【5分で分かる中学社会】ヨーロッパ⑥ドイツの工業 中1地理
前回はヨーロッパの農業について学びました。今回はドイツの工業についてです。
今日はサッカーとドイツの工業を読み解きます。
1:炭鉱夫とサッカー
ヨーロッパではサッカーが人気です。クラブチームもたくさんあります。サッカーのクラブチームにはヨーロッパの工業と大きく関わっているものがあります。その理由を探るため、まずはドイツの工業について学びましょう。
ドイツ西部のライン川沿いにルール工業地帯という有名な工業地帯があります。この地域はかつて重工業(船や自動車など重いものを作る工業)の中心地でした。

ルール工業地帯が栄えた理由は大きく3つあります。
①ルール炭田(たんでん)があり、石炭が使えた。
②フランス(ロレーヌ地方)から鉄鉱石を輸入できた。
③ライン川を使って物資が運べた。
これらの理由からルール工業地帯は重工業の中心地となりました。
ちなみに、「炭田」とは石炭が取れる鉱山を指します。ルール地方は石炭が取れたのです。1800年代から炭田の開発が進み、1950年代まで重工業の中心地としてドイツの工業を支えてきました。
当時、炭田から石炭を採るには、つるはしやハンマーで鉱山にトンネルを掘る必要がありました。そのような仕事をしていた人々を炭鉱夫(たんこうふ)といいます。
炭鉱夫の生活は厳しい肉体労働でした。そこで彼らはストレス発散のために、道具が少なくても楽しめる娯楽を求めたのです。彼らが目を付けたのはサッカーでした。
サッカー好きの炭鉱夫たちはやがてサッカーのクラブを設立するようになります。その代表例がシャルケというクラブです。通称「炭鉱夫たち(Die Knappen)」とも呼ばれます。シャルケのエンブレムには炭鉱夫たちが使ったハンマーが描かれています。
(参考HP:内田や柳沢が感じる日本と海外の差。シャルケはなぜ炭鉱に敬意を示すか。 - ブンデスリーガ - Number Web - ナンバー)
ほかにもルール地方の代表的なクラブチームとしてドルトムントがあります。ドルトムントはルール地方の地名のことです。このクラブもルール地方の労働者たちが作ったものです。
このようにルール工業地帯は鉄と石炭だけではなく、サッカーの文化も生んだのです。
2:ルール工業地帯の転換
さて、そんなルール工業地帯も1950年代から衰退してしまいました。理由は石油が登場したからです。この時期に世界のエネルギーの中心が石炭から石油へと大転換しました。これをエネルギー革命と呼びます。(石油の記事も参照)
その結果、炭鉱は閉鎖になりルール工業地帯は衰退してしまいました。しかし、ルール工業地帯はそれで終わりませんでした。重工業から産業を転換したのです。
現在のルール工業地帯はITなどのハイテク産業や研究開発の中心地となっています。
さて、ドイツの工業はルール地方だけではありません。みなさんドイツのモノづくりといえば何を思い浮かべますか?
ドイツといえば自動車ですね。有名なメーカーでいうとフォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディなど日本でも見かける自動車メーカーがあります。
ドイツ車も日本車と同じように、世界中で人気があり輸出もさかんです。
3:まとめ
さて今回の学習をまとめましょう。
ドイツのライン川沿い
→ルール工業地帯で重工業が発達
理由
①ルール炭田があり、石炭が使えた。
②フランス(ロレーヌ地方)から鉄を輸入できた。
③ライン川を使って物資が運べた。
1950年代からルール工業地帯は衰退
→エネルギーの中心が石炭から石油へ転換
=エネルギー革命
現在のルール工業地帯
→ハイテク産業や研究開発の中心地
ドイツの工業
→自動車分野に強み
次回はヨーロッパ各国の工業について学びましょう。
練習問題はこちら
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