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八尾発祥の地を巡る〜おわら楽しむ3つのコース②An English version is also available.

エイサーの国、沖縄からやってきて驚愕。

富山市八尾(やつお)の恒例行事「おわら風の盆」に心をつかまれ、おわら探求をする沖縄民がついに!

現地の11町内それぞれの方にインタビューできました👏

こちらは、おわら愛だけは本物のど素人24歳男子が、おわらを調べ、語り尽くすnoteです。

さて、インタビューの結果、膨大な量の興味深い情報が得られたので、3つのエリアに分け、エリアごとに各町内の魅力をご紹介していきたいと思います。

今回は、八尾発祥の地コースと題し、鏡町・東町・西町・今町の4町内の特色や魅力についてお届けします!

※この連載は、おわらオタクの個人的見解で書いています。

👉Read the English version here


<鏡町〜歴史ある狭い通りは、響きが格別>

なんといっても、おたや階段下での踊りが有名な鏡町。

昔は60名の芸妓を抱える鏡町遊郭があり、今のおわらを作った方々もここで芸事を学んだと言われています。

八尾の大人の教養はここで磨かれていたんですね。

この町の踊り手の女性の浴衣は、白地に紫の雲取り模様になっているのが特徴的です。また、鏡町と東町のみ、踊り手・地方の双方の衣装におわらの歌詞が染められていません。

さて、そんな鏡町の方で、話を伺ったのは、保存会の井波さん(62)。おわらでは、三味線を演奏されています。

曳山会館にて取材

町の人に聞いて判明!①踊りはほとんどおたや階段下

人でごった返すおたや階段を抱える鏡町。50段ちょっとの階段に、ぎっしりと人が座ります。

写真を見ると一段に5名ずついるので、階段だけで大体250名の方が見ていることになります。

photo by キムラヒロシ

そんな鏡町、おわらの3日間は、17時ごろまでに町流しを済ませ、以降はずっとおたや階段下で踊るのだそうです。(※夜流しは別です)

町の人に聞いて判明!②夜流ししたい反響スポット

おたや階段を降り、広場になっているあたりを抜けると、古い建物が密集し、道幅が狭く、石畳が敷き詰められています。

古い建物というと、歴史ある割烹旅館北吉や、かつては料亭だった杉風荘(さんぷうそう)が残っています。

この狭い通りは、構造上、自分の声がよく反響してきます。

おわらの地方(楽器の演奏者や歌い手)の方にとっては、これが絶品なのです。自分の奏でる音の反響が体に染み入り、こだまする心地よさ…。

ですので、公式の行事としての時間が終わった後、観光客もグッと減り、町民による町民のための夜流しの時間が始まると、いろんな町内から地方の人たちがやってきます。

<東町〜豪快な商人の息吹が衣装に刻印〜>

西町とともに、江戸時代大きな商家が立ち並んでいたため、「旦那町」と呼ばれていた東町。

おわら風の盆を今の形にした最大の立役者の1人、保存会の初代会長である川崎順二はこの町の出身です。

彼の生家は現在、八尾おわら資料館になっており、ここはおわらオタクとしては非常に面白い情報が満載の最高の施設です。

東町の偉人は、遊び心にあふれていた方が多く、それが女性のウグイス色の衣装や帯にあふれているのを感じられます。

この町の方でお話を伺ったのは、大学生の金厚さん(21)と、林さんです。

町の人に聞いて判明!①昔の財力の名残が帯に

富山藩を支えるほどの財力を誇った江戸時代の八尾。中でも、東町と西町は、かつて旦那町と呼ばれ栄華を極めました。

その影響で、ピンクの色合いが多いおわら衣装ですが、東町はウグイス色の女性の衣装。また、男女の帯が黒と金色の市松模様になっています。

ちなみに、他の町内の帯は、真っ黒。

その理由は、昔、帯を揃えるのは大変なことで、喪服用の黒帯なら全員持っているからと利用されたから。東町は、大勢いる踊り子の帯を全部そろえられるくらいの財力があったんですね。

金厚さん(21)いわく、「豪華な曳山もそうですけど、うちの町内は目立ちたがりだったんだと思います」とのことです。

photo by キムラヒロシ

町の人に聞いて判明!②国道が通り、古い建物が残らず

財力があった東町は、町の賑わいや政治的な立ち位置も強かったのか、西新町に抜ける国道が通っています。

そのため、国道の整備を理由に古い建物がそのままの形で残せなかったそうです。

お隣の西町に宮田旅館や福鶴酒造など、歴史ある建物が残っているのとは対照的ですね。

町の人に聞いて判明!③若い地方(じかた)が多い

東町は、最近20代、30代の地方の方が増えているそうで、他の町内の指導員として活躍する東町の方も多いのだそうです。

彼ら、彼女らが50年後に語り部として今のおわらを次世代に語り継いでいくことを思うと、ロマンチックですね。

<西町〜おわらの奥行きを感じられる町>

旧町内でも最も初期の頃に町建した西町。
なんと、もうすぐ町建て400年。

聞名寺の門前へ向かう西町通り、井田川沿いに降りていく禅寺坂、そして東町との間を結ぶ四十物(あいもの)横丁は、町建て時に整備された街路網で、今も西町の骨格になっています。

