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王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第24話 震える勇者の覚悟

第24話 震える勇者の覚悟

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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】





——時は少し遡る。


「もう無理ぃぃぃ!!! 帰る!! 帰るよ!! ここ怖すぎる!!! 太陽城に帰りたいよおおおーーーっ!!!」
「キャウン・・・」
らんの強撃によって散り散りに吹き飛ばされた後、琥樹こたつが目を覚ましたのは、不気味にそびえ立つ ”ヒナギクの塔” 周辺だった。 あまりの恐怖と混乱に頭がパンクしそうになりながら、ずっと胸に抱きしめていた”小さな銀の狼”——ワンコも一緒である。

「というかさ、この緑の塊・・・もついてくるんだけど!中にいるのは軍隊長たちだって分かっているけど・・・うねうね動いて気持ち悪いんだよ!!!」
不思議なことに、琥樹こたつが泣きべそをかいて歩き出すと、軍隊長夫妻を飲み込んだ ”捕食植物(緑の塊)” も、まるで散歩の犬のようについてくるのだ。どうも、琥樹こたつを飲み込もうとしたり、攻撃しようとしたりはしてこない。

「あぁ、もう!さっちゃんたちどこ?!俺今、セカンドの力使えないからね?!ぽんこつなんだよ!?生きるのがやっとのキングオブぽんこつ・・・」
"——ガササッ"
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
「キャウン・・・」
近くの茂みが大きく揺れ、琥樹こたつはワンコを強く抱きしめ、悲鳴を上げた。ワンコは完全に呆れ果てた顔で、深いため息をついている。 しかし、茂みから這い出てきたのは、怪物の類ではなかった。

「う・・・うぅ・・・っ」
「——?」
そこにいたのは、この城に囚われていた太陽族の子供たちだった。 肌は傷だらけで、頬は痛々しいほどにこけている。泥に汚れた茶色い服から剥き出しになった肩には、家畜のように刻印された ”数字” が覗いていた。 大声を上げる琥樹こたつに怯えたのか、それとも彼の着ている太陽族の隊服を見たからか、子供たちの瞳から大粒の涙が溢れ出す。

「う・・・ぐす・・・」
「ぅう・・・」
「え、あ、あれ、だ、だ大丈夫?いや、大丈夫じゃないよね、えっと・・・」
日頃、周囲に甘えて慰められてばかりの琥樹こたつには、"誰かを慰める" という経験が絶望的に不足していた。そんな上等な真似、強者にしか許されない特権だと考えているのだ。 泣きじゃくる子供たちを前に、琥樹こたつは完全にパニックに陥る。

「うわぁぁぁぁぁぁああん!!!」
「ぁぁあ!な、泣いちゃった!泣いちゃったよ、どうしようワンコ!!!」
「キャン・・・」
どうしたらいいのか、琥樹こたつが慌てふためき、唯一近くにいたワンコを抱き上げ涙を浮かべた。

「ぁあ!もう!さっちゃんがいないから、ワンコが何言ってるか分からないよ・・・。」
すると、ワンコは琥樹こたつの手から器用に抜け出すと、泣き叫ぶ子供たちの足元へ歩み寄り、そのふわふわの小さな体を優しく擦り寄せた。

"もふっ"
「・・・っ!」
艶やかで温かいワンコの毛並みに触れ、子供たちはピタリと泣き止んだ。おそるおそる小さな手でワンコを撫で始めると、安心したように顔を綻ばせる。

「ワフンッ(どうだ)!」
「今のは何となく分かったぞ。」
琥樹こたつがワンコを恨めしそうに睨みつけ、子供たちが落ち着くのを待っていた、その時だった。

"ガサガサッ"
再び、音を立てて茂みが弾けた。 まだ隠れている子供たちがいるのかと、琥樹こたつが覗き込んだ瞬間——。


「グルルルルル・・・」


「うわぁぁぁあ!ぎ、銀の狼ィィィィ!?」
「きゃ!」
「ぁぁあ!!」
「ひっく!」
突然姿を現した、本物の、凶暴な ”銀の狼” 。 子供たちは恐怖に顔を引き攣らせ、一斉に琥樹こたつの背後に隠れた。

