王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第25話 頑張れ!ワンコ!
第25話 頑張れ!ワンコ!
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】

「だ、だだだだだだだだだ大丈夫?!」
コウモリの翼を広げ、暗闇から降り立ったのは、太陽王直下調査部隊所属のセカンド、琥樹だった。 全身をこれでもかと震わせ、泣きべそをかきながら、彼は必死に子供の前に立つ。
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『乖理、大丈夫?』
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乖理の耳の奥に、かつて自身を助けてくれた幸十の優しい声が反芻した。そして、琥樹の後ろ姿に、一瞬だけ幸十の幻影を重ねる——が。
「う・・・ぅう・・・」
すぐさま、それが幸十ではないと気づくと、乖理は再びぐずり始めた。
「え、あ、ど、どっか痛い?け、怪我した?いや、こ、こここ怖かったよね!俺も怖いもん!」
琥樹が安心させようと、半分本音を漏らしながら話しかけるが・・・。
「ぅう・・・うわぁぁぁぁあん!兄貴じゃなぃぃぃぃい!!ぅぁぁぁぁああ!!」
乖理は堰を切ったように泣きじゃくり始めた。今この状況で、一番一緒にいて欲しいはずの幸十ではなかった。その絶望が、小さな体をさらに打ちのめす。
「え、あ、兄貴?き、君のお兄ちゃん、かな?ど、どこかにいるの?」
「ぅう・・・ぐすっ・・・兄貴は兄貴だよ。ぐすっ・・・」
話していくも、状況が飲み込めず、余計に混乱していく琥樹。
"ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・"
「・・・ん?」
なんとか乖理を宥めようと必死な琥樹が、背後に ”粘つくような気配” を感じて振り返る。——すると。
"ネエ・・・アソボ?"
「え」
太陽のブローチの光が照らした先に、いつの間にか、くすんだ色をしたウサギ型のぬいぐるみが立っていた。 焦点の合わないボタンの目、所々からワタが飛び出している。
(これ・・・っ、あの気持ち悪いクマの小さいバージョン・・・っ!?)
この城に連れてこられた直後、幸十を襲った、巨大なクマのぬいぐるみを思い出す。生理的な不気味さに、琥樹の体が硬直した。
"アソンデ・・・クレナイノ・・・?"
「え、いや、無理・・・無理でしょ?!怖すぎ!!無理!!!こっち来んな!!」
"アソンデ・・・クレナイナラ・・・"
「?」
「キャン!!!」
"シャキン!!"
「っ、!?」
小さな銀の狼——ワンコの鋭い鳴き声が、最上階の広間に響き渡った。 刹那、ウサギのぬいぐるみの表情が途端に獰猛なものへとかわる。その小さな手にはいつの間にか、赤い鋭利な刃が握られていた。
「うっっっっっわぁぁぁあああ!!な、何、なんなのこの気持ち悪いぬいぐるみ!!めっちゃ走ってくる!!本当に無理!!!!」
琥樹は悲鳴を上げながら、乖理と、意識のない拝理を反射的に抱え上げ、翼を強く羽ばたかせて宙へ逃れた。だが、それで危機が過ぎ去るほど甘くない。
"ドドドドドドドドド!!!!"
「・・・え、ぇえ?!!何あの大群!!!嘘でしょ?!」
暗闇の奥から無機質な駆動音と共に、様々な動物の形をした不気味なぬいぐるみの大群が、津波のように押し寄せてきた。その全てが、血に飢えた刃を手にしている。
「怖い!!怖すぎる!!無理!!!無理って・・・あーー!!そっち行っちゃダメーー!!」
飛び逃げ惑う琥樹だが、ぬいぐるみたちの狙いは彼だけではなかった。広間の奥、軍隊長たちを飲み込んだ ”捕食植物” の裏、隠れている子供たちの方へも向かい始めたのだ。
「え、え、ど、どうしよう?!」
乖理と拝理を抱えて飛ぶだけでも精一杯の琥樹は、どうしていいのか分からずパニックに陥る。
「キャン!!」
”ガブッ!!”
「わ、ワンコ!!」
地上にいたワンコが、子供たちに近づくぬいぐるみたちに噛みつき、撃退を始めた。 だが、その体はあまりに小さい。数百という大群を全て捌ききることなど、到底不可能だ。 瞬く間に、ワンコの包囲網を抜けたぬいぐるみたちが、子供たちの目の前まで迫る。
"アソバナイナラ・・・シンデ??"
「う、ぅう・・・っ!!!」
「や、やだ・・・!!!」
「お、お兄ちゃん助け・・・」
子供たちは顔を真っ青にさせ、軍隊長たちを飲み込む ”捕食植物” に必死にしがみくしかできない。迫り来るぬいぐるみたちの刃を視界に入れまいと、ギュッと瞳をつむる。その、刹那。
"シュン、ズプッ!"
