【連載小説】 何を知る #102 甘い顔で笑うから ④
「中村って、夜更かしできるタイプ?」
唐突に訊かれ、「あ、はい……」と困惑しながら答えると、小野田がノートパソコンを見せてきた。
「今日の夜は、ふたご座流星群が見られる」
ノートパソコンの画面に表示されたネットニュースは、今日がふたご座流星群のピークだと言っている。
「流れ星ってことですか」
「そう。ふたご座流星群って、毎年この時期に見られるんだけど……。今年はほぼ新月で、空が暗いからよく見える。今日は天気もいいみたいだし。もし夜まで起きてたら、空、見てみて。……寒いから、ちゃんと着込んでからね」
「あ、はい……」と答えてから、「そんなに簡単に見れるんですか?」と質問する。
「何分見るかによると思うけど、1時間に30~40個って聞けば、1つくらいは見えるんじゃない?」
「あ、そうですね……」
2分に1個以上見れると考えれば、小野田が言うとおり、1つくらいは見えるかもしれない。
ノートパソコンを閉じて引き出しにしまった小野田が、紅茶に口をつけた。
「……先生も飲めないんですか、コーヒー」
わたしが訊くと、小野田は飲んでいたマグカップをゆっくり置いてから、
「飲めるんだけど、最近はコーヒーより紅茶が好きなんだよね」
とわたしの顔を見ながら言った。
「あ、そうですか……」
ミルクを入れても砂糖を入れても飲めないのはわたしだけか。
「……俺も高校2年生のときは飲めなかったよ。高校3年生のときかな、飲めるようになったのは」
「どうやって克服しましたか?」
わたしが前のめりで訊くと、小野田は長いこと考えて、
「……当時、結構頻繁に遊びに行っていたところがあったんだけど、そこの人が毎回コーヒーを出してくれたんだよね。行くたびにちょっとずつ飲んでたら、いつの間にか飲めるようになった」
と言いながら首を傾げるしぐさを見せた。微妙に嘘が混じっているんだろうけど、どこが嘘なのかわたしにはわからない。
小野田はまた紅茶を飲んだけど、いまだにケーキには全然手をつけていない。濃くて甘いケーキはぱくぱく食べられるものではないけれど、わたしのケーキはあと3口くらいだ。
……食べ終わったら、どうしようかな。
と考えてから、そういえばわたしは何をしていたんだっけ、と思う。
……歌穂ちゃんとの思い出話をしたい。
そのために学校に来て、教室に行こうとしていた。
そこで、各専攻で来週末のクリスマスコンサートの練習が始まっていることを思い出した。やっぱり音楽室に行こうかな、と思ったところで、谷町先生に合わせる顔がないことに気づき、悩む。
……谷町先生、心配してるだろうな……。
自分で言うのも変な話だけど、わたしはこれまで谷町先生に反抗的な態度をとったことはなかった。谷町先生の理想にわたしの実力が届かないことはたまにあるけれど、やれることはやった結果がそうなのだから、一応許してもらえているはずだ。同じヴァイオリン専攻で同じ指導を受けている歌穂ちゃんや菜乃はたまに、「谷町先生は厳しい」と陰で愚痴をこぼすことがあるけれど、わたしはそんなことを言った記憶はない。
だから、谷町先生の呼ぶ声を聞かずに寮から逃げ出したのは、わたしの初めての反抗だったわけで……。
……気まずい。明日になればごめんなさいが言えると思うけど、今日は言えそうにない。
「先生、あの……」
フォークを置いて、手を膝の上に置いた。
「……あの、わたしがここに来たこと……。今日だけは谷町先生に内緒にしてくれませんか」
小野田は表情をそのまま、2回瞬きをした。
「どうして? ……谷町先生に知られたら、まずいの」
「いえ、まずくはないんです。でも、谷町先生は、心配してると思うんです。わたしが、反抗的な態度をとったから……」
「……そう。珍しいね」
そう言った小野田は視線を遠くにやりながら、どうすべきか考えているようだ。
