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「まずは勉強しなさい」と言われ続けた高校生が、学校の外に出てはじめて気づいたこと。

あなたは、こんな言葉をかけられたことはありますか。

「高校生なんだから、まずは勉強を頑張りなさい。」

私はこの言葉を、否定したいわけではありません。
学校で学んだこと、先生に支えてもらった経験、授業で得た知識
それは本物だし、今の自分の土台になっています。

でも最近、ひとつの問いが頭から離れないんです。

「学校の中だけにいると、見えないものがあるんじゃないか」と。

「正解を出す力」を磨いてきた私たちへ

学校というのは、とてもよくできた場所です。

目標が明確で、評価基準があって、頑張れば結果が返ってくる。
そのシステムの中で、子どもたちは少しずつ「正解を出す力」を磨いていきます。

でも私が学校の外
ビジネスコンテストや探究活動、年齢も立場も違う人たちが集まるコミュニティに足を踏み入れたとき、まず最初に感じたのは、戸惑いでした。

「正解」がないんです。 誰も採点してくれないし、模範解答もない。

そこで問われていたのは、

「何を問題だと思っているのか」
「なぜあなたがそれをやるのか」
「誰のために動くのか」

という、全然違う種類の問いでした。

「良い成績を取ること」が評価だと思っていた

恥ずかしい話をすると、私はかつて、「良い成績を取ること」こそが自分の価値だと、どこかで思っていました。

学校の中にいると、それが"当たり前"に見えてくるんですよね。
似たような環境、似たような目標、似たような価値観を持つ人たちの中にいると、知らないうちにそれが「世界のすべて」になっていく。

でも外に出てみると、全然違う景色がありました。

起業家、研究者、社会活動家、海外の学生
本当にいろんな生き方をしている人たちと話すうちに、

「こんな道もあるんだ」「こんな問い方もあるんだ」

という感覚が、少しずつ積み重なっていきました。

主体性って、「自由にさせること」じゃないと思う

最近、「主体性を育てる教育」という言葉をよく耳にします。

でも私は、主体性って「自由にさせること」ではなく、「自分より広い世界に触れること」から生まれる部分が大きいと感じています。

選択肢を知らない子どもは、選べません。
「こういう生き方をしている人がいる」という実感がなければ、「自分もこうなりたい」という問いは生まれない。

だとすれば、主体性を育てるために本当に必要なのは、 「自分で決めなさい」という自由ではなく、 「決める材料となる世界との出会い」なのではないでしょうか。

「越境」が、学校の景色まで変えた

不思議なことに、学校の外に出る経験を積むと、学校の中の景色まで変わっていきました。

授業を「なんとなく受ける」のではなく、「これは何のためにあるんだろう」と考えるようになった。
進路を「なんとなく決める」のではなく、「自分はどこへ向かいたいのか」と問うようになった。

これを、私は「越境経験」と呼んでいます。

学校の内と外を行き来すること。 知らない世界の人と話すこと。
自分の「当たり前」がゆらぐ瞬間を持つこと。

それが、子どもたちの、そして私たち大人の思考を、少しだけ広げてくれる気がしています。

あなたの「越境」は、どんな経験でしたか?

最後に、ひとつ問いかけさせてください。

あなたが「学校(あるいは会社や組織)の外」に出て、はじめて気づいたことは何でしたか?

私はいま、「宇宙から地球を見る視点」を使って、そういう"越境の瞬間"を若い人たちに届けようとしています。

でも、そのヒントは、あなたの経験の中にもきっとあると思っています。

もし何か思い当たることがあれば、コメントで教えてもらえると嬉しいです。
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