「え、あ、え、そうなる?!いや、そうなるよね!え、でも俺、今セカンド解放できな・・・」
心臓が口から飛び出そうなほど怯えながらも、琥樹こたつは背後の子供たちを庇うようにして、ワンコを両手で高く掲げた。

「だ、大丈夫!俺たちにはワンコがいる!!行け!ワンコ!!!仲間を止めるんだ!!」
「キャン!!」







「・・・・・・・。」









一瞬の静寂。

「グルルルルル・・・ギャン!!!!」
狼が容赦なく牙を剥いて飛びかかってきた。

「うわぁぁぁあ!!駄目だ!!!に、逃げるよ!!!」
琥樹こたつの危機センサーが臨界点を突破した。ワンコを肩に放り投げ、子供たちのうち数人を強引に ”捕食植物” の上へと放り込む。残りの子供たちを両腕で一気に抱え上げると、脱兎のごとく地を蹴った。

"タッタッタッタッタ!!!"
「ギャン!!ギャンギャン!!」
「ぎゃぁぁぁあ!!く、食われる!!ついに食われる!!夢が現実になっちゃうーーー!!」
うるさく喚き散らしながらも、琥樹こたつの逃げ足は凄まじかった。こればかりは部隊の誰よりもピカイチである。 猛烈なスピードを維持したまま、眼前に迫ったヒナギクの塔の入り口へと、滑り込むように飛び込んだ。

「くっっら!!!え、これ階段?!え、階段登るの疲れ・・・」
「ギャンギャン!!ガウルル!!」
「に、にいちゃん、後ろ!!」
「いやぁぁぁぁあ!!の、登ります!!登ればいいんでしょ、登れば!!」
背後から迫る獣臭さと爪の音に急かされ、琥樹こたつは必死に歪な階段を駆け上がり始める。その後ろを、軍隊長夫妻を飲み込んだ捕食植物が ”うねうね” と猛追してくる。

"ピタ・・・"
だが、ある程度登ったところで、ふっと背後の気配が消えた。

「グルルルルル・・・」
「あ、あれ?」
琥樹こたつが息を切らせて振り返ると、狼たちは塔の入り口でピタリと足を止め、立ち往生していた。 中に入ろうとウズウズしながらも、目に見えない境界線でもあるかのように、決して敷居を跨ごうとしない。

「わ、ワンコ。あれ、入ってこれない感じ?」
「キャン・・・」
「なんだよ、仲間だろ。何も分かんないの?」
"ガブッ"
「いっった!ちょっと!地味に痛いんだけど!」
「キャン!!」
ワンコと騒ぐ琥樹こたつたちをよそに、銀の狼たちは中に入るのを諦めたように、入り口の前にどっかりと座り込んでしまった。

「え、ちょっと!そこに座んないでよ!出れないじゃん!!」
琥樹こたつの叫びも虚しく、完全に封鎖されてしまった一階。その様子に、琥樹こたつはため息をつき、階段の先を見た。

「・・・真っ暗だなぁ・・・やだなぁ・・・。お化けでそう。いや、マダムかなぁ。」
泣きべそをかきながらも、退路は断たれている。琥樹こたつは覚悟を決め、胸元の太陽のブローチをカチリと光らせた。 ランタンのように暗闇を照らす一筋の光。琥樹こたつは震える子供たちを振り返った。

「と、とりあえず、登ろう。あ、歩ける?」

しかし、光に照らされた子供たちの顔は、恐怖で真っ青に染まっていた。
「だ、だめ!!」
「え、ど、どうしたの?」

一人の子供が、琥樹こたつの服の裾をぎゅっと掴んで引き止める。すると、他の子供たちも続いた。
「こ、ここ、ヒナギクの塔だよ。」
「ひ、ヒナギクの塔?」
「うん。ひなぎくの花が咲いてるから、ヒナギクの塔。」
「ヒナギクの塔は入っちゃ駄目!」
「入ったら、ひどいことされて、殺されちゃう!!」
「3番のお兄ちゃんがそうだった!!」
「え、さ・・・さんばん・・・?でも、そ、そんな事言ったって・・・」