「でも、谷町先生が心配するような事情なら、黙っておくことはできないから……。俺からは谷町先生に言わないけど、もし谷町先生に訊かれたら、言ってもいい? ここで中村と、世間話をしたこと……」
と小野田から訊かれ、「はい」と答える。
「……明日、谷町先生にちゃんと謝ります……」
「偉いね」と小野田が、口を尖らせたいつもの笑顔で言った。
最後の一切れを食べ終えたところで、
「これから、寮に帰るの」
と小野田が訊いてきた。
「いえ、まだ寮には帰れないので……教室に行きます」
寮にいる天音と連絡を取って、谷町先生と鉢合わせしないようにタイミングを見計らって寮に帰るつもりだ。
「そ。……頑張ってね」
「はい」と返事をしたわたしは、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「流し、借りてもいいですか」
と、お皿とマグカップを洗うために訊ねると、
「いいよ、そこ置いといて」
と言われてしまった。
そうは言うけど……とやる気を見せたところで、前の化学実験のときにメスシリンダーを割ったことを思い出し、
「……割っちゃうといけないので、やめておきます……。すみません……」
と頭を下げた。
「あ、いや、そうじゃなくて、ほかにも洗うものがあるから一緒に洗おうと思ってるだけで……」
その小野田の反応から、小野田はわたしがメスシリンダーを割ったのを覚えていることがわかり、微妙に落ち込む。
「……あの、本当に、ありがとうございました……。ケーキ、おいしかったです。ちょっと元気出ました」
わたしは頭を下げてから、化学準備室を出た。
●・○・●・○・●・○・●・○・●
天音のサポートのおかげで、谷町先生と鉢合わせすることはなかった。
23時の点呼を終えて部屋に戻り、一人になった部屋で律儀に消灯時間を守る。
『歌穂ちゃん、学校辞めたの。本当にショック。今日から一人。寂しすぎる』
彼氏のタカちゃんこと徳平由鷹にメッセージを送る。23時消灯、6時半起床のわたしに合わせて、彼も東京で同じ生活リズムで暮らしているらしい。
『急だね。なんで?』
『わかんない。めっちゃ寂しい』
『頑張って。すぐ慣れるよ、たぶん』
『そうだといいな』
それっきり、メッセージが途絶えてしまった。寝落ちしちゃったんだろう。
……部活、忙しいもんね。
スマホを置いて、目を閉じた。
……。
……だめだ。全然、寝れる気がしない。
自分が体勢を変える音が自分の耳に入って、気持ち悪さを感じる。
一旦眠ることを諦めて、体を起こした。古いカーテンにあいた穴から、外の闇が覗いている。
……そういえば、流星群が見えるって小野田が言ってたな……。
ベッドから出て窓に近づく。窓越しでは見えそうにないので思い切って窓を開けると、12月の冷たい風が室内に入ってきた。急いで窓を閉めて、小野田が言っていたとおりしっかり着込んでから、もう一度窓を開けてベランダに出た。
ここは田舎だから、星はいっぱい見えるけど……。
流星群を見るにはどの方角を見ればいいのか、訊くのを忘れていた。
静かに風が吹いて、葉っぱが落ちた冬の枝が揺れている。
……歌穂ちゃんに、ありがとうもさよならも言えなかったな……。
ぽろぽろと涙が落ち、火照った顔に冷たい風があたり、ひんやりとした気持ちよさを感じる。
しばらく経ってから、星を見るためにベランダに出たのに下ばかり見ていることに気づき、顔を上げた。
あっ……。
キラッと光って、すうっと消えていった。
「……せつな……」
空が明るくなって星が見えなくなるまで、ずっと外に出ていた。不思議と、寒さは感じなかった。
#103≫
≪#101
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたサポートは、執筆のお供のコーヒー代に当てさせていただきます!