「——っ?」
琥樹が、コウモリの翼を広げ、麻痺針を咄嗟に放った。 正確に狙われた複数のぬいぐるみが、音もなく倒れていく。
「な、なんとか、効きそう・・・」
麻痺針が効果があることに安心しながらも、これ以上乖理たちを抱えて空中戦をするのは限界だ。琥樹は急ぎ、子供たちが隠れる ”捕食植物” の方へ着地した。
"シュュュュウ・・・"
「と、とととりあえず・・・」
琥樹が二人を下ろすと、拝理は今にも息を引き取りそうにぐったりしている。 四肢を失ったその無惨な姿に、琥樹は歯を食いしばった。恐怖よりも、この悍ましいことをしたオルカへの怒りが、ほんの一瞬だけ勝る。
"ビリッ"
「ご、ごめんね。すぐに処置できれば良いんだけど・・・とりあえず、止血だけは・・・!」
琥樹は、隣で涙を浮かべる乖理に、精いっぱいの虚勢を張って話しかけながら、隊服の裾を破いた。
(えっと、確か・・・ココロさんが前に言ってたな。出血が多い時は・・・)
ソール軍の副隊長である拝理の容体に、琥樹はパニックになりそうな心を必死に抑える。そして、彼女の傷口に隊服の切れ端を巻き、止血を試みた。
「ぅう・・・ぁあ・・・」
「か、母ちゃん!! 母ちゃん!!」
乖理は、母の顔の横で、必死に呼びかけ続ける。だが、拝理の意識は深く、暗い闇の中だ。子供の声さえ届かないほど、彼女の命の灯火は消えかかっていた。
(ど、どうしよう・・・。俺、治療道具とか持ってないし・・・いくらセカンドの身体が頑丈って言われてても、このままじゃ・・・。この人確か・・・ソール軍の副隊長、だよね?そんな人が、ここまでやられちゃうなんて・・・。)
琥樹が息を呑みながら、拝理に隊服の切れ端を巻いていると——。
「キャン!!」
"シュン!"
「え、うわぁぁぁあ!」
いつの間にか、処置に集中していた琥樹の背後に、ぬいぐるみが迫っていた。 ワンコの鳴き声に気づき、咄嗟に麻痺針を放つが・・・。
"ダダダダダダダダダダダダダダ!!!!"
「え!は、早っ!!きも!」
ぬいぐるみは異常な反応速度で針を避け、床を素早く駆け巡っていく。
"ザシュッ!!"
「っ、!!」
琥樹が驚いている隙に、ぬいぐるみは鋭い刃を彼へと振り下ろした。 琥樹はなんとか身体を捻って避けようとしたが、刃がかすかに肩を掠めた。
かすかに・・・そう、かすかに。
「・・・っい!!?いっっったいんだけど?!な、何これ?!!本当に痛い!!誰か助けて!!俺、死んじゃう!!!」
肩にできた、小さな小さな切り傷を抱え、琥樹は涙をブチ撒けてパニックを起こした。
「キャンキャン!!!!」
ワンコが喝を入れるように鳴くが——
「ワンコ! これ想像以上に痛いよ!! 今日が俺の命日だぁぁあ!!」
「キャン・・・(駄目だ、こいつ)」
そんなのお構いなく泣き叫ぶ。しかし、ぬいぐるみたちは琥樹のヘタレっぷりなど待ってくれない。どんどん、どんどん押し寄せてくる。
そんな苦戦する琥樹たちの様子を、部屋の天井近く、カーテンが覆われた不気味な特等席から見下ろすのは、月族天神・オルカ。
「・・・ふーん。なーんだぁ。あれ、セカンドでもないの?なら、僕の出る幕はなさそうだぁ。あの緑の中に、軍隊長がいるんだろうけど・・・ふふふっ。あそこからは絶対に出れないから、死ぬのも時間の問題だあ!はぁ~。太陽族って想像以上によっっっわい。」
オルカが高みの見物をしている、その時——。
"ドガーーーーーン!!!"
凄まじい地響きと共に、外から衝撃音が響き渡った。子供たちは恐怖に怯えるが、オルカは楽しげに外へと視線を向けた。
(爛たちかなぁ?派手にやってるね~。早くヒナギクの心臓が欲しいんだけどなあ。まぁ・・・爛はまだ必要だし、まだだめかなあ~。はあ~あ!・・・お、もう僕の人形たちに飲み込まれそうじゃん。)
その下では、琥樹とワンコの必死の攻防も虚しく、ぬいぐるみの大群が、子供たちを守りきれなくなっていた。琥樹が麻痺針を放ち、ワンコが噛み付くが、もう捌ききれない。
(ぁあ、もう!セカンド使って、風で吹き飛ばせれば一発なのにぃぃい!!!もうこの腕輪、なんなのさぁぁああ!!! )
琥樹は苛立ちと恐怖に、自身の腕に付けられた ”赤い腕輪” を恨めしそうに睨む。だが、時間は待ってくれない。目の前のぬいぐるみたちから視線を反らさず、子供たちを守ろうと翼を広げ続ける。
「きゃあ!」
「や、やだぁぁあ!!」
「っ!ちょっ!そっち行かないでよ!!!俺を狙え、っていや、狙っては欲しくないけど・・・って、そんなこと言ってる場合じゃない!!!」
琥樹の制止をすり抜け、数体のぬいぐるみたちが、子供たちの目の前まで迫る。 琥樹が咄嗟に向かおうとしたが、周囲をぬいぐるみたちに邪魔され、間に合いそうもない。それでも向かおうと、琥樹が影織のボタンを押そうとした、その時——。
"グワァァァァァァァア!!!"