そんな西町でお話を伺ったのは、保存会町の長谷川さんとおわら総代の岩見さん。お二人とも三味線を演奏されています。

僕が親しくさせていただていて、写真をよく提供してくださるキムラヒロシさんもこの町出身の方です。

ゆらぐ釣橋 手に手を取りて渡る井田川オワラ春の風
(小杉放庵「八尾四季」春)

↑西町の青年女子の浴衣に染められた歌

町の人に聞いて判明!①西町公民館前が見所

西町のおわらは3日間とも、22時過ぎの西町公民館前の踊りが締めになります(もちろん、その後に夜流しはあります)。

ここがクライマックスと言って良いのではないかと西町出身の写真家の方はおっしゃられていました。

西町公民館の向いには、1848年創業の福鶴酒造があり、昔は名だたる政治家たちがこの2階の部屋から踊りを眺めていたとのことです。

公民館前での踊りの際は、地方(唄い手と楽器の方々)は福鶴酒造の方を向いて演奏し、踊り手は正面の西町公民館に向かって踊ります。

参考:オレンジマーケティングさんのYouTube動画

福鶴酒造のホームページを開くと、その外観が見れますが、たしかに堂々たる佇まいです。

町の人に聞いて判明!②井田川にかかる禅寺橋での踊りが魅力

9月1日、おわらが始まると、まずは公民館前で輪踊りをして、それから禅寺坂を下り井田川にかかる禅寺橋で踊るのが西町の定番だそう。

この禅寺坂は、町の西側の家屋の背戸にあり、とても傾斜がきつい!河岸段丘の上にあるので、井田川から西町の通りの高低差は約40m(全長約400m)もあるのです。

僕の個人的な話ですが、去年のおわらでこの坂を一生懸命登るおばあちゃんを見かけ、手をとって登ったのが良い思い出です。

坂を下る右手には、石垣がそびえいて、井田川沿いから眺めるその光景は圧巻。個人的には、おわらの日に坂の上から眺める景色が好きです。

photo by キムラヒロシ

この坂の下に、禅寺橋があり、ここで昼間に輪踊りを踊るそうです。YouTubeにその様子がアップロードされていたのでシェアしておきます。

町の人に聞いて判明!③若者が元気!夜流し前の円陣で気合い

一定のルールのもと、公式行事として行われるのが23時まで。

それを過ぎると、町民が町民のために踊る夜流しが始まります。各町内でまとまる必要もなく、決まったルートで踊る必要もありません。

西町では、青年団の若い男女が地方(楽器・唄の人たち)なしでラジカセ持っておわらを流して好きな場所で踊る様子が見られます。

踊る前に円陣を組んで気合を入れるのが恒例になっているらしく、その様子も素敵です。

photo by キムラヒロシ

<今町〜小さな町内の固い結束>

八尾の古刹聞名寺の正面に位置する今町。東西両町の中心に位置するため、かつては「中町」と呼ばれていたんだとか。

面積が小さく、世帯数も少ないこの町内、どのようにおわらを維持しているのか、どんな苦労があるのかが取材したかったところです。

お話を伺ったのは、この町の北野さん。

35歳ごろまで踊り手としておわらに参加されており、その後、行事運営委員会、つまり裏方としておわらを支えたのち、今は唄い手として3年目の方です。

曳山会館にて取材

夢もほのぼの 聞名寺の鐘は 遠い有磯の オワラ 帆にひびく〔白鳥 省吾〕

↑今町の地方浴衣袖に染められている歌

町の人に聞いて判明!①町民総出の連携プレー

全部で28世帯しかない今町。

戸数が少ないため、一人一人が町を支える意識が強いらしく、おわらも一家総出で参加するそう。

全員が顔見知りで、互いの強み弱みがわかっているので、阿吽の呼吸で連携し、おわらの運営をやりきっているとのこと。

1992年からは「今町おわら後援会」を組織することで、結婚や引っ越しで離れた人も参加できる体制を作り、行事の運営に取り組んでいます。

ちなみに、世帯数だけでいえば、今町より東新町の方が少ないのですが、今町には曳山祭りもあります。

photo by キムラヒロシ

そのため、北野さんによれば、地域のことに関して全員が何かしらの役職持ちだと言います。北野さん自身2つの役割を持っています。

小さな町でも、全員が共同体のために動き連携している最近では珍しい光景と言えるかもしれません。

町の人に聞いて判明!②短い区間に曲がり角多数

小さな今町ですが、曲がり角が多いのが特徴です。

数十メートルごとに曲がり角があるため、遠くから踊っている場所を見つけるのが他の町内より難しくなります。

その代わり、通りによっては狭い範囲で全方位に建物があるため、音の反響が多層に重なり心地よく聞こえます。

今町のおわらは、公民館からスタートして先ずは下新町の方へ向かいます。

<最後に>

おわらを書き残すプロジェクト、
15本目の記事はいかがだったでしょうか?

最後にお知らせです。
この連載、何せ素人が作っております!

ですので、おわらが好きなあなたと、おわらをこれから知るみなさんと一緒に作りあげたいと思っております。

今回は、みなさんが特に気になった町内を教えていただきたいです!

感想や応援コメントも大歓迎です!


ヘッダー画像:photo by キムラヒロシ


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