100年前「マクラメの羽織紐」の飾りになった、あるユニークな物の話
皆さまこんにちは、手芸愛好家の owarimao です。昨年の4月からマクラメにはまっております。また、古いマクラメの本を少々買い集めてはご紹介しています。
60年以上にわたる昭和の時代、マクラメブームが何度か起こりました。昭和の初め、昭和30年ごろ、そして昭和50年ごろ……つまり世代が入れ替わるたびごとに、ブームが再燃してきたことになります。そして令和の今も、マクラメをする人はまた増えてきているようです。
でも昭和初期にあたる「第一次マクラメブーム」のことは、現在どれだけの人がご存知でしょうか? 今年は昭和100年にあたる区切りの年です。昔のマクラメが忘れられるのはもったいないと思って、note でたびたび書かせてもらっています。
前回の記事↑では「100年前の日本人はリリヤーンを使って、今のミサンガと同じ模様で帯締めを作っていた」ということを書きました。
当時はまだ和装が主流だったので、マクラメの本に今のようなアクセサリー(ブレスレット、ピアス、ペンダントetc.)は載っていません。かわりに、栞や帯締めを作ることがはやっていたんです。
マクラメの和装アイテムはほかにもありました。下の写真のような「羽織紐」です。帯締めより短くてすむので、初心者でも気軽にトライできたと思います。



さてマクラメの「羽織紐」の中でも、特に面白いと思えるのは下のような紐です。古い穴あき硬貨を飾りに使っているのが目を引きます。

材料の欄に「文久或は寛永通宝」とあります。
「寛永通宝」は江戸時代に最もポピュラーだった硬貨で、さまざまな種類があり、200年にもわたって鋳造され続けました。時代劇の中で銭形平次が投げるのもこれです。
「文久永宝」もよく似た硬貨ですが、幕末のわずか数年間 (1863〜1867)だけ、大量に鋳造されました。
江戸時代の最後の年(=明治維新の前年)である1867年は、日本初のマクラメブームがあった昭和2年(1927)の時点から見ると、約60年前ということになります。江戸時代生まれの人は、高齢ですがまだかなり生存していたことになりますね。
「古銭を飾ったマクラメの羽織紐」の写真を見て思い出したのは、夏目漱石の小説『彼岸過迄』です。
その中に、「文銭」が印象的な形で登場するのです。
(注:「文銭」は文久永宝および寛永通宝のどちらとも解釈できる)
……大学を卒業したものの、就職活動がうまくいかない青年・田川敬太郎は、ふと占いに頼ってみる気になります。
「文銭占ない」という看板の出た店に入ってみると、お婆さんが一人で裁縫をしています。
婆さんは机の上に載っている細長い袋の中からちゃらちゃらと音をさせて、穴の開いた銭を九つ出した。敬太郎は始めてこれが看板に「文銭占ない」とある文銭なるものだろうと推察したが、
(中略)
ただ其処に鋳出された模様と、それが仕舞ってあった袋とを見比べるだけで、何事も云わずにいた。袋は能装束の切れ端か、懸物の表具の余りで拵えたらしく、金の糸が所々に光っているけれども、大分古いものと見えて、手擦れと時代のため、派手な色を全く失っていた。
上の文章が書かれたのは、明治最後の年にあたる明治45年(1912)です。「寛永通宝」「文久永宝」は、若者にとってはもはや、ふだん目にすることのない、前世紀の遺物でしかなかったことがわかります。
しかし占い師のお婆さんにとっては、それは珍しいものではなく、慣れ親しんだ現役の道具でした。
江戸時代に鋳造され、明治に入ってからも流通していた硬貨は、明治の末という時代の雰囲気を伝える小道具として登場しています。これを書いている漱石自身も、江戸時代の最後の年(1867)の生まれで、文久永宝と「同世代」でした。
さて『彼岸過迄』からさらに十数年が経過すると、時代は昭和に入ります。
文久永宝・寛永通宝は、明治45年にはすでに「過去のもの」でした。しかし貨幣としての効力を停止されたわけではなく、まだ使おうと思えば使えたのです。江戸時代の貨幣が法的にも完全に廃止されたのは、なんと戦後(昭和28)になってからでした。
だからマクラメブームのあった昭和2・3年ごろだと、これらの硬貨は、まだ探せばそのへんに1枚くらいは眠っている……そういう存在だったと考えられます。古い貯金箱とか、古道具屋さんとか、最近亡くなったおじいちゃんの財布とか。
そういうのを見つけてきて、ちょっと気の利いた「男の和装アイテム」に活用していたんですね。マクラメという外国の手芸を、日本ならではの形で消化していたことを知って、とても面白いと思いました。
ところで下の写真は、あらたに作り始めている作品の一部です。驚いたことに「マクラメ100年プロジェクト」はまだ終わっていません。自分の飽きっぽさをよく知っているので、やっている本人が驚いてしまっています。
この作品がどんなふうになっていくかは、また来週以降に。