獣の激しい雄叫びが、ヒナギクの塔全体に響き渡った。 その迫力ある声に、まるで押し出されるかのように、ぬいぐるみたちが次々と飛ばされ、後退していく。
「え、な、何!!今度は何!?!?」
琥樹も飛ばされ、思わず軍隊長たちのいる ”捕食植物” に抱きつき叫んでいると——
"グルルルルル・・・"
「え・・・」
琥樹たちを守るかのように、目の前に一匹の狼が降り立った。 それは、今まで出会った狼たちの一回りは大きく、立派な銀色の鬣をなびかせる、銀の狼だった。
「え、え!う、嘘でしょ!?!どこから来たの!!やられる!!食べられちゃう!!わ、ワンコ!!ワンコ助けて!!!ワンコーーーーーー!!!」
琥樹が一人パニックを起こし、ワンコを必死に呼ぶ。
しかし、その呼びかけに応えるかのように、近づいてくるのは目の前の立派な銀の狼だ。
「こ、来ないで!!駄目!お、俺、不味いよ!!すっっっごく不味いからね!!食べたらお腹こわす・・・」
"ぺろっ"
「ぎゃぁぁぁぉぁぁぁあ!!!」
舐められた琥樹は、この世の終わりかのような情けない叫び声を響かせる。
「な、舐めた!!舐められた!!あ、味見?!ま、まずいでしょ?!美味しくない・・・」
「キャウン・・・」
そんな琥樹の様子に、その立派な銀の狼は、どこか呆れた表情で彼を見つめる。すると——。
”ぐぃっ”
「?」
「ね、ねえ。弱虫の兄貴・・・」
乖理が琥樹の翼を引っ張り、恐る恐る口を開く。
「美味しくない、美味しくないよ!!俺!!」
「弱虫の兄貴!!!」
「ひえっ!!」
乖理の呼びかけに、やっと琥樹が我に返ると、乖理は続けた。
「その狼・・・さっきまで小さかったのが大きくなったやつだよ。おれ、見たよ!!大きくなるところ。ね、みんなも見てたでしょ?」
乖理が背後にいる子供たちに聞くと、数人がコクコクと、怯えながらも頷いた。
「・・・・・・・・え。」
その言葉に、唖然としながら、琥樹は隣にいる立派な銀の狼を見つめ始める。
「——お、お前、まさか・・・ワンコ?」
「アオーーーン!!!!」
その問いかけに、元気よく鳴く狼。 その様子に、みるみる琥樹の表情が、別の意味で真っ青になっていく。
「わわわわわワンコーー!?!??な、何があったの!?ってか、銀の狼って、こ、こんないきなりデカくなるの?!成長早すぎない?!?足の指も六本あるんだけど?!嘘でしょ?!俺を食べないよね?!デカくなったからって食べない・・・」
"ガブッ"
あまりにもうるさい琥樹を黙らせようと、ワンコは彼の頭をガブりと、優しく(?)口に含んだ。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁあ!食べられる!!何か頭から食べられるの、シャムスでもやられた気がするんだけど!!」
ワンコの口の中で騒ぐ琥樹に、子供たちもただただ呆れた表情で見ている。
"ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・"
「っ、!」
しかし、時が止まっているわけではない。
ワンコの雄叫びで飛ばしたはずのぬいぐるみたちが戻ってきたのだ。その様子に、ワンコは琥樹を口から出し、身体を構えた。
「ぎゃっ!!ま、また気持ち悪いぬいぐるみ!!!」
「ワフッ!!!」
「な、何?い、一緒に戦ってくれるの?」
「アオーーーン!!!」
先程まで怖がっていた琥樹だが、こんなに立派になったワンコが味方になるのであれば話が変わる。元気なワンコの鳴き声に、琥樹は表情を明るくすると、自信満々にぬいぐるみたちを指さし言った。
「よし!!!頑張れ!!ワンコ!!全員ぶっ飛ばしちゃって!!!」
「ワフン・・・(お前も戦え)」
ワンコの呆れた鳴き声と共に、再び琥樹たちの、絶望と希望の防衛戦が始まったのだった。
