだ。私はアスパラが得意ではなく、ベーコンに巻かれた大量のアスパラを目の前に、絶望していた。

筋張った繊維質の食感、馴染みの薄い青臭さ、バターのくどさ。アスパラベーコン巻きの風味が鼻に抜けていくことを想像すると、生きる気力も同時に抜けていってしまう。

目の前にあるアスパラを、どうすべきか。悩めど悩めど、解決方法が見つからない。食べなければ、残る——この圧倒的真理には、どうしたって抗えない。


一緒にお弁当を食べていた友達が、ひょこっとお弁当を覗き込んで「それ、食べないの?」と聞いてきた。

私は本能的に「違うよ!」と答えた。残すことがバレたら、きっと彼女は「先生〜ぐみちゃんがお弁当残してますー」と、悪意なきピュアな報告をするだろう。

苦手なものでもまずは食べてみようとか、一口食べてみたら意外と食べられるかもよ? とか、そんなことを言われて、先生の横で食べさせられるに決まっている(今、自分が毎日子どもたちに言ってる気がするぞ……)。


パニックになる中、私の口が勝手にスルスルと喋り出していた。

「あ、あのね! これはあの〜……種だから! いっぱいあるけど、種だから、残していいところなの」

そんな言い訳あるか! と自分自身にツッコミながらも、一度口から出た嘘には、責任を持って命を吹き込み続けなければならない。「ママもここは残していいって言ってた」「一度間違って食べたら、筋がすごかったんだよね〜」と、必死に続ける。

「種なの? ふ〜ん。おっきいね」


アスパラガスは、幼児にとってあまりメジャーな野菜ではない。そのせいなのか、言い訳の生命力がみなぎっていたのか、友達は特に疑うことなく「アスパラガス=種」という奇抜な思いつきを受け入れていた。

そう、これは、種。
だから、残していい。

私は、自ら作り出した歪んだ真理に納得し、堂々をアスパラを残した。



その日持ち帰った弁当箱を見て、母はどう思っただろうか。

ベーコン巻きが、おそらく2本か3本。もしかしたら主菜だったかもしれないおかずを、丸々残したのだ。今の自分が同じことをされたら、やっぱりちょっと、ギョッとするよなぁ、と思う。


中学生のときは、コンビニ弁当に憧れて、あえてお弁当を断ることも多かった。高校生になると、冷食のグラタンやコロッケが入っていないことに憤慨した。茶色いおかずが恥ずかしくて、蓋で隠すように食べたこともある。

母は昔から「料理が苦手だ」「できればやりたくない」と宣言しているから、お弁当作りの負担はかなりのものだったはずだ。遅すぎるけれど、感謝の念が込み上げる。私は母と、どんな対話をしていたのだろう。

===

「お弁当、おいしかったよ! ぜーんぶ、食べたよ!」

お迎えに行くと、開口一番に、次男が完食報告をしてくれた。

朝、リクエストの唐揚げの残りを出したときは「これじゃない、ささみの唐揚げがいい」と拒絶されて愕然としたけれど、唐揚げもきれいになくなっていた。ありがとう次男、今夜は気持ちよく酔えそうだ。

ルンルン気分で夕飯を出したら、次男は半分以上残した。まったく、人生、山あり谷ありである。




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#1 プリンと、夫と、修造と
#2 1. 0倍速の失恋
#3 「らしさ」の残骸



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