嫌がる子供たちに、どうしたらいいか困る琥樹こたつ。右往左往していると、隣にいたワンコが突然、鼻をピクピクさせ、階段の先を見た。

「——?ワンコ、どうしたの?」
すると・・・

「キャン!!」
"タッタッタッタッタ!"
「ワンコ!? ちょっと待って、置いてかないでえええ!!」
突然、勢いよく階段を上がり始めたワンコ。その様子に驚いていた琥樹こたつだが、唯一頼りになるワンコを逃すかと、子供たちを再び抱き上げ、”コウモリの翼” を広げた。

「え、えっと、大丈夫!いや、大丈夫じゃないかもだけど、ま、守るから・・・ぽんこつなりに、が、頑張るからね!」
"シュン!"
子供たちの返事を待つ余裕などない。 琥樹こたつは翼を強く羽ばたかせ、暗闇の迷宮へと飛び立った。先を行くワンコの小さな背中を追い、軍隊長たちを飲み込む ”捕食植物” もそれに続く。 ワンコの速度は上がる一方だった。まるで、上層から漂う ”強力な何か・・・・・” に引き寄せられているかのように。

——この先に、一体何があるのか。 心臓を支配する恐怖を、琥樹こたつはブローチの光だけで必死に押し殺しながら、ひたすら羽ばたき続けた。 そして、複雑に入り組んだ階段を登りきったその時、唐突にワンコが足を止めた。





"ボキッ、ブチィィィィイ!!!"
「ぐぁぁぁぁあ!!」
「か、母ちゃん!!うわぁぁぁぁあ!母ちゃん!母ちゃん!!!!」



「——?!??」
最上階に足を踏み入れた瞬間、鼓膜を震わせたのは、肉が引き千切られる悍ましい音と、幼い子供の絶望に満ちた叫び声だった。 琥樹こたつは反射的にその場で滞空をやめ、子供たちを床へと下ろす。そして、彼らを軍隊長夫妻が閉じ込められている ”捕食植物” の背後へと押し込んだ。

「こ、ここに隠れてて・・・!」
「に、にいちゃん、どっかいっちゃうの?」
涙をためて縋りついてくる小さな手に、琥樹こたつは心の底から叫びたかった。

(俺だって、一緒に隠れたいよおおお!!!)

しかし、並外れて鋭い "" を持つ琥樹こたつだからこそ、悟ってしまっていた。この先にいるのは、次元の違う、得体の知れない巨大な ”怪物” だ。全員でここに縮こまっているだけでは、見つかってなぶり殺されるのを待つだけになる。 恐怖で喉がピリピリと焼けつく。今にも泣き出しそうな自分を、琥樹こたつは必死に抑え込んだ。

「・・・ちょ、ちょっと、見てくる。だ、大丈夫だよ。この捕食植物変な緑の塊、気持ち悪いけど、中にタイヤンの軍隊長が入ってるんだ。今出れるように色々中で頑張ってるだろうから、軍隊長たちと一緒にいて。本当はね、俺も一緒にいたいんだけどね!本当にね!!!」
不安そうに頷く子供たちを見届けると、血が滲むほど唇を噛み締め、琥樹こたつは少し先で身構えるワンコのもとへと這うようにして近づいた。

そして、物陰から最上階の広間を覗き込んだ瞬間——。


「・・・っ!!!!!!」
あまりの凄絶な光景に、琥樹こたつは声もなく絶句した。

不気味に首を傾げてニヤつく鳥仮面の人物。その足元には、両手両足をすべて無残にも引きちぎられ、自身の血の海の中で息絶え絶えになっている拝理はいりの姿があった。
凄惨すぎる現実に、息の仕方すら忘れる。と同時に、その奥に並ぶ、数百ものカプセル——その中で眠るマダムたちの姿が視界に飛び込んできた。

その、瞬間だった。

"キーーーーーーーーン!!"
「っ、うあ、あ、が、っあ!?」
突然、頭を重い鉄塊で殴られたかのような、激しい痛みが琥樹こたつを襲った。あまりの激痛に視界がぐにゃりと歪み、頭を抱えて床に蹲る。

「いっ・・・!な、何・・・」
脳内に ”見知らぬ映像・・・・・・” が勢いよく流れ込んでくる。 目の前の光景と酷似した、冷たいカプセルがズラリと並ぶ暗い部屋。その映像がフラッシュバックすると同時に、鼓膜の奥で、誰かの必死な叫びが木霊こだました。

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『逃げろ!!!逃げるんだ!琥樹こたつ!!!!』
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(だ・・・誰・・・?)
聞いたこともない声。なのに、なぜか魂が毟り取られるように懐かしく、切ない声。 あまりの頭痛と謎の記憶の濁流に、琥樹こたつは嘔吐し、今にも気を失いそうになっていた。 だが、その意識を、さらに巨大な狂気が叩き起こす。

「こんのガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
地響きのような怒声。ハッと我に返ると、血の刃を振り上げた鳥仮面の人物が、拝理はいりを庇って泣き叫ぶ男の子へと襲いかかろうとしていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!!」
琥樹こたつは、目の前の人物が天神てんしんクラスのバケモノであることに気づいていた。 どう考えても、勝てる相手じゃない。ましてや、今の自分はセカンドの解放すらまともにできない。飛び出していけば、一瞬で消し飛ばされるかもしれない。 しかし、逃げようにも下には銀の狼たちが待ち構えていて、背後の物陰からは、太陽族の子供たちが震えながら自分を見つめている。

(ど、どうしよ・・・っ、)
過呼吸寸前のパニックの中、琥樹こたつの脳裏をよぎったのは——シャムス地方での激戦後、昏睡状態から目覚めた幸十さちととの会話だった。

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『さっちゃん、こんなにボロボロになるまで戦って・・・。何で逃げなかったの?逃げてもいいんだよ!!』
『・・・んー。俺のいた所ではね、毎日恐怖に怯えながら、みんな暮らしてた。』
『え?』
『今でも毎日痛いむち打たれて、みんな助けを求めてると思う。でも、その時は俺、何もできなかったから。シャムスに行って、そんな子供たちを待ってる人たちがいることを、初めて知った。・・・だから、頑張ろうと思った。みんなを待っている場所に帰れるように・・・カゾクと会えるように。そう思ったら、ここが熱くなって、身体が動いてたんだ。』
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"グッ"
琥樹こたつは、物陰に隠れている子供たちに、再び視線を移す。


”——助けて”


そう言わんばかりの表情。
そして——


「・・・っ、う、うぅ・・・あ、兄貴ーーーーーーー!!!!」
子供の叫び声に、琥樹こたつは唇を噛み締めると、ワンコと一緒に前に出た。コウモリの翼、取手にある緑色のボタン、”影織かげおり” を発動させ、身体を透明化させる。

(さっちゃん・・・そんなかっこいいことを言う君を、ちょっと羨ましいなって思ったんだ。俺はいつも逃げ出しちゃうから。鬼のような戦術班たちがいなきゃ、いっつもそう。ただ・・・)

ワンコがオルカの右腕に猛然と喰らいついた、まさにその刹那。 琥樹こたつは透明化した状態のまま、オルカの死角へと回り込み、腕の隙間を正確に狙って "麻痺針まひばり" を放った。

(今なら、君の言ってた意味が、ちょっとだけ分かる気がするんだ。あそこで怯えている子供たちは、ずっとずっと辛い経験をしてきた。そんな子供たちの、あんな表情を見たらさ・・・。こんなぽんこつな俺だって、ここが熱くなるよ!!)

"シュン!ブスッ!"
見事にオルカの腕に麻痺針まひばりが当たると、影織かげおりを解除し、そのまま着地した。


「だ、だだだだだだだだだ大丈夫?!」
背後で拝理はいりを抱きしめて泣きじゃくる、彼女によく似た面影の男の子に、精いっぱいの虚勢を張って声をかける。
と同時に、琥樹こたつはこうも思った。


(でもね・・・やっぱり今、すっごく逃げ出したい!!!!)



ガタガタと目に見えて震える足でなんとか大地を踏み締め、迫り来る月族天神・オルカを前に、心の中で叫ぶ琥樹こたつだった